第24話 彼女は伯姪と共闘し悪党を倒す
第24話 彼女は伯姪と共闘し悪党を倒す
『隠蔽』には全体ではなく、部分を隠す方法がある。そして、身につけた魔剣は彼女の内腿についていた。
『身体検査は上手く逃れたな』
「流石に、内股にまで手を入れることはなかったわね」
外側を手で叩かれたが、ベルトはガーターと勘違いされ、内腿側のナイフは見つけられなかったのである。
城壁に近い倉庫街の一角に二人は押し込まれていた。恐らく、荷馬車に樽にでも押し込まれて眠らされて表に連れ出されるのだろう。とは言え、捕まえてすぐに外に出すのは難しい。事前に出入りは申請するはずであり、何日か間が空くだろう。
その間に、二人が行方不明となれば捜索が始まる。故に、今日明日には動かせるある程度規模の大きな商会が噛んでいるのではないか、と彼女は推察した。毎日、動かしている物資の中に紛れ込ませる。食品、特に穀物関係なら定量動かすはずなので、その関連が怪しいだろう。
「いまのところ私たちだけのようね」
「人が多ければ、連れだすのも大変でしょう。あなただけでも大きな稼ぎになるのでしょうから、よけいなことはしないと思うわ」
仮に、他に攫われた者がいたとしても、別の場所にとらわれているのだろうと彼女は考えた。白昼堂々、人が攫えるのだから、それなりの人物が関わっているに違いない。
「辺境伯の身内では……ないでしょうね」
可能性的には警備を行う騎士団の幹部や、伯の下で働く文官の一部が協力している可能性もある。伯姪は最初から誘拐リストの上位にいたのであろう。供も連れずに市街だからと女二人で外出させてラッキーということだ。
『お前が誰なのか知らねえのかもな』
「知ってても、噂を信じていないのではないかしら」
あまりに荒唐無稽な『妖精騎士』も、本人はいたって普通……というよりか弱げな少女であるから、油断しているということもあるだろう。
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飲まず食わずで薄暗くなるころ。そろそろかと思っていると、何やら金持ち商人風の男とその護衛が数人現れた。
「やっと捉えられたか。オマケもついて悪くない。待った甲斐があったな」
声を上げて笑うと、それに合わせて下品な笑い声が上がる。
「知ってる顔かしら」
「いいえ。と言っても、私は商人なんてほとんど知らないけどね」
ご令嬢が会うのは、ドレスの仕立て屋や宝石商くらいだろうか。この倉庫にあるものは小麦や大豆の様な穀物だから、それはないだろう。
「では、早速移動させようか。どれ、この薬をかがせて眠らせなさい」
眠り薬を嗅がせるつもりらしいが、もういいよねとばかりに、彼女は潜んでいた猫に縄を切らせる。伯姪も同時に。そして、予備の短剣を渡し、離れるように小声で伝える。
「待たされたものね。あなたたちは……容赦しないわ」
「嬢ちゃん、値段が下がるから傷つけたくねえんだよ。大人しく……ゲッ」
身体強化を使い、突進し腹を切り裂く。内臓が飛び出し、前のめりに男が倒れる。格好だけの胸鎧、腹ががら空きだ。
あまりの惨劇に、声が出なくなる人攫いと商人。そして、いつもの凶悪な油を目の前の商人と護衛の頭上で炸裂させる。
「ぎゃあぁぁぁぁ」
「目が、目がぁぁぁぁぁ!」
知らんがなと思いつつ、倉庫の出口側に移動し、大騒ぎの隙に伯姪を連れていったん外に出る。
「騎士団を呼んできて」
「あなた一人で大丈夫?」
「一人だから大丈夫なのよ。ゴブリン・ジェネラルを伊達に仕留めてないのよ私」
ゴロツキや用心棒など、ジジマッチョやジェネラルに比べれば子供の様なものだ。伯姪は走り去り、少し騎士団が来るまでに時間がある。
「民を虐げた賊に情けをかけるつもりはありません。逃げられませんよ」
出口の前で剣を構え魔力を高める。
「おい、もしかして、妖精……」
「妖精騎士なんじゃねえか……」
体の周りから魔力が溢れ、輝くように見え始めたのである。
「いま死ぬか、裁判を受けて死ぬか、選ばせてあげましょう」
膝から崩れ落ちるチンピラと、反対に腕に覚えのある傭兵崩れの護衛が前に出る。倉庫の中で剣を振り回すことなく、刺突を仕掛ける二人の護衛。多分、そういう訓練をしてきているのだろう。どちらかが相手を殺すという訓練だ。
『面倒だな』
姿勢を落とし、突きを躱して相手の脛を伐る。二人共である。倒れる護衛。恐らく、戸惑うと思ったのであろうが、1対多数はゴブリンや狼で散々経験している。小柄な彼女が姿勢を低くすれば、普通の構えからでは剣先を返すことはできない。
容易に首をはね、戦意喪失のチンピラにも一撃を与え足の骨をへし折る。どうせ、数日の命だ。出血多量で死ななければ問題ない。そして商人の足もへし折る。
「ぎゃあぁぁぁぁ」
「静にしなさい。正直に話せば、回復ポーションで治してあげましょう」
と言いつつ、同じ箇所を再度、鞘越しに剣で叩く。
「げぇぇぇぇ……何すればいいんだ」
「さあ、どうすれば許してもらえるか、自分で考えなさいな」
再度、剣で商人を殴打する。彼女は民を守るために貴族として育てられた。もちろん、商人の妻になるための勉強もしたのだが、商人は人が幸せになるための手伝いをするために存在として、存在を許されているのだ。
串焼き屋やライスケーキ屋さんは人を幸せにしている。だが、こいつはダメだ。穀物は必要だが、副業の人攫いは人を不幸にする。民を不幸にしている。そして、金に困ってとか追い詰められてではなく、自分の意思で悪事を働いている。救う理由がない。
何度かの殴打ののち、商人は今までの悪事を洗いざらい話始める。いつ始めたのか、他に仲間がいるのか、いくらで売ったのか、どんな酷いことをしたのか、誰にどのように売ったのか、売る前にどこに隠しているのか、殴られるたびに詠った。喉が張り裂けんばかりにだ。
いい加減、悪事の内容にうんざりしたころ、騎士を連れて伯姪は戻ってきた。その倉庫には、首を斬りおとされた傭兵崩れの死体数体、足をへし折られ呻いているチンピラ数名と、顔の形もわからなくなった両足を砕かれた太ったきらびやかな衣装の男が泣き喚きながら蹲っていた。
「攫われた人が隠されている場所に案内します。あなたが案内してくれるかしら」
「は、はい。それなら……」
騎士を数人残し、応援をお願いしつつ、彼女は伯姪・騎士共に人攫いのアジトへと向かった。
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先日聞いた、野盗は現れなくなったのではなく、街の中に浸透し、人や財貨を奪い、何食わぬ顔で辺境伯の膝元で犯罪を犯していたのである。
もし、王都に出れば、怪しい行動をしている人間がいれば、浮浪児たちが情報を売りに来るのだ。多少の金銭かお目こぼしをすることと交換に、王都では情報が騎士団に集まる。
ところが、豊かな領都ではそのようなものもおらず、街が古いだけに死角も多くなっているから、今回の様な商人に成りすました野盗の侵入も許してしまうのである。
商人は数年前に代交代をした時に法国貴族の息のかかったものに変わっていたことが取調で判明。城塞都市の市長を兼ねる嫡子を筆頭に、代替わりした商人や、取引先・取引内容に関しての調査を大商人から始めることになったのである。
人をたくさん使う商売であれば、傭兵崩れや野盗を使用人として紛れ込ませることも可能であるからだ。行商人も法国のスパイとしてくるものもいるだろうし、今回は氷山の一角なのではないかとも思えるのである。
「随分、攫われていたのね」
「この街のものだけではないようです。近隣の村や町からも攫ってきたみたいですね」
救助された人の多くは10代の女性。恐らくは、言葉巧みに行商人から誘われて眠らされてここに運び込まれ、まとめて法国へ送り出す算段であったのだろう。
城館に戻ると、辺境伯夫妻は心配げな顔で出迎えてくれた。街中で令嬢二人が攫われるというのは大問題であるし、伯とも取引のあるほどの商人が組織的に法国への人攫いを行っていたことも問題だ。
「また、活躍しちゃって。なにしにここに来たのかな」
「婚約が無くならないといいのだけど、大丈夫よね……」
姉と母からは嫌味を言われる。なんで身内が心配しないのかなと彼女は思わずにはいられなかった。
「やや、聞きしに勝る妖精騎士様ですな」
「からかわないでください騎士団長様」
「そうですわ、お兄様。人攫いが堂々と街で商売を営んでいるのですから、辺境伯家の恥というものです。恥じていただかなくては困ります」
いつもは甘えてばかりの伯姪から、厳しい一言。当人は以前から狙われていたと聞き、あまりいい気持ちはしなかっただろう。ちょっと理不尽な気はするけれど。
既に夜も更けており、詳しい話は明日となった。当然、嫡子はおらず自ら陣頭指揮を執り、既に売られた人たちの特定と、買い戻しに動くのだそうだ。商人の財産を没収しその資金に充てるというのは、妥当だろう。
『主、お疲れ様でした』
『隣国が近いというのは、中々に難しい問題を抱えているな』
彼女は少々考えていることがある。冒険者ギルドは12歳未満は所属できないのであるが、城塞都市内での雑用を引き受ける「冒険者見習い」を10歳から可能にする。その過程で、不審なものや人を見かけた場合、ギルドに報告し、その内容をギルドは騎士団に伝えるようにする。
浮浪児がいないこの街でも、子供の働き口は多くはない。ということで、そういう行為もあっていいのではないかと、彼女は考えたのである。
「冒険者になるっていうのは、人の役に立つということですもの。剣を振り回しているのが冒険者ではないわ。傭兵と冒険者の違いはそこにあるのではないかしら」
と、思うのだ。言うのはタダだから話してみることにしよう。
翌朝、彼女が朝食の席でその話を辺境伯に伝えると……
「我らの子供、騎士や官吏の子供も、月に決めた日数、そこで雑用をさせることにしよう」
というのである。これには、席に座る誰もが驚いた。
「伯爵だ、騎士だといっても、民のために存在するということを言葉ではなく、体で学ぶのに、ギルドで雑用をこなすのはいいことだろう。民の目線というものが、小さい頃に学べる。なにも、騎士ごっこをすることが騎士の子供のすべきことではないからな」
実際、辺境伯領の貴族の男子は7歳になれば、この屋敷で見習い騎士として仕事を始めるのだから問題ないのである。苦笑いの次男騎士団長と伯姪……確かにその通りな気がする。彼女も最初は薬師として、のちに冒険者として薬草取りをして薬を作っていた時期がある。金銭的には些少でも、それが人を助けると思えると、何だか誇らしい仕事であると思えたのだ。
人の上に立つというのは、偉いということではなく、誰よりも人に尽くせるということなのではないかと、気が付かせることになると辺境伯は考えたのだろう。
「そこで、責任感や人と上手く関係を築くことの必要性も理解できるでしょう。私の子供が生まれたなら、それは大切なことだと教えたいと思います」
「俺もだな。まあ、奥さんもいないから、先の話だが」
「私の子供も、是非こちらに訪れた際は、そうして下さいませ」
姉は相変わらず調子がいい。自分はしないから、別に構わないくらいは考えている気がする。
そして、数日後、いよいよ王都に戻ることになる。今回は、子爵一家に令息、そして少し準備をしてから伯姪も王都に行くことが決まっていた。恐らくは、婚約許可を国王陛下に頂く際に、一緒にくるのだろう。
「伯姪ちゃんも一緒に住めるように、お家を整理しなければね」
「その後は、御令息も住むのだから、かなり手を入れなければですわよお母様」
手狭な子爵家を何とかしなければということになりそうである。来客も増えるだろうから、別邸に若夫婦という感じになるのかもしれないな。商会の事も考えると、それはあるのだろう。
「王都で会いましょう」
「ええ、今度は攫われないように気を付けましょうね。案内楽しみにしているわ」
人攫いの一件でさらに仲良くなった二人である。吊り橋効果なのか、お互い性格は違えども、似た者同士であると気が付いたからかもしれない。
『おい、また「妖精騎士」に伝説が加わっちまったけどいいのかよ』
『主の御活躍が世に知れるのは、民のため、子爵家のため、王国のため良いことでございましょう』
そう考えると、王都に戻るのが少々気鬱になるのである。
彼女は気が付いていないのであるが、この辺境伯領の人攫い騒動に、行きがけの山賊討伐のおかげで「王国中に妖精騎士が現れる」という誤ったメッセージが発信されてしまうのである。
さらに、『濃青等級並の騎士である、前辺境伯と互角の勝負をした』という、当人発信としか思えない情報も王都だけでなく、王国と法国にもうわさが流れ、『王国の妖精騎士』は周辺国でもお芝居や読み物として語られていくのである。
その中に、吟遊詩人による物語も含まれるのは言うまでもない。
これにて第三幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第四幕『レンヌ大公』は数日後に投稿開始いたします。
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