第221話 彼女は公爵令嬢の魔力の維持に言及する
第221話 彼女は公爵令嬢の魔力の維持に言及する
何故か、カトリナは毎朝身体強化しながらのランニングと打ちこみを交互に繰り返す自己鍛錬を始めた。魔力を一定に維持し長時間戦うために、魔力を安定的に維持する訓練を考えた結果なのだろう。
「……脳筋なのかしら……」
「身体強化して刺繍を縫っても同じ効果が得られるでしょうね」
一定の時間、魔力を消費しながら体を動かすのは何でも構わない。彼女が得意な理由は『ポーション』作成と、『気配隠蔽』を発動させたまま一日過ごし素材採取を行ったことなどが基礎となっている。
「教えてあげた方がいいんじゃないかしら」
「いいえ。自ら試行錯誤すべきなのよ。彼女の成長の為にもね」
それっぽい事を言っているが、多分二人は面白がっているだけである。
実際、リリアルの中で最も魔力操練の練度が上がり、さらに魔力量も増えてしまったのは……癖毛である。もう、化け物のように。魔装糸の作成や薬草畑への魔力水の散布、勿論、魔装鍍金の作業もこの二年間……絶え間なく続けてきた結果である。
「それを言うなら、私も増えたわね」
「ええ、今なら中のレベルでしょうね」
「あいつらそれ以上に成長しているから、差が開く一方なんだけどね」
赤目蒼髪ら魔力量「中」班のメンバーは初期の黒目黒髪レベルまで増やしているからだ。それでも、『水馬』が自力で一時間程度運用しても問題ない程度に伯姪の魔力量と操練度は改善されている。
「教養程度では、魔力の操練にならないのよね」
「実務・実戦の中で魔力を使ってなんぼではあるでしょうね」
実際、生死の境目に立って魔力を維持するのは精神的な安定が不可欠であり、ある意味『慣れ』ないとあっという間に魔力が枯渇するほど駄々洩れの状態になる。魔力量だけでなく、無駄なく効率的に使う『操練』が不可欠だ。
魔力を有していたとしても、それを使う機会を十分に持てない貴族子弟には成長する余地が限定的となる。それでも、持たざる者からすれば圧倒的なのであるが。
冒険者出身のヴァイとジェラルドが軽い身体強化や隠蔽が使用できる理由は、必要故に自然に魔力の操練を冒険者として、無意識に行っていた結果だと推測される。
「アムも多分そうなのよね」
「彼女の場合、修道女をしていた時期があるから、その効果かもしれないわね」
薄赤の女僧侶である『アム』は、とある国の騎士の娘に生まれたが、騎士になることが出来ないと悟り冒険者となる前は……修道院にぶち込まれていたのだという話を以前聞いたことがある。自然に魔力の操練が身につくほど……厳しい環境であったのだろうか。
「そういう子リリアルにも少なくないのよね」
赤毛や茶目栗毛辺りは、人助けしすぎて魔力が増えてしまった子達であるし、薬師の中で本来魔力が無いはずの子が『極小』とは言え錬金術師の真似事が出来る程度に魔力を扱えるのも同じ理由による発現だろう。
「でも、やらないわよねー」
「それが貴族の子供よ」
「私たちも一応、貴族の子供よ」
「変わり者ですもの。何事にも例外があるのよね」
二人はあははと可笑しそうに笑った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
翌日、夕食の後のカトリナ嬢の鍛錬の相手は、剣盾の伯姪が務めることになった。
「悪いけれど、盾は魔力纏いさせてもらうわよ。攻撃はしないけれどね」
「それで構わない。それは……魔銀製なのか?」
「シールド・ボスの部分だけね。でないと、身体強化したバスタードソードの一撃を受け止めるのは難しいからね」
「ふふ、全力で来い!! ということか!!」
誰もそんなことは一言も言っていないのだが、公爵令嬢の耳にはそう聞えたのかもしれない。今日は、数人の騎士団出身の学生が見学に来ている。
「ギャラリーは歓迎するわよ!」
伯姪的には、その方が盛り上がるらしい。
「始め!!」
彼女の合図で模擬戦が始まる。ルールは変わらず、伯姪は当然、鎧の下に魔装胴衣や手袋を装着している。
片手半剣の『斬』撃、横『薙』、『刺』突を、伯姪は盾で『流』し、回『避』し、剣で『弾』く ――― すなわち『斬』 「流」 『薙』 「避」 『刺』 「弾」 と攻防が続く―――
バスターソードはリーチが長い分、先に斬撃が当たるが、盾で受け流し懐に入ったところで剣を戻して薙ぐのだがスウェーで回避して、刺突をパリーで弾く。繰り返しがしばらく続く。伯姪は余裕であるが、公爵令嬢はジリジリとし始める。
「アリー これってメイが押されているわけじゃないんだよな」
「ええ、勿論ただの訓練ですもの。リーチと打撃力で上回る片手半剣で押し切れないという状態を経験してもらっているのよ」
ヴァイの質問に彼女が答える。勝つのは難しくないが、仮想オーガならどうなるのかの練習でもある。
既に同じ攻防の繰り返しをニ十分も続けているだろうか、伯姪からは「体が温まってきたわ!」といった掛け声がかかるものの、公爵令嬢の刺突や斬撃は最初の頃の精彩を徐々に、いやかなり失ってきている。
「イジメ良くない……」
「そうかしら? もう少し攻め口を変えられれば良いのだけれど、あまりに教科書的過ぎるわね」
攻めあぐねた時に、相手の動きを変える何かが不足しているのがみてとれる。
『リリアルなら、油球か油球(辛)を叩きつけて着火だよな』
魔物討伐で相手の機先を制する為に、油球による火攻めは良く使う手段であり、先日の硫黄による燻りだしはその応用編のようなものだ。
「そろそろ止めにしましょうか」
「いいわ!!」
伯姪は身体強化でさらに動きを加速させると、片手半剣を真上に盾で弾き上げ、喉元に剣先を突きつけ終わらせる事にした。
面白くなさそうなカトリナに、嫌味の無い笑顔で答える伯姪。
「……いつでも止めはさせたという事か」
「そうじゃないわ。最初は難しかったけれど、攻めが単調になったし、動きにも目と体が慣れたから、最後に拍子を変えて弾いて踏み込んだだけよ」
「……確かに、攻めが単調でしたわお嬢様……」
「む、攻めあぐねる経験が不足しているから、引き出しが足らないとでも言うのか」
「その事に理解が及べば、あなたに勝機が来るでしょうね。何でもいいから、相手のペースを崩す事をお勧めするわ。足元に油を撒いて火を付けたり、催涙性のある薬品を相手の顔面に投げつけたり、その他色々ね」
騎士のトーナメントに参加しているわけでも、決闘をするわけでもない。勝つために相手を崩す工夫をいくつか考えておくことも重要だろう。
「後は、間合いを変える工夫ね」
「……両手で徹底して戦い、極める時にだけ片手で相手の急所を狙うとかだな」
「騎士に斬撃が利くかどうかは、魔剣とあなたの魔力纏いの能力次第ね。義手は魔銀製だから魔力纏いの能力があるでしょう。右手は魔銀のハンマーやメイスだと思わなければね」
「……も、もう少し楽な相手と……」
いやいや、ギュイエ公爵令嬢カトリナ様ともあろう方が、目の前の名前付である『鉄腕』ゴットフリートという名のオーガ・ナイトを討伐しない訳にはいかないでしょう。
「いざとなれば、カミラと二対一でも全然問題ないと思うわよ」
濃赤か薄青並のハイオーガクラスに相当するので、二人の共同でも全く問題なく昇格の対象になるだろう。
「では、二人を相手にしてみましょうか」
「ん、アリーがか? リーチが足らないだろ、どうするのだ」
「得物を変えるわ。バルディッシュを持ち込んでいるのよ。これなら、前伯様と変わらないリーチが出せると思うの」
オーガのリーチを再現する為に、彼女はバルディッシュを用いる事にした。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
室内演習場は……いつの間にか見学者多数となっていた。
「いいな、金が取れるカードだ」
なんて教官まで見学に来ている。
そして、公爵令嬢主従対男爵の対戦が始まる。
「始め!!」
バルディッシュの中央やや後端を握り中段に構える。バルディッシュはハルバードやグレイブよりやや短いので、ポールアームというよりは大きな刃のついた両手斧に近い感覚だ。
「一気に!!」
身体強化から大きく振り下ろすカトリナの斬撃を彼女は身体強化に結界を拳に乗せた状態でバスタードソードを下から殴り上げた。
――― 『斬』 「打」
後方に弾き飛ばされるカトリナから背後に迫る侍女の気配を察知する方に意識を切り替える。
「……」
鎚矛の刺突が彼女の背中に繰り出されるが、バルディッシュの石突を絡めて弾き飛ばす。
――― 『刺』 「弾」
二人は彼女から一旦距離を取り、12時と6時の位置に構えると、ジリジリと時計回りに回転し始める。
「どうしたの? お遊戯の時間ではないのよ!」
仕掛けるタイミングを二人は狙っている。普通なら、片方が仕掛ければ両手持ちの武器が塞がってしまい背後にチャンスが生まれるはずなのだが……彼女は何故か『素手』でバスタードソードの斬撃を打ち返してしまう。
逆でも同じことが起こり得るだろうから、二人同時という作戦はこの場合意味を失っている。
「さあ、いつでもどうぞ」
「!!!!」
カトリナの身体強化をした高速の踏込みからの連続の刺突、背後から、同様の鎚矛による刺突が繰り返されるが……
「弾いてるよな」
「ああ。全くダメージが入らないな。なんなんだよ……」
結界の展開を行いつつ、できるかぎりバルデッシュの矛先と石突で二人の攻撃を弾く。そして、態勢が先に崩れたのは、無理に高速の刺突を繰り返したカトリナである。先の伯姪との対戦で、既に魔力も体力も相当に削られていた結果、刺突を繰り返すも弾かれたことで姿勢が崩れた。
「胴!!」
カトリナの鎧の胴をバルディッシュの柄が横薙ぎに強か叩きつけられ、横にカトリナが吹き飛び倒れる。
「そ、それまで!!」
試合終了の合図とともに、倒れたカトリナの元に皆が集まる……というわけにもいかず、令嬢の腹の傷を確認するのに、教官含め男性全員の室内練習場からの退去をお願いすることになった。
バルディッシュの柄で横薙ぎにしたダメージはさほどでもなく、軽く塗り薬を塗る程度で済む打ち身であった。とは言え、公爵令嬢の脇腹には青黒い内出血が出来ていた。
「……痛そうね」
「痛そうではなく……痛いのだ」
「骨には異常はないようです。ですが、二三日は立ち合いは休んだ方がよろしいかと思われます」
侍女は冷静に打撲の傷をいやす事を告げる。彼女的には良くある程度の練習でのダメージなのだが、公爵令嬢的には初体験のようで、少々落ち込んだ様子が見て取れる。
「随分と激しい稽古をするのだな」
「オーガとの打ち合いを想定しているのでしょう? 普通に吹き飛ばされるわ。ゴブリンの上位種も相当の技量と力を持つ個体もいるわ。先日のファイターは精々見習騎士レベルの強さだったけれども、ジェネラルは魔剣士か小隊長の騎士クラスの能力が普通ですもの」
「オーガはヤバいよね。だから、お爺様やアリーと対戦して力押しでない戦い方を工夫した方がいいと思うわ」
落とし穴でも網で絡めとるでもなんでも構わないので、とにかく仕留めれば問題ないのだ。
「そういえば、古の帝国のコロシアムでは、人間が投網と槍で猛獣と戦う興行もあったと聞くわね」
「……それも選択肢の一部だというのか?」
「ええ、勿論よ。熊と剣で正面から戦うのは度胸試しにはいいでしょうけれど、それ以上の意味はないと思うわ。動きを止める拘束する道具や、落し穴、目潰しや毒の使用、飛び道具も含めて検討すべきね」
「どう倒したかではなく、何を倒したかじゃない? 流石に騎士の鎧を身に着けたオーガ相手に剣で斬り合うなんて考えられないわよ?」
オーガは短期で魔力切れを起こさないように一気呵成に倒したい。それに対して、公爵令嬢主従は時間をかけてジリジリと削り倒していく戦い方を考えるべきなのだろう。
「だが……板金鎧に身を包んだオーガが相手なのだろう?」
カトリナはいまだに討伐にいたる勝利の方程式が見えないようなのだ。
「今だけでなく、魔力の消費を効率よくすることは意味があるわ。それがある程度……そうね、一時間程度は継続して魔力を用いて戦えるようにしましょう。それで随分とオーガの討伐が楽になるはずよ」
彼女は……『鬼ごっこ』すら視野に入れているのである。
 




