第220話 彼女は公爵令嬢と前伯に相談をする
第220話 彼女は公爵令嬢と前伯に相談をする
『鉄腕』ゴットフリート……前伯が若い頃、既に有名ではあるが老騎士と言える年齢となっていた。とは言え、実際に会ったこともあるという。
「駆け出しの若い騎士と、ベテランの老騎士で向こうは覚えてもいないだろうが、確かに、見事な魔道具の義手を扱っていたな。バネと魔銀の合金で出来た義手で、剣を握ることや手綱を操る事も出来たな」
「では、人の手より戦場では有利でしたでしょうか」
「まあ、魔力を通して殴られれば只ではすまん。ハンマーで殴られると変わらん。とは言え、魔力を通し続けるほどには魔力に恵まれていなかったようだから、長時間の活動は不向きだったようじゃな」
前伯の直接知る『鉄腕』情報は、人間である場合稼働時間に限界がかなり短かった事を示していた。つまり……
「人間辞めないと稼働限界が早かったから、オーガ化して……って事なのかもね」
「それでも、暴走状態ではその状態を長く維持するのも困難でしょう」
「つまり、失敗して王国に捨てられた?」
「……かも知れないわね。面倒を見るより、王国に害をなす存在であれば
喜んで面倒を見る君主がいるじゃない?」
ヌーベ公爵。帝国・傭兵との関わりがあるとすれば、同じルートでオーガ化したゴットフリートを招き入れてもおかしくはないだろう。
「餌はまさか……」
「ありえるでしょうね。商品価値の低い老人や怪我をしている……奴隷……」
「む、奴隷……か」
ボルデュやバイヨンでは奴隷貿易も行われていると聞く。これは、異教徒異民族のそれであり、王国内で問題になっている王国人を奴隷として連れ去る問題とは別の問題だ。カトリナは異民族の奴隷であると考えたのだろう。
オーガに関しては出現頻度も余り高くなく、「食人鬼」としか考えられていない。群れず、人里離れた古城などに潜んで旅人を時に襲い、自分の集めた宝に固執するところは『龍』と呼ばれる高位の幻獣に似ているかもしれない。
「元が人間である分、殺せるというのは気が楽じゃな」
「……魔力がどの程度か考慮しないと難しいですね」
「なに、ゴットフリートなら得物は剣ではなくウォーハンマーで、背も儂と変わらぬ大きさじゃ。何より、義手のサイズが変わらんのだから、身体だけ肥大することもあり得ん。身体強化に魔力纏い、あとは知能が低下しているはずだから、騙しや苛立たせるのが有効であろう」
元々粗暴な男であり、悪知恵は働くがそれだけに過ぎない。ならば、嫌がらせや挑発を繰り返す事も必要であるし、一対一の討伐をするとしても牽制や威圧を周りから行うのは悪くない。
「元は盗賊まがいの傭兵団の頭ですもの、正々堂々と討伐だけすればいいのよ。その過程でのすべての駆け引きは正当化されるのよ」
「……何を言い出しているのだアリー」
「最終的に、カトリナが魔銀のバスターソード辺りで首を刎ねれば問題ないから、その前提で、罠にかけたり目潰しや毒で弱らせるのはOKという程度の意味よね☆」
「……」
「勝ってこその騎士道じゃろう? オーガと正々堂々勝負するなど、意味がない」
不本意そうなカトリナにジジマッチョが意見する。騎士と騎士との試合ではなく、魔物討伐なのである。元騎士とは言え、魔力を暴走させたオーガに真正面から試合感覚で討伐することの方が問題だと言える。
装備は魔力纏いのできる魔銀製のバスターソードと胸鎧にガントレットは必要だろう。盾が無い分、前腕甲で弾かねばならないケースもあるから、魔銀による魔力纏いが前提になる。
支援用に、カミラにも同様の鎧と魔銀製の鎚矛が欲しい。今後の遠征実習でも自腹で装備品を整えるのは問題ない。魔力がある者が魔力を生かす装備を持つのは当然だろう。
『お前はどうするんだよ』
「……私は魔法袋に入れていくわよ全装備ね」
『魔剣』の問いに彼女はそう答えたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ギュイエ公爵家で魔銀製の装備は手配をしてもらう事になった。とは言え、女性用のフルオーダーの鎧を数日で調達することは出来そうになく、既成の鎧を調整して間に合わせることになりそうだ。剣と鎚矛は問題なく入手できるとのことで、手に入った装備から身に着けて慣らす。
「……で、何故私に話が来るのかしら?」
「ん、他に稽古相手になる者に心当たりがないから……だな」
「カミラとすればいいじゃない?」
伯姪の言う通りなのだが、カトリナ曰く「遠慮があるから」と今一乗り気にならないと言う。
「私たちも、遠慮したいわね」
「いや、そう言わずに! 頼む、思い切り打ちこみたいのだ!!」
「……お爺様にお願いすればいいじゃない?」
ジジマッチョは講義の準備があるという事で、来週の講義まで騎士学校には来ないという。その間に、少しでも慣らしたいのだそうだ。
「どうだ、いい物だろう」
「そうね。装飾も華美でなく、柄の細工も実用的で武器として利用できるものね」
「ツーハンドのものだと、何だかわけわからないものね」
ツーハンドソードの場合、全体が長すぎて剣を背負わざるを得ないので、鍔や柄に紐を掛けたり、剣先が工夫されて持ち運ぶことを前提にしていたりする。そもそも、振り回す以外の使い道がない(両手で剣の中ほどを持ち槍のように使う用法もあるが、なら槍の方が良い)ので、王国軍では精々
片手半剣までなのである。
「銃が普及すると、剣を振り回す余地が減って出物も減っているらしいな」
「リリアルはそもそも、専属の鍛冶師に依頼するのであまり関係ないわね。それに、子供や女性が中心なので剣よりは長柄の装備になるわね」
「それは……是非見学したいものだな!!」
余計なことを言ってしまったと思いつつ、リリアルを見学する時はどの道あれもこれもになるのだろうと考えてしまう。
「食後で良ければ少し付き合うわ」
「おお、それは助かる。では、食後に室内練習場で」
「承知したわ」
午後の講義が終わり食堂に移動する前に、公爵令嬢に絡まれた彼女は渋々ではあるが練習に付き合う事にした。少なくとも、オーガと対峙できる装備であることを祈るのである。
夕食を早々に終え、革鎧の下に魔装胴衣を装備し、革の手袋の下には魔装手袋を装備する。革の兜の下は魔装布のキャップを被る。
『何だか本格的だな』
「今後の為にいろいろ試しておきたいのよ。潜入するにしても、一見普通の冒険者なり騎士の姿に見える装備にしたいの」
『普通のシスターもあり得るな。いや、聖女様か……』
「……嫌なことを思い出してしまったわね。無しヨそれは」
シスター姿の下でも魔装布で完全防備は可能だろうが、動きにくい僧衣を着用して討伐はこなしたくない。
「準備は出来た?」
「ええ。バスタードソードの遣い手と対戦するのは初めてなのだけれど、何か注意すべきことは有るかしら?」
対人戦、特に騎士と言われる存在と剣で相対するのはあまり経験がない。特に両手剣に関してはだ。
「そうね、両手で斬りつける時と、片手で突いて来る時で間合いが大きく変わるじゃない? その辺りの見極めかしらね」
「ありがとう。参考にするわ」
「あー でも関係ないだろうね……あなたの場合」
実戦なら全力で封じ込めるのだが、手合わせでそれをするのは問題だろう。目的は勝ち負けではなく、片手半剣に慣れる事なのだから。
室内練習場は食堂や寮と離れた場所にあり、カトリナは教官の特別許可を取って使用する事にしたようだ。別棟の使用と言い、王族特権なのだろうか。
「さて、準備は良いだろうか」
「いつでもどうぞ」
既に簡素な鎧を身に着けバスタードソードを持ったカトリナがカミラと共に練習場に待ち構えていた。
「ルールは模擬戦並で。首から下、膝から上で」
「寸止めでいいか。身体強化あり、魔力纏い無しで」
「直接攻撃しない魔術は可にしてもらえるかしら」
「ふふ、無論だ。少々楽しみだな!!」
彼女は魔銀のスクラマサクスを持ち構える。本来ならバルディッシュを出すべきなのだろうが、慣らしの意味で片手剣を出す。
「……随分と古式ゆかしい剣を用いるのだな」
「これが私の最初の剣。素材採取に赴くのに、山刀代わりになるものをあなたも行ったことのあるギルドお勧め武具屋で購入したのよ」
「なるほどな。いや、出入りの武器商人はどうしても騎士や傭兵の対人戦闘向けの武具ばかりでな。魔物の相手や冒険者の依頼を考えると、やはり、武器商人とは異なる店が良いのかもしれんな」
古臭いと馬鹿にされるかと思ったのだが、カトリナはむしろ冒険者としての装備に納得したようだ。
「その剣で騎士の実習もこなすつもりなのか?」
「ええ。魔物ならこの方が便利なのよ。斬撃は……ほら……」
彼女は魔力纏いで攻撃するのは反則なので、その斬撃を伸ばす攻撃を見せるだけに留めた。
「……」
「ふふ、この剣だけでも魔力の操練さえ十分なら、オーガでもドラゴンでも狩って見せるわよ」
「ああ、なるほど。つまり、そう言う事なのだな。魔力量と魔力の操練、その組み合わせがアリーをアリー足らしめているということだ。だが、今の私には、この剣に頼るしかない段階だな」
「私にはその剣が振れないし、そんな目立つ物を持って活動も出来ないわね。これなら、護身用の剣で旅に使える山刀とでも言えば、おかしくないもの」
話をそこそこに、彼女は身体強化を使い、ある程度力をこめて片手半剣を構えるカトリナに打ち掛かる。
「ぐうぅ!!」
「どう、このくらいなら問題なく受けられるかしら」
「はっ、流石、辺境伯様と対等に切り結ぶだけの事は有るな!! 私も本気で……斬らせてもらう!!」
片手半剣を両手で握りしめると上下左右に剣先を切り返しながら、彼女に次々と斬撃を振り下ろし振り上げる。剣を構えながら、剣を当てずに、体を躱すだけで斬撃をしのぐ彼女に、次第に苛立ちを高めるカトリナ嬢である。
「はっ、最初だけなのか!!」
「いいえ、少し動いた方が剣が馴染むでしょう。それに、空振りって意外と体力削るのよね」
「それが目的か。だが、この程度の空振りで息が……息……ではないな……」
「魔力が疎らになってきたようね」
身体強化をし続けると、魔力は急速に消費されていく。身体強化を入り切りしながら、先を読んで体を動かし魔力を使っていかねば、あっと今に魔力が損なわれてしまう。
また、潜在的に魔力量の多いカトリナは、使った分だけ魔力が沸き上がって来るのだが、その場所が偏ってしまうのである。使う場所が局所であり、魔力は全身からじんわりと滲みだしてくる。イメージでいえば、『冷えノボセ』のような魔力の偏りによる体調不良が襲うのである。
「なっ、こんな簡単に……」
「ええ。これが命のやり取りのある場合なら、あなたのその症状はもっと激しくなるわね。今まで、余裕をもって対峙してきたから明確になっていなかったけれど、魔力量が多いゆえに、本来は枯渇して終わるところが補充され、結果、魔力の必要な場所に魔力が循環していない状態になる……というのがあなたの今の状態を説明した内容ね」
魔力の操練というものは、あるものを精密に効率よく使うだけでなく、消費した物を効率よく補充し、体に満遍なく魔力を纏わせることも意味する。剣技は剣技、魔術は魔術と教科書的に教わってきた公爵令嬢にとって、身体強化や魔力纏い、気配隠蔽など魔力の同時複数消費を行いつつ、全身に魔力を満遍なく通わせるという課題は与えられることは無かった。
騎士は剣術、魔術は魔術師が教えるものであり、魔力を用いて効率よく剣技を繰り出すという練習はその中に含まれていなかったからである。
「……そうか……」
「死なない為に、自分の能力を生かす為に、組み合わせて尚且つ状況に合わせて柔軟に運用できなければ宝の持ち腐れになるのよ。騎士は魔術を用いないし、魔術師は剣技を用いない。だから、教えることはできなかったでしょうし、教わる事も出来なかったのね」
「だがしかし、それが戦場の剣……とでも言えばいいのか」
彼女やリリアル生たちは戦場に立った事はないが、命のやり取りという意味であれば、彼らの討伐依頼は『戦場』に立たされていると言えるだろう。
「そうね。多分そうなのだと思うわ。こんなもの、学校では教えられないから仕方ないのだけれど、前伯様や魔力を纏える高位の騎士や冒険者は当然のように熟すわね。魔力が無くても『赤』等級までは何とかなるそうよ。その上の『青』や『紫』は魔力を効率よく纏えなければ依頼にこたえられない相手となる。ゴットフリートは『赤』より上の魔物に相当するでしょうから、魔力の効率よい纏い方を身に着けることは必須ね」
魔力が安定しなくなった故に、今日の鍛錬はこれにて終了となった。
「あ、明日も立ち会ってもらえるだろうか」
「明日は、私ではなく『はいはい、明日は剣盾使いが相手をしてあげるわ!!』……ね」
「そ、そうか、よろしく頼む」
「……カトリナ様、剣をお預かりします」
「ふむ、すまんな。少々……疲れたようだ。そ、それでは今日はこれで」
四人は「ごきげんよう」と部屋に戻ることにした。
彼女と伯姪はシャワーを浴び、明日の立ち合いについての話をしてから寝る事にした。とは言え、先ずは、魔力を使い戦い続ける練習を続ける事が先決のようなのだが。
「身体強化に気配隠蔽に魔力纏い、それに、あなたたちは結界まで形成するじゃない? 良く魔力が持つわよね」
「それは、コツがあるの。一定の魔力を出し続ける練習を継続してするのよ。イメージは大きな声を出すのではなく、一定の声量で長い時間声を出す練習に近いわね」
「なるほどね。それを枝分かれさせながら、いくつも短い時間で発動させていくわけね」
「ええ。一定なら突然、魔力が体の一部から失われて斑になることはないでしょう? 魔力を『力』と同じように認識して筋肉を使うように使用すれば、その部分だけ魔力が枯渇してカトリナのようになるのよ」
さて、最初から答えを教えるのではなく、自分で気が付くことを彼女は公爵令嬢に求めているのである。考えてみたら、分かる事だろう。公爵令嬢は優秀であるし、魔力が斑にならないようにするに何をすればよいかは自ずと答えが出てくるだろう。
それに、『オーガ』との戦いが持久戦になるのであるとすれば、魔力を一定に保つ訓練が最優先の課題になるだろうことは明白なのだ。




