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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『ワスティンの森』

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第218話 彼女は前伯の講義を聞く

第218話 彼女は前伯の講義を聞く


 ニース辺境伯は本来であれば『ニース公国』として王国と同盟を結ぶ程の家柄であった。サボア公国より評価が上であると考えればいいだろう。領地の安定した治政と内海貿易での経済力と騎士団の独立した戦力を考慮すれば、小国として成立していた。


『辺境伯』というのは新参の『侯爵』扱いであり、『公爵』とは異なる存在だ。あくまでも王の臣下の中で独立した武力を有することを認めらた存在であり、『公爵』は王家の分家もしくは別系統の王家相当の家系と見なされる。


 その昔、ロマン人の首領を『ロマンデ公爵』に任じたのはそういう理由であり、古くからの『公爵』はそういう扱いなのである。


「最近気が付いたんだけど、サボア公爵様ね……聖王位にあるんだよね」

「……あの方、色々な位をお持ちよね。その割に、臣下に恵まれていないようなのだけれど」


 サボア公爵家はサボア伯爵とトレノ辺境伯家が婚姻により結びついて生まれた家系なのだが、トレノ辺境伯にはカナン聖王国の王位が継承された姫が嫁いだため、聖王位を持っていたのである。


「なんか、今はサラセンに占領されている場所の位階ばっかりなのよね」

「……何かあれば旗頭にされかねないわね」


 その昔、枯黒病流行以前において、沢山の人を率いてカナンの地を目指した『聖征』は、相続する土地を持たぬ貴族の子弟や農民たちに「フロンティア」を与える大義名分であった。


 帝国東部では、御神子教に従わない異民族に対しても『聖征』が行われ、『騎士団領』なる植民国家も成立していた。帝国商人はそこに入り込み、経済的には騎士たちを支配しているような状況をもたらしているともいう。


「王国から離れて訳の分からない活動の末に野垂れ死にするのは、望むところじゃないわね」

「サボアが安定するのはニースにとっても南都近郊にとっても大切なのだけれど、あまり親しくしないようにするべきかもしれないわね」

「でも、聖女から聖王妃っていうのも『ない、絶対ないわ』……だね。じょ、冗談だから。ね!ね!」


 王国の為ならいざ知らず、訳のわからない存在の為に人生を犠牲にするのは彼女の望むところではないのである。




 ニース辺境伯家は国王家と張り合うつもりもなく、あくまで王国の一部として自領を守るために王国に加わったという姿勢を示す為に、あえて格下の『辺境伯』を名乗っているだけであり、爵位の序列上は「公爵」扱いなのである。


 つまり何が言いたいかというと……


「ほ、本日から大変こ、光栄なことに、前ニース辺境伯閣下から直々の講義を拝聴する機会を得ることになる。み、皆、真剣に拝聴すること!!!」


 教官も含め、多くの聴講生が集まってしまっている……


 なにしろ、『薄紫』等級並みと言われる冒険者レベルの個人的な武威を有する王国を代表する武人であり、五十年近くもの間、ニース領を魔物や敵国から守り抜いた存在だからである。


 戦争に勝った程度の英雄なら、それほど珍しくはない。君主自らが前線で一介の騎士として戦い続けたという実績が『生ける伝説』とも呼ばれる存在に前伯を昇華させている。


「実際は……単なる脳筋なのよね。でも、君主としての歴史的理想だと思うわ」

「そうね。王国みたいな大きな領土を持つ王様にはできないことだもの。それは、ニース辺境伯家の誇りでもあるわね。自分の手で領民を守ってきたという誇りね」


 ニース辺境伯の勇名はいまだに衰えるところを知らない。その分、伯姪の『お兄様』である次男坊は大変な思いをしているのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 簡単に挨拶を済ませると、前伯は、魔物や賊から領民を守るために必要な事は何かという話を始める。


「魔物や賊が目の前にいれば、殺せば済む。ところが、普通は被害が出てから慌てて向かうがすでに手遅れ……ということも少なくないのぉ」


 学生より、聴講する騎士団員の方が反応が良いのは、経験の差だろう。


「王都周辺の王領では、騎士団の警邏を増やしているからか最近は被害も少ぉーし減っているようじゃが、問題は被害が出る前にその魔物なり賊なりを退治してしまう事にある。では、何が必要なのか……という話になる」


 平民と貴族では考え方は異なる。貴族は「他人に命令する」という選択肢を選びがちだ。一人の近衛騎士所属の令息が答える。


「領民に異常がないかどうか、定期的に報告するよう、代官や村長に命じます」

「それも一つだな」


 騎士団所属の平民の従騎士が答える。


「自警団のようなものを組織して、ある程度の魔物が出ても対応できるように教育をするのはどうだろうか」

「それも悪くない」


 ジジマッチョは「そうではない」とは言わない。少なくとも、間違いではない。


「儂の考えるのはだな、報告を上げるとしてもその報告を上げたくなる、上げても良いと考えられる信頼関係が築けなければ、必要な情報は手元には来ないな」


 貴族から命じられ、仮に魔物による被害の兆候があったとしても、調査に来た貴族と騎士たちがその姿を見つけられなければ罰せられるかもしれない。なら、明らかになるまで報告をしない方が良いと考えても不思議ではない。


「教育するのは大切だが、武器を持って戦う教育をするのは間違っている。正確には、魔物が現れる兆候を捉える教育と、後は護身じゃ」


 武器の扱いを教えると、腕試しをしたくなるものだという。新人の冒険者に討伐依頼をさせず、素材採取のみ受けさせるのは、魔物の存在を見つける訓練の意味もあるのだ。


「敵を先に見つけなければ、こちらがやられてしまう。基本じゃな。だが、農民にそんな知識はない。せいぜい「始め!」と掛け声がかかって同じ程度の相手と勝った負けたの練習が精々だろう?」


 騎士も同じだ。実際、魔物や敵を見つけなければ戦闘は始まらない。先に見つけ、相手に見つからなければ圧倒的に有利に戦える。


「魔物も賊もいきなりは現れない。日頃人が歩かない場所におかしな足跡があるとか、踏み折られた草木があるなんていうのは定期的に巡回してはじめて分かる。夜陰に乗じて近づく者の形跡は、昼前には消えてしまう。だから、朝一番で、同じ場所を毎日巡回させる必要がある」


 そして、言葉を区切って前伯は話を続ける。


「何より大切なのは、本心から領民を護りたいと思っていると、相手に理解させることだな。その為には、自分自身が領地を廻り、直接その場にいる者に話を聞く。助言もする。危険性についても伝える」


 領主が自ら領地を見て回る理由は、背中を見せるという意味もある。


「真剣に考えるようになるであろうし、報告も躊躇せずに上げるようになる。巡回も訓練も熱が入るようになる。そうすれば、自分の手足のように領民は動いてくれるようになる。地位や金銭の問題で人は動かん。それを知る為には、実際、自分で体を動かし人に会い話を聞くことだな」


 つまり、自分があちこちうろつくのは領民のためを思っての事だと……前伯は言いたいのである。半分は本当で、半分は性格の問題だろう。




 恐らく、騎士学校の実習には、警邏の業務も含まれるようになるだろう。それは、今回は新地区である……ルーンの支部での巡回業務になると彼女は考えている。あの隊長がルーンの騎士団支団長となると話を聞いているからである。


「はあぁぁ、と思うわね」

「リリアルの冒険者の活動と変わらないじゃない?」

「……だから溜息が出るのよ」


 騎士団のメンバーとの警邏なら慣れたものなので問題ないだろう。近衛や魔導騎士団は警邏業務の経験もなく貴族の子弟なので……問題が起こる可能性も否定できない。いや、絶対に起こる。


「率直に言ってだな、貴族の婿に望むことは血筋もそうじゃが、実務能力。特に、領民とのコミュニケーション能力を重視するな。公爵ならともかく、男爵子爵なら代官の仕事もある、伯爵侯爵なら領地経営も家令任せとはいかんだろう。実子ではなく婿なのだから、優秀な者を娶りたいと思うのが

人情じゃ。近衛の仕事でそれを身に着けるのは難しかろう?」


 何人かの貴族令息の顔色が真剣なものとなる。婿に入る先を自分で見つけろとでも言われているのかもしれない。


「一つのフラッシュアイデアじゃが、王立騎士団な。あれは王都圏以外の騎士団業務と王立師団の指揮官を兼務する役職になる。地方の貴族の婿になるなら……まあ、余談じゃがそんなところだな」


 何人かが「おぉっ!!」と声を上げる。近衛で燻ぶるくらいなら、王立騎士団に移動願を出し、腕を磨いてその先の婿入りを狙え……という示唆と受け止めたのだろう。


「世知辛いわね」

「……おかしいわ……私も商会頭夫人を目指していたはずなのに……」

「リリアル商会の会頭ならなれるんじゃない?」


 会頭ではなく、会頭夫人が彼女の望みなのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 昼食の時間、何故か食堂には若者に囲まれるジジマッチョの姿があった。姉は講義終了と共に「忙しいんだよ☆」とばかりに去って行った。忙しければ引き受けなければいいのに。


「大人気ね……」

「生ける伝説だからじゃない。王国で戦争経験ある現役の騎士って雲の上の存在か、引退した年配の騎士ばかりだから」


 確かに、爺ではあるが現役復帰可能な……できることなら替わって欲しいくらい元気な前伯である。サボアでの討伐に関しても現役の騎士を上回る能力を見せていた。


「でも、もう一週間不眠不休で戦える体力も魔力もない……と仰ってたわね」

「普通、最初から無いわよそんなもの。歩く人外魔境ね」


 若い従騎士と……何故か教官も混ざって和気藹々な空気を醸し出している。馴染み具合が半端ないと言えば良いだろうか。


「あのね」

「……何かしら」

「今日は珍しく……カトリナが食堂にいるわよ……」

「先ほどまではいなかったじゃない?」

「おそらく、急いで自分の昼食を済ませて戻ってきたのよ……多分」


 めちゃくちゃ嬉しそうな顔でジジマッチョの背後に立って会話に聞き入っている公爵令嬢がいます。


「ファンなのかしら?」

「ファンなんじゃない?」

「お二人に、折り入ってお願いしたい議がございます」


 二人の背後には、公爵令嬢の侍女であるカミラ子爵令嬢が立っている。


「あなたに用事だと思うわ」

「……お爺様の件?」

「はい。しばらく先の辺境伯様は王都にご滞在と聞いております」

「そうね。講師の任期の間は王都で過ごされるみたいね。ニース商会の別宅に泊まると聞いているわ」

「ああ、それで姉さんが急いで戻っていったのね」


 前伯夫人は王太后様の世代の貴族の当主や先代にとっては『華』と称された美人姉妹の姉である。今回は姉妹で王都に逗留し、ニース商会の広報も兼ねて茶会や夜会に数多く出席する予定なのだという。そのアテンダントが姉の仕事というわけなのだろう。


「お爺様も、お若い頃は『ニース公子』としてとても人気があったそうよ」

「そうよね。見た目は……悪くないものね。王都の貴族の子弟とはかなり毛色が違う。野営も問題ないし、捌いた肉をその場で調理するとか……貴族の女性からすれば『野人』みたいなイメージよね」


 社交界の『華』がうっかり惚れてしまうのは、吊り橋効果的な何かがあったのかもしれない。


「でも、この時期の王都は過ごしやすいからって、喜んでいるそうよ」

「冬はとても寒いじゃない」

「ふふ、ニースだと衣装を重ね着するのが難しいの。コートなんかいらないから、つまらないのだそうよ」


 ニースの冬に毛皮のコートは不要であるし、そういった冬らしい装いをするなら、王都の方が楽しめる。雪も降るし、季節感もはっきりしている。


「でも……冬の遠征は辛そうね」

「夏汗だくで野営よりはいいんじゃない?」


 と関係ない話をしていたのだが、結局、今日の夜はカトリナの別邸に前伯と二人が夕食に招待されることになっているのだという。既に、爺は承諾済みだと言う。


「承知しました。よろしくお願いしますね」

「楽しみにしているわ!」


 恐らく、カトリナと三人で食卓を囲むことになるのだろう。別棟内ではカミラは侍女として振舞うからである。





 さて、満腹になった後、午後の時間は……


「儂と仮想亜人としての稽古じゃな。人間相手では細かい剣技も役に立つが、魔物相手では致命傷にもダメージにもならんことがある。故に、実際、どの程度の能力なのか体感してみた方が良いだろうな」


 身体強化と魔力纏いを掛けてジジマッチョを「オーガ」と見立てて四人単位で討伐の真似事をするというのである。


「そうじゃ、アリーは後衛に専念してもらおう。直接対決すると、収拾がつかなくなるからの」

「……先日手合わせしていただきましたので、それでお願いします」


 サボア公爵の前での手合わせの事である。どこからか「むう、羨ましい限りですわ!!」と声が聞こえてくる。羨ましがらずとも、討伐に向けて対応をしてもらうつもりなので安心してもらいたい。


 演習場に集まる二十四人に若干の有志の教官。初手は教官たちの即席パーティー四人が手本を示すという。


「どう思う?」

「多分、あなたにいいところ見せたいのよ」

「私たちでしょう? 散々お相手しているのだから、これ以上は遠慮したいわ」


 ガハハと笑い声をあげる前伯の装備は、魔銀製のフルプレートに、得物は彼女の最近お気に入りのバルディッシュにもやや似ているが、恐らくはグレイブに似た『フォーチャード(fauchard)』と呼ばれる長柄のそれは、切っ先から半分ほどが両刃となっているものの、フックが加えられていたりと斬撃以外にも対応でき利用に工夫が為されている。


「ハンマーではないのは加減しているのでしょうね」


 刃引きしてあり、魔銀製でもないそれは一応、手加減の範囲なのであろう。




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