第216話 彼女は『鉄腕』のオーガの存在を明かす
第216話 彼女は『鉄腕』のオーガの存在を明かす
「カトリナ様、カミラ様、討伐お疲れ様でございます」
「いやギルドマスター殿、この場では冒険者カリナとミラだ。それで頼む」
「しょ、承知いたしました!!」
返り血を浴びた冒険者服の美女に、平身低頭のギルドマスター……公女殿下の来訪に胆が冷える思いなのかもしれないが、いつもの通り偉そうにしていればいいと彼女は思うのだが……
「リリアル閣下にも、この度はお忙しい中、指名依頼を受けていただき、感謝しておりますぞ!!」
「……ギルマス、今まで通りでお願いします。その、多少立場は変わりましたけれども、関係は変わっておりませんので」
「そ、それは畏れ多い事でございます。その……『竜』討伐の結果、「濃青」等級に昇格が確定しておりますので、の、後程冒険者証の更新を……で、できますればお願いしたいのですが」
学院生の『薄赤』に関しては今後の冒険者活動を引率させるためにも必要と考え受けたのだが、王国副元帥が今更『濃青』等級を貰ってもあまり意味がなく、むしろ、ギルドで何らかの役割を期待されかねないので断っていたという事もあった。だが……ダメでした☆
「指名の討伐依頼も国家的な危機でもない限りは……お受けできませんので今後はお控えください」
「それは勿論です。今回の指名は……王家の御威光もございましたので……いやあったのだ。それは納得してもらえると助かるな……なのです」
なのですって、変な言い回しになっている、ジジマッチョ世代の元高位冒険者ギルマスである。
薄黒の冒険者証を二人に手渡し、更に……『濃青』の冒険者証が彼女の前に置かれる。
「……次は『薄紫』ね……」
「……謹んでお断りするわ」
伯姪の一言に彼女はサラリと断りの言葉を重ねる。
「何故だ!! 冒険した証ではないか!!」
「巻き込まれているのは『冒険』ではないと思います」
彼女は、冒険したいのではなく仕事を熟す結果……勝手に昇格してしまう可哀そうな存在なのである。
「他の案件も絡んでいるので、その等級は受けてもらいたいな。『濃青』になると、国を跨いでも効果がある等級になる。国内では超一流、国際的にも一流と見られる。男爵並みだ」
「……既に男爵なので特に必要はありません」
「そ、それはそうなんだが……もっと喜んでもいいと思うがな」
『薄青』は騎士爵『濃青』等級、は男爵並と評価され、『薄紫』で伯爵、『濃紫』は侯爵並の評価となる。『紫』等級は時代に片手の数ほどしか存在しない殿堂入り冒険者の存在である。
「聞いた話だが、『紫』等級の場合、『龍』や『真祖』を倒した事もあるそうだな」
「冒険者の頂点らしい功績ですね」
彼女は龍の下位種の『竜』を討伐し、真祖の二階級下の従属種一体を捕獲している……非常にまずい状態だ、昇格しちゃうという意味で。
「個人的な功績で貴族相当の評価を受けるというのは、中々に羨ましいものだな」
「継いだ爵位ではなく、自分で手に入れた功績によるものという事で、個人的な敬意をうけることにもなる。夜会や茶会では主役になる存在だな」
公爵令嬢は常に夜会や茶会で主役扱いなので、いまさら羨ましがる必要もないであろうし、彼女はそもそも仕事が多すぎて社交する時間など全くない。今のところ、王妃様に呼びつけられるくらいしか無理なのだ。
「数年すれば環境も変わるだろう」
「まあ、リリアルも四期生位になれば、下が育ってくるから今ほどじゃなくなる……と良いわね☆」
つまり、あと五、六年はこのままであると言いたいのだろう。
さて、話は『オーガ討伐』の話へと移行する。リリアルで調査した内容をそのままギルドマスターに提示する。ギルマスは渋い顔である。
「これは……討伐後の評価で構わないだろうか?」
場所が王都のギルドの範囲と言いにくい場所にあるというのだという。
旧都とヌーベ領にも近く、基本的に今回のゴブリンの巣も王都から離れている人跡稀なる場所であるため、討伐依頼自体発生しない故に、この情報をギルドとしては生かせないのだというのだ。
「オーガか。準備の時間はもらえるのだろうな」
「ええ。それも、特殊個体だと思われます」
「……魔道具の義手を右手に装備した、フルプレート装備のオーガ。こりゃ……」
「『鉄腕ゴットフリート』ですわね」
ミラの口から洩れる名前。伝説の騎士の一人であり、既に数十年前に領地で死んでいるはずの者である。
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『鉄腕ゴットフリート』とは、帝国で百年ほど前に有名であった右手に金属の義手を備えた騎士の名前である。それがオーガ化したというのではないかというのがギルドでの話であった。一先ず、ギルドで解散し、討伐に関しては時間を少し空けて準備することとなった。
オーガとは元々は人食い怪物のことで明確な名前があったわけではなかったが、今ではそう言い慣わされている。
オグル、オーグルとも呼ばれ、伝承や神話に登場する人型の怪物の種族。女性はオーグリスまたはオグレスと呼ばれる。凶暴で残忍な性格であり、人の生肉を食べる。知性や賢さといったものはほとんどなく、自由に動物や物に姿を変えることができる。住処は大きな宮殿や城、または地下である。
『でだ、これなんだがな……』
『魔剣』曰く、これは……魔力による身体強化を施した『騎士』が飢えと『狂化』により魔力を暴走させた結果、魔物化したものであると説明する。
『昔は良くあったんだよ。包囲された城で水も食料も切れて、討って出れば無駄死に。守りを固めて時間を稼いで最後まで敵を拘束する任務をだな引き受ける修道騎士がいたわけだ』
『聖征』と呼ばれたカナンの聖地への遠征。最後は、サラセンの大軍に囲まれた石造りの城で死ぬまで抵抗する修道士の騎士達がいた。
『元々、極限まで身体を強化し、信仰心で精神を強化したうえで「狂化」しちまったら、死んだ仲間の血肉を喰っても抵抗するんだよ』
オーガの発生する場所というのはそういう攻防の起こった戦場が存在するのだと。
「でも、この辺りでそれほどの攻城戦は無かったでしょう?」
彼女たちがガイア城で遭遇したアンデッドのオーガはガイア城に幽閉された『狂化』してしまった騎士の慣れの果てであったかもしれない。だが、『ワスティンの森』でそのような戦いがあった事はない。
『戦いじゃねぇよ。異端審問だ』
彼女はとある宗教騎士団が『異端』として狩りつくされた歴史を思い出す。
『ありゃ酷かったな。狩る方も狩られる方もだな』
当時、修道士騎士団という強大な宗教騎士団が存在していた。聖地を護る為に多数の王国貴族から庶民まで、寄進を受け、その寄進した金を運用し、莫大な利益を上げていた。ところが、聖地はとっくにサラセンの手に落ちてしまっていた。
戦争の資金を騎士団から借り受けていた当時の王国では、借金帳消しを目論見、修道士騎士団を異端として告発する事にした。一斉に逮捕され、拷問を受け、百にも上る異端的行動を自白した。
『その中には、オーガとなって抵抗した奴もいた。で、最近、似た話を聞いた事はねぇか。こっちじゃねえぞ。帝国でだ』
その男は『鉄腕』と呼ばれていた。帝国内で反乱を起こした農民側に立ち、重税を課す貴族に対抗した元傭兵騎士で……ゴットフリートという名の片腕に鉄の義手を持つ騎士であった。
「確か、最後は帝国皇帝に使い捨てにされて……行方不明……なのよね」
『それが、人のいない古城に逃げ込んでいるとしたらどうなる?』
帝国の騎士として有名であり、また、指揮官としても優秀であった『鉄腕』は王国にも遠征している。王都近郊に関しても潜入や情報を有していてもおかしくないだろう。公式には居城で永眠したことになっているのだが。
『放棄された城を拠点に攪乱工作を考えていたりして、場所は把握していたんじゃねぇかと思う』
「逃げ出した先が王国とは……はた迷惑ね。どうせなら、帝国内で暴れればいいのに」
『腐っても騎士、いや狂っても騎士。主である皇帝陛下の膝元では暴れないって事だろうな』
並のオーガではなく、右手に鉄の腕を持つ元騎士のオーガ……危険極まりない気がする。
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人は時代の子という。その生まれ生きた時代に大いに影響される存在であるというほどの意味だ。ゴットフリートが生きた時代は、今よりも百年は前のこと、サラセンの大軍が英明なるソロモンを名乗る大君に率いられ、帝国の東の大都ウィンに攻め寄せていた時代である。
『枯黒病』が大流行し、ゴットフリートの生まれた頃に漸く最初の流行が収まりつつあった。連合王国では人口の三分の一が死亡、その他の地域でも同様の流行があったとされている。王国では百年戦争の期間に相当し、彼の『伯爵』が自らの支配する国を追われた時代でもある。
つまり、『乱世』であったと言えるだろうか。
その時代には時代に合った生き方・ルールが存在した。今の平和で豊かになりつつある王国とその当時の『枯黒病』や飢饉、サラセンの軍が侵攻してきている状況とは時代の空気が異なる。
「それで、どうするつもりなのかしら」
「この『鉄腕』の生き方に嵌る部分を探し出して……逃げられないようにすると言うのが一つね」
「オーガが居城を離れないという事であれば、問題なく討伐まで至る事は出来そうね」
『鉄腕』は下級騎士として生まれ、様々な方法で資金を集め中年に達する頃に居城を購入したという。故に、城を保つという事に対して大いに執着があるだろうと推測できる。
「オーガは通常、単体で生活しているので、それも問題がないでしょう」
オーガと対決できるほどの技量をあの二人が持っているかどうかが問題となるだけなのだ。
「カトリナは剣を用いればかなりの腕前よね。カミラは恐らく、斥候から暗殺、騎乗による攻撃から銃や魔術も扱える万能タイプの魔術師か魔剣士」
「カトリナと変わらないかそれ以上の能力でしょう」
一対一なら危険なことになりそうだと予想できる。手出しをするのは難しい。なら……と考えていると。
「お、妹ちゃん、何をお悩みかな? お姉ちゃんに言ってみたまえ☆」
リリアルの院長室に彼女の姉がいきなり現れた。
「何をしに来たのかしら」
「月曜日から騎士学校に講師で行くから、通り道のついで?」
「……聞いていないわよ」
騎士は遠征の際に、糧秣に関して御用商人たちから仕入れる必要がある。商人との遣り取りに関して、貴族出身なら従者に任せれば良いだろうが、従者が必ずしもやり取りに慣れているとは限らない。また、平民出身の騎士は商取引の経験のない者がほとんどであり、下級の指揮官となる場合、最低限の基礎知識は必要である。
「ほら、騎士団と付き合いのある商会が順番に人を派遣しているんだけど、今回はニース商会に話が来ているわけ」
話を面白くしようと、騎士団長か王妃様が意図して手配したとしか思えないのだが、そこは触れずにおく。
しつこく聞きただす姉に、カトリナ公爵令嬢の依頼に関して掻い摘んで説明する。守秘義務の範囲と言えばどこまでなのかは不明確だが、問題は「オーガ」の討伐を成功させる算段なのだ。
「名前付き確定なんだ」
「実際、相対してみないと分からないけれど、『鉄腕』と呼べる義手を装備している騎士は一人しか該当しないのよ。王国の遠征にも数十年前に加わっているようなのよね」
「名前は有名だよね、ゲッツ……だっけ?」
ゴットフリートの通称は『ゲッツ』というらしい。姉も有名な『悪党』ということで、話のタネにいろいろ聞き知っているという。
「そういえば、そいつの息子娘が十人もいるんだけどさ……」
姉が最近耳にした話によると、散々悪事を重ねて手に入れたゲッツ城は子供には維持ができないようで、売りに出されてるんだってさ~」
噂話には目がないというか、情報こそが商人の売るべきものというか……ゴシップは淑女のたしなみである。
「その他に、聞いた話だと最初の義手はあんまり出来が良くなかったんだって。それで、フェーデ? まあ、あちこちに因縁吹っ掛けて決闘騒ぎを起こして、人を攫って身代金で義手と城を手に入れたんでしょ? 果てしなくダサいよね」
「へぇー なんだかお芝居と全然違うじゃない。ほら、農民と共に悪代官に立ち向かう正義の騎士!! って感じの『鉄腕の騎士』ってお芝居勇名が割と有名じゃない?」
恥ずかしながら、『妖精騎士』と並び『鉄腕騎士』はお芝居の定番で、片方はマッチョなイケメンが鉄の篭手を嵌めて演じる活劇で、悪い貴族や傭兵をバッタバッタとなぎ倒す正義のヒーローの黒騎士が登場するのだ。
「あれ、鉄の義手以外全部作り話だから。その、農民の味方って話もいい加減でさ、農民の一揆団に頼まれて1か月だけ引き受けたんだって。それで、実際皇帝側の鎮圧軍が来たんだけど、戦うのが実際1か月経過した後だから、戦場に行かずに「契約終了」って戦いに参加せずにその一揆団は皆殺しになったんだってさ」
契約通りに行動したので責められる事はないのかもしれない。とは言え、農民の反乱に帝国騎士として加わった事を咎められ、一応裁判にはかけられたが「無罪」扱いになっている。
「でもさ、その前に散々押売り決闘で無理やり身代金を巻き上げたからさ、色々なこと禁止されてたみたいだね」
領地から出てはいけない、夜間外出してはいけない、馬に乗ってはいけない……既に騎士ではないじゃない? と彼女は思ったりした。




