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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『ワスティンの森』

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第215話 彼女は公爵令嬢と討伐報告を行う

第215話 彼女は公爵令嬢と討伐報告を行う


 ゴブリンファイター、その上半身は鍛え抜かれた戦士のそれである。恐らく、長い間、その腕力に物を言わせ、敵対する群れのゴブリンや、人間を叩きのめしてきたのであろう。


 とは言え、若い頃は普通のゴブリン同様、群れて歩き回り、様々な物を拾い歩いたに違いない。やがて、沢山の手下を従え洞窟に居を構えると、それは動き回る必要がなくなっていた。


 故に、上半身はそのままに下半身の筋肉は大いに衰え始めていた。そこに、赤目銀髪の矢が太腿に刺さっているのだから、持久戦になれば、不利であることは間違いない。


 焦らず、じっくりと攻めるつもりがカリナ主従には芽生えている。


 振り下ろすメイスを躱し、時計回りに移動するカリナ。そして、隙を見てその右腕にパーリングダガーで刺突を加えていく。


「人間相手なら関節極めに行くとかできそうだけれど。ゴブリンなら、噛みつかれかねないから無理なのよねー」

「可能でも、腕を絡ませるのは嫌じゃない?」


 彼女に無理なのだから、公爵令嬢ならもっと無理だろう。臭いし。気持ち悪い。


 メイスを振り下ろす勢いは変わらないものの、躱すカリナの動きに追随できず、ゴブリンファイターは足の傷以上に動きが鈍くなっている。筋力はともかく持久力が伴っていない動きの失速。


「老化かな?」

「慢心と鍛錬不足ね」


 カクカクと膝が笑い始め、力任せの打撃にチャンスはないとようやく気が付いたゴブリンファイターが動きを止めた瞬間、踏み込んだカリナの剣先がメイスを持つ手首を切り裂く。恐らく、動脈まで届いたのであろうか、勢いよく体液が迸る。


 一旦後退し、相手の動きを見つつ弱るのを待つつもりだったのだが、ゴブリンファイターはメイスを反対の手に持ち換え、襲いかかってきた……のだが


「決まったわね……」


 同じく時計回りに周り込んだカリナがゴブリンの脇腹を切り裂き、内臓がはみ出すほどの深い傷を負わせることになる。


「ん! やはり片手剣では大物相手は難しいな」


 リーチの短い片手剣より、片手半剣の方が扱いやすいのだろう。盾を用いず回避と甲冑で防御し、両手と片手を使い分けて間合いを変えつつ攻撃するほうが、カリナ好みという事なのだろうか。


「長い剣は冒険者向きではないのだけれど、騎士としてはありなのでしょうね」


 目の前のゴブリンファイターが力尽き膝まづくタイミングで、首元に刃を落とし止めとしたようだ。


「では後片付けをして、引き上げましょう」

「「「「はい!」」」」


 周囲を警戒していたメンバーからも特に異常はないと確認できている。依頼主が討伐した魔物に関しては、ゴブリンは魔石のみ、上位種は素材にはならないものの、討伐の証明としてギルドに持ち込むことにする。


「数が多いな……」

「一人十体も回収すれば終わりだから、頑張りなさい!」


 愚痴るカリナに伯姪が明るく突き放す。この後、討伐を証明しギルドで昇格させるためにも余計な手伝いはしたくないのである。


 洞窟の中は……毒ガスが溜まっていそうなので、後日、機会があれば捜索するという事で、今回は放置する事にした。装備を見る限り、余り大した物を仕舞い込んでいたとも思えない。肉盾も持ち出さなかったという事は、人間が囚われているという事も無かったと思われる。


「死体はどうしますか?」

「……洞窟にでも放り込んでおきましょうか」


 再利用されにくいように、あえてゴブリンの死体を放り込んでおくことも悪い事ではないだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 兎馬車の三台のうち、王都のギルドには彼女と伯姪、カリナとミラの乗る一台だけが向かい、学院生は直帰してもらう事にした。今更、ゴブリンを討伐して影響のある等級ではないからである。


「着替えて行かなくていいのだろうか?」

「その方が、討伐の実績が作られたものでないとわかるので、そのままが良いわね」

「冒険者っぽいじゃない! ゴブリンの返り血で汚れているとか」

「……これはこのまま処分……いや、返り血をそのままに記念に残すか」

「それは……御考え直しください……」


 小声で、公爵様からお叱りを受けますとミラが付け加える。おお、そうかとばかりに鷹揚に頷く主であるが、お叱りは恐らく側付きの侍女カミラに侍女頭経由で為されるだろう。公爵令嬢にはたぶん何もない。




 ゴブリンの返り血を浴びた美女二人がギルドに現れると、最初に唖然とされ、そして、その背後に彼女と伯姪がいるのを見て「納得!」という雰囲気に切り替わる。


「腑に落ちないわね」

「まあ、ほら、血生臭いイメージ?」


 討伐直後にギルドにそのまま登場することはまずない。大概、大きな依頼はギルド経由だが、騎士団か貴族が相手なので、ギルドに立ち寄る事すらないのだが……イメージって大切……


「では、常時依頼のゴブリンだが……」


 カリナが『ワスティンの森』で上位種を含む群れを討伐したので、報告をしたいと伝える。


「とりあえず、討伐証明の部位だが、普通のゴブリンの分で……」


 魔石をカウンターに置き、数を確認させる。チラと受付嬢が彼女と伯姪を見る。


「指名依頼の範囲でしょうか」


 つまり「お前らが討伐した成果の付け替えじゃないのか?」ということなので、彼女はリリアルの討伐したゴブリンの魔石を別に提出する。


「……これは……どういう」

「カリナとミラが討伐したゴブリンの数が二十二体、其のサポートとしてリリアルがバックアップして討伐した魔石がこの数です。これは、魔石を提出しませんので、特に評価していただく必要はありません」

「……え?」


 冒険者の等級を稼いでも良い事ないので、提出しないという事だ。薄赤の冒険者がゴブリン討伐して評価が上がる訳もなく、魔石を何かに流用するほうが意味がある。


「ですので、これを二人の冒険者としての評価として査定を。それと、上位種に関しては、魔法袋に入れて回収しているのでそれも確認してもらえますでしょうか」

「それぞれ、シャーマンとファイターを単独で討伐しているから、これで薄黒まで昇格させられるんじゃない?」

「しょ、少々お待ちください!!」


 受付嬢では判断できないという事で、ギルマスを呼びに行くようである。





 ギルマスを連れて戻ってきた受付嬢が、素材の引き渡しカウンターへと四人をいざなう。


 先ずは、ゴブリンシャーマン。人骨を用いた装身具を身に着けているのだが、頭を叩き潰されている死体である。


「これは、誰が」

「私です。鎚矛を用いて喉を刺突し、詠唱できないようにしてからピックで頭を叩き潰しています」

「……見事だな。中級、いや、上級に近い正確な打撃だ……」

「恐れ入ります」


 上位の冒険者の場合、道具を選んでいるので単純な太刀筋のようなものでダメージは測れない。身体強化に魔力纏いは重ねて使用されているし、武具も相応の業物を使う。並の鎚矛ベク・ド・コルバン の一撃で仕留めるというのは相当の腕なのだとギルマスは評価した。


「次に、これです」

「おお、ファイターとしては少々大きいな。小チャンピオンというくらいのレベルかもしれんな。これは……」

「ふむ、私だ。一対一で剣で倒した。最初に前腕を傷つけ、腕を持ち替えたタイミングで脇腹を裂き、前のめりになったところで首の後ろを斬り裂き、後頭部を叩き潰した」

「……これも中々だが……剣を見せてもらえるか?」


 実際、アリーや伯姪の斬撃特化の剣と、片手剣とは言えそこまでの性能のないワルーン・ブレードでは切り口が異なる。


「確かに、この剣で斬った痕だ。この剣で良く討伐できたもんだな」

「時間をかけたが、それほどの強さでもなかったと思うぞ。腕力は兎も角、力任せにメイスを振りまわすだけしか能のない所詮はゴブリンであったぞ」

「……昇格の手続きをしてくるので、しばらく待ってもらえるか?」


 二人は換金の手続きと昇格の手続きの為に、しばらく飲食スペースで時間を潰す必要が生まれた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 カリナは……飲みたい物があるのだという。


「エールだな!!」

「エールでございますか……」

「冒険者と言えば……エールよね!!」

「では、昇格の前祝という事で四人で乾杯しましょう」

「杯を乾すと書いて乾杯!!」

「別に、乾さなくていいわよ。何かつまみも頼みましょうか」

「なら、腸詰を頂こうか」


 昼から何も食べていない四人はとてもお腹が空いていた。ギルドに併設されている食堂は庶民向けのものであり、全員貴族の令嬢であるメンバーが食べなれているものとは大いに異なるが、「一度食べてみたかったのだ!」とカリナが強く宣言したので、注文する事にしたのだ。


 しばらくして、パリパリと音がするほどに焼かれたソーセージと木製の桶の様なグラスに注がれたエールが持ち込まれた。


「む、木桶か」

「なんなら、靴だって庶民は木製よ」

「スプーンなんかもそうね」

「そうか。これが庶民の生活か……面白い」


 確かに、王女殿下がここに足を運んだなら、珍しいものだらけに見えるだろう。冒険者カリナは公女カトリナでもあるのだから、その視線は近い高さである。騎士学校の食堂も利用しない彼女にとっては、初めての経験なのだ。


「このエールも、ほのかに甘みがあって悪くない。ワインよりも飲みやすいかもしれないな」

「場所によっては生水が飲めないから、麦と水を発酵させて飲まないといけないのよ。まあ煮沸でもいいのだろうけれど、薪も大変だしね」


 ホップを加えたものがネデル辺りでは普及しているのだが、それは高級品。庶民は、ハーブや麦汁を加えたものを「エール」として飲み続けている。パンとワインならぬ、エールのみに生きるにあらずなのである。


 蜂蜜酒の扱いもあるが、少々お高いのと、貴族の令嬢が飲むには味が今一……庶民なので今回は避ける事にした。


「ふぅ、一仕事終えた感じがするぞ」

「昇格すると良いけどね。薄黒等級に」

「……二階級特進か」

「そもそも、冒険者の実績と実力は乖離している事も有り得るから、自己申告では無く実績主義なのよ。私は、薬師を経験して素材をギルドに納品していたから、最初から少し下駄を履かせてもらっていたもの」

「なるほど。それで、今回の討伐を仕組んだわけですね」


 少々棘のあるミラの言葉だが、安全を確保した上で、実力に相応しい討伐内容であったと彼女は考えている。


「そう不機嫌な顔をするなミラ。アリーもメイも私たちの実力を見越した討伐であっただろう。正直、半年で薄黄など、それこそ海賊でも討伐しなければ成立しない等級の昇格だ。それに、私たちは騎士学校在学中に並行してそれを達成しようとしている。

 つまり、『冒険をせねば、何も得ることはできない』という警句の通りではないか」

「……淑女には無用な考えですわカリナ様」

「ふむ、そうとも限らんぞ。目の前に、それを手にした同時代人がいるではないか」


 カリナの視線を受け、ミラと伯姪が彼女をジッと見る。


「良ければ譲りたいくらいなのだけれど、あなたの立場も大変そうですもの。それは、言わないでおくわ」

「そうだな。高位貴族には高位貴族の、そうではない貴族にはそうではない貴族の苦労という物はある。それでも、羨ましいと思わないわけではない。いや、憧れる……に近いやもしれぬ」

「……憧れ?」


 彼女はそれをどう受け止めていいかなんとも言えない。それは、十五歳という異例な若さと子爵家の次女という中途半端な貴族の子弟としては異例の厚遇を受けていると自負はしている。


 とは言え、それ以上の労苦は引き受けているつもりだ。嫌ではない、楽しく無いわけではないが、背負うものが増えていくことを素直には喜べない。


「いや、今日も思ったのだが、いいなリリアルは」

「お褒めに預かり恐縮です」

「ほんと、居心地良いんだあの学院は。まあ、お腹いっぱいご飯が食べられて幸せ☆ みたいなところがあるからね、あの子たちは」

「きちんと課題を積み上げてくれるところは素晴らしいわ。先は長いし、後に続く者も増えていくのだろうけれどね」


 孤児院の子供の受け皿として実験的に始めたリリアル学院だが、その影響は広がっている。王都から、さらに王領全体……王国全体になんてことにならないことを心から祈りたい。


「結局、騎士学校でも仕事が増えているだけじゃない……」

「あれ、珍しく愚痴るわね」

「ふふ、いいじゃない。黙っていたら更に仕事が増えそうですもの」

「そうか。では、依頼を早々に完了させて、二人には騎士学校に専念して貰わねばな」


 カリナ……カトリナ嬢の依頼のせいで、騎士学校・学院・依頼と重なり、休みなしが続いているので、次の『オーガ討伐』で依頼を完了させたい。




 三十分ほどたち、昇格と今後についての相談……ということで、ギルマスの執務室に呼ばれることになった。上手くいけば、あと一回の遠征で、依頼人二人の昇格達成となり、依頼完了させられるかもしれない。


「さて、ギルマスと駆け引きしましょうか」

「良いわね。向こうが喜ぶような内容で話を持っていけば……簡単に認めるでしょう。あなたと二人のパーティーですもの」


 恐らくは名前付き(ネームド)の魔物討伐となるであろうオーガの存在を開示し、彼女は二人と引き受けるつもりなのである。




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