第213話 彼女は公爵令嬢にウザ絡みされる
第213話 彼女は公爵令嬢にウザ絡みされる
「今日はフルール隊には完敗だったな。まあ、疲れたときには甘いものが良いというのでな、今日は王室御用達の『フィナンシェ』を一緒に楽しもうと思ってな。用意したのだ」
ドヤ顔でカトリナが用意したそれは、ニース商会謹製……もっと言えば、リリアルの『薬草卵』を使ったフィナンシェである。薬草畑の雑草取りは基本、卵を産む鶏を放つことで除草されている。薬草自体は味が悪いので食べないのだが、周りの雑草は魔力水を浴びているので、双葉のうちはとても美味しいと感じるらしく、鶏はこのんでそれを食べている。
結果、肉も卵にも魔力がある程度滞留しており、ほのかに魔力や体力が回復する副次効果が発生しているという。
因みに、型崩れや綺麗な色で仕上がらなかった不良フィナンシェは主に卵を回収に来るフィナンシェ工房がリリアルに置いていくので、御茶菓子は大概これが出てくるのが最近の定番となっている。只であるから、皆文句はない。美味しいし。
「そ、そうなんだ……」
「王都での評判も上々のようね」
「そういえば……身内か」
「ええ。卵はリリアルで育てた鶏が生んでいる物も使われているから、知らないわけではないのよ」
フィナンシェ自体は先々代の王妃様が法国から持ち込んだものなのだが、鶏の卵を王都で数を揃える事が難しく、途中で作られなくなった経緯がある。法国は都市国家と周辺の農村と言う小国の組み合わせで成り立つ国なので、比較的農村との距離が近いのと王国の違いが反映している。
「ま、馴染みの味かも知れんが、食べてくれ」
「いただきましょう」
お茶を飲みつつ、今日の模擬戦の話となる。
「冒険者の場合、今日みたいな戦い方を意識するのだろうか」
「パイクはないけれど、スピアは使うわよ」
「パイクの代わりに弓を使うわね。間合い的にはそれが最長だからかしら」
「銃は?」
「検討中だけれど、余り向いていないでしょうね。大規模討伐でもない限り、一発発射して数十秒のクールタイムが発生するそれなりに重たい装備に、意味があるとは思えないもの」
銃は防御的な兵器である。うんと長い槍だと思えばいいだろうか。混戦、乱戦では連射が出来ない分、隙が生まれる。音と煙も問題となる。火種が消せないし、闇夜では居場所がはっきりしてしまう。火薬は湿らせられない。手間が上回ってしまう。
「探索には全く向いていないし、音で相手に警戒される。なので、今のところ猟師が使う事はあっても、冒険者としては見たことが無いわね」
今後、リリアルが魔装銃を装備するのは音と煙の問題がクリアとなるからでもある。
「次回の探索には、私は剣とパリィング・ダガーを使おうと思う。カミラは主武器は鎚矛を考えている。勿論、剣も持つがな」
鎚矛は両手剣とあまり長さが変わらない事と、スタッフと似た使い方が可能な分、乱戦でも剣を背後から上手くフォローできるだろう。それに、カミラは何でも使いこなせると思われる。
「ええ。勿論、自身で創意工夫することも大切だと思うわ」
「魔物討伐で、間合いの違う装備を組合せた方が応用が利くから良いんじゃない」
「ふむ、やはりそうか。今日のそちらのチームの戦い方を参考にしたのだが、やはり、そういう意味があるのだな」
同じ装備で揃えるというのは、不慣れな兵士であれば意味がある。反面、今回の様な組み合わせを工夫された場合、応用が利かない面がある。
自分たちが甲冑を装備した時に日頃使い慣れている鎚矛を貴族の令息どもは使用したいと希望するというのは想定内だ。加えて、魔導騎士や令嬢二人も違う装備をするのは難しい。間合いの違いを生かす組み合わせを考えるには、彼らは少数派過ぎたし、そこまできちんと話ができないのが、貴族同士の関わり方だからだ。
「ある意味、騎士団の方が戦士らしいし、冒険者の方が戦い慣れている」
「試合じゃなくて、本物の殺し合いだからね、討伐依頼は」
「……であるな……」
「ええ。身代金を払えば命が助かる戦場ではないもの、当然ね」
なにか腑に落ちたのか、ふふふと不敵に笑うカトリナ嬢。今までの「騎士」としての視点に「冒険者」の視点が加わり、理解が深まったという事だろうか。
「次の討伐が楽しみだよ」
「木曜日の夜には詳細を教えられると思うわ。今、学院生が森の中の魔物の存在を調査しているから」
「……むう、我々では難しいという事か」
冒険者と言えば、討伐の前に探索も行うものである。それを、外部に依頼するというのはどうなのかという疑問もある。
「調査の依頼は調査の依頼を受ければいいわ。それは、個人的にお願いしたいのよ。この騎士学校にいる間に等級を上げるには、討伐実績で稼がないと、あなたの依頼は達成できないの。その為には、環境的に使える物は使うという事よ」
「なるほど。依頼の内容を優先するなら、調査依頼はあまり稼げないから後回し……ということだな」
公爵令嬢自ら探索することは余りないだろう。指揮官が自ら戦場を視察するということは有り得ることだが、情報収集を周囲が行った上での最終確認として行う内容だ。立場上、カトリナ自身が情報を集める必要はない。
「それに、この内容も、依頼料のうちだから☆」
「そういうものか」
「そういうものよ」
AにはAの、BにはBの立場と役割があるのだからそれで良いのだ。
「それにしても、リリアル学院はいろいろな試みをしているのだな。王妃様の肝いりで始まったと聞いてはいたが……一度見学したいものだな」
そう来るか……と予想通りの発言に、この場合、彼女は以下のように答えるのである。
「依頼が終わるまでは余計なことは考えない方が互いの為ではありませんか。機会があれば、王妃様からお誘いがあると思いますので、それまでは御遠慮すべきだと思います」
彼女の発言にカミラは少々殺気立った気がしたが、カトリナは「それはそうだな」と納得したようであった。
彼女の不安が的中するとするならば、面白がった王妃様が「呼びましょう~」と発言し、王妃様とカトリナが学院に連れだって現れる。そこに「お姉ちゃんも協力しちゃうぞ!!」と姉が面白半分で絡んでくるに違いない。王妃様が来るという事であれば王女様も同行なわけで、さらに……王太子殿下まで現れる可能性が高い。一人でもいれば大変なのに、オールキャストなら……不安な気持ちが高まるのである。
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木曜日、調査の報告を受け取る。ゴブリンに関しては、ルーンの偽装村で偽装兵に誘導された丘陵の横穴的洞窟にかなりの数が集まっているという。シャーマン、ファイタークラスが上位種として確認できているが、その上のジェネラルやチャンピオンは確認できていないという。
推定五十体、装備は非常に悪いので、以前討伐したキングもしくはジェネラルの敗残兵が蝟集したものではないかと推察されている。魔狼は確認できていないが、狼が数頭行動を共にしているようで、森の中で食料を探す際、同行しているという。
「やっぱり集団でいたわね」
「楽にレベル上げさせられそうで何よりだわ」
とは言え、洞窟の中に潜むゴブリンを討伐するのは手間である。入口を塞いで燻り殺すか、焼き殺すか……の二択か。
「脱出口は他にあるかどうかが問題ね」
「離れた林間に小さな穴が設けてあって、そこに出られるようだけれど、いつでも塞げるようね」
「なら、燻り出して、出口に柵を設置しておいて、斬り合ってもらう?」
洞窟の出口に柵を形成し、一度に飛び出せる数を制限してしまおうということだ。簡易的に逆茂木を持ち込んでもいい。リリアルにはいくらか備えがあるので、それを魔法袋で持ち運べばいい。
「もしくは、歩兵が自衛用に持ち歩く木の杭をいくつかその手前に突き刺すようにしようか」
「リリアルの子達に用意できるものはそうしてもいいわね。使い終わったら、薪にでもできればいいのだろうし」
という事で、木杭は今後の課題、間伐材を流用しても良い気がする。太さが10㎝程度なら、植林数年で間伐したものを使えるだろう。
次の報告は、廃城に関しての調査であった。距離は街道からかなり離れているものの、旧道の痕跡は残っている。そこには、甲冑を身に着けたオーガらしきものが確認できたという。
「2m超の身長に、右手に魔導具らしき金属の義手を装備しているオーガ……」
「少々厄介ね。オーガは基本、群れを作らない存在だから、おびき出してしまえばそれほど困難ではないでしょうけれど」
「魔導具っていったいどんな効果あるのかしらね」
今まで、魔力を有する強力な魔物の討伐は『竜』くらいであり、あれは頭が悪かったので問題は無かった。ゴブリンにしても、身体強化やシャーマンの能力もそれほど脅威ではない。
甲冑を装備し魔道具を使うオーガが簡単な相手ではないことは容易に推測できる。恐らくは濃赤以上、薄青か濃青等級の魔物であると言える。
「そういえば、ヌーベの山賊の首領がオーガ化していたわね」
「お爺様とサシでしばらく戦っていたけれど、力尽きていたのよね」
あの山賊砦の首領は公都に連れて行き、ブルグント公爵家の騎士団の取り調べを受けたものの、正気を失っており、まともな会話が成立せず、結果、処刑されるためだけに引きずりだされてきた存在であった。
「アレ、身体強化と薬物の使用で『狂化』し過ぎてオーガ化していたという事だったのよね」
「実際、あの砦の指揮官は小頭? 私たちを捕まえにきた部隊長が仕切っていたみたいね」
書類を探して脱出する際に切り殺したあれだ。生かしておけば情報がもう少し取れたのかもしれないが……今となっては仕方がない。
「でも、この『ワスティンの森』って……」
「ええ、ヌーベ領が真南にあるわね。旧街道を移動して、川沿いに南下すれば、領に入ることになるわ」
「……関係あるのかしらね」
旧のギュイエ公はロマン人の一族であり、ヌーベ公とも血縁関係を持っていたという。周囲の領地が王国に帰順する中、最後まで下らなかったものの、連合王国が王国の領域から完全にいなくなったタイミングで王国に降った。
「オーガを作る方法を知っているとかかしらね」
「もしくは、オーガを使役する術を持っているとか?」
オーガについては、今少し時間をかけて対応すべきだろう。基本、オーガや吸血鬼は拠点を築いたら移動をしない存在である。そこに宝を溜め込んだり、周囲を支配しようとする傾向がある。
吸血鬼は配下の隷属種やグールを使い自領を築く反面、オーガは人跡稀なる場所に籠る傾向がある。条件的にルナル城跡はピッタリと言えるだろう。
「もしくは、唆した、もしくは誘致したというところかもしれないわね」
「あー 魔道具の義手が気になるわね」
ゴブリンの巣と古城のオーガの二つの調査内容を確認した二人は、再び、カトリナの待つ別棟へと移動した。
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調査資料に目を通し、カトリナは冒険者カリナモードに切り替わる。
「で、どうするのだ」
「どうしたいかね。ゴブリンの群れは黄色等級の難易度。リリアルの支援があって良いレベルね」
「……一人で数を倒すのは容易ではないな」
カリナとミラでやれない事はないが、それほど数を熟す必要もない。
「半分は後ろに抜けさせても構わないわ。リリアルの冒険者に掃討させましょう。最後に、上位種が出てくると思うの。それは二人に任せる事になるわね」
ファイターとメイジもしくはソーサラーが登場した場合、独自に討伐を行い、ランクアップにつなげたいのである。
「そこで、薄黒まで上がってもらって、オーガ討伐で一気に薄黄等級にまで上がってほしいから、二段階に分けるのよ。オーガは引籠りする魔物であるし、見立てでは少なくとも濃赤以上……恐らくは青等級ね」
「うちの、お爺様クラスってこと」
「ニース前辺境伯様か。むむ……願ってもない相手だ!!」
ミラの表情が若干曇ったようであるが、この難敵を前に引き下がる彼女の主ではないことは理解できているであろう。
「だが、まて……この右手の魔道具の義手……『鉄腕ゴットフリート』ではあるまいか」
帝国騎士であったゴットフリートは半世紀前に活躍した有名人である。
「でも、二十年くらい前に八十過ぎで死んだんじゃなかった? 自分が散々荒稼ぎした金で買い取った城でね」
『強盗騎士』と呼ばれた無法者の中でももっとも有名であった男が『鉄腕ゴットフリート』なのだ。帝国内の多くの司教領や自由都市の商人に強引に決闘を申し込み、身代金を奪うやり口で、ついに御神子教会から破門宣告を受け、全ての財産を没収されたこともある存在である。
「教会や様々な都市の裁判を無視し、最後の最後で皇帝に直接止められるまで、滅茶苦茶やってたんでしょ?」
「農民側について貴族と戦ったというので、あちらでは英雄扱いだろう?」
単純に、農民相手に戦っても奪うものがないが、農民の暴動を治めに来る騎士は金になるということで味方したに過ぎないというのが真相のようだ。
「生きていれば百歳越えよね」
「オーガと化していれば、肉体年齢は全盛期に戻る。不老不死ではないが、魔力がある限り、活性化していることができるのではなかったかな」
仮に、伝説の存在であれば、依頼ではなくても討伐実績としては文句なく昇格につながるだろうと彼女は推定する。上手くすれば、薄赤まで上がるかもしれない。
公爵令嬢で騎士……さらに冒険者としても実績がある美女……とても素晴らしい。彼女の代わりに、王都・王国で有名になって欲しいと心から願っているのである。
「どうかしら? 準備を整え、二つの討伐を成功させましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」
「任せておきなさい!! とは言え、ゴブリンの後は、装備と戦い方も考えないといけないわね。鉄腕ジジイについて、お爺様に聞いてみるのもありじゃない?」
爺は爺を知る。世代的にはかなりズレるが、戦い方や行動原理に関して情報が得られればいいなと彼女は思うのである。
これにて第二幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第三幕『ワスティンの森』は後日に投稿開始いたします。
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第三部以降で登場する帝国側の冒険者の前日譚投稿しました。
幼馴染の勇者に婚約破棄され、村を追い出された私は自分探しの旅に出る~ 『灰色乙女の流離譚』
https://ncode.syosetu.com/n4993gh/
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