第210話 彼女は公爵令嬢と素材採取に向かう
第210話 彼女は公爵令嬢と素材採取に向かう
翌週、必死に『気配隠蔽』の特訓を繰り返したカトリナは水曜日の夜にドヤ顔で「できたぞ!!」と二人を御茶会に呼びつけ言い放った。
「出来ないと素材採取中止なだけだから」
「そ、それは困ると思ってだな、頑張ったのだ」
「存在感がありすぎるというのも、良し悪しね」
「褒めても何も出さんぞ」
とそれまでのシオシオから完全復活の御令嬢である。
「宿題は終えましたか」
「ああ。薬草は公爵家お抱えの錬金術師に聞いた。まあ、こんな感じだ……」
特徴を調べた内容についてとくとくと説明する。
「何か問題があるか?」
「いいえ。調べる手段は千差万別です。素材の採取依頼をした当人、もしくは常時依頼ならギルドの受付でも情報はもらえます。錬金術師や薬師も当然一般情報は持っていますが、『ご当地』と考えると、ギルドか依頼人に直接確認する方が良い事もあります」
「そうか。なら合格で良いな」
コネも金もあるに越した事はない。身分のあるものはそれだけ簡単に情報を手に入れることができる。初心者の冒険者にとってはそれなりの壁になる情報も、公爵令嬢からすればどうという事もないのだ。
「これに何の意味があったのだ?」
「立場が違えば、お抱え錬金術師に問う……等という事はできません。どのレベルの人間が問うかで、答えが変わることもあります」
「そうか。なら、下の者に頼むときは注意するとしよう」
高位の貴族の経験しかない場合、下の人間がなぜできないのかに思いいたらないことも多い。その事を指摘したかったまでである。
「では、週末は楽しみにしている」
「今週は私も付き合うわ!」
「ランチはいかがしましょうか?」
素材採取は恐らく一日仕事となるだろう。
「軽食を自分たちの分は用意してもらいましょうか」
「承知した。簡単なパンと摘まむものとお茶で良いか」
「承知しました」
カリナが承知する。恐らくは、魔法袋にテーブルセットくらいは入れてくると彼女は予想している。二人とも魔力は彼女ほどではないがそれなりに多い。魔法袋に荷物をそれなりに収納することは苦にならないだろう。
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さて、土曜日、二人は兎馬車で依頼人たちを迎えに行く。今回は、リリアル生があまり行かない、騎士学校から南に降り『ワスティンの森』へと向かう。
正直、王都近郊では魔物が既に見かけなくなりつつあり、恐らくは旧都と王都を繋ぐ旧街道辺りでないと遭遇できないと彼女は考えていた。魔物を討伐させる気満々である。
「兎馬車か……珍しいな」
「庶民は馬より兎馬を好みますね。家畜としては扱いやすいので」
「なるほど。冒険者も馬車で移動するのは高位の者だけという事だな」
カリナの実家の経済力からすれば、黒塗り高級馬車で移動も可能だろうが、薬草採取に行くには少々豪華すぎる。そして……目立つ。紋章無しのお忍び仕様もあるだろうが、どう考えても多数の護衛がつくとしか思えない。
「装備は一通り試してみましたか」
「うむ、私もミラも問題なかったな。剣もなかなか扱いやすく良い作りだ」
「いいわねそのブレード。まあ、私の剣には負けるけど」
伯姪の剣は摺り上げて短くし、護拳を交換したミスリル製の物でもある。量産品とは比較にならない。
「騎士学校の剣もこの手のに変えて欲しい気もするね」
「自分で購入する分には問題ないのではないかしら。貸与品でなければという規則は無いわ」
「なら、演習に出るときは、それを購入しようかな!」
騎士爵様は男爵と異なり、全額ポケットマネー故に財布のひもが緩いのだ。
古の帝国時代、王都発祥の地には今だ都市はなく、この地域は現在の王都周辺を含めて「人跡稀な」という意味である「ワスティン」と呼ばれる地域であったという。その名称が固有名詞となり、旧都を流れる川の水源の一つでもあり、いまだ開発の進まない丘陵地域としてこの森は人があまり近づかないとされる場所でもある。
ルナル城と呼ばれる中規模の城塞が百年戦争以前は拠点として管理されていたのだが、現在は放棄されているという。兵士百六十人を含む約五百人を居住させる城塞であったと言われているが、王国の統治が安定するとその価値を失った。
旧都と王都の街道からも外れ、シャンパーとも方角が異なるこの辺りは、文字通り「人跡稀な」地域に戻っているのだ。
現在、王都と旧都を結ぶ運河の建設計画では、この森を抜ける予定であり、その結果、今は廃れている人の流れも活発になるかもしれない。
「つまり、レンヌから旧都を通ってこの森に運河を通して王都に向けて船が移動出来るようにするという事なのだ」
「へぇ、じゃあ今までよりレンヌからの物流も増えるわけね」
「なら、ギュイエ領からの商材も王都で増えるかもしれないわね」
「勿論だ。父が最近王都で活動している理由の一つでもある。我ギュイエ領が生み出すワインは世界一ぃぃぃ!!! だからな」
「そう。シャンパーのワインの方が私は好きだわ」
渋いワインより、爽やかなワインを彼女が好むのは、濃い味の料理が苦手であるからだろうか。北方では味の濃い料理は多いので、ボルデュのワインはアウトだと彼女は考えている。
「ふむ、やはり飲み慣れたものが美味しく感じるのであろう。今後、王都でボルデュワインが気軽に楽しむことができるようになれば、その妄言も変わるだろう」
「内海料理にはフレッシュなワインが合うから、私も好きではないわねボルデュ」
「料理に合わせて酒を選ぶのは当然だ。まあ、それは認めよう」
王都圏の経済力は大きく、連合王国と神国の関係が悪化すればするほど、海峡を通過する物流は困難となる。海峡を通らず、王都に運び込める運河の建設は王都にもギュイエ領にもメリットがある。
「でもさ……」
「ええ。ルーン益々干上がるわね」
残念ながら、その通りであろう。
兎馬車を進めながら、狭くなる古びた街道を森の中へ入っていく。この状態ではほとんど往来する商人もいないであろう。王都から旧都にはもう少し西にある『シャル』を経由する街道が主な選択肢となる。魔物の討伐も進んでおり、安全だからだ。
「少し前のリリアルの先の森みたいな雰囲気ね」
「それ以上じゃない? 一応街道沿いに村もあって、騎士団も警邏している地域でしょう。ここは管轄外扱いよね」
騎士学校からシャンパー伯領の中心都市であるカンパニアにいたる街道は警邏されているが、そこから南に分岐したこの街道はその対象外なのだ。
「おそらく、運河の掘削工事が始まれば、人も集まるし往来も増える。その前に、この周辺の魔物の討伐も行うだろうから、変わっていくのだろうな」
「今は、手付かずってことよね?」
「ああ、美味しいところをいただこうではないか!!」
腕が鳴る! とばかりに狭い兎馬車の荷台で蠢くカリナに伯姪の冷たい視線が突き刺さるが、気にしないのは流石公爵令嬢である。
「さて、そろそろ到着かしらね」
「あまり奥まで行かないで済みそうね」
「ん、私に遠慮はいらんぞ。どのようなことが起こっても対応して見せよう」
「薬草採取にそんなことが頻繁に起こっていたら、冒険者なんていなくなるじゃない。さあ、降りてちょうだい」
荷台から降りたカリナは「うん、体がなまってしまった」とばかりに体を動かす。さて、薬草についての確認をしておこうか。伯姪が兎馬を兎馬車から外している間に、彼女は口頭試問する事にした。
結論から言えば申し分ない理解であった。とは言え、実際に採取できるかどうかはまた別の話でもある。
「薬草を根こそぎ採ってしまうと、再び生えてくるのに時間がかかることになるから、綺麗に葉だけを千切り取るようすること。それに、葉が枯れていたり、虫食い、それと千切る際に欠けがあるもの、大きさが基準を満たさないものは採取しないように注意してください」
「ん、面倒なのだな」
「条件を満たさないと、依頼を達成したことになりませんし、何度も採取する必要があるのですから、当然の配慮です」
「確かに」
とても優秀で真面目な性格なのだなと、彼女は公爵令嬢を少々見直す。黙って周囲を警戒し、一切無駄口を叩かないミラにも関心する。というか、怖い。
「ミラは経験がありそうですね」
「旅先で体調を崩した場合、必ずしも薬が手に入るとは限りませんので。従者の教育の一環として、ある程度薬師としての知識も持っております」
「そうなのか! やはりミラは優秀なのだな!!」
と、自分の侍女の思わぬ有能さに公爵令嬢のテンションが上がるのだが……
「では、森に入る前に『気配隠蔽』を行いましょう。半日程度は問題なくできますね」
「と、当然だ」
「……カリナ様……」
「む、に、二時間くらいだな……」
どうやら、燃費が悪いらしく、それほど連続では気配を消せないようである。
「数が多い、猪・狼・ゴブリンなら問題なく対応できるでしょうが、出来る限り隠蔽を継続しましょう。午前中に採取を終え、午後は討伐に切り替えるつもりで考えてください」
「了解した。冒険者らしいことができるのは嬉しいな」
いやいや、依頼に沿った問題解決こそが冒険者の仕事であり、ゴブリンや狼を殺すことは「らしい」とは言えないと思うのだが、一般認識はそんなものだと彼女は黙る事にした。
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「ここ良いわね。こんどリリアルの子達にも紹介しようかしら」
「……そうね。採取はしやすいでしょうが……色々問題ありそうよ」
「ええ、痕跡が多いもの」
「どうした。何か問題でもあるのか?」
護衛の侍女であるミラも先ほどから採取と並行して周囲の警戒を高めている事が伝わってきた。
「魔物や獣の痕跡はかなり多いですね」
「そうそう。やたら獣道や、新しく折られた木の枝や草が多いもの」
「人気のない場所なのに、人の手で作られたものの廃棄物が多いですね」
「なら、ゴブリンたちかも知れないわね。要らないものを拾っては飽きたら捨てるの繰り返しだもんね」
「その可能性は高いわね。素材の採取がほぼ終わったようなので、早めに見通しの良い場所で昼食を交代で採りましょう」
「そうか。なら、戦の前の腹ごしらえといこうか」
日はまだ中天に達してはいないが、朝方とは異なり、木々の間から日差しが漏れている。密集した木々の間にも隙間はそれなりにあるようで、すっかり明るくなっている。
「カリナ様、こちらへどうぞ」
「おお、すまんな。ではランチにしよう」
グローブを外し、手洗いの水を魔術で生成すると、手をすすぎ、風の魔術で水気を吹き飛ばす。それは綺麗な魔術の行使であった。
「見事なものね」
「……さすが公爵令嬢」
「まあな。こればかりは訓練を重ねている甲斐があると自負している。まあ、あまり使える魔術とも思えないがな」
「そうでもないわ」
金貨十枚の謝礼として、彼女は「水で魔物の呼吸ができないように鼻と口を塞ぐ」という話をする。
「時間がかかりそうだな」
「ええ。襲いかかってくる敵には必要ないでしょうけれど、見張役を倒すには声を出させない殺し方も覚えておいて損はないと思うわ」
「そうか。騎士とて、潜入捜査はあり得るものだから、練習しておいて損はないか」
最初に驚きパニックを起こさせた隙をついて一撃で倒す……という方法も使えるのではないだろうか。
「さて、素材採取と魔物討伐を週一で続けるとして、どの程度昇格に時間が掛かるだろうな」
「半年では難しいでしょうけれど、先ずは薄黒まで上げないと、討伐依頼自体受けられないわ。そこまで……ニ三か月かかりそうね」
一月で濃白、更に二月で薄黒までいけば順調だと彼女は考えている。
「その後はどうするのだ」
「オークかオーガを討伐するのが近道です。オークは単独なら薄黄、群れならその一つ上、オーガは薄赤の討伐レベルです。倒せば、薄黄までは昇格ができるでしょう」
「おお、なら問題ないな。オークか! まあ、少々の遠征なら出来るだろう」
そして、今一つの課題がある。
「薄黒となった場合、私と依頼の間パーティーを組んでもらいます。今のままですと、恐らく討伐依頼がオーガは受けられませんので」
薄黒で受けられるのは黄色等級まで。赤のオーガは受けられない。彼女が加われば黄色等級扱いとなるのでオーガの討伐を受けることができる。
「ふむ、見分役ということか」
「説明聞いてた? ギルドの受注システム的にあなたたち二人じゃ、依頼を受けられないってこと」
「そ、それは当然理解し、している!!」
目が左右に激しく動くカリナ……やはり……あほの子。
優雅に白いテーブルと椅子を魔法袋から取り出したミラが、話に一切関心を持つ素振りもなく、黙って新しい紅茶をサーブする。
「こうして、体を動かす仕事をした後の食事は格別だな」
「匂いにつられて魔物が寄ってきているわ。優雅な食事の時間を切り上げてもらえるかしら」
視界にはいまだ入らないが、何やら魔物らしきものがこちらに近づいていることを彼女は確認した。
「見えるのか? アリー」
「いいえ。気配を察したというところです。小さいですが、足音がします」
その足音は複数であり、どうやら、二足歩行であることを彼女は確認していた。




