第209話 彼女は公爵令嬢の冒険者登録に立ち会う
第209話 彼女は公爵令嬢の冒険者登録に立ち会う
既に注目を集めている状態で、一先ずカミラ経由で侍従たちをギルドの外に移動させ、一旦屋敷に戻ってもらうように言伝を頼む。
「ふむ、やはり一流冒険者は注目を浴びてしまうのだなアリー」
「カトリナ。私は今日、久しぶりに駆け出しのころの冒険者衣装を着ています。目立っているのはあなたの行動と言動故です。大声で名前を言わないで頂けますか?」
おっ、そうか。それは失敬した……などとようやく自分の過ちに気が付く公爵令嬢である。
「そのついでに。あなたの本名で登録することは同じ理由で避けた方が良いでしょう」
「なるほど。カトリナ・フォン・ギュイエが不味いか」
「ええ。フォンとかギュイエは絶対ダメですし、カトリナではなく……『カリナ』など本名を少しアレンジしたものにすべきでしょう」
「では、カミラは……『カミ』『カラ』」
「どう考えても『ミラ』ではないでしょうか?」
「いや、普通過ぎてつまらないかと……『目立たないために付ける偽名で目立ってどうするのですか』……はっはっは。で、君の従者を紹介してもらえるかな」
「……彼はリリアルの魔術師見習ですが、先の竜討伐にも参加した『騎士爵』を賜った者の一人で、『シン』と言います。学院では院長補佐を頼んでいます」
「おお、では私もシンと呼ばせてもらおう。私はカリナ、で、彼女はミラだ。よろしく頼むよシン」
「こちらこそ。一人前の冒険者となるお手伝いをさせていただきます」
偽装開始とばかりに、少々砕けた物言いに変える茶目栗毛である。
「さて、では早速登録をお願いしようか」
「私が受付に立つと目立つ可能性が高いので、ここではシンと三人で登録をして頂きます。その後、ギルド御用達の武具屋で冒険者としての装いを整えるまで行います。お着換えしていただき、ここで依頼を確認し、どのような依頼を受けるかを検討し、来週は実地研修することにします」
「なるほど。今日は準備で終了という事か」
そうなる理由は、既に明確であり、ハッキリ指摘しなければならない。
「カリナ、『気配隠蔽』は習得できましたか?」
「む、今だ途上だ。が、来週には間に合うだろう。そうだな、ミラ」
「はい、その通りです」
「…… 習得できるまで例え素材採取でも実習は行いませんので、必ず身に着けて下さい。姉が申しておりました、『夜会で気配隠蔽が使えると便利』だと」
「おお、あの方のアドバイスなら間違いあるまい。そういえば、いつの間にやら夜会の席から見られなくなると噂があったが、そういった理由であったか」
姉は不審人物扱いであったようである。
三人で冒険者登録の受付に並ぶのを、食堂の席から眺める。受付嬢は手慣れた様子で記入させているのだが……
「む、出身地は……」
「王都在住なら王都で構いませんよ」
余計なことを言い出しそうで少々ハラハラする。
「魔術を少々……あ、隠蔽が使えないのは……」
「それはリリアルの運用なので、ギルドでは特に問題になりません」
「そ、そうか。いや、冒険者が皆隠蔽できるのに、私だけ使えないのは……恥ずかしいと思ってな」
そこでうっかり「公爵令嬢」と言いそうになるのを思いとどまったのは良しとしよう。書類をさらさらりと二人は記入する。美少女二人が新人登録をしているのを周りの冒険者たちはじっと見ている。
これが、普通の女性なら「新人なら、俺たちと組まないか?」などと口に出し肩でも抱えて連れ去る勢いなのであろうが、黒塗四頭立ての馬車で従者多数と乗り付け、現在、ギルド前には屈強そうなそれが微動だにせず立っているのを知っている故に、誰一人声を掛ける事は無い。
書類作成が終了し、冒険者証が出来上がるまでの間、彼女は依頼人たちと、白等級の冒険依頼を確認するため席を立つ。
「ふむ、素材採取ばかりだな」
「普通の駆け出しの子は未成年ですから。比較的安全な依頼をきちんとこなせるかどうかの見極めを白等級では行います」
「つまり、一人前として扱えるかどうかの確認か」
文字も読めない、依頼の内容も正確に理解できないでは仕事を受けさせるわけにはいかない。何度かきちんと定められた内容で素材を集めて納める事ができるかどうかやらせて試すわけである。
「勿論、素材を採取する場所によっては獣や魔物も現れるので、安全とはいえません。それは、街道を行く旅人も同様です。馬車を利用するのは、馬車を止めて中の人間に危害を加えられるほどの脅威が少ないからですね」
「なるほど。徒歩であれば危険な様々な要因を馬車でなら防げる。冒険者はまず、自身のみを護れる程度の能力があるかどうかで見習が終了するかどうかを見られているという事だな」
カリナはあほの子だが愚かではない。同じことを定められた期間、きちんとできるかどうかは、騎士見習や従者見習を見ていても理解できることだ。何事も単純な行為の反復が基礎の部分を為しているからこそ、誰にでもなることが出来る冒険者は、その反復が出来るかどうかを見定めているのだ
「では、課題を一つ。ここにある薬草と、出来ればゴブリンか狼を来週討伐に向かう予定です。場所の選定はこちらで行いますが、どのような場所にある植生なのか、どのように採取すればいいのか、魔物の特徴、行動原理、対応方法を予習してきていただきます」
「……教えてくれんのか?」
カリナは怪訝な顔をする。金貨十枚払って「自分で調べろ」なら、教官はいらないのではないかと。
「騎士学校でも習いましたが、事前の情報収集は必要な項目です。採取場所に入る前に答え合わせをします。もし、リサーチ不足であれば、どこに問題があったのか指導します」
「方法はこちらの判断で構いませんか?」
カリナが悩み始めそうであったのを見て、ミラが口を差し挟む。勿論、どのような方法を用いても構わない。
「お任せします。その方法についても答え合わせをいたしましょう」
「承知いたしました」
主人はぶつぶつと口の中で想いを述べているが、優秀な侍女が上手く誘導してくれるだろうと彼女は考えていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「久しぶりですねアリー。何か早急に必要なものでもありますか?」
いつもの店員が挨拶してくる。カトリナ改め新人冒険者の「カリナ」と、カミラ改め「ミラ」の二人の装備を見繕う依頼を受けていると説明する。
「……なるほど。では、ある程度しっかりした物で考えましょう。既成が合わなければオーダーも出来ますから。まずは、お試しください」
店員は慣れたもので、「わけあり依頼人の冒険者=貴族のお忍び」と察してくれたようである。
「手持ちの武具ではダメなのだろうか?」
「……その持ち物は『騎士』の装備であって冒険者の物ではありません」
「何が違うのだ?」
拵えの豪華さは勿論そうなのだが、用途がかなり違うのだ。
「例えば、そのレイピアですが、魔物相手だとマッチングが良くありませんね」
剣としてはバスタードソードほどもある。更に、鎧を刺突し損なっても折れないように撓る細剣だ。魔物と距離を取りたい、突き放したいときに撓っては困る。また、至近距離で扱う事を考えると、片手で扱えるロングソードを用いる方が良い。また、サブ・ウエポンであるダガーも実用的なものでなければならない。
「剣は武器であると同時に身分を示す物でもあります。故に、冒険者には冒険者の装備をお勧めするわけです」
「目立ってはいけない……ということだな」
「はい。それと、丈夫で汎用性が高く入手が容易なものでなければなりません。言い換えれば『騎士』ではなく『兵士』の装備という事です」
「……なるほど。確かにその通りだな」
常備軍の兵士も魔物狩りや必要であれば素材採取もする。常勤の兵士か、臨時雇いの冒険者の違いであるとカトリナ嬢は理解したようである。
先ずは、衣装を整えてもらうところから始まる。今の「いかにも貴族の女性が男装しています☆」という高位の従者の姿ではかえって目立っているし、そもそも従者の衣装は礼装の一種であり兵士の作業着ではない。
「この辺りのキルティング・アーマーがお勧めですね。外側は麻と羊毛合わせ織。中身は綿の綿が入っている高級品です」
普通は毛の短い織物に適さない羊毛屑をある程度熱して球にしたものを縫いこんでいるのだが、中が綿綿なのは高級品だろう。
「見た目は普通で、中は高級なものも扱ってるんですよアリー」
『お忍び貴族』と理解した上でのお奨めなのだろう。女性向けのカッティングを採用している仕様もあるとか。この辺りも、男装で遠乗りや狩猟に参加する貴族の女性ニーズを踏まえている品揃えだという。
「品揃え変わりましたでしょうか」
「ええ。貴族の女性が旅用に求める人が増えています。あなたの影響でしょうね」
思い当たる節が多すぎる。芝居衣装の感覚で武具屋を訪れる貴族女性が増えているという事なのだろう。
「なので、防具としての質は確かですよ。価格もそれなりですけれど」
彼女たちが初心者装備として手に入れたそれの十倍はする。一揃いで金貨数枚はするかもしれない。
「勿論、普通のラインでも出しているのですが、女性用はローブタイプのワンピースとアンダーコートくらいになるんです。まあ、男性用でも流用できますけれど、体のラインが違うので、貴族の女性には好まれません」
どうせ彼女は少年サイズでピッタリオーダー・メイド状態である。不満は特にない。無いと言ったら無いのである。
キルティング風の腰下まである上着に七分丈のズボンを合わせ、革の胸鎧に厚手の革の手袋。革製の脛まであるブーツをそれに合わせる。
「その靴は重たいですけれど、脚鎧の代わりになるので慣れるまで良く履き込んで貰います。最初はストッキングを重ねるか厚手の物を使ってください」
「徒歩で活動するのに、履物は大事だからな。心得た」
カリナは盾を装備したいというので、バックラーではなく『タージェ』もしくはターゲット・シールドと呼ばれる30㎝ほどの円形の盾を購入した。バックラーがシールドボスを握るスタイルなのに対し、盾の裏のバンドを握るもしくは、そのバンドに腕や腰のホルダーに引っ掛けて持ち運ぶ装備でもある。
「盾が無いのは心許ないのでな」
「使わずに済む戦い方を身に着けることをお勧めしますね」
「ふ、そうか。まあ、追々だな」
まさか、盾に紋章とか入れないでしょうね?
サブ・ウエポンのダガーはバゼラードタイプの普及品を購入。というか、公爵家の備品であるそうだが……
「紋章が入っているので駄目だな」
ということである。いや、身分を示す物としてその程度持っておくのは悪い事ではないだろう。依頼終了後には提言するつもりで彼女は考えた。
「問題は剣をどのようなものにするかですけれど。片手剣で騎乗にも使える護拳のしっかりした物というと、どのあたりでしょうか」
「そうですね、最近入りだしたのは……」
ショートソードのサイズの新しい剣があるのだという。元々、ショートソードは百年戦争時の下馬戦闘で騎士が装備する為の片手剣でもあったのだが、冒険者としては、少し反りがある剣が好ましいのだ。
「南ネデルの辺りの装備です。ワルーンブレードと言います」
サイズはショートソードと同程度の70㎝ほどの長さの直剣なのだが、先端の返しの部分以外に背の部分には刃が付いていないので「ブレード」と呼ばれるのであろう。護拳がしっかりと装備されており、柄頭の突起や、護拳の上に突出しているサム・ボールと呼ばれる護拳の返しも打突に向いた工夫だ。
つまり、歩兵が装備し、白兵になった時に剣の柄やグリップで殴れるように工夫が施されていると考えれば良いだろうか。
「これは……」
「あなたも受けたでしょう? 護拳で競り合いになったら殴るんですよ」
「おお、歩兵である冒険者なら当然想定すべきことだな。泥臭いところが実にいい」
「……」
別に、敢えて泥臭い真似を求めているわけではないのだが、とは言え、サイズと拵えは問題ない実用品と思える。
「価格は……安いな」
銀貨数枚の値段設定なのだが、駈出し冒険者なら半月分の生活費だが、公爵令嬢にすれば茶菓子の値段である。
「ではこれと……」
「皮の頭巾とローブかマントも購入してください」
「おお、確かに。変装には必要なものであるな」
「……変装ではありませんけれどね……」
冒険者の姿に公爵令嬢が着替える事自体、既に変装レベルなのだが、彼女はあえて口にはしない。
一通り購入すると、「騎士学校まで届けてもらえるか。アリー宛で構わない。支払はギュイエ公爵家に頼む」と爽やかに告げるカリナの声に、一瞬顔が硬直する顔なじみの店員。
「……ご迷惑をおかけしました……」
「いいえ。納品の際に、商品カタログをお持ちします。品番とサイズだけお知らせ頂ければ、お届けすることも可能です」
「新しいサービスですね」
「ええ。何か工夫しろということで、固定客の方には商品を何度も購入する為に足を運んでいただかなくても注文していただけるようにしました」
「む、実物を見て色々話を聞きたいのだが……」
「それはもちろん大歓迎でございます。ですが、同じものをもう一つ……という事でしたら、納品伝票の記号で管理できますので品番を仰っていただければ、間違いございませんので。カタログの最後には注文票もついております」
と、とても至れり尽くせりのサービスなのである。
パラパラとめくるカリナを横目に、「リリアルと騎士学校にも一部ずつ届けて下さい」とお願いし、彼女は買い物を終わらせることになった。カリナが「冒険者の衣装で帰宅する」と言い張ったのだが、絶拒の対応をする。公爵閣下から睨まれるのはミラと彼女なのである。
「お、そういえば、このカタログのポーションにリリアル謹製というブランドがあるな。これは、アリーのアイデアか」
と聞かれたので、「姉です」と答えたところ「流石だな!!」といたく感心されたのだが、それは喜べるのだろうか彼女は疑問である。




