第205話 彼女は公爵令嬢に試合を挑まれるが
第205話 彼女は公爵令嬢に試合を挑まれるが
さて、トリは彼女とカミラ嬢の対戦になるはずなのであったが……
「さて、丁度いい時間だ。これにて講義終了。次の時間は、講義室に集合だ」
「そそそ、それはあんまりですわ!!」
「……いえ、試合では無くあくまでも武具の操練の実地確認ですから。またの機会にお願いしますねカトリナ」
「か、かならずだぞ……ですわ!!」
どうやら設定に慣れていないのか、ちょいちょい口調が素に戻る。いつもの男装騎士口調でも構わない気もするのだが。
「カミラ様、やるわね」
「ほとんど実力出していないでしょうけれどね。戦い慣れているといった印象ね」
本気であれば、片足切り飛ばすくらいの事は実行できただろうか。一対多数を前提とした、殺すより動きを止めるための有効な選択肢だと思われる。
「勉強させていただきましょう」
「うーん、好みではないわー 私としては」
身体強化と魔力纏い、速度と足止めに集中するという選択肢は、魔力の少ない女性の多いリリアル向きの選択肢だと思われる。フレイルか『ベク・ド・コルバン』なら似たような操作が可能だろう。
「地味だけど有効。最初から殺す事ではなく、避ける事を目的にしているとすれば、薬師や錬金術師の子達にも敷居が下がるわ」
「それもそうね。クウォータースタッフだってできないことはないものね。それに、二足歩行ではない低い位置にある魔物には、下段や中段の構えが有効」
「その通りね。狼や猪相手に振り下ろす形は余りよくないと思うわ。でも……」
「騎士は基本対人戦しか想定していないから。その辺りの教育が次の講義ね」
二人は、次の講義が「魔物」についてであることを思い出し、どう説明されるのか教官の説明を想像するのである。
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次の時間、講義室に戻ると教官は彼女たちの知人を連れて講義室に入ってきた。
「魔物についての講義は、一部冒険者ギルドから講師を派遣してもらう事になった。では、自己紹介を」
「以前、王女殿下のレンヌへの旅行の際に護衛を務めた者だ。今は薄赤等級、経験は二十年ほど、『戦士』を務めている前衛職だ」
『薄赤』パーティの前リーダーである戦士がそこにはいた。引退後は、リリアルの講師兼守備隊長をお願いしたい人材である。実は、王都ギルドに騎士団から講師派遣の依頼を掛けてもらい、その際に薄赤戦士を指名するように依頼をしていた……つまり、完全にマッチポンプである。
「緊張してるわね」
「でも、いい緊張だと思うわ。自信があるように見えるもの」
従騎士ばかりとは言え、王族に連なる公爵令嬢以下貴族の子弟も在籍している。護衛で高位の貴族子女の相手をした経験もある『薄赤』とは言え、護衛対象に貴族は精々主とその側近くらいの者だし、直接の相手は女僧が対応していただろう。
「では、最初に簡単な騎士団の魔物とのかかわり方について教官側から説明を行う」
近年、王都近郊において騎士団の警邏による魔物の討伐が増えており、その結果、団員の魔物との戦闘による損害も増えているという。
「その分、王領の領民の被害が減っているんだが、そもそも、人間の犯罪者や暴徒と同じように立ち向かう奴がいて、大きな損害に繋がる」
「……た、例えばどのような……」
そんなことも分からないのかと言わんばかりの貴族令息たち。彼らは狩りの経験もあるので、人と獣の違いは良く分かっている。とは言え、魔獣を狩ることはなかったであろうから、印象の問題だろう。
「まず、誰何や名乗りは要らない。犯罪者ではないからであるし、先手が取れない。捕縛し詮議する対象ではなく、討伐の対象なのだから当然なのだが、癖が抜けないので後手に回る」
『何者だ!』なんて叫べば、当然先に襲いかかられる。魔物の質が悪いのは、躊躇なく人を襲い、更に同時に襲いかかることだ。
「例えば、狼なら一斉に飛びかかるような真似は人相手には少ないな。一頭ずつ噛みついてくるから、その一頭ずつに集中すればいい。ところが、魔物は本能が暴走しているのか、周りを考えずに同時に襲いかかってくるんだよ」
「……え……」
「だから、一人で立ち向かうなんてのは自殺行為だし、背後を仲間にみてもらって、背中合わせで視界に入る全ての状況に対応できないと……死ぬ」
「死ぬって……」
「に、逃げられないんでしょうか」
「待ち伏せされたらまず無理だな」
騎士団から情報を得ていなかったのだが、あのゴブリン・キングの残党たちが代官の村に向かう先遣隊を殲滅したというのは、ほぼ既定事項として認識されているようなのだ。
「最初に馬を襲う。魔物にとっては御馳走だからな。その後、騎士を狙う。致命傷を受けることは少ないが、扱う武器が剣ではなく主に、手製の槍や石斧のような打撃や刺突武器なので相性が悪い。ゴブリンなら複数で集られて押し倒されて滅多打ちされる。また、オークやオーガならその力任せの一撃でなぎ倒されてから……」
「「「滅多打ち…」」」
力押しが基本なので、先手を取られるとまず並の騎士の警邏隊なら押し切られることになる。故に、警邏には様々な工夫が必要と言える。
「いま実装試験中なのだが、班長にハンドガンを装備させることになるだろう」
帝国の『レイター』のように、接近される前に一撃を加えることが出来れば悪い事ではない。それと、槍ではなくスタッフを装備することも検討しているという。
「剣より長い間合いで制圧できる装備。仮にスタッフなら魔物の手に渡ってもそれほどの脅威にはならない。ある程度操練には技術がいる。また、人間相手に暴動などで使用したとしても、まあ、命を取らずに済む可能性が高い」
つまり、剣だけでなく長柄の基本的な操練の道具となるスタッフを使いこなす訓練がこれから追加されるという事なのだろう。剣は既に身に着けているから、次は槍やハルバードに通じるスタッフを主武器にするという事だろう。
「なんだ、棒振りかよ……」
令息の誰かが聞こえよがしに声を上げる。おそらく、スタッフの効果効能に想像が至らないものなのだろう。
「スタッフは見た目で脅威を与えないので、旅人や商人、御者などに偽装する時に剣以上に有効な武器だ。また、槍も穂先の無い側で攻撃すればスタッフと同じ運用ができる。兵士に訓練を付ける時も有効な武器だ」
そのあと、「棒振りがどの程度のものか、身をもって体験してもらおうか」と付け加える。貴族の子息をぶん殴っても、訓練だから問題ない!!
教官からの一通りの説明の後、薄赤戦士が講義を始める。
「俺も棒振りは得意なので、機会があればお見せしよう。それに、冒険者で護衛任務の場合、帯剣するが実際護衛する貴族の女性の前などでは抜剣を躊躇する状況がある。相手を無力化したり、剣より間合いが長い分、押さえつけたり倒したりするのも簡単だ」
と教官の話に乗っかる薄赤戦士。とりあえず、魔物の話に移ることになる。
「最初に、比較的遭遇する確率が高い『魔狼』『ゴブリン』について説明する」
その両方が同時に現れる可能性も高いことを加えて。街道沿いや集落の周りに現れる魔物であり、個々の能力はそれほど高くはない。が、少ない場合それは斥候役か群れからはぐれた存在であり、集団で攻撃してくる可能性が高いという事を説明する。
「二三匹ということはまずないと考えた方がいい。群れを作り巣がある。巣は、自然の洞窟や放棄された集落などを利用している場合が多いな。そこで、魔狼を一緒に飼っていることもある」
「……冒険者の仕事なのでは?」
確かに冒険者は依頼という形で請負仕事をする。とは言え、ゴブリンの巣の駆除は割に合わないので、普通は忌避される。故に、騎士団に仕事が回ってくることになる。
「村や旅人から報告があった場合、冒険者で対応できない規模と判断すれば、当然騎士団が討伐に向かう。今まで、従騎士でゴブリンの巣の駆除に赴いた経験がある者は……いないか」
大抵、王都近郊の場合リリアルが受けてしまうので、最近は経験のない者が増えている。領主の騎士団の方がまだ経験しているかもしれない。
「数は多い、洞窟や村は隠れたゴブリンや狼に有利な場所だ。相手は夜目が利くが、こちらは見えない状況で遭遇するから難易度も高い」
教官が危険度をあげつらうのだが……戦士が彼女と視線を合せる。
「アリー ちなみにリリアルならその場合どうするんだ?」
「……状況によりますが、油を撒いて火をつけて炙り出した後で、殲滅ですか」
メイとカミラを除く全員がギョッとする。
「中に入るのが危険なら、出てきてもらえば済むことでしょう。その為の準備と逃げ出すゴブリンや魔狼を抑え込む準備が必要ですが……魔術でなんとかなる場合もありますし、設備や資材を使う事もあります」
「……だそうだ。巣のある場所は動かない。それに、ゴブリンは昼間と夜で人間と活動時間が逆転している。その辺り、考えて巣の討伐・駆除は準備を行い、有利な状況で処理するという事になる」
魔物の討伐も、戦史で学んだ勝利の条件も変わらないのである。
相手に不利で自分が有利な場所を設定し、こちらは士気を高め戦列を崩さず組織的に活動し、相手にはそれをさせない。指揮する者が前面に立ち明確に指示をする。それだけの事なのだが、弱い魔物であるという先入観や無意識に人を上位をみなす思考が安易な行動に移らせる。
――― 不利な場所でわざわざ突撃をし、疲労困憊の所を見下した平民に撲殺される貴族・騎士とよく似た構図である。
「それと、『魔狼』は子牛ほどの大きさだが、『魔猪』は大きめの雄牛ほど、『魔熊』は数mもの大きさになる……トロルほどだと言うな」
「ええ。機会があれば王都に従魔の『魔熊』が来ると思いますので、その時に実際に見ることができるでしょう」
「ああ、リッサの従魔ね。『セブロ』君、お話もできるよね」
「……」
「は、その話は聞いてないが……」
「南都のギルドで『魔獣使い』として冒険者登録しております。それに、今はサボア公に雇われて、国境警備の契約を結んで活動中のはずです」
「「「……」」」
「白い熊で可愛いんだよね」
「大きさ変えられるのよね。子熊に変化できるのよ」
「まぁ、そ、その方とアリーは御友人ですの?」
ん、可愛い物好きなのか公爵令嬢。
「ええ。彼女も『竜討伐』に参加しております。サボア公との契約が終了すれば、晴れて王国の騎士爵として叙爵の予定です。その際は、リリアル学院に滞在して、薬師・錬金術師として勉強することになっております」
「……竜殺し(ドラゴンスレイヤー)……(白いモフモフ)……」
そういえば、と今一つ思い出すのである。
「ねえ、あいつもいるじゃない」
伯姪が思い出したかのように声を上げる。そう、癖毛の従魔兼相棒だ。
「そういえば、リリアル学院で以前討伐対象だった『魔猪』を捕獲したのですが、学院生の一人に力で負けたので、従魔となっています」
「……今は何をしてるんだ……」
「畑の番とかね。それと、薬草の採取に行く薬師の護衛とかかな」
「百頭の群れのリーダーをしていただけの事はあって、責任感や思いやりもあるいい魔猪だと思います」
「「「……いい魔猪……(モフモフ)……」」」
猪の毛は『たわし』になるほど剛毛である。モフモフはしていない。
「いまだ、リリアルの駐屯所には『アレ』が残っているよな」
「ええ。勿論残してあります。今後も何かと必要な素材ですので」
はっきり言わないのは、『アレ』の存在が秘匿されているからでもある。小隊長クラスの幹部と捜査に加わっている騎士たちは知っているが、近衛騎士などはその存在を明示されていない。不要な情報が帝国に伝わることもありえる。貴族の縁戚関係は国を跨ぐし、その利害関係も王国と一致するとは限らない。
「後日、リリアルにも実地研修に伺えるよう、騎士団から申請を出させてもらおう」
「宮中伯様の承認があれば対応可能だと思います。魔物に関してのみになるとは思いますが」
リリアルの戦力は部外秘案件なので、内部や訓練・装備については秘匿すべき内容だと理解している。故に、この騎士学校においても、彼女は極力身体強化以上の術を行使しないつもりではある。
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魔物の討伐に関しての予備知識に関しての教育の延長線上で、恐らく、冒険者という職業についても教育が為される予定だと講義の最後に教官が付け加える。曰く……
「騎士の中にも経験者が少なくない。その考課を見ると、やはり魔物や盗賊の捕縛に関して優位性がみられる」
という事で、王立騎士団と騎士団で任務が分かれる場合、騎士団は冒険者と連携して魔物や盗賊の討伐を行うことが増えるのだという。
「妙なセクショナリズムがあると、折角の情報や機会も失う事になるし、実際、それで命を落とす騎士や冒険者もいる。常勤か臨時かはともかく、信頼関係を築く必要があるし、少なくとも騎士は冒険者がどのような考えや行動をとるのか理解しておく必要がある」
という方針が、騎士団の更に上から出ているという事である。恐らくは、王太子殿下あたりであろう。事実、『タラスクス』討伐のお膳立ては冒険者であるリリアルが整えたのであり、騎士団は上げ膳据え膳で止めを刺しただけである。
魔物に関して、またその対策に関して騎士団と冒険者には知識にも経験にも雲泥の差がある。高位の冒険者を講師として招聘することも検討されているという。
「まさか……」
「そのまさかの可能性大ね。お爺様、張り切ってらしたもの」
「復帰だとか、腕が鳴るとかいうのはそれなのかしら」
今頃サボア領で元部下(という名の同志)と共に、サボアの騎士団の再構築に専念しているはずなのだが……
「魔物討伐もまともにできない騎士団に相当キレているみたいなのよ」
「……あそこも貴族令息の保管箱だったものね……実戦経験なさそうだったから、仕方ないわよね」
「領民が独立したくなる気持ちも当然って事なのよ!! 何のために税金払って貴族を養ってるかって、元々それが理由でしょう。守る気のない貴族なら、税金泥棒じゃない。それは、自治を要求されるわよね」
元々、貴族という名の戦士は、「戦う人」であり、「働く人」を護る代わりにその収穫の一部を税として受け取る権利を有している存在だ。戦う義務を果たさず税・年貢を受け取る権利だけを要求するのは自己否定となるだろう。
騎士も冒険者も「戦う人」の端くれであることは間違いない。戦えない人の代わりに戦うのは義務であり権利でもある。
「そんなことは判っているのだけれど……薬師に戻りたいわ……」
「無理ってわかってるでしょ? 諦めなさい。ほら、カトリナが睨んでるわよ」
王国で今現在もっとも有名な冒険者である『妖精騎士』である彼女が、薬師になりたいというのは独り言であったとしても看過できないのかもしれない。




