第204話 彼女は公爵令嬢と昼食を共にする
第204話 彼女は公爵令嬢と昼食を共にする
午前中二つ目の講義は「砲術」であった。戦場を変えた装備でありつつ、騎士の日ごろの生活にはあまり影響のない装備である。専門の「砲兵」が運用する物であり、騎士としてはどういったものかを理解していればそれで十分という事であった。勿論、発砲の実習などはありません。
然るのち昼食の時間となる。カトリナ様が先陣を切り、講義室から食堂へと皆は移動する。
「さあ、アリー、メイ、私たちの隣に!」
どうやら、彼女とカトリナが向い合せ、メイとカミラが通路を挟んで長テーブルの端と端とに座る形となる。そこに連なる他のメンバーという構造である。因みに、彼女の横はガロ出身の濃顔ジェラルド、伯姪の横は既婚の元冒険者ヴァンが座っている。
「カトリナ、ヴァンは元冒険者で、幼馴染と一緒に王都で活動していたのだけれど、結婚をする為に騎士団に入団したそうなの」
「ええ、冒険者には興味がありますの。ヴァン、カトリナと呼んでちょうだい。私もヴァンと呼ぶわ」
「……カトリナ……様……」
「様は結構よ。戦友になるのですもの、遠慮は無用だわ」
「いいや、俺はアメリアを残して死ぬわけにはいかない」
「アメリア……どなたですの?」
「カトリナ様、先ほどの幼馴染にして元冒険者の奥様のお名前かと」
「あら、素敵ね。自分で選んだ好きな異性と共にいられるというのは」
という事で、カトリナ的にストライクゾーンど真ん中であると思われる「幼馴染」「元冒険者」要素満載のヴァンを紹介してみることにした。ついでに……
「このジェラルドはガロ地方出身で、王都で身を建てる為に冒険者しながら来たんだそうよ」
と、伯姪から紹介される濃ソース顔(死語)の男。カトリナと簡単に挨拶を交わし、話題は冒険者の話となる。
「ゴブリンというのは、どのような姿かたちですの?」
「……目つきの悪い歯並びの悪いガキね」
「なんか唸り声上げて集団で飛びかかって来るよな。あと、弱い者いじめが大好きだから、女子供年寄りには滅茶強気だな」
「……とても卑しいですわ!!」
ええ、仰る通りですが、人間も落ちぶれるとゴブリンのような感じになります。王都圏ではゴブリンの討伐が進んでいるため被害は減少しているものの、王都の西、レンヌとの間にある地域である『ラマン』周辺では未だ被害が少なくない。王都のギルド管轄ではなく、『ラマン支部』の所轄なので冒険者への依頼もこちらからは得ることができない。
二期生が育った時期を見て、遠征を考えているエリアでもあった。とは言え、普通の馬車で二日ほどかかるので、おいそれとは向かえないのである。
「実習で討伐するのは最初はそれだよな」
「まあ、ゴブリンなら楽勝……とか言いません。ごめんなさい」
「何故だ。小鬼程度、恐れることはあるまい。平民とは言え冒険者でも討伐経験はあるのだろう?」
ゴブリン単体は怖くないが、ゴブリンたちはそれなりの脅威なのだ。魔物の傭兵隊とでも言えばいいだろうか。やることは同じである。金を奪わない事と、騎士なら脳みそ喰われてナイト・ゴブリンになる素材にされることぐらいか。
「でも、ゴブリン狩りと言えば、『妖精騎士』様だろ? どう思うアリー」
そう来るとは思っていたので、簡単な過去の事例を挙げておく。
「お芝居の元になった話は概ねその通りなのですが……」
『……その通りなのかよ!!……』
お芝居って演出で盛ってるよね、その通りってどういうことという心の声が聞えないではないが無視。
「一年少々前、王都の南西にある村の傍に偶然、ゴブリンの城塞を発見した事があるのです。近くの村から猪の群が廃城塞に住み着いて危険なので討伐してほしいと言われたので捜索していると発見しました」
「……猪の群れの討伐……」
「なんなのだそれは。猪程度どうということはないだろうが……」
百頭近くいて、そのうちボスとその子供は魔物化していたんだが、それは特に言わずにおく。
「堀と柵を巡らせた『村』に複数の上位種と三十体ばかりのゴブリンが確認できたので、依頼された村にいた騎士団の方にお知らせしました」
自分で討伐しねぇのかよと言った聞こえよがしの嫌味を無視し、話の本題に入る。
「騎士団は魔力持ちの斥候要員四名を派遣したのですが、全員死亡し、その脳をゴブリンに捕食されています」
「……では、ゴブリン・ナイトが四体増えてしまったという事ですわね……」
カトリナ嬢の指摘通りである。因みに、「脳を喰う」とか「能力を獲得するのかよ」といったざわめきが食堂に広がる。
「繰り返しますが、ゴブリンの群れは危険です。恐らく、複数のゴブリンに同時に襲い掛かられ、尚且つ上位種に倒されていたようです。私の討伐した個体の中には、片言の人語を話せる、過去に冒険者・魔術師・騎士を食したと告げた上位種がいます。魔力纏い・身体強化も使いこなし剣は魔銀製でしたね」
「「「げぇ……」」」
この時点で、冒険者なら濃黄もしくは薄赤等級。騎士団なら小隊長クラスの能力だと言える。装備はそれ以上だ。
「つまり、同数でも魔力の無い騎士ならかなり苦戦するレベルだと思います」
「ふむ、それは初めて聞いたぞ。アリー大変参考に……な、なりましたわ」
「……カタリナ……無理しないでいいんじゃない?」
「む、無理などして……おら……りませんのよメイ」
セリフ考えてるじゃんねどう考えてもさ。
さて、ゴブリンジェネラルクラスでもかなりの難敵であるのだが……
「因みにオーガは単独行動であるし、大概は城か修道院跡みたいなところで生活しているようだけれど、同じ程度の能力のゴブリンチャンピオンは群れで登場するので厄介よね」
「ああ、代官の村で橋の上の一騎打ちで首が取れなかった奴でしょ?」
「ええ。でも、泳げなかったのは幸いだったから、濠に叩き落して溺死してくれて助かったわ」
ゴブリンのチャンピオン=オーガ級、ジェネラル=魔力の使える上位騎士並みという話を聞いた男性の従騎士達は全員顔色が悪くなった。
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さて、午後は簡単な「武具の扱い方」に関する講義である。騎士であれば、剣と短剣、それに槍程度が使えれば問題ないのだが、兵士の場合はそれなりに使うべき装備が変わってくる。
徴兵された兵士たちが装備する竿状武器に関して、扱い方を理解し、自分たちである程度訓練できるようにする必要がある。剣でダメージを与えるには習熟が必要だが、徴兵された兵士にはそれは期待できない。
「という事で、長柄の武器を貸与するわけだ。それと、お仕着せの短剣だな」
短剣は、学院でも使っている簡素なバゼラードタイプである。最初に教官が取り出したのは『ショヴスリ』と呼ばれるウイングド・スピアの一種であった。
「これは使いこなすのが難しいが、この両方に突き出した刃の部分で鎧を引っ掛けたりして馬上から引き落とすことができる。が、あまり使わん」
槍に慣れたものが使うと効果が高いが、初心者向きではないという事だ。
「学院の魔術師の子はあれの魔銀製を使うのよね」
「ええ。牽制と制圧用に向いているけれど、確かに魔力と体格がある程度伴わないと使いこなせないわね」
赤目蒼髪と青目蒼髪が装備していることが多い。二人はメンバーの中で体格が恵まれているメンバーである。
「次はこれ『ゴーデンダッグ』だ。これは槍よりさらに単純に刺突だけに特化した武器だな」
直径はかなり太い金属の円錐が先端についたクウォータースタッフの様な形である。形が単純な分、プレートやチェーンで刃が折れることなく使いやすい武器であると言えるだろう。勿論、スタッフとして殴りつけることも有効な気がする。
「ちょっと古臭いが、こんなのもある。『クト・ド・ブレシェ』だ、連合王国ではグレイブというのに似ている。片刃の曲剣をスタッフに括り付けたような形状だ」
彼女と伯姪は『あれに似ている』と感じている。バルディッシュは刺突も可能な切っ先があるが、これはマチェットのようで刺突は向かなさそうである。そして、徐々に嫌な予感が高まってくるのは否めない。
「ねえ……」
「まさかの模擬戦への流れじゃないでしょうね……」
さらに、武器の紹介は続く。
「これは『ベク・ド・コルバン』、槍とウォーピックとハンマーが組み合わさった武器だ。見た目はハルバードより華奢だが、刺突や打撃に関してはこっちの方が扱いやすい。力任せに殴るだけな分、不慣れでも上手くいく」
重装の騎士を数人の歩兵で突き倒し叩き伏せる為の武具だろうか。フレイルも必要な気が……
「そして、これは『フットマンズ・フレイル』だな。脱穀の為の農具から派生した打撃武器。これも振り回して馬上の騎士を叩き伏せる為に有る道具だな」
教官は、この辺りの装備を中心に、試合形式の模擬戦を行う事にすると宣言する。とは言え、防具も付けていないし、寸止めだって失敗すれば大けがすることになる。
「何、心配するな。身体強化出来る魔力持ちだけで軽く試あうだけだ。ルールは寸止めか転がした方が勝ち。この手の装備はそういう運用も必要だからな」
重装備の騎士は倒れた場合自力で立ち上がれないことは多い。故に、戦い方は騎士とは違うという事である。その辺りを、実際使わせて様子を見ようという事なのだろう。
「じゃあ、この手の装備が得意な冒険者の経験者と……近衛の誰か手を上げろ」
「私が行くわ」
伯姪が手を挙げ、相手は取巻きの一人、伯爵の三男坊の固太りの如何にも騎士らしい男である。相手は『ショヴスリ』を手に取り、一二度ふり降ろし構えを取る。伯姪は……『ベク・ド・コルバン』を手に取る。
「フレイルではないのね」
「ちょ、それじゃやり過ぎになるわよ!!」
どうやら、伯姪は振り回す気のようである。
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3mほど離れ、互いに構えを取る。所謂中段の構えである。竿の中央部分からやや後方を持ち、お互いの首元を穂先が指しているのだが、そこが目標では
ない。
「身体強化のみ認める。勝負は寸止め致命判定か、引き倒されるまで。始め!!」
互いに気合を入れてジリジリと旋回が始まる。踏み込みのフェイントを掛けながら、仕掛けるタイミングをお互いに探っている。
先に仕掛けたのは令息、伯姪より20㎝は背の高い相手は、そのリーチを生かすべく、下段の構えに変えると踏み込んで足元を斬り上げるように穂先を旋回させると、そのまま体を捻って間合いを詰めた。
「いやぁー!!」
どすっとばかりに、踏み込んだ相手の腰のあたりに、『ベク・ド・コルバン』の石突が当たる。グエッといった音が聞こえてくるが、致命傷ではなく身体強化した上での受けなのでダメージも大きくはない。
再び、間合いを取り、先に当てられた令息の顔が赤く染まる。どうやら、この手の稽古で当てられたことがないのだろうか。頭に血が上るのは、騎士としていかがなものかと思わないでもない。
互いに構えを変え、伯姪は下段、相手は上段から振り下ろす構えに変化する。どうやら、打ちおろして寸止め……でもちょっと滑っちゃったごめーん狙いなのかもしれない。
「打ち下ろしに気を付けて」
「大丈夫よ。躱すわ!!」
空気が緊張してくる。ジリジリと互いの間合いを詰めながら、一撃を繰り出すタイミングを待つ。そして……
「キエェェェ!!!」
振り下ろされる『ショヴスリ』の刃先を半歩下がって躱すと、その穂先に自らの武具を絡め、捻りこむように相手ののど元に切っ先を突きつける。
「しょ、勝負あり!! 勝者メイ!!」
両手持ちから一瞬で片手持ちに切り替えた伯姪は、石突を握りレイピアの付きのように『ベク・ド・コルバン』の切っ先を相手の顎に突きつけた。
「うーん。実際、叩きつけられないからこんな感じかしらね」
「お疲れ様。けれど、普通の兵士には参考にならないわね」
「一対一なんて余程の事が無きゃですもの。余興よ余興」
兵士の戦いは個人戦ではないので、あくまで武器の操練を見学させるための方便に過ぎないと思うのである。マジになってはいけません。
とは言うものの、身体強化の使える平民騎士はかなり少なく、アンドレとヴァンくらいしか使えないようで、使えないものの筋力でどうなるかということでドニが加わることになる。
アンドレとヴァンはそれなりに戦って見せたものの、相手は魔力も武器の操練も一枚上手であるので、勝つことは出来なかった。生まれつき騎士となる訓練を受けてきた貴族の息子と、平民では剣以外の武器の習熟度はかなり異なる。
「まあ、従騎士では剣の稽古程度しかしないでしょうからね」
『騎乗で槍を扱うことなんて先ずないか。馬は移動の道具って認識だろうしな』
騎乗で槍を用いて突撃することも、槍を合わせることも想定外なのだから、扱える訳がないのだ。槍は間合いが遠い分、操作は繊細になる。
「ドニ!! その筋肉が無駄じゃない事、見せてみろ!!」
連敗を喫した騎士団は、魔力無し筋肉大盛りのドニが、なんとカミラと対戦することになる。ドニは『ゴーデンダッグ』、カミラは『クト・ド・ブレシェ』……力と技の対決になりそうである。
「勝負は寸止め致命判定か、引き倒されるまで。始め!!」
頭二つ分は背の低い、小柄で童顔なカミラの姿がフッと視界から消え去る。
すると、ドニの足元を強力なスイングが掠め、足首を長柄のブレードの背が弾き飛ばしていく。つまり、『クト・ド・ブレシェ』の刃ではなく峰の部分でドニの足首を跳ね飛ばしたのである。
ドニは足首を跳ね上げられ背中から後ろに倒れ込み、何もする間もなく試合終了となった。
「……身体強化のレベルが高いわ……」
「速度もタイミングも際立ってる。流石公爵令嬢の側近ね」
カミラはやはり腕は相当立つと思われるが、恐らくその片鱗程度しか見せていないのだろうと彼女は感じていた。




