第193話 彼女は中等孤児院の設立準備を進める
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第193話 彼女は中等孤児院の設立準備を進める
姉とは何度か打ち合わせをしているのだが、二期生が入校するタイミングでポーションに関して仕様を見直していくことを提案された。それは……
「……ポーションに格付け……」
「そうそう。これからはそういうの大事なんだよ。こんな感じでさ……」
ニース商会会頭夫人である姉は、ガラス工房で作らせたポーションにワインのラベルのようなものを張り付け、蝋封を施すことを提案していた。
「こっちが、シャトー・リリアルね。リリアル学院の薬師の子が作った一級のポーション。お値段少し高め。金貨二枚」
「ギルドの定価ね。問題ないのではないかしら」
彼女がその昔、普通の冒険者で錬金術師であった頃の値段だ。卸値なので、販売価格はもう少し高いのだろうが、この値段で販売なら格安だろう。
「で、これが、キャバリエル・デ・リリアル、リリアルの魔術師・錬金術師の子たちが作った特級ポーション。魔力の回復効果もあるハイグレード。
お値段金貨三枚」
「それほど高くないわね。魔力の込められているポーションは希少だもの。数も限られているのでここ一番で利用すべきものね」
討伐中に魔力切れを起こしている場合、怪我の治癒と共に魔力も多少回復させてくれる。
「最後にこれ……ラ・ピュッセル・デ・リリアル。妹ちゃん謹製の超級ポーション。まあ、特級の上だね」
「……恥ずかしいのだけれど。乙女じゃなくなったらどうするわけ?」
「マダムとかにすれば。多分、その方が需要が伸びると思うよ。回復に加えて、アンデッド除けのお守りにもなるって。こっちはハーフボトルで金貨三枚で売るつもりだよ!!」
ボトルにこだわり、また、蝋封もしゃれたデザイン。リリアルの紋章・リリアルの騎士の紋章、最後はリリアル男爵の紋章と変えていく。
「今後は、冒険者ギルドではなくリリアルと提携しているニース商会で一手に扱っていくからそのつもりでね」
王都のギルドにはリリアルを卒業した王都在住の薬師たちがポーションを卸している。ニース商会の販路に乗せれば、ルーンから聖都、南都からニース遠く法国や帝国にまで販売が可能なのだろう。蒸留酒の材料を運んだ帰りに、ポーションを積んで戻るようなことを考えているのだという。
「まあ、魔法袋を多用することになるかな。あとは、魔装馬車使って時間を短縮するつもり」
「魔力のある従業員を採用すれば問題も少ないでしょうね。姉さん自身が使えるわけだし」
「そうそう。まあ、ついでがあればね。でも、小さい物でもポーションなら仕舞えるから問題ないかな」
魔装馬車が半官半民―――という名前の王家とニース辺境伯家・ブルグント公爵家のひも付きの事業――― として成立すると、南都を拠点として数年先から活動する事になる王太子殿下の活動もスムーズになるだろうか。
「リリアルの活動を拡大していかないと、先々困るんだよね」
「不本意ではあるのだけれど、今のところ就職先で有望なのはニース商会と学院直営の施設に、委託されている東の村くらいですもの。協力はするわ」
「だよねー でも、後見がしっかりしていない孤児を一般の事業主に受け入れさせるのは難しいだろうね。家族に迷惑掛からないって無茶する可能性もあるじゃない?」
孤児の場合、家族が連帯責任を取らされないからという理由で、今のところ問題を起こす存在も少なくない。売春婦や犯罪に手を染める者も多いが、孤児院を出た後の仕事がないのだから、運と実力を兼ね備えなければ、その時点でどうしようもないのだ。
「リリアルでも理解できたのだけれど、教育次第である程度……そうね、半分くらいの子たちはなんとかできると思うの」
「で、残りの半分は?」
「いろいろ問題があるから難しいわね。むしろ、施設で預かり続けるしかないような子たちも少なくないわ」
体に障害があったり、能力的に問題がある子も捨てられることが多い。育て損だが殺すに忍びないので孤児院に「捨てる」ということなのだ。
「でもさ、騎士や兵士で障害のある人たちもいるわけだから、何とかなるんじゃない?」
「……元々が健常であった方達とは同列に語れないでしょう。ゼロから身に着けるそれも、元々が教育が困難な方達もいるわけだから」
「そっかー でも、簡単なことを覚えさせて『役に立つ』って思わせるところからからだと思うし、可能であれば、体が不自由になった騎士さんが孤児院で仕事してもらえるといいかもしれないね。臨時でもさ」
「……それはいいアイデアね。年金が多少出て、フルタイムでなくとも所謂……寺男というのかしら。門番と雑用を担える男手ね」
「知識も経験もあって、優秀な人たちでしょ? 第二の人生を孤児院でってのも悪くないと思う。才能ある子なら……騎士見習に送り込むことも可能かもよ」
王都と王国を豊かにしていくには、下からの改善というのは不可欠だと彼女は考えている。病気やケガが早く治れば、仕事に戻れる人が増えて、治安も良くなり景気も良くなった。
孤児は? その子たちが社会の中で仕事をえて家族を作り、子供を産み……様々な関係を深めていくことで、王都はより豊かで幸せな場所に変わっていく。
「まとまった土地を……どこかで手に入れられないかしらね。王都の中で」
「それは……お墓の跡でしょ? あの地下水汚染の問題のある場所の」
レヴナント事件の時に張り込んだ移転予定の王都の墓地が空所になるはずなのだ。
「移転の計画があるのよね。そこで……仕事と土地を貰い受けましょうか」
地面を掘って骨の回収をしなければならない。その時は必要な仕事だが、誰もが喜んで行う仕事ではない。であれば……中等孤児院を建てる為の土地として貰い受け、その仕事を孤児に委ねることで、仕事と賃金、学ぶ場所と住む場所を得ることができる。
「何より、教会の世話になった子供たちが死者の世話をするのは……理に適う行動だと思うの」
「怖いもの知らずの妹ちゃんらしい発想だね!」
「ええ、折角『聖女』扱いされているのですもの、精々その名前も、教会との関係も利用するわ」
都市計画を司る家の娘が子爵家経由で提案すれば、おそらく王宮も納得するプランを纏めてくれるだろう。
「あとは、護符でも作って売るとかいいよね☆」
「……あまりインチキなものは売りたくないわね」
姉のポーションの話から、王都の墓地跡を貰い受け、そこに新たにまとまった規模の孤児院を設立し就業教育を行うというプランが出てきた。騎士団のケガで引退した人の受け皿にもしたい。ならば、もう少し話を詰めて提案できるようにしたいものだと彼女は考えている。
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リリアルに戻り、早速様々な資料や考えをまとめ、まず最初に伯姪に話を聞いて貰う事にした。何より、彼女の最も近しい存在であるからだ。姉に言うと激しく絡まれそうなので、言葉には出せないのだが。
「なるほどね」
「小さな子供たちには難しいでしょうけれど、七歳で弟子入りするのが当たり前の世の中で、十五歳の成人まで雑用しかしていない元孤児に仕事があるとは思えないもの」
孤児院が手狭になる、老朽化するという問題の中で魔力の無いものや素養は余りない者の為に何らかの手を打ちたいと以前から二人は考えていたのだ。
その為の計画はぼんやりしていたのだが、王都の移転される墓地の場所が使えるのであれば、様々なピースが形を持つことになる。
「初等孤児院と中等孤児院で分けるとかかしらね」
「きちんと就業教育受けた後に孤児院に戻ってシスターになるということも必要だものね。見様見真似じゃ限界あるしさ」
「ええ。期間はそうね……十歳で区切り、五年間、就業教育を行うとかかしらね」
世の子供たちは七歳から見習になる風習があるが、最初は本当に面倒をみてあげ新しい環境に慣れさせる段階だ。孤児の十歳は決して遅くない。読み書き計算の簡単なところはそこまでに学習させておくことだ。
「孤児院が今のところ十五歳までの子供がランダムに四十人前後入れられているじゃない? 施療院が近いところは女の子の中等孤児院で使用人の教育を受けていくとか、騎士団や工房が近いところだったら、騎士は無理だけれど厩務員とか大工仕事の下働きなんかは出来るんじゃないかな」
希望の仕事が出来るわけでもないだろうし、仕事がない時もあるだろう。その場合は、男子中等孤児院から男手を初等孤児院に派遣して仕事を任せることも可能だろう。その場合、墓地跡の中等孤児院は男子全てと女子の一部か。
「薪割りだって、割ったものを配ればいいわけで、必ずしも孤児院ごとに薪割りする必要ないじゃない。仕事で出る木っ端だってもらえるし、藁だってもらい放題……とはいかないけど、孤児院にへばり付いているよりいいわよ」
女の子は子供の面倒を見たりすることも多いだろうし、男の子は外で仕事をすることも多いだろうが、まとまった仕事でも継続してできる仕事でもない。孤児だから安く雇える、使い捨ての扱いが多いだろうか。
「何かしなければと思っていたけれど……折角、吸血鬼の件で教会に伝手ができたのだから、少々お話くらい聞いて貰えるわよね」
「そりゃそうでしょう。吸血鬼の件、何も終わってないもの。蠅を追い払ったとしても、またしばらくすれば戻ってくるのだから。リリアルの言を無下にするのはちょっとないでしょうね」
古くなった孤児院を修理しながら使うのもいいが、どうせ建て直すのであれば、作業施設もあるような、それなりの規模の物が望ましい。男の子には大工の下仕事や道路の整備なんてこともさせたいし、馬の世話ができれば御者にもなれるだろう。女の子には糸紡ぎや機織り、刺繍や裁縫の仕事も与えて、自分たちで孤児の子供たちに服が作れるくらいになってもらえるとありがたい。
最初は……自分たちの住む場所、着るものを直すところから始まって、職人として、使用人として社会に馴染めるようにしたいと思うのだ。
「なかなか難しいでしょうけれど、最初から諦めずにいて欲しいもの」
「……そうね。みんながそうなれるわけじゃないけれど、チャンスはあるようにしたいね」
親がいる、家業があるというのはそれだけで大きなアドバンテージになる。孤児は正直、何もないのだから、貴族の娘に生まれた彼女には偉そうなことは言えないという負い目もある。
「でも、あなたじゃなきゃ、誰も手を差し伸べないかもしれないじゃない。少なくとも、リリアルにいる子たちは……恵まれているし、救われていると私は思う。だから、出来なかったことを悔いるより、出来たことを誇りすればいい。あの子達もそう、望んでいると思う」
「ありがとう……そうであれば、本当に嬉しいわ」
まだまだ道程は長いのだろうが、少なくとも目の前の伯姪と、リリアルの子達がいる。祖母も姉も王妃様も……王太子は分からないが協力してくれる方たちもいる。
「ちょっと、荷が重いけれどね」
「ははは、それは言わない約束でしょう?」
「……そんな約束していないわよ……」
彼女はそんな約束したかしら……と真面目に考えているのである。
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彼女は姉と共に、墓地跡の活用の提案として『中等孤児院計画』を提案するべく、子爵邸を訪れていた。久しぶりの家族での食事のあと、「難しい話になりそうね~おやすみ~♡」と母は自室に引き上げており、今は父と娘の三人で話をしている。
「確かに、墓地の移転計画は進めているが、その後の利用はまだ決まってはいない。正直、普通に人が住むには周りの環境が良くないからね」
「孤児院を建てる……というよりは、礼拝堂とそこを護る教会の子供たち……という形で、何らかの形で教会にも協力して戴ける様に私からもお願いするつもりです。王妃様にご相談する前に、官僚としてのお父様に可否を判断して頂こうと思い、お話しました」
王妃様なら「いいわよ~」で終わると思うのだが、実際、移転を進めている官僚からすれば迷惑や実行不可能なことなのかもしれない。
「いや、この場所を即、何かに利用することは不可能と判断して、しばらく寝かせるつもりだったのだよ。だが、そうなると、管理する必要や犯罪に利用されないとも限らないという話もあって、悩みの種だったのだよ」
「でしょ? ここに、沢山の若い孤児と、けがをして不自由となったとはいえ騎士団の退職者が住んでいるとすれば、周りの治安も改善するし、滞っているスラムの再開発だって活性化するんでしょ?」
姉曰く、「孤児だけじゃなく、スラムの子供にも開放すれば更にお得な結果になるんじゃない?」というのである。墓地はスラムのある場所に隣接しているので、特に通学などの問題はない。短い期間でも就労学習を受けた者は、貧民の子というだけで孤児同様に差別される経験を減らすことに役立つかもしれない。
「その場合、教室は分けるべきでしょうね。教授方は同じにしても、時間と場所は分けないとね」
「スペースはある。貧民対策としての予算から一部、訓練施設の予算も出せるかもしれない。但し、貧民とは言え無料にはしない。只では誰もが求めるだろうし、只ではその与えられた機会を大切にしないだろうからな」
「そうかしら……いえ、それでお願いします」
リリアルの子たちは「選ばれた」子供たち故に、その機会を大切にしようと考えている。彼ら彼女らを基準にするのは恐らく間違っているのだろう。
「……では、この提案を元に私の部署で計画を立ち上げて、宮中伯を通して宰相と国王陛下にお話する」
「お願いします。出来れば、その内容を教えていただければ、王妃様にも私からお話しできるのですが」
「今の話はすべて盛り込む。後は、細かい段取りや予算、時期の問題だな。今日のお前の話はそのままお伝えしていただいて構わない」
「まあ、妹ちゃんのアイデアは毎度冴えてるからね☆ 孤児と怪我で引退した騎士の出会い……また、お芝居のネタが生まれそうな予感がするよお姉ちゃん!!」
余計なことを言う姉を無視し、彼女は子爵に「よろしくお願いします」と深々と頭を下げた。
さて、この『中等孤児院』のプランは、王都の再開発計画と貧民救済策との見事な融合と称される結果を生み出すのは彼女の髪に白いものが混ざる年齢になる頃であった。
宮中伯、宰相とも王都の中に大規模な孤児の為の施設を墓地の跡地利用であるとしても設立するのはどうかと否定的であった。ところが、これに大いに声を上げたのは『王都大司教猊下』であった。
「聖女であるシスター・アリーの提案を教会として全面的に支持します」
と、王宮に意見したのである。司教座を有するとは言えここは王家のお膝元。大司教猊下には政治的権能は大司教区領とは違いほとんどないと言える。しかしながら、王家の信望厚い猊下の発言の背後には、王都に住む沢山の貧しい民の声が存在していた。
ある意味、大人顔負けの力を持つ孤児の集団が近所に住んでいるというのは王都の住民からすると何となく怖くもある。また、孤児院の男の子たちも、いわゆる悪い先輩に捕まり、孤児院にいるうちから悪さの片棒を担がされ、卒院後は完全に手下扱いされる場合もある。纏まって住む分にはそうした干渉も防ぐ事ができる。
何より、騎士団もその存在を大いに支持した。怪我をした騎士の受け皿が少ない中、身寄りもない帰る家もない騎士一筋の人生を送ってきた彼らの中にはそこに第二の故郷を求める者もいたのである。
こうして、孤児に対する偏見と彼女自身の人気をうまく利用し、王妃様も「あらー 素敵ねー 孤児院のバザーの品もそこで調達しようかしらー」という助言もいただき、今までのイケてない造花で無理やり寄付を募るのではなく、ある程度商品価値のある品を職業訓練で作ることを検討するきっかけにもなったのである。王妃様の思い付きぱねぇ。
 




