第191話 彼女はカトリナ嬢と相対する
第191話 彼女はカトリナ嬢と相対する
既に、子爵邸の前街路には、王太子殿下の護衛用の馬車と騎馬の集団が停車中であり、車回しには王太子と彼女が乗る馬車のみが止まっている。屋敷の中にそれ以上の馬車は入れないからである。
「さあ、手を」
キラキラ度を増しながら馬車に案内される……馬車は黒塗りの標準仕様ではなく、青と白の王家の紋章仕様の特別車両のようである。
「なに、元帥と副元帥の初めての同伴登城だからな。一番いい馬車を選んでおいてある」
「……お心遣い感謝いたします……」
なにしろ、この馬車の場合、完全に優先車両扱いで王宮まですべての通行を遮断して運行される仕様なのだ。やだ、そんなの。
魔装馬車ほどではないが、魔道具のサスペンションが追加され細かな振動を吸収してくれているのでとても乗り心地がいいが、この空間の居心地は良くない。
「……」
「緊張しているのか?」
「はい。とても光栄なことですので」
「これからはそうでもなくなる。慣れてもらいたいな」
元帥と副元帥は馬車別々だよね? と今後の活動を考えると念を押したくなる。それに、これから騎士学校に通学する『副元帥』ってどうなのよと思わないでもない。
「ああ、騎士学校に関しては君たちは『特別枠』となる」
「どのようなものなのでしょうか」
王太子曰く、通常は完全に「従騎士」から「騎士」になるための教育訓練課程となるため、籍は一時的に「騎士学校の学生」という身分になるのだというのだが、彼女と伯姪に関しては「リリアル学院長・副元帥」と「リリアル常任講師・騎士爵」として兼務扱いとなるという。
「籍は騎士学校に置かない形だな。学生ではないが、教育を受けたことになる」
「聴講生や留学生……のようなものでしょうか」
「そうだな。既に他者と代わることのできない責務を負う者と、そうでない者では扱いが変わる」
騎士学校での座学はともかく、力を入れているであろう実務演習などでは少々立場の違いから難癖付けられないと良いな……と彼女は考える。周りよりかなり年若く、尚且つ身分が上の女性に……騎士団所属の従騎士はともかく、近衛騎士たちは面白くないだろう。
「考えがある。近衛も南都の騎士もみな貴族の子弟ばかりで役に立たん。予算も無駄であるし、王家の為にならない戦力を王家の支払いで維持する事も馬鹿馬鹿しい。故に、王立騎士団の戦力化と並行して飾りにしかならない者を近衛、実務能力がある者は王立騎士団に組み込んで近衛騎士団は縮小し王宮警護のみの役割にする予定だ」
近衛である必要はなく、戦場で身を立てるつもりのあるものなら王立騎士団でも問題ない。実家とのしがらみのないことを示せば、出世にもつながる。近衛では、出身家のひも付きと混ざることであまり信用できないと思われている面があるからだ。
「今回はその件もあって、あえて『リリアル』と『ギュイエ』を混ぜる事にした。王家の藩屏として役に立つ気があるのか、あくまでも第二の王家面してヌーベ辺りとつながりを持っていくのか……揺さぶるつもりだ」
その為に、騎士学校で彼女と令嬢をぶつけるという事なのだ。止めて欲しい。
「思惑通りになるかどうかは分かりませんが、良い関係を築ければと思います」
「カトリナ嬢自身に問題なければ、王立騎士団に移籍してもらっても構わない。その方が色々周りも理解が進むだろうし、焚き付けてもらえると助かるな」
リリアルとの対抗心が高まれば、お飾りの近衛ではなく王立騎士団に移る事も考えられる。ギュイエ公爵家が身内を参加させるのであれば、二心の無い貴族の子弟は気兼ねなく王立騎士団に移籍できる。勿論スパイも存在するだろうが、今のままよりはずっとましだ。
そんなことを話している間に、馬車は会場に最も近い入口へと案内される。彼女自身なら恐らくは最も遠い入口で降ろされたであろう。男爵と王族では入口から通路まで全く異なるのだ。何度も参加することはないだろうが、今回はとてもありがたいと思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
待合で少し休みを取り、口を潤す。王太子殿下の入場まで今しばらく時間があるようだ。
「さて、いよいよデビュタントだな。緊張するだろう?」
王太子がいなければ、子爵令嬢か男爵で最初にそそっと入り気配隠蔽でも掛けておけば問題なく過ごせたのだが、最終入場枠では話にならない。緊張しないのは王族だけだと思う。
「おかげさまで。ですが、思い出深い事になりそうですわ」
「……私も同感だ」
『なんか、お前とギャップが半端ないな。迷惑極まりないな』
『魔剣』の突っ込みに大いに同意する。面白ければ何をやってもいいわけでは無いのだと真剣に思わないでもない。絶対にいろいろな意味で嫌がらせの香りがする。
「殿下、お時間でございます」
侍従の一人が入場の時間を知らせにきた。王太子は先に立ちあがると彼女に手を差し伸べ、彼女は手を取り、その手を腕に絡めさせる。
「では、行こうか」
王太子がやや前を歩き、彼女がその後ろを付いていくように歩く。ドレスでは早く歩くことができない分加減して歩いてくれるのはエスコート慣れのおかげか。
大きな扉の前に立ち。中から『王太子殿下、並びに王国副元帥リリアル閣下ご入来!!』との声が聞こえる。音もなく扉が開き、大きな拍手に包まれ王太子と共に入場する。
『……いい笑顔が貼りついてるな』
「ええ、姉さんから教わったの。直伝よ」
『そりゃ、心強いわ』
王太子殿下に注目が行くのは当然であり、本日に関しては彼女自身がデビュタントであり、男爵陞爵時に報奨の一部として与えられた正当な物であることは参加する貴族には周知なことであるから特に問題ではない。問題なのは、王太子の『笑顔』である。
王太子には現在、婚約者はいない。グランドツアー終了後、正式に決めるという事になっていたのだが、タラスクスの討伐と『王立騎士団設立』の件で後回しにされている。幼少期から交流のある高位貴族の子女の中でも何人か「候補」とされるものがおり、また、他国の王家の子女を娶ることも考えているのだが、今のところ王家にとって旨味のある相手がいない。
ギュイエ公爵家は男兄弟が後を継ぐため、公女カトリナにはなんの継ぐべき爵位もない為、ギュイエ家が外戚として影響力を増す意味しかないので慮外とされている。公女本人は気が付いていないようだが、公爵自身はそう理解していると思われる。
そこに彼女である。
元は子爵家の次女、領地も持たない騎士上がりの家系である。騎士爵となり王家と親交があるのは「王女殿下の侍女にでもするのだろう」と考えられていた。事実、侍女として帯同されたレンヌでは大型新造戦艦を制圧したのだが。
王妃様から賜ったリリアル学院で孤児の中から魔術師を育て、また、薬師や使用人といった孤児にはなりにくい専門職を育成することも手掛けている。育てた薬師や見習の作る薬で施療院・孤児院の者の病気やけがが治り、王都の貧困者の解決に役立っている。
さらに、最近では連合王国の工作員を討伐し、影響下にあった自由都市ルーンの問題を解決するために活躍し、南都に現れた竜討伐にも貢献。今は噂に過ぎないが聖都周辺に現れたとされる「吸血鬼」を三体も捕らえ、多くのアンデッドを討伐した。さらに、教会からは『聖女』として認められるのではないかと言われている。
――― 王太子妃でもいいんじゃね?
という空気が無いわけではない。敢えてそのように振舞っている王家の雰囲気も感じられる。わざとか、わざとなのか……
王太子の横、本来なら王女殿下が座る位置に彼女は案内される。王室御一家のような場所である。何かの間違いじゃないでしょうか。
「……王女の代役だね。彼女には少々早いからね。それに、元帥がここで、副元帥が一般扱いというわけにはいかないよ。まあ、準王族扱いさせてもらうよ」
「……聞いておりませんが」
「うん、言わなかったからね。言えば来ないでしょ?」
副元帥が準王族……おかしくないでしょうか。元帥にはその価値があり、将軍を統括する元帥に王族が叙せられることは少ない。軍を指揮するのは国王の権能であり、その代行者である元帥が国王の代理である王族と見なされるという事なのだろうか。なのだろう。
「名目上だよ。実際はそうではないし、そのつもりもないんだけどね。とは言え、自己主張する者たちの前でのカウンターパートとなってもらいたいからね」
「『第二の王家』対策でしょうか」
「それだね。つまらない事に巻き込むかもしれないが、これも男爵の仕事だと思ってあきらめてもらえるかな」
諦めろ……という王命なら避けられないところだろう。百年戦争の時代においても、ギュイエ公が領する王国西部は連合王国の一部として王国と長く対立している。元々はロマンデを領するロマンデ人の大酋長の家系が海を渡り連合王国の王家を攻め滅ぼし今の王家となっているのだ。百年戦争の時代、ロマンデ公・ギュイエ公の爵位は連合王国の王家が有しており、その配下の貴族たちもそう理解していた。
戦争に負け、大陸の領土を放棄したロマンデ公の一族は連合王国の中に抑え込まれることになったが、地縁血縁はロマンデにもギュイエにも残っている。王弟の一族がギュイエ公となったとしてもその配下は、旧主との関係を失くしてはいない。それが、水面下でくすぶり続けているのだ。
「まあ、ギュイエ家だけを懐柔しても首が変わるだけだからね。経済的にこちらと組んだ方が良いと思わせるために、レンヌと結びつき、ルーンを抑え、さらに南都周辺を安定させて王都の経済圏に取り込む。残る西部のギュイエはどうなるのかなって事を認識させないとね」
と話をしていると『国王陛下、王妃殿下御入場!!』との声が聞こえる。王太子と共に立ち上がり、二人をお迎えする。
「おお、リリアル卿、今日は一段と美しいね」
「お褒めに預かり光栄でございます。王妃様、王太子様のご厚意の賜物でございます」
「あらー 着て見せてもらった時よりもずっといいわー 映えるのねー」
「私のエスコートの力もあるのですよ母上」
「それはどうかしらー 疲れさせただけだと思うわー」
「はっはっは、そんなことはないねアリー」
「……」
家族の歓談に混ざらなければならないのはとても心苦しいのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
国王陛下の挨拶と乾杯の発声があり、会場はざわめきが大きくなる。各貴族の皆さんは参加している家族と共に国王夫妻へ挨拶をする為に列を作り始める。
爵位の高い順、最初はブルグント公からである。顔見知りの公爵から国王陛下の挨拶とついでに、彼女に声がかかる。
「一段と美しいねアリー。今日は王族の一員としているのかな」
「ご無沙汰しております閣下。本日デビュタントなのでございますが、副元帥を賜っておりますので、王太子殿下にエスコートしていただいている故でございます」
「おお、既に王族の一員なのかと勘違いして居った」
「公爵、まだ気が早いぞ」
「そうそう、関係を深めてからね~」
元帥と副元帥の関係がどう深まるというのだろうか。気が早いというより、早く終わってもらいたいものだ。
次に現れたのはギュイエ公爵とその娘のカトリナ嬢である。公女様からの眼圧が激しい……眼圧って意味が違う気がするのだが。
「陛下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「公爵、久しぶりだね。王都はどうかな、カトリナ嬢と久しぶりに会ったのではないか」
王都の公爵邸に在住し近衛見習中の公女カトリナと父公爵は本拠地である王国西部から離れないであろうから、今回の王都訪問が久しぶりの再会となるのであろう。
「はい、一段と美しくなったと思います。カトリナ、陛下にご挨拶を」
「国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、ご機嫌麗しく存じます」
『お、お前には挨拶しないってことだな』
確かに、目上の存在である公女様からすれば、男爵に挨拶するということはないのだろう。
「カトリナ嬢、久しぶりだね」
「殿下!! ご無沙汰しております。この度は新たなる騎士団を御創りになるとか。私も近衛の一員としてご協力いたしたく存じますわ」
「うん、そうだね。あ、紹介しておくね。私のパートナーである副元帥のリリアル男爵だ。公爵も、カトリナ嬢もよろしくね」
「……」
声を出すことなく深くカテシーをする彼女である。
「ほお、竜討伐にも参加した『妖精騎士』殿か。副元帥……故に王族並みとしてそこにいるわけだな。カトリナも公女であるから、同じ立場ではあるな」
カトリナ嬢も「だよね」とばかりに頷く。血筋的には親戚だから王家の一族で間違いはない。
「騎士学校も同期になると思うから、王国の為に共に研鑽してもらいたいね」
「……承知しましたわ」
彼女の方を見ることなく、王太子にニッコリ笑顔で返事をするのである。
次々に挨拶に来る貴族たちの中で、彼女が関係しそうな貴族には王太子が「私の……」と声を掛け、彼女に挨拶をさせていく。一つの顔つなぎであり、王太子として「リリアル男爵の後ろ盾には王家がいる」と公にアピールする事にしたのであろうと推測する。
彼女はこの時点では気が付いていない。これから先、『紅蓮の公女』と呼ばれ『妖精騎士』と並び称されることになるギュイエ公爵令嬢カトリナとの邂逅であるということを。
さらにこの後、王太子をパートナーとしてダンスを踊らなければならなくなり、衆人の目にさらされることにもなる。少なくとも、この少壮というには少々幼い気もする『副元帥』リリアル男爵が王家の大いなる剣であり盾であるとこの日夜会に参加した貴族たちに強く印象付けることになる。
『やっぱ、王様って腹黒いよな』
「でなければ、頭と胴体が別れ別れになるもの。当然よ」
既に、リリアル学院を預かる身として逃げることはできないわよね……と一段と諦観を極める彼女であった。




