第190話 彼女は王太子殿下にエスコートされデビュタントを迎える
第190話 彼女は王太子殿下にエスコートされデビュタントを迎える
『まあ、最初で最後だ、諦めろ』
「……他人事だと思って……」
実際他人事であるので『魔剣』の発言は仕方がないと言えようか。今まさに、夜会の会場に入場する直前なのだ。
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「……というわけなのよ」
「それはまた、面倒ごとが増えたわね。騎士学校も気が重い事だわ」
王宮から戻り、今日の出来事を掻い摘んで伯姪に説明している。概ね、デビュタントの事は仕方ないとあきらめるのだが、騎士学校での出来事を想像すると過不足なくやり過ごすことに自信がなく、相談中というわけなのだ。
「カトリナ様……王家の血筋であることと、自分の出身地に対して凄く思い入れがあるみたいね。悪目立ちしているって聞いているわ」
「それでも、陛下の親族で公爵令嬢の近衛騎士なのよね」
「近衛騎士見習なのだけれど、王族付きになるのでしょうね。王妃様か王女様につくことになると。実力的にはともかく、家柄的には文句ないわね」
「王女様は毛嫌いしている風ね。確かに王家に対抗するような言い回しをする事ができるのはギュイエ公爵家くらいですものね。お労しいわ」
彼女と伯姪に何でも挑んできそうな……絡んできそうな公爵令嬢なのだが、実力を知らしめるということなら、直接出なくても構わないだろう。
「決闘とかないわよね」
「ああ、向こうが代理人を立てる事で成立しちゃうんじゃない。誰でもいいから、近衛騎士の腕に自信がある人とか、公爵家ならどうとでもできるわよ」
「……自分ではないのね」
「そりゃね。まあ、血の気の多い騎士気質の当主ならあり得たでしょうけれど、今時そんな人いないから、傭兵や冒険者でも金に糸目を付けなければ呼びつける事は可能でしょうね」
真剣勝負になれば、殺さなければセーフという事になるのだろうか。公爵令嬢と王国副元帥の決闘はないわーと思うのである。
「とにかく、接触を少なめにしてその間に理解していただける様に努めましょう。リリアルの運営の仕事だって並行して進めなければならないでしょうし、緊急の討伐指名だってあり得るのだから。考えないようにするわ。意味がないものね」
「あなたにとってはそうだろうけれど、カトリナ様的には『自分こそ妖精騎士』という思い込みがあるのでしょう?」
「その称号、差し上げるわ。学院長と副元帥と冒険者で手一杯ですもの」
「そこに『聖女』まで加わると……」
「それも痛し痒しなの。聖なる気がリリアルに集まるというのは、アンデッド討伐に良い傾向が生まれるみたい。これから増えるとすると、悪い事ではないわ」
聖女と呼ばれるのは嬉しくはないが、『聖リリアル』と呼ばれることで魔力がこころもとない学院生に聖なる気が纏えるなら、魔物と相対した時に安心できる。
「それとね、孤児の子たちにも吸血鬼対策をしてあげたいんだけれど。何か、考えてる?」
王都の『純潔』である者たちを吸血鬼が狙うとするなら、孤児はとても攫い易い目標となる。守る親がいないというのは、そういうことなのだ。
彼女は一つ考えていることがあった。
孤児たちを吸血鬼から守る方法、小さな力とは言え、彼女の魔力を含んだ魔銀鍍金を施した十字架を身に着けさせるという方法を考え付いた。とは言え、身に着けるにふさわしい装飾が欲しいと考えたのだが、中々良いアイデアが浮かばない。
既に、ニース商会経由で『聖リリアルのロザリオ』として各孤児院が付属している教会において寄付と共にロザリオの受け渡しが始まっている。聖都周辺での吸血鬼騒動の噂は王都に広まりつつあり、何かしら対策をと考えている貴族や富裕な商人は少なくない。
吸血鬼を討伐した『聖リリアル』の魔銀鍍金製ロザリオは魔銀鍍金のロザリオに学院の騎士爵持ちの魔術師が十個の水晶に彼らの魔力を込めたものである。流石に、彼女が全てを熟すのが無理があったからだ。
これは……とても良く……寄付を集めることになったのだが、吸血鬼が求めるのは『純潔』の者であり、貴族の未成年たちならその標的になるだろうが、残念乍ら求めてくるものたちはそうではない。
本当に必要なのは孤児院の孤児なのである。
最初は十字架だけを渡そうかと思ったのだが、ロザリオにしたい気持ちもある。孤児院の子供たちは千を超える人数がおり、とてもリリアルで供給できる量を超えている。
そんな中、ロザリオの珠の代わりになる素材があると伯姪がいう。
「最近、帝国から持ち込まれた『マロニ』って木があるんだけれど、その実がね硬くてちょうどいいかなと思うのよ」
「手元にあるかしら?」
マロニの実はその栗のような皮をむくと白い実が入っており、その中身を石鹸代わりに使うのだという。
「だから、実自体はそれなりに手に入るし大した値段にもならないわ」
「それに穴をあけて珠にするということかしら」
「そうそう。穴をあけてひもを通すくらいなら、孤児院の年長者にならできると思うし。あとは、十字架の部分を渡して自分で結わいてもらえばいいと思うよ」
マロニの木は街路樹としても優秀ということなのである。リリアルの周辺にも植えることが可能であれば、それも今後は活用できるだろう。
「石鹸代わりね。それもいい事だわ」
洗濯の負担が減れば、その分他の仕事ができるのだから、広めることもやぶさかではない。各村にそれを広めれば、女性の洗濯の負担も減るだろうし、身綺麗にする効果も期待できるだろう。
「それとは別に『ティユル 』の実も相応しいと思うの」
「ああ、あの薬師も使っているものね」
ティユルは帝国では『リンデ』とも呼ばれる木材で、楽器や木彫の素材、樹皮は繊維としても利用される。王国では蜂蜜の元として大切にされる樹木であり、帝国内では『自由』を示す樹とされている。
「でもなぜ使うの?」
「東の国の古代の聖者がその樹の元で天啓を授かったとされる逸話があるのよ。そうね、御神子様よりも更に千年も昔の聖者。今の修道士のように山野に住まい、全ての財も家族も捨てて修行をした王子様と言われているわ」
「へぇ、凄い人もいたもんだね。王子様から山野に住まう流離人か」
失う苦しみは最初からなければ味あわずに済むかもしれないが、それを親の無い子供に求めることは残酷だろう。故に、御神子様は神の愛を説かれたのだと彼女は思っている。
「ティユルの木の実はその宗派のロザリオの『珠』として使われているそうなの。どうかしら?」
「それは手に入りそうだから、先にそっちを確保しておく方がいいね。マロニは数が揃わないかもしれないから」
木の実を通す紐は魔銀糸で撚ったもので作りたいと思う。
その後、王都の孤児院から始まったティユルの実のロザリオは、孤児院出身の者の身分を示す物となり、聖リリアルの加護を受けた存在として認知されるようになる。また、ロザリオを持たぬ者たちも『ティユルの樹』のポプリを持つなど自らを示す物として身に着けるようになる。
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あっという間にデビュタントの夜会前日となる。学院を昼過ぎに伯姪と共に出て、子爵家に向かう。伯姪は辺境伯家の屋敷で準備をするので、彼女は魔装二輪馬車を伯姪に預ける事にした。
「これ、乗り心地とてもいいわね。風除けが欲しいわ」
「……採用したいのだけれど、前が見えないのは困るわね」
「魔水晶に結界の術式を組んで、そこに魔力を流せばある程度の衝撃まで守れる結界を乗り手の魔力で形成して守れるというのはどうかしら」
「……採用します。御者か乗る人のどちらかが魔力を持っているのが前提だから、問題なさそうね」
魔力が無ければただの二輪馬車と変わらないのが魔装馬車である。結界の展開を自分自身で発動するのは難しいかもしれないが、魔力を流すだけであれば、魔力量の保有が少ない者でも小一時間は問題ないだろう。
「この内容で最終的に作成してもらって王妃様に納品することにしましょう」
「良いわよね、お二人で遠乗りも馬車であれば話しながら移動もできるでしょうし、御者は後ろで立ち乗りだから話も聞こえないでしょうし。悪くないと思うわ」
「二輪の次は四輪で、半ば城塞のような仕様を王太子殿下が求めてくると思うわ」
「南都の王太子領を回るにも必要でしょうからね。戦場に出るにも指揮所として騎兵に追従できる魔装馬車は有効ですものね」
王太子自身の魔力に護衛の魔力を加えれば、相当長時間堅固な結界を無意識に展開できるだろう。不意の攻撃にも有効だ。
「あまりホイホイ与えると、戦争したくなるかもしれないわね。勘弁してもらいたいわね」
「抑止力になると思うわ。魔装騎士同様にね。司令官が最前線を安全にみて直接指揮できるのは戦術的にも有利でしょう?」
肉体的にも騎士として優れている者が指揮を執る軍が精強なのは、豪傑の類ではない。目に見える場所で正確な指示がその場で出せる事が、勝機を捉えることにつながる。また、戦場の空気を換えることができるかどうかという事もある。
「強い軍になるわね王国は」
「抜かずの剣であって欲しいものね……どこかの皇帝陛下のように自分の価値観を世界中に押し付ける為に戦争し続けるなんてナンセンスだもの」
「原理主義ね。同じ思想の修道士どもが腕っぷしで暴れているからね。お爺様の知り合いのように自分の内面を磨くのではなく、暴力で支配しようとする発想の奴らね。どこかでぶつからないと良いけど……」
「ぶつかれば叩き潰すだけでしょう?」
「あなたも全くブレがないね。王国原理主義って感じでさ」
心外である。自分の居場所を守るために、訳の分からないことを押し付けるお隣さんの住人に「敷地に許可なく入り込んで自己主張するなら、実力で排除する」というだけの事なのだ。
夕方、子爵家に戻ると、既に王妃様から頂いたドレスと王太子様から頂いた宝飾品が届いているという。早く着て見せろという母の言葉に王家からの伝言……
『明日、侍女頭達を向かわせるので、万事、準備は任されたい』
とのことなのである。つまり、明日は夜会まで一日かけて王妃様肝入りの侍女軍団が彼女を完璧に仕上げに来るという事なのである。
「……とんでもないことになっているわね。大丈夫なのかしら」
「平気平気、今回は完全に王家が妹ちゃんを利用して色々対策を打とうとしての事だから。むしろ、乗っかっておけば万事OK!!」
「姉さん……無責任なこと言わないでちょうだい。騎士学校でも面倒なことが起こりそうなのに」
「ああ、カトリナちゃんの事でしょう? 平気平気、あの子は普通だから。ちょっと思い込みが激しくて、自分が一番だって無条件に思っている子だからさ。私も未婚の令嬢だったら危なかったよー 旦那君に感謝だね~♡」
王都に在住し、近衛騎士見習と並行し、積極的に社交にも参加しているという。未婚の令嬢を自分の影響下に置きたいのだろうが、王都近郊の出身でもなく、言葉も少々難があることもあり今のところは限定的だともいう。
「原神子派の貴族には人気だけどね。王都には新興商人上がりの貴族しか原神子ちゃんはいないから、苦戦しているみたい。身分が低い成上りものを周りに侍らせてって……逆効果?」
「ルーンの害虫駆除が済んでいて何よりね。あとは……レンヌのソレハ伯くらいかしら王都近郊の大物は」
「一応ね。彼女は旗頭で、工作しているのは別の下級貴族や西部出身の奴らだから。王太子妃候補にして王家に取り込むのも手なんだろうけれど、ムズイね」
もう少し話が大きくなればという事なのかもしれない。動きが明確になった後にカトリナ様を取り込んで神輿がない状態で暴走させて鎮圧……と考えているのかもしれない。組みやすいと姉が判断しているなら、王妃様も同じだろう。
「今回は、妹ちゃんのお披露目とカッカさせて本音を引き出すのが目的なんだと思うよ。まあ、仕方ないね。その為に男爵だとか副元帥にされちゃってるんだから。リリアルの子供たちの為にも利用されてあげなさい~♡」
それは判っているのだが、感情的には納得できないし避けたい……ということなのだ。
翌朝、侍女頭を筆頭に数人の王妃様付き侍女軍団が子爵邸に来訪。
「今日はよろしくお願いしますね」
「勿論です。王妃様からよくよく承っておりますのでご安心くださいませ」
いつもの同僚・後輩への口調ではなくお客様に対する言い回しがこそばゆい。
先ずは改めて入浴し、体全体を洗われたのちに全身をオイルで磨き上げられる。髪も肌も艶々である。
『でも、俺はこのままでいいんだろうか』
「護身用ですもの、問題ないでしょう」
貴族令嬢が隠し武器というのはなんであるが、『副元帥』という立場もあり、一応認めて貰えた。王妃様特権である。
「これなら、あの姉さんの依頼を早めに進めておくべきだったかしら」
姉から受けた依頼は、魔装銀製の骨と魔装レース編みの組み合わせによる『煽具』である。魔力を通すことでダガーや暗器の打撃具ほどに使えるという装備を目指している。魔力量の多い王妃様王女様、勿論姉自身も使うつもりのようではある。
「試作ができたのだけれど……かなり重くて厳めしいものなのよね」
『夜会には持ち込めないか。だが、外出時に持ってくのはありじゃねぇか。馬車での移動なんかじゃ、盾代わりに便利だろ?』
使う状況を選べば悪くない装備かも知れない。
昼前から始まった夜会の準備も最後の段階である。髪型は清楚な雰囲気を残すアップにされ、小柄な彼女を頭身的に大きくする方向でアレンジされている。
ドレスを身に着けたままあと半日は頑張らねばならない。水分は取らずに食事もほぼ無しで頑張らざるを得ない。トイレは……無いからだ!!
「王太子殿下、ご到着です」
執事長が先触れに現れる。既にメイクも装飾品も身に着け終えているので、あとは身を任せるだけ……深い意味はないがエスコートされるだけである。
王太子殿下は今日もきらびやかな装いで、無駄にキラキラしているなと彼女は思うのだが、それが王太子の仕事なのだろうなと思う事にした。くすんだ王太子では畏敬の念もわかない。
「……美しいな。想像していた以上だ」
「王妃様が遣わしてくださった王家の侍女の方のおかげですわ」
そういうのはやめて欲しい。タラスクスを目の前に口を半開きにして「ど、どうしよう」みたいな雰囲気を漂わせていたのを思い出すと、素直に喜べないからだ。




