第179話 彼女は姉と共に屍食鬼の村を討伐する。
第179話 彼女は姉と共に屍食鬼の村を討伐する。
「ホースマン・フレイルもいいけど、このプチ・ハルバードもいいね!」
「……姉さん、何の用かしら?」
ブンブン、と対吸血鬼用の魔銀鍍金斧を振り回す姉の姿に、相変わらずだと諦めつつ彼女は答える。
「えー ほら、リリアルのメンバーが聖都に集まってるっていうから、ついでに会っておこうかなって。なになに、また冒険中?」
ニース商会とリリアル学院は二人三脚の存在であるからそれなりに連携は必要だが、今回の聖都周辺の吸血鬼討伐はそれとは少々毛色が異なる。御神子教会と王国の威信を傷つける帝国の破壊工作……そう捉えている。
「少々厄介なネズミが聖都にはびこっているようなの。ネズミ駆除……駆け出し冒険者の仕事よ。姉さんの望むような冒険ではないわ」
「ふふふ、確かにね。そのネズミが、蝙蝠や狼にも化けたり?霧になったり血を吸ったりするんだもの……とんだ害獣駆除だもんね。お姉ちゃんも協力しちゃう!」
バレてるじゃない! ニース商会の関係者経由で騎士団が情報を取っているのだろう。姉に筒抜けなのは仕方がないのかもしれない。
「その、吸血鬼の騎士、接触しようか?」
「今回はそこまでする必要はないと思うわ。仕掛けを潰してガードを固めて追い出す程度で済みそうですもの。次の機会にお願いするわ」
支配種は帝国の貴族の一員であろうし、恐らくはランドルやネデル領で活動している工作員の親玉だろう。表向き工作活動、並行して……人攫いや趣味の破壊活動を行っている……王国の敵であろうか。
「まあ、帝国は支離滅裂なところあるから、目的達成のために神様の怨敵を抱き込むくらいするかもね。ほら、教皇様を支持する御神子教徒の都市じゃなくって、選挙の為なのか知らないけれど、原神子教徒の支持に回ってたりしていることもあるしね。まあ、今の皇帝はガチガチの御神子原理主義者だけれど。でも、その下は……わからないもんね」
ある日突然、神の敵に認定されることもあるのだから、明らかな敵も立場と利用価値さえあれば味方につけるのだろう。
「でね、今回の吸血鬼討伐、お姉ちゃんも参加します!」
なに勝手に決めているのかとは思うが、いくつか試してみたいこともあるので、姉を利用するのもたまには良い気がする。彼女と姉で組んで突入して試したいこともあるのだ。
「装備は支給するわ。その代わり、私の指示には絶対服従なら許可しましょう」
「するする、なんでもするから、仲間に入ぃーれて!」
鬼ごっこするわけではないのよ……と思いつつ、鬼を狩る仕事について彼女は思考を巡らせていくのである。
姉と、エルダー・リッチ侍女の『アンヌ』も加わることになるのだが……
「コスプレ臭パネェっす姐さん!」
「いやー やはり迸る既婚女性の色気が抑えられないね!!」
姉が着ると、シスターというより、シスター姿に変装して教会に忍び込んだお仕事の女性にしか見えない……のは体形がけしからんからである。
「あなたは似合うわね」
「スレンダーだから」
元娼婦の『アンヌ』は派手な顔立ちではなく、薄幸な感じが非常に似合っている。
「姐さんは、貴族の令嬢がスキャンダルを起こして修道院にぶち込まれたって設定が似合いそうです☆」
「そのものではないかしら……ピッタリの設定ね。存在自体が醜聞……とでも言うのかしら」
「ええぇぇ、お姉ちゃん、社交界では『華』扱いだったし、今でもそうだよ。それに、そういうのは知られないようにするのが基本だよね」
姉は確かに鼻が利く。浮名を流すような真似はしなかったことを思い出す。
「そういうのは、高位貴族の未亡人で、領地の経営は家宰任せ、子供の教育は執事や家庭教師任せの人の役割だからね。まあ、パトロンとしては必要なんだろうけれど、子爵家風情では無理だし。未亡人になってもうちの場合、当主は私のまんまだから、仕事増えるだけじゃないね」
子爵家未亡人ではなく当主なのでその辺は事情が全く異なるのである。
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二人は彼女と同行することを条件に参加の許可をすることにした。砦跡の偵察の件もあるので、茶目栗毛と青目蒼髪は騎馬での移動となる。
「そういえばさ、王都の夜会で吸血鬼と会ったことあるって言ったっけ?」
兎馬車で同行中の姉から不意の一言が飛び出す。
「どういう意味かしら姉さん」
「それはね、昔『吸血鬼になりませんか。永遠の命は欲しくありませんか』って言われたことあったってだけ」
「……聞いてないのだけれど」
「話してないから当然だよ。まあ、断ったし関係ないから」
王都の夜会であった帝国の貴族と自称する浅黒い肌のイケメンはその後、二度と姉の目の前に姿を現すことは無かったという。
「一応、断った理由を聞かせてもらえるかしら」
「鏡に映らなくなるなら、永遠に生きていてもつまらないじゃない。それに、昼間の外を歩けないとか……嫌だよそんな日陰者で永遠に生きるなんて」
「それはそうね。姉さんなら断るわね」
「でしょ?それにね……」
永遠に生きるという事は、子孫も生まれないことであり、家から出ていくと彼女が子爵家を継ぐことになるだろうからと。
「まあ、準備してきた私がいなくなるとみんな困るじゃない。それに、お父さんお母さんはともかく、妹ちゃんやその子供が死んだ後も自分だけ永遠に生きて何が楽しいのかと思うわけ。体は老化しなくても心は老化するからね」
「その割に、ちっとも落ち着かないのは何故かしら。もう、夫もある身だというのに、子供の頃からちっとも変わらないじゃない」
「えええぇぇぇ、人の本質は変わらないものだよ妹ちゃん。自分だって、子供の頃から変わらないじゃない。王国の副元帥になってもさ」
「……そうね。所詮、貧乏性は治らないわね。不治の病よ」
彼女は自分でできることは人に頼んだりしたくない貧乏性なのだ。とても、貴族らしくない対極的な存在。
「吸血鬼になって老けなくなった自分の姿が鏡に映らないから意味がない……姉さんらしいわ」
「そうそう。それに、永遠に十代とかどんな拷問よ。子供を産んである程度経った三十歳くらいなら悪くないかもね」
「……美魔女目指しているのかしら」
「その場合、美魔女じゃないけどね。美魔人かな? あと、川を越えられないとか雨に濡れると大変とか、とにかく制約が多いんだよあいつら」
自由奔放に振舞いたい姉にとって、永遠の若作りの対価にしては少々失うものが多すぎるという事なのだろう。
「それに、夜寝て昼間起きないと、生活リズムが狂うからね! 美容の大敵だよ。あいつら、だから顔色何時も悪いんだよ。肌はきれいだけど血色が悪きゃ意味ないじゃんね!!!」
確かにそうだろう。支配種まで行けばかなり問題は解決するみたいなのだが……
「私は百合でもショタでもないから、『純潔』の少年少女と絡むなんて無理だよ」
そう考えると、姉は吸血鬼の生活と価値観が合わないのだろう。
一つ目の目的地。そこは聖都から二時間ほど離れた街道から森に入った場所にある十軒ほどの家屋が立ち並ぶ集落であった。開墾と木材の切り出しを並行して行っている村のようである。
「遠くから見ても、人の出入りが全然ないわね」
「近づいて、魔力走査で確認してみましょう」
彼女と伯姪、茶目栗毛となぜか姉が同行する。何故ついてきた姉!!
「えー だってお姉ちゃんも魔物探したいから」
「……魔力走査できるのかしら」
「大体ね。魔力を自分から面で広げていけばいいんでしょ? それ!!!」
姉は紙ほどの厚さに魔力を形成し、集落の入口から中へと広げていく。それは、長い板を横薙ぎにするように魔力の板を村の中で滑らせる走査に見える。
「おお、いるいる。建物の中でじっと座り込んでいる感じだね。数は……三十体くらい?」
「……多いわね」
「大丈夫でしょ? いっぺんに襲い掛かってくるわけではないし。家ごとに結界で封じ込めて、それぞれ燻り出して討伐すれば問題ないわよ」
そのための準備もしてきたでしょ? とは伯姪のセリフである。
一つの小屋の前に主だったメンバーを集める。他のグールがいると特定出来た場所には、結界を形成して外に出ることができないように対応中。その箇所は4つである。黒目黒髪・姉・青目蒼髪そして……『猫』が形成している。姉と黒目黒髪は離れても結界を維持できているのでこの場に立ち会っている。
「今回の討伐の手順は打ち合わせ通りです。最初にこの場所で、実際グールを斧で討伐する練習をしてみましょう」
「おお!! 親切だね。チュートリアル付きじゃない」
「姉さんは対象外よ」
「まあ、学院生優先でいいよ。大人だし私」
ブンブンと斧を振り回している姿は、およそ大人ではない。離れた場所で結界を維持する無駄に多い魔力は大人だが。
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彼女は油球を形成し、投擲する用意を始める。
『なんだそりゃ』
「こんなこともあろうかと、採取しておいた薬草を用いた対吸血鬼用の油球よ」
人間やその他の魔物には、油球にカイエンを混ぜた催涙弾を用いているのだが、吸血鬼にそれが効果的とは思えなかった。ルーンの一件で吸血鬼に対する対応を考えていた彼女は、ノーブルへの遠征で、とある野草の採取を学院生に命じていた。
『修道士の葱』とも呼ばれる「退魔草」である。その臭いは魔を退けると言われており、また、強壮効果がある為、修道士が調理する際の薬味として利用されていることが多い。独特の刺激臭がする為、修道士が傍にくるとその「退魔臭」でむせ返るほどだ。
――― つまり、ニンニク臭いのである。無臭のそれは無い!
「このポーションは、『退魔草』のエキスを魔力水に溶かし込んだものなの」
『……絶対不用意に開封すべきじゃねぇな』
「ええ、密室での利用は固くお断りしたいわね」
とはいえ、『結界』で封じ込めることは可能である。『退魔』であって『滅魔』でないことが難点であろう。
『これじゃ、吸血鬼を倒すことは出来ねぇだろ』
「良いのよ、狭い場所に潜んで不意打ちを喰らわせようと隠れている奴らを燻り出すためのアイテムですもの」
隅々まで効く、吸血鬼には『退魔草』である。このポーションと油球を利用した『退魔油球』を利用し、投擲した油球を霧状に炸裂させる。霧状で密室内で退魔草の成分で苦しくなった吸血鬼が表に出てくる、もしくはそのまま苦しめた後に着火することで汚物は消毒されるのである。
『悪辣だな』
「人間やめた存在に、情けは無用でしょう。他の方の迷惑となりますので、この世に留まることは御遠慮いただきたいのよ」
『ちげぇねぇ。まあ、火事だけは注意しろよ』
「その場合、建物ごと滅することも必要なケースもあり得るから問題ないわ」
吸血鬼の『巣』ごと破壊しなければ、またそこに潜伏されることになると考えると、元から断つことも必要なのかもしれない。
筵で仕切られた入口を魔剣で切り落とし、退魔の油球を投擲する。中で霧状の煙がたちあがり、中に絶叫が響く。
「Wraaaaaa!!!」
「Gwaaaaaa!!!」
恐らくは農夫であった男、その妻であった女であろうグールが飛び出して来るのだが、結界に阻まれ出口の少し先で阻まれる。
後ろから次々と出てきたグールは老若男女合わせて七体。皆、この村の住人であったと思われる。
「A分隊から順次一体ずつ討伐を始めなさい」
伯姪が躊躇せず、斧を目の前のグールの女に叩きつける。その頭は人間と強度が変わらないので、魔力による斬撃強化を受けた刃は頭蓋骨を首元まで叩き割ることができた。グールは反動で後ろに倒れる。
「剣より重心が刃先に乗る分、叩きつけやすいわね。軽く搗ち割れるわ」
躊躇しやすい女性のグールを自ら倒し、次を促す。結界展開中の青目蒼髪を飛ばして、次は赤目銀髪。ターゲットは十歳くらいの男の子。
「……うらぁ!!」
背中越しに振り上げ、肩口から叩きつけることになり、体は千切れるものの、動きを止めることはなく、暴れまわっている上半分と倒れる下半分。
「グールも吸血鬼も脳を破壊するか首を切り落とすことが必要なの。頭以外は致命傷にならないのは見ての通り。では、止めを」
赤目銀髪が足元に絡みつく赤い体液にまみれたグールの頭に一撃を加え、頭を両断されたグールが動きを止める。
「えっえっえっ、つ、つぎはわ、私ぃぃ!!」
スプラッター慣れしていない藍目水髪はかなり緊張している。
「あなたは慣れていないから、実際は練習だけ参加してもらうわね。それでも、後方が安全とは限らないから……やりなさい」
グールの接近に気付かなかったり、魔力を持たない生身の傭兵に襲われる可能性もあるのだから、武器が使いこなせないのは困るのだ。
「ははは、はいいぃぃぃ!!」
大人の男の首筋に振り上げた斧を叩きつけ、魔力を込めたその刃先が容易にグールの首元から反対側の胸まで斬り割くことに成功する。
「うん、このくらいの位置なら大丈夫なんだ。ちょっと完全に首じゃないけど……わかって良かったね!!」
姉のフォローにならないフォローと「はい止め!!」と振り下ろされた斧の刃でグールの頭が熟れたトマトのように爆散した。
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第三部以降で登場する帝国側の冒険者の前日譚投稿しました。
幼馴染の勇者に婚約破棄され、村を追い出された私は自分探しの旅に出る~ 『灰色乙女の流離譚』
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