第177話 彼女は吸血鬼の討伐方法を工夫する
第177話 彼女は吸血鬼の討伐方法を工夫する
「ワン太! 早く来なさい!! ご褒美に、骨付き肉を上げるわよ!!」
『……ワン太ってなんだよ』
「あんたの名前に決まってるでしょう。なんなら、ピエールとかそんなのが良い?」
『ふざけるな!! 我は公国の戦士長だぞ!!』
銀白色の子犬が大声を上げても可愛いものである。
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「その割り切りも訓練には必要かもしれないわね」
学院に戻り、『伯爵』との対話から王国内に存在する『吸血貴族』を排除する為の元帥府設置と、リリアル男爵の副元帥就任につながるという推測を説明したあと、伯姪は『で、私は何をすればいいの?』と切り返した。
「吸血鬼と言っても大半はその下僕であるグール。支配種どころか従属種に関しても恐らくそれほど前に出てくることは無いもの。なら、ゴブリン並みの知能で体のサイズは人間並みのホブかファイタークラスで、攻撃は噛みつきと爪であるなら魔狼と変わらない。いい練習相手がいるわ」
「……あれの事?」
「そう、『あれ』の事よ」
狼人である元戦士長のことである。
人狼は人から獣人化し、最後は完全に狼となりその間に人間としての思考が失われるのだが、狼人の場合、思考は人間のママであり、身体能力の向上と噛みつき・爪の攻撃以外に、身に着けた剣術などは普通に使いこなすことが可能である。
「頭のいい毛深いオーガクラス……といった査定ね」
「案外高評価なのね。ちょっと驚いたわ」
実際、学園の守備を委ねる程度には信頼をしている。恐らく、『薄赤』パーティー単独での討伐は難しいだろう。足止めができないと思われる。
「接近して一撃で止められないと危険な存在なのよね」
爪と噛みつきで人間なら致命傷を負わされるのである。冒険者ランクなら薄青以上だと彼女は考えている。
「お兄様でも、厳しいでしょうね」
「人間相手とは勝手が違うもの。それでも、襲われると分かっていれば、対応方法はあるわ」
「訓練施設も突貫で作らせているから、先ずは組手からかしらね。完成したら、実際の建物を使って訓練させる……って感じね」
張りぼてではあるが、リリアルの近くに『集落』の訓練施設を作ってもらうことにしている。屋内の探索の練習の為である。流石に、ゴブリンの村塞は既にボロボロとなっているので作る方が早かったのだ。
「まあ、そのうち、そこもリリアル関係者の住まいになるかもね」
「……この調子で行くと、否定は出来ないわね」
ルーン近くの騎士団駐屯地の開発の為の『集落』は、元はアンデッド化された廃村を利用しているのだ。同じことをリリアルでも行わないわけがない。
子犬形態の『狼人』を連れて、彼女は学院の庭にやってきた。既に、魔術師組は全員集合している。
「今日から、対吸血鬼の訓練を開始します」
「「「……吸血鬼……」」」
既に、女冒険者の慣れの果てである吸血鬼を見ているので、全員の顔が強張るのが見て取れる。
「吸血鬼は、吸血されたまま死なないと……いいえ、仮死状態まで行った後、吸血鬼の血を飲まないとならないのよ」
「「「「え!!!」」」
死ぬ直前までいかないとならない時点で、かなりハードルが高い。単独で襲われるならまだしも、基本的に討伐はパーティーで行うのだから、即死なら吸血鬼化しないし、大怪我なら仲間が救出してポーションで回復する。だから、特に問題を感じないのである。
「それに、魔力があるから走査できるの。隠蔽できる高位吸血鬼は現場に出てこないから問題ないわ。魔力走査で確認して突入、排除するだけ。ゴブリンとやる事は変わらない。噛みつきと爪の攻撃も……魔熊や魔狼と同じ。見た目がオッサンってだけなの」
「そうそう、だから、見た目が毛深いだけのオッサンに練習相手になってもらって慣れようって算段なのよ!!」
「「「「おおぉぉぉ!!!」」」
みんな安心しすぎだから。その狼人、結構強いんだからね。
狼人に変化してもらい……いやちゃんと服を着せてからね。見えちゃうから、大多数女子だから!!
「さて、吸血鬼とその下僕のグール・食屍鬼は元人間です。なので体の大きさはそのもとになっている人の外見と変わらない。肌の色なんかは、騎士団にいた吸血鬼で確認してもらっているから問題ないわね。まあ、死んだ人の肌の色よ」
青白く、蝋のような質感と言えばいいだろうか。瑞々しさがないのでなんとなく明るい場所でなら見分けがつく。
「下位の吸血鬼は太陽が大敵。なので、主に夜活動するの。僕であるグールは太陽が苦手という事はないのだけれど、明るい場所で見れば一目瞭然なので、夜陰に乗じて活動することが多い。なので、討伐は基本、昼間に行うわ」
とはいえ、潜んでいる家屋に侵入すれば、そこは薄暗い建物の中。見分けは一瞬でつくわけではない。
「魔力走査を使う事になるわね。なので、前衛に一人は魔力走査を使えるメンバーを入れる。基本は四人一組で二人ずつ侵入して、後ろの二人は援護と後方警戒ね。前の二人は確認し攻撃する人と、挟撃を防ぐ警戒をするサポートする人になるわね」
今後便宜上、吸血鬼討伐時の二人組を「分隊」その二つの組み合わせを「小隊」と称することにする。それぞれ、隊長と隊員が存在することになる。
「役割は適時見直しするけれど、組み合わせは変えないつもりです。お互いが言葉を交わさずとも想像できる相手であるのが望ましいわね」
「あんた、誰かいるの?」
「うるさいでございますよ、お嬢様」
歩人に伯姪がちょっかいを出している。今回は魔力小組の女子は参加させない。彼女と伯姪、歩人に茶目栗毛、黒目黒髪に赤毛娘、赤目蒼髪に青目蒼髪、赤目銀髪に藍目水髪の十人で、彼女と歩人は指揮分隊となるのだろうか。
「じゃあ、分隊小隊名はどうするの?」
「……AとかBとかでいいのではないかしら」
「えー つまらなくない?」
「短くてわかりやすくないと、混乱するわよ」
分隊名をABCDとし、小隊名はその組み合わせAB小隊CD小隊とする事に当座は決めた。
「おい、いつまでこのままでいればいいんだよ」
「お黙りワン太。これから始まるのよ!」
伯姪と組むのは青目蒼髪。魔力量を考えた組み合わせだが、二人が組むのは初めてに近い。
「では、小隊長、よろしくお願いします」
「さて、では軽くもんであげましょう、ワン太!」
「ははっ、この歴戦の強者である我に小娘どもが……いてっ!なんだ貴様ら!」
「うるさいわよグール!!」
グールも吸血鬼も基本は素手なので、狼人も素手である。そこに、魔銀盾で伯姪が直突きを放ったのである。
「狭い屋内や街路で剣を振り回すのは難しいわ。何かに当たって剣が刺さったり振り切れなければダメージを与えられない。噛みつかれそうになる前に、今のように魔力を通した魔銀盾での『直突』で距離とダメージを取るのは良い判断だと思うわ。それと……」
「……おい! なんだその銀色の片手斧は。あ、あぶねぇだろ!!」
魔銀鍍金のフランキスカを伯姪は手に持ち叩きつけようとする。
「短い柄の片手斧、場合によっては投げつける事も出来るわね。ヘッドの重さで頭をたたき割るのも容易、それに、引っ掛かりにくい形をしているわ。重さも剣と同じ程度。これを今回の討伐の主武器とします」
「「「はい!!」」」
斧はナイフ同様生活の道具であり、手にする機会も少なくない。とは言え、それで魔物を討伐するのはあまり効率が良くない。距離を取ることのできる剣や槍の方が有効なのだが、吸血鬼相手にはそれも難しい。
「ゴブリンなら多少手足を傷つければ怯むのだけれど、『死人』に痛み無しだから、急所である脳を破壊するか、首を斬り落とすかなのよね。その場合、剣では狭い場所では振り下ろせない。斧なら、盾で突き倒して頭を叩き割れば……比較的簡単ね」
「おい、俺の頭叩き割らねぇよな」
「一応寸止めね。でも、斧の頭は重たいから、止まらなかったらごめんなさい」
「ごめんなさいじゃねぇ!!!!」
冗談よ! と真顔で言いつつ、その場でメンバーは盾と斧の感触を確かめる。
先ずは、分隊同士で向き合い、盾で受ける側と、斧を振り下ろす側に別れて型通りの訓練から開始する。
「盾持ちは魔力を使って、斧は魔力通さないでね。叩き切れるから」
「おいおい、物騒じゃねぇか」
「あなたの時は、魔力を通すから、安心しなさい」
「……全然ダメだろ。シャレにならないからやめてくださいお願いします」
ウフフと笑うも目はまじである。
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手元に重心がある剣と異なり、斧は一度振り下ろしたらそのまま叩き付けるしかない。人間同士、相手が剣であればいなされて切り落とされる可能性もあるが、力押しの吸血鬼相手にはそれほど気にする必要はない。
『まあ、見た目が小僧っ子だから、思い切り油断するよなあいつら』
「そうね。やはり、コンプレックスの裏返しかしらね。既に死んでいるから不老不死であるのに過ぎない……動く死体なのにね」
動かない魂だけの存在の『魔剣』には何とも言えないお話なのであるが。
「先生!!」
「……何かしら」
赤毛娘がやって来る。どうやら、メイスじゃダメなんですかという事のようである。
「理由を聞いてもいいかしら」
「斧だと……返り血が多そうなので」
「大丈夫よ。死体は血を噴出さないから」
「あっ!! そそそ、そうですよね。心臓……止まってるから血が噴き出すわけないですよね」
「それに、メイスは振りかぶるには屋内で少々不利でしょう。屋外なら問題無いので、その時相談しましょう」
「はい!!」
メイスとフレイルが大好きな関係者を知る彼女にとって……少々難儀な事である。
『そういや、お前の姉、今頃シャンパー領でワインの蒸留酒のことで滞在して
いるんじゃねぇの?』
「やめなさい、そういうの『フラグ』というのよ。言葉に出すと、悪いものが寄ってくるから止めておきましょう」
『お前の姉、悪霊みたいだな』
悪戯したり、好き勝手して周りを困らせるという意味では、まさしく彼女の姉は『悪霊』判定されてもおかしくないだろう。
その後、自主練の時間となり、フランキスカに一家言ある赤目銀髪は、有志のメンバーと射撃訓練場に移動していた。
「最初はこんな感じ……」
射撃練習場の木人に向かいフランキスカを投擲する赤目銀髪。対吸血鬼用の武器としてほとんどの討伐参加者が装備をする。だが、投擲は前提にしていない。
「結構重たいよね」
「……柄の持つ位置を変えるとかなり変わる……」
剣は重心が手元にあるのでさほど気にならないが、斧やメイスは先端に重心がある為、持つ位置を変えるとかなりバランスが変わる。
「牽制するなら少し上を持って、決める時は振り出すタイミングで一番後ろを持つ感じ。投擲の時も……こう!」
振り出すタイミングで斧の柄の最後尾を持って振り下ろし投擲すると、斧は数回転して木人に突き刺さる。
「距離の見極めが大事。刃が当たる距離に調整しないと刺さらない」
斧が回転し、丁度刺さる距離でなければならないのである。
「手元に武器が無くなるから、緊急時以外は投げない方がいい」
「でも、当たれば一瞬、動きを止めることはできる。でも、痛みがないからそれまでだな」
「それと……この斧、ちょっと頭が重たいと思う。投げるバランスが取れているんだと思うけど、組手で連続して振れるかっていうと、剣みたいにはいかないし、目の前で暴れているグールに何度も叩きつけるのは厳しいかも……」
手斧としてのフランキスカは、ヘッドが大きい。元々鋳造の鉄製の斧であったことから、かなりの鉄の塊である。魔力で身体強化しているとはいえ、バランスの悪いものは悪いのである。
『まあ、剣や槍のように取り回しが良い武器じゃねぇけど、屋内や街路でって考えると、薪割りするみたいにはいかねぇよな』
『魔剣』の言う事は尤もである。スクラマサクスがある程度刃を振るスペースが必要な武器であり、また、サクスではアンデッドに必要十分なダメージを与えられないからこその、斧と盾の装備なのだ。なんだか、古の帝国と対立していた蛮族の戦士のようではあるが、相手が獣同然のグール主力の魔物であれば、仕方がない気もする。
「斧に関してはもう少し、改良が必要かもしれないわね」
『軽くて回転が効くサイズのヘッドが良いでしょう。ハルバードのようなヘッドデザインも秀逸だと思われます』
ベテラン兵士が扱うとされる斧型のヘッドを持つ竿状武器。ビルの進化した物であるともいえるが、そのヘッドの重さと複合武器故の習熟の難易度が問題として存在する。
「目の前のアンデッドを迷わず攻撃するには……あまり良いデザインではないのよね。何でも使えるというのは、便利なようでそれぞれの専用武器には敵わない。剣も同様で、習得に時間がかかる分、腕の差がはっきりしやすい武器」
『そんなもん、あいつらに与えるのはどうだろうな』
『魔剣』の呟きに『猫』も同意する。その気持ちは彼女にとっても同じなのである。