第176話 彼女は聖都の周辺を掃除するべきか考える
第176話 彼女は聖都の周辺を掃除するべきか考える
「……これだからもてない男は……」
「女なら吸血鬼でもおばさんでもいいわけ」
「大体、あの吸血鬼手足無くって、おまけに口元血だらけだったんですけど!」
「やっぱり、魔力だけの問題ではなく、人格とか人間性という事も大切ね」
何故か、あの場にいた女性全員に否定されている癖毛である。まあ、お祖母ちゃん子で甘えん坊さんだからだよきっと。
「でも、いいサンプルだったんじゃない? 魔力が多くても、女性に免疫のない宮廷魔導士辺りは危険なんでしょうね」
その点、修道女と接点のある聖職者はまだましである。懺悔室で女性と二人きりになることだってある。まあ、仕切り越しだが。
魔力の少ない茶目栗毛が『魅了』に掛からなかったのは、暗殺者としての訓練のたまものか魔力が少ないながらも正確にコントロールする能力のおかげなのかは比較対象がないので不明だ。ちなみに、青目蒼髪は普通に女性に人気があると自分で気が付いているので参考にならない。
「やっぱ、『魅了』って本人と相手の魅力の差が影響するのかも?」
「それって、言わない方が……」
「美少年はおばさん冒険者吸血鬼に魅了されない。不細工少年は女に見つめられると簡単に魅了される」
「ぶ、ブサイク言うな!!」
癖毛は彼女の『衝撃』を思い切り叩きつけられ正気に戻った。というか、一回思い切り気絶して、回復させられている。
「さて、この辺りでお開きにしましょう。課題はいろいろ見つかったし、やるべきことを進めましょう」
「「「「はい!!」」」」
薬師のお姉さんたちに慰められつつ、癖毛はしおしおと工房に戻っていった。駄目な男を助けたい需要もあるようである。
吸血鬼の対応に関しては、一度騎士団経由で、聖都周辺の集落、廃集落、放棄された城塞などをプロットしてもらう事にした。
騎士団が大挙して移動する、もしくは討伐に向かえば吸血鬼とその下僕は姿を消してしまう可能性が高い。破壊工作の拠点を移されることは避けたい。
『デンヌの森も近いだろ? 恐らく、ヌーベみたいな偽装盗賊団がいるはずだ』
「……そこに若い娘が物売りにやって来る。ただでは返さないわね」
『最初に盗賊団の首領を落とす。従属させたら、次々に盗賊をグールに変える』
「そして、自分は『隷属種』から『従属種』に進化して……隷属種の男を量産するかしら……ね」
その辺り含めて、一気に殲滅したい。故に、騎士団に聖都内の警戒強化の為に中隊規模で派遣をしてもらい、あの商館にいた騎士の動きを牽制させ、聖都内に不用意な侵入をさせないようにする。外部との接触も制限させる。
「その上で、調べ上げた怪しい拠点をリリアルで虱潰しにするわ」
『また、二チームに分けるか』
「大規模な集落でもなければそれで問題ないわね。明るい時間に、片っ端から燻り出してやるわ」
逼塞している集落を見つけ出し、『退魔油球』を屋内に撃ち込んで、出てきたところを仕留めていくことが良いだろう。
「突入組はツーマンセルで二組で入って……先行する二人を後発二人がカバーする感じかしら」
『そもそも、魔力走査で居場所特定できるから、特に危険はないだろう。あるとすれば、聖都の中にいる指揮官の吸血鬼だろ』
それも彼女は心配してはいない。
「どういう命令を受けているかは想像だけれども、後方攪乱が任務であって、聖都を攻め落とすつもりは無いのでしょう。手駒を失った時点で撤退するわ。『従属種』なら、破れかぶれで暴れだすことはないでしょう。どう考えても、嫌がらせのレベルですもの」
王国の民を下僕の魔物にして王国に害をなす……非常に腹立たしい破壊工作なのだ。
「準備が整い次第、聖都に向かう事になるわね」
『また、楽しい兎馬車の旅か……』
「慣れれば楽しいわよ。今回は聖都に入らず、キャンプになるわね」
『魔熊』討伐の時に少しだけ過ごした森の中は意外と悪くなかった。できれば、今回はあの組み立て式の仮家屋を作って持ち出したいものだと彼女は考えるのだった。
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騎士団の遠征となる聖都の警備強化は簡単には出来ないようで、準備に一週間ほどかかるという。勿論、魔力持ちの先遣隊が護符を身に着け先触れとして一先ず聖都に向かう事になったという。
彼女の役割分担に関して、騎士団長は認めてくれたのだが、現場の指揮を任される隊長クラスからは不評だった。とは言え、騎士が村々をあちこち探索して相手が姿を消されても困るという点で押し、聖都周辺のクリアな村を施療院のシスターと同行し回るという事にしてもらった。
『騎士を見て安心するのはまともな住民だけだからな。木乃伊取りが木乃伊になるなんてシャレにならねぇ』
メンツを立てることができれば、余り煩くは言わないようで何よりである。
その足で、再び『伯爵』のところに向かう。彼女が見た『吸血騎士』に関しての考えを聞いてもらい、帝国の内情との擦り合わせをしてもらうためだ。
『伯爵』と顔を合わせる前に、彼女なりに吸血鬼に関して整理してみることにした。
『吸血鬼』というのは血を吸う鬼の事だ。
オーガのような腕力を有し、更には血を吸い眷属を増やす。あるいは、『魅了』し使役する事も出来る。
霧となり、あるいは動物に変化し様々な場所に入り込む。そして、『再生』する能力を有する。無敵なのではないかと思うだろうがそうではない。
まず、吸血鬼は自分自身の存在しか大切にしない。不死身であるから体を厭わないということもあるが、仲間を作り共同で何かするわけではない。『支配種』から命令されて行動する時も、『従属種』はそれぞれ行動する。その下の『隷属種』も同様だ。常に単独。
力あるものゆえになせる業だが、各個撃破されやすいということもある。では、それで良しとするのか。上下関係で上が下の事を何とも思っていないということが最大の理由だろう。
次に、吸血鬼は血を前にすると『狂化』状態となる。つまり、前後の見境無く破壊衝動が収まるまで暴れまわることになる。なんの訓練も受けていない集団に放り込めば無敵だろうが、単独で戦列に飛び込んでくる『狂戦士』を、集団で取り囲んで動きを止めて殺しつくすことは、古の軍団時代から為されていることだ。
また、下位の種族になればなるほど『狂化』が激しくなる。元々が貴族でも騎士でもない傭兵崩れや冒険者が隷属種になる場合、非常に暴力的な存在となる。人狼が『獣化』した状態に近いかもしれない。
生前の記憶も薄くなり、元々少ない理性的面がさらに減り、破壊衝動・吸血衝動が前面に出てくることになる。武器を使わず、回避行動や駆け引きも疎かになる。力におぼれていると言い換えてもいい。
「つまり、とても御しやすい存在ね。罠にも魔術にも連携にも見事にひっかかる。所詮、無力な民や商人、下位の冒険者が不意打ちされる時くらいしか危険では無いと思われるわね」
『今回の場合、駒として役割を与えられてるだろうから、なおさらだな。上の命令は絶対だから、何かが始まるまではジッとしている……ってことだ』
故に、支配種・従属種で貴族や騎士の姿の者は危険である。オーガであり、仲間を増やし、人間であるときの技術も使いこなし、さらに『魅了』までする。大変危険な存在だ。
「ピークを過ぎたり、犯罪を犯して騎士の地位を追われた者が貴族の吸血鬼に隷属するとすれば、とても脅威ね」
『とは言え、あいつらは表に出る事も出来ないし、拒むだろうから最上位にはなれない。いわゆる上位貴族どまり。それも、領地に引きこもっているタイプだ』
「……ヌーベ公とかね」
『ああ、実に怪しい。アンデッドゴブリンを嗾けるとか。覚えてるだろ? ガイア城にいたアンデッドの魔物の軍勢な』
帝国の伯爵夫人エリザに王国のヌーベ公。怪しいのはその辺りだろうが、なかなか接触することも、討伐することも容易ではない。
「ヌーベ公は公的には『病で衰弱しているため外出できない』となっているから、王都にも現れないのよね」
『まじで怪しいな。日の下に……現れることができないとかじゃねぇの?』
あの奴隷として捕まった人たちの中にも、吸血鬼の餌にされた『純潔』の存在もいたかもしれない。むしろ、その為のカモフラージュが奴隷売買の可能性すら存在する。
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『えー なんで吸血鬼にならなかったかって? なんで吸血鬼になりたいのかね』
「……質問に質問で返すのはおやめください、『伯爵様』」
騎士団での打ち合わせの後、吸血鬼に詳しいと思われる『伯爵』に少々、知識を授かりに来たのである。
『なるのはね、リッチもレヴナントもヴァンパイアも難易度は変わらない。というか、ヴァンパイアなら割と簡単になれる』
上位の種族に吸血してもらい、血を吸わせてもらえればなれるのだという。
『ただね、誰かの下につくということが私の場合……できないよね立場上』
サラセンの支配下に置かれたとはいえ、一国の君主が他の貴族なり王族の下に媚びへつらうのは……
『ほら、奥さんの実家の力を借りるために改宗したんだけど、上手くいかなかったから……そういうのはもうやめたわけ』
それだけじゃないよ、と『伯爵』は続ける。
『王国でも有名な話だと思うけれど、ほら、「救国の聖女」の仲間だったジレ元帥だったっけ? 彼、結局破滅したじゃない。あれがあるんだよ、ヴァンパイアには』
ジレ元帥は『救国の聖女』と共に王国軍の先頭に立ち、王太子であった次代の国王を連合王国軍の占領下から聖都を奪還し、国王に就任させた盟友であった。
聖女は王国内部の思惑から連合王国軍の手に落ち、元帥たちが救出する間もなく『魔女』としてルーンで処刑されたのである。
『まあ、惚れた女が敵の手に落ち凌辱された挙句、魔女として処刑されりゃ、頭の箍も外れるってもんだろう』
『魔剣』が言葉を重ねる。どうやら、元帥の現実逃避はついに人ならざる者に自分を変えるという方向に行ったようなのだ。
『簡単に言えば、あの男の支配する広大な領地を欲している者は帝国にも王国にも連合王国にもいた。戦の強い家系で不死身のヴァンパイアとなれば引く手あまた……だが、人の心までは不死身にはなれない。ヴァンパイアの弱点はそのあたりかな』
元帥は領地に引きこもり、『純潔』の『少年』をどんどん雇い入れた。恐らく、少年のように見えた『救国の聖女』に似せた少年をである。
『流石に、何人も行方知れずや病死が続けばな。それに、使用人の噂も出て、人の口に戸は立てられぬというわけだね』
吸血鬼の行動は『シリアルキラー』連続殺人者に似ている。良心が欠落し犯罪に対する罪の意識がない。殺害行動が性欲を満たす行為につながる。
家庭的に恵まれていないこともあるが、それだけで誰しもそうなるわけではないが、トリガーにはなり得る。理知的なタイプと情動的なタイプがいるのだが、理知的タイプは上位の吸血鬼、情動タイプは下位の吸血鬼の行動に似ている。
姿を簡単に表し、その行動を隠すつもりが無いのが『従属種』『隷属種』と言えるだろうか。
『ジレ元帥は多分従属種だったんだろうね。だから、もう少し上手くやれたなら彼は『青髭』なんてあだ名で呼ばれる吸血鬼として討伐されなかったと思うよ』
ジレ元帥を使嗾し、ジレ元帥以上に上手くやった上位種が王国周辺にいて、それは上手く隠れている。
『とは言え、完全に気配を消す事は出来ないからね。もう気が付いていると思うけれど、アレもそうだよ』
アレとはヌーベ公の事か。そう考えると、このタイミングで王太子が元帥府を作る理由が理解できる。王国貴族の中にも吸血鬼に従う者たちがおり、その一部は既に吸血鬼化している可能性もある。
元帥府に加えることで、選別するという事だろう。それと、彼女に副元帥の肩書を与えることで、王国内部に対する『魔物討伐の専門集団』が自分の味方であることをアピールするつもりなのだ。内部に巣食う害虫退治……自分が王位を継ぐ前にそれに協力させたいという事だろう。
故に、今回限りで吸血鬼狩りは終わらないであろうし、リリアルの存在も敵は注目することになる。簡単に下僕を増やせる奴らからすれば、子供ばかりのリリアル学院を攻撃するのは簡単に見えるかもしれない。
「早急に、対応しなければならないようですね」
『概ね、君たちが死ぬのは残念だからね。ポーション代だって馬鹿にならない』
「ええ、精々お役に立って見せるので、またご協力ください『伯爵様』」
『伯爵』はそういえばと、最後に彼女にこう伝えた。
『参考になるかどうかわからないけれど、王国以外では『騎士』は貴族ではないんだよ。連合王国でも帝国でもね。専業戦士階級ではあるが貴族ではない。
その辺り、上手く使えるといいんじゃないかな?』
君たちは王国の貴族なのだから……伯爵はそう告げるのである。
学院に戻る間、彼女は『魔剣』と王国内に潜む吸血鬼の存在について考える事にした。王太子からは何も言われていないが、言われずとも気が付けると思うから副元帥にされていると彼女は考えている。
『ヌーベ公が吸血鬼の支配種なら、従属種の貴族の子弟が近衛に紛れ込んでいるってことはねぇか』
「お仕事は日中なのだから、それは難しいのではないかしら」
と彼女は答えたものの、念には念をと思い、近衛騎士でありながら病欠や警護の仕事を避けている者を確認することも必要かと思うのである。
『今回の一件、これで討伐して終わりになるわけじゃねぇってことだから。その辺り考えて、あいつらも教育しないといけねぇんだろな』
吸血鬼狩りに関しての訓練を重ねる必要がありそうだ。装備を見直し、吸血鬼の性格を生かした討伐方法を考えていかねばならない。とは言え、魅了はある程度予想できることであるし、訓練を受けた魔力持ちには効果が無いと思われる。
それに……
「行動パターンはゴブリン、襲い掛かり方は魔狼、囲まれずに頭を斧で粉砕し、魔銀の盾で魔力を通して突き飛ばす。魔物だから隠れていても魔力走査で見つけることはできる。あとは……」
彼女の頭の中で、既に『吸血鬼』はゴブリン+魔狼のレベルに設定されているのである。
第三部以降で登場する帝国側の冒険者の前日譚投稿しました。
幼馴染の勇者に婚約破棄され、村を追い出された私は自分探しの旅に出る~ 『灰色乙女の流離譚』
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