第175話 彼女は女吸血鬼で『魅了』について実験する
第175話 彼女は女吸血鬼で『魅了』について実験する
茶目栗毛の次の青目蒼髪も女吸血鬼の『魅了』にかかることはなかった。この先は、騎士団の隊員の実験である。
最初に騎士団長が試すことになる。
「魅了にかかるようなら、一気に仕留めてもよろしいでしょうか」
「……あんまり痛くしないでね?」
彼女の問いに答えた騎士団長のセリフに、周りが深く溜息をつく。人格者で勤勉、最強の騎士の一角なのだが性格はどこかの姉に似ている。相手をするのはとても疲れるのだ。
彼女は『魅了』にかかった騎士を正気に戻すための『衝撃』を発することを事前承認してもらったのだ。不意に騎士団長を殴るのは不味いからである。
「さて、お嬢さん、目を見てもらいましょうか」
女吸血鬼は少年は無理だがオッサンなら……と目力を込めるが……やはり思わしくない。
「ちょっと、心がぞわぞわするけれど、恋に落ちるほどじゃないね。まあ、それなりに若い女性だからその気になりそうなものだけどね」
がっくり項垂れる女吸血鬼。『あ、あたしの魅力が……』と唸っているが、正直、露出が多いだけで普通のお姉さんである。ギリギリお姉さんの年齢と言ってもいいだろうか。
「さて、次は……お前だ!!」
団長のご指名で、二十歳前後の若い騎士が目の前の椅子に座らされる。そして……グルグルと縄で縛られる。勿論、魔装縄である。魔力を通して青目藍髪が背後に立つ。これなら、暴れても安心。
「始めろ」
赤い目の女吸血鬼と目を合わせた騎士が数秒で表情を消す。どうやら、魅了にかかったようだ。
「では、好きな命令をしなさい」
彼女が女吸血鬼に命ずると、「ここからあたしを解放しろ」と命じた。すると、椅子に縛り付けられた騎士が立ち上がろうともがき始める。元々尋問用の取調室なので、座らせた椅子は床に固定されているので、必死に動こうとしても体が痛むだけなのだが、ものすごい力で立ち上がろうとしている。
「こいつ、滅茶苦茶筋肉痛確定だな」
「……術を解きます」
彼女は『魔剣』に『衝撃』を纏わせ、魅了された騎士の肩にそれを叩きつける。
『喝!!!』
彼女の声とバシッという衝撃の波動を受け、魅了された騎士はガックリと首を前に曲げる。意識を失ったようだ。可哀そうだが、仕方がない。
「では、次は……護符を身に着けた奴を試そうか」
『魅了』を無効化する護符は要人警護の仕事につく場合、装着することになっている。魅了を受けて警護をすり抜けさせたり、警護対象を襲う可能性もあるからである。
同じように椅子に座らされ縄で固定される。女吸血鬼と目を合わせるが、その表情は一切変わらない。
「どうだ?」
「ちょっとフワフワした気持ちになるので、魅了されているのは分かりますが、意識は保てるようです」
「……従属種や支配種には効果あるかどうか不明ですが、現状は問題なさそうですね」
「そうだな。とりあえず、捜査に向かうものには装備させよう。それに、教会の関係者にも伝えることにしよう」
団長の言葉を耳にしながら彼女は「女吸血鬼に魅了を受ける程度の能力で聖職者と言えるのかしら」と疑問に思う。
『ああ、貴族の三男坊辺りは金で地位を買っている奴が多いから、能力的に微妙でも、肩書持つ奴が多いんだろ。流石に防疫担当は能力重視だから問題ないだろうが、一般的な司祭・司教は若くて権力持ってる奴はお貴族様が幅を利かせている』
教会と王国が上手くやっていくにはそういう存在も必要なのかと、彼女は納得する事にした。
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「先生、騎士団のところに、吸血鬼が来てるんですよね!」
「あー 見たいみたい見たい!!!」
赤毛娘……騒ぎすぎ。サーカスじゃないんだからと思いつつも、今後の任務を考えると、魔術師見習達には説明をしておく必要があると考えていた。
「簡単に吸血鬼に関して説明するわね」
彼女は吸血鬼単体の説明と、その存在が他の魔物を増やす原因となるという説明をする。
「……ヤバいじゃん」
「増えていくなんて……それも普通の人間を魔物に変えるってことですよね」
『吸血鬼』の問題は、味方や護るべき対象が敵に変わる事にある。王国民が奴隷となって連れ去られるだけでなく、敵の兵士となって襲ってくるという最悪の状況なのだ。
「だから、早目に駆除したいの。みんなにも協力してもらう事になると思うわ」
「勿論、ドラゴンはいまいち盛り上がらなかったから、吸血鬼とその下僕どもはばっちり討伐しちゃいましょう」
「……弓は不利かも。首を斬り落とせないから」
「……そうね。今回は剣か斧でも使う事にすればいいのではないかしら。それか、足止めに専念するかね」
「……斧もいい。フランキスカ……使おうかな……」
サクス同様、伝統的な道具から派生した武器と言えるだろうか。片手斧であるが、頭部の重量バランスが良いため、回転させながら飛ばすことができる。3mで一回転、15m程度までは必中距離と言われている。
「実は投げ斧も得意。矢で倒す前に、斧で脚を止めることもある」
重たい斧の投擲は、随分大きなダメージとなる。とは言え、重さもあり、何本も射ることができる矢とは異なる。
「魔法袋があるから……問題ない」
「そういえばそうね。矢筒以外にも手斧を沢山装備するという事かしら」
「数本あれば十分」
斧を魔銀鍍金するだけなら、さほどの手間でもないだろう。ヘッドの部分に直接魔力を流し保持させるのであれば、柄は普通の木材で十分であるし。
「何より、斧の方が吸血鬼の頭を砕いて魔力を流し込むのに有利。剣より、ピックやハンマーを装備するべき」
「流石に街中では無理だけど、郊外ではそれも必要かもね!」
護拳でぶん殴る気満々の伯姪には関係ない話だが。
バックラーの中心部分の握りのついている金属『ボス』だけを取り出し、剣の代わりにフランキスカを装備するというのも吸血鬼やグールに対しては必要な対策かも知れない。
「接近されたら、普通に魔装手袋に魔力通してぶん殴るだけだけどね」
「なら、接近戦の練習も増やした方がいいかもね。あんまり、近づかれるまでってことないじゃない。市街で組みつかれたり、屋内で襲われたら厳しいかも」
「ああ、それは何とかなると思うわ」
彼女は屋内に隠れている吸血鬼は『退魔油球』で燻り出すつもりであることを伝える。
「ああ、害虫と同じで、煙で燻すと逃げ出すんですね☆」
「吸血鬼……害虫……似ているかも」
「ああ、調理場に良く出る平べったい虫ですね。黒っぽくて……」
「たまに飛ぶことあるよね! ブーンって」
「うそ、やだ、怖すぎる」
「羽音が怖い。ブーンって。可愛くない」
羽音が可愛くてもあの虫を可愛く思えることはない。
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翌日、朝早く彼女は老土夫の工房を訪れた。バックラーのボスやフランキスカの調達と鍍金をお願いする為でもある。数は多めに頼むことにした。可能であれば、騎士団や冒険者の魔力を持つ者にも使ってもらいたいからである。
「吸血鬼か……厄介なのが紛れ込んでるな」
「ええ。それも、聖都の周辺……首魁は内部にもいます」
「……では、十分に準備せんとな」
彼女は、吸血鬼にダメージを与える武器について、フレイルの魔銀ヘッドを考えていた。それも、モーニングスターや、ボール&チェーンと呼ばれるもののヘッドの流用である。
「ほお、魔銀のあれか」
「ええ。暗器として使おうと思いまして」
彼女は老土夫に吸血鬼用の武具をいくつか試作してもらう事を考えていた。吸血鬼を殺すには心臓と脳を破壊する必要がある。例えばバルディッシュのような大きな刃で首を切り落とし、心臓と脳を破壊することは容易だろう。
ただし、使用条件が限られてくる。魔装銃は連発できないから、それも一気には限界がある。
「これですね」
モーニングスターの一種である『スコーピオン・テイル』と呼ばれる棘のついた数個の鉄球を鎖で繋いだフレイルの一種ともいえる。
「これ全体を魔銀鍍金すればいいんだな」
「ええ。中央を握れば左右から挟み込むこともできますし、片方を伸ばせば遠間からでも攻撃、鎖の部分で縊り殺すことも可能ですし、スリングのように投げつけることも可能です」
「……考えつくのが恐ろしいな……」
暗殺者の暗器としては普通の物だと茶目栗毛には聞いている。あごの線に沿って皴に隠れるように絞め殺して暗殺に見えにくくするとか……盛りだくさんだ。
「数はどのくらい作る?」
「騎士の位を持つ者全員分ですか。予備も含めて……十二個ほど」
「一週間、いや、五日で仕上げよう。つてを頼れば物は見つかる。後は鍍金の手間だけだからな。なんなら、フレイルの部分も作っておくか。行商人か旅人に見えるようにだな」
「ええ、それはありがたいですね。フックもよろしくお願いします」
「おう、任せておけ。新しい酒は、新しき皮袋だ」
何のことかと思いつつも、彼女は「お願いします」と工房を後にする。
午前中の日課が終わったところで、今日はリリアルの女子メンバーで吸血鬼の実物の確認に駐屯所で向かう事にする。とは言え、希望者は薬師や使用人、それに……
「お、俺も武器を作る上で参考にしたいから!!」
そういえば、癖毛はまだ会わせていなかったと思い、許可する事にした。
「あんた、美女の吸血鬼を想像しているならおあいにく。普通の元冒険者の女だからね」
少々年を取っているので「ギリギリお姉さん」である。
「ば、ばっか、そんなの関係ねぇから! お、俺は……『多分魅了されるよ』……な、訳ねぇだろ。俺も魔力結構あるから、弾けるだろ!」
いや、それはそうとは限らないと、彼女はこの後思い知るのである。
先ずは、魅了の確認の前に、吸血鬼の実際の反応を見せる事にした。
「吸血鬼の中で、この個体は最下位の『隷属種』です。主人は『従属種』。劣等種はグールのみ生み出すことができるので、噛まれても死ななければ何とかなる……というところね」
ポーションを持っていれば、最悪何とかなる相手だ。
「それで、吸血する『鬼』なのだけれど、スイッチが入るとかなり危険ね。では皆さん、少々離れてもらえるかしら」
彼女は先ほど〆ていた鶏の血を持ってきていた。
「これは、先ほど〆たての鶏の血だけれど……飲みたいかしら」
『………ノミタイ……』
捕獲されて四股もない状態で放置されているので、何でもいいから血が飲みたいというところなのである。
「さて、これを与えることにします」
彼女は、テーブルを出し深皿の中に鶏の血を満たす。それを顔を近づけて飲み始める女吸血鬼……かなり怖い絵面だ。
血の匂いを感じた時点で顔が変わる。それまでは顔色の悪い人間の顔であったのが、目が切れ上がり口が裂け、犬歯が大きく伸びる。筋肉も隆起し、もし完全な体であったら、非常に危険であったと思われる。
「このように、血を吸うと、もしくは血を口にすると……完全に「狂化」するのでしばらくは非常に強い力と瞬発力を発揮するようになるみたいね」
仮に、グールにでも襲われた人間の血に興奮し「狂化」したとすれば、非常に脅威であり、それも素手で組み付かれる場合、体力勝負となり分が悪い。
「なので、気配を隠蔽し、魔力走査で先に吸血鬼を発見し、興奮状態になる前に仕留める必要があります」
「……こんなの目の前にしたら……固まっちゃうかも……」
気の弱い藍目水髪や碧目栗毛が涙目である反面、使用人・薬師のメンバーはキャーキャー言って喜んでいるのは、実際相対する可能性が低いからだろう。まあ、そうでないと会った瞬間、彼女らはグールになることだろう。
「それと、隷属種が従属種に進化するためには要件があるみたいなのね。それは……『純潔』の人間の血を死ぬまで飲みつくすこと。数は不明だけれど、従属種には多分五十人分の魂、支配種には五百人分の魂が必要みたいね」
全員が『純潔』であるようでさっと顔色が変わる。女所帯で隔絶した学院なのでそれはそうなのだろう。因みに、伯姪も貴族の娘なので『純潔』を結婚までキープしているようで何よりだ。意外と身持ちが堅かった。
「さて、では吸血鬼の『魅了』を試してみましょうか」
少し落ち着いた女吸血鬼の前に癖毛を座らせる。昨日の騎士たち同様、体を魔装縄で固定するのは勿論なのだが、彼女がその縄を握る。
「合図をしたら相手の目を見て、逸らさないように」
「お、おう!」
癖毛は女吸血鬼と目を合わせる……
「あ、馬鹿! なんで魔力馬鹿のあんたが『魅了』されるのよ!!!」
背後に立つ彼女の代わりに癖毛の顔を観察していた伯姪は大声を上げた。