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第173話 彼女は吸血鬼を思い聖都郊外を巡る

第173話 彼女は吸血鬼を思い聖都郊外を巡る


 旅人を装い、酒場で情報収集をしていた歩人の耳に、噂の美男美女のカップルという話が入ってきたという話を聞いたのは、翌日の馬車の立ち台の上で戻しそうになる音を聞きながらである。


「……解毒薬……飲んでおきなさい」

「面目ねぇ……でございます。お嬢様」


 確かに、魅力的な肢体の女性を見れば、おじさんは盛り上がってしまうのは仕方がないだろう。


「確かに、魅力的な感じがした……でございます」


 一人は装いこそ騎士ではなく冒険者風であったが明らかに姿勢や振る舞いがその身分を示している反面、女は娼婦と見間違われるほど露出の多い装いであったという。その酒場は冒険者ギルドにほど近い、オッサンばかりの酒場だ。


「オッサン濃度が高い場所なのね」

「おう、全体的に油と酒の饐えた臭いのする場所だな。あんな美形のカップルが来るようなシャレオツな場所じゃなかった……でございます」

『物色か。兵隊の』

「もしくは、傭兵が混ざっているのであれば追いかけて手下に丸ごとする為の候補者探しかしらね」


 盗賊も常に隠れているわけではなく、街に滞在して情報収集するものもいる。場合によっては運送業者の内通者から情報を買い、その上で計画的に襲撃することさえある。交通の要衝で、周辺に隠れる場所に事欠かない聖都は王都周辺の騎士団の治安維持活動の改善の結果、逃れた盗賊が行動するに適した場所となっているのだろう。


『シャンパーからブルグントの間でも多かったからな。帝国領に近いこの場所は尚更だろうな』


 南都近郊より護衛の費用が高めなのは、実際襲われるリスクが高いからだと言える。襲われる確率大ということだろう。


「では、ここから始めましょう」


 ここから二日ほど周辺の村を回ることにしている。人口は百人程度の小さな村が多いのだが、柵や濠を備えているのは国境が近いからであろうか。


『いざとなったら聖都に逃げ込むんだろうけどな』

「手入れのされている施設ね。ここなら盗賊や魔物にも太刀打ちできるでしょうね」


 その昔、討伐に向かったゴブリンの村塞に近いと言えばいいだろうか。見張台も備わり、教会は石造りで強化されている。恐らく百年戦争の頃であろうか、随分としっかりとした建物を築いたようだ。


『いい領主だったんだろうな』

「ええ、この村では何か悪いことは起きていなさそうね。空気が明るいもの」


 修道女の姿を見た村人たちが立ち止まりお辞儀をしてくれる。彼女もお辞儀をする。何人かの子供たちは、彼女の来訪を知らせるために村の中に走っていく。準備をしている間に施療が必要な人たちが集まってくるだろう。その後は動けない人を見て回ることになる。


 怪我や病気の状態を見つつ、彼女はテキパキと進めていく。村の教会には専属の司祭はおらず、神父がいるだけである。神父が指名した少女が数人、彼女の手伝いをしてくれている。


 慣れない手つきで薬を塗り、包帯を巻いたり、傷を洗ったりしている。酷い場合、ポーションも使っていくのだが、その場合は拝まれてしまう。一つのポーションで一家が数か月暮らせるほどの金額が必要となるのだから、その気持ちは理解できる。


治療をしつつ、最近の村の周辺でおかしなことがないかどうかを聞いているのだが村の古老らしき人からは……


「この辺りで暗くなってから村の外に出る者はまずおらんですじゃ」


 と言われた。アンデッドなのかゴブリンか分からないが、人ならざるものが徘徊しているので夜に村の柵の外には絶対に出ないのだという。小規模の盗賊団では手が出せないほどの防御態勢なので、ゴブリン程度なら全く問題がない……という。


「この辺りで、廃村になっている場所はありますか。賊が利用していないか調査も頼まれているので。よろしければお教えください」


 彼女はそう伝えると、この村の東に少し小さな村があり、その村の更に東の丘を越えた反対斜面に小さな村があったという。


「もう儂の子供の頃には人はおらんかったが、建物はしっかりしておったな。狩などで遠出するものが、仮に使っていたこともあったようだが、最近はどうなっているのかわからんね」


 彼女は礼を言い、次の患者へと向かった。





 病状の進んだ寝たきりに近いもので、怪我人はある程度ポーションで治せるが、寿命や病気は緩和療法しかとることはできない。とはいえ、血行の良くなる薬を塗りこんだり、呼吸が楽になる膏薬を張るなどして皆喜んでくれたのは少々嬉しかった。


「こんな生活が望みだったのかもしれないわね……」

『いや、これもお前の生活だが、他にもたくさんあるってだけだろ』

「……沢山は……要らないのよ。わかるでしょ?」


 一息ついた彼女は隣の村に向かい、同様の治療を行い、「ぜひ教会にお泊り下さい」とその村の村長に勧められ、二つ目の村で夜を迎えることになるのである。


 夕食を村長宅で御馳走になり、彼女と歩人は教会の寝所に移動することにした。とはいえ、寝るのは真夜中までである。


『主、廃村を先に調べてまいります』

「ええ、お願いするわ。途中の不審な者や魔物の存在も併せて確認してもらえるかしら」

『承知しました』


 最初の村ほどではないが、この村も濠を備え柵を設けた集落である。但し、教会は石造ではない。倉庫のようなものだけは石造になっており、村の備蓄がそこに為されているという。


「お嬢様、仮眠をとってもよろしいでしょうか」

「このまま徹夜で明日も働くことになるので、早々におやすみなさい」

「……有難きお言葉です……」


 明日もかよ! と思いつつ言葉にせずに床につく歩人。彼女も『魔剣』に警戒を任せて仮眠する事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 満月が中天に差し掛かるころ、彼女は起き出すと『猫』の報告を聞く事にした。


「廃村、どうだったかしら」

『人ならざるものがおります。恐らくはグールか劣等種の吸血鬼かと』

「やはりその辺りに潜ませているのね」


 東の街道からやや外れた位置にある丘の陰の廃村は、遠目からでは見る事ができない。日に当たらず、隠れていられる建物を用意するには最適な場所だと言えるだろう。


『村の周辺をうろついている個体もおります。野営する旅人もおりませんので、襲われる心配はないかと思われます』

「では、セバスを起こしてから向かう事にしましょう」


 彼女は冒険者の装束に着替えると、セバスを起こし、移動することを告げる。


「銃はどうする?」

「あなたは剣だけで。私が短銃を持っていきます。魔銀盾は持っていきなさい」

「おお、唯一攻撃が通じそうだもんな」

「魔力込めて殴らないと効果ないわよ」


  なに「おっ」みたいな顔をしているのかしらと彼女は歩人を横目で眺めつつ、歩人が久しぶりの討伐であることを思い出す。


「セバス、久しぶりの討伐でしょう? 今日はバックアップをしてもらう事にするわ」

「そりゃ気を使わせて悪いな……でございますお嬢様」

「ええ、歩人のグールは流石に学院で飼いならすわけにもいかないので、命大事にしてもらえるかしら」

「へいへい、承知いたしました」


 少し笑いが出て、緊張がほぐれたように見える。気配隠蔽をして更に魔装の手袋とマントで防御するのだから、よほどの事が無ければ敵に見つかる前に安全に処分することができると思われる。


「では、行きましょう」


 二人は『猫』と共に、木の柵を踏み台に外へと飛び出したのである。





 暗闇に見える東の丘の稜線、月明かりが明るいので昼間のように……とまで行かないが、かなり良く見える。


「アンデッドさんか……」

「見たことないのかしら」

「普通はねぇんじゃ……ないでしょうか」


 最近、アンデッド半分、亜人半分、魔獣少々の彼女にとってはあまり気にならない存在だ。


「念のために言うけれど、首を斬り落とすのが基本だから、頑張りなさい」

「……背伸びしなくても届くぞ!」


 歩人は子供サイズではあるが、赤毛娘よりは大きい、少しだけ。だから、頑張ればスクラマサクスで首くらい斬り落とせる。ジャンプすれば。


 丘の裾を回り込むと、林間に小屋らしきものがちらほら見え……何かが動いているのが見えてきた。


「村というよりも、開拓小屋に毛が生えた集落ね」

『はい。村になる以前に逃げ出したか連れ去られたか』

「あるいは、皆殺しになったかね」


 とはいえ、今目の前にいる存在は、関係ないだろう。そもそも、古老が子供の頃からの廃墟なのだから。


『ある程度、窓を板で塞いだり修理した形跡がある建物が恐らく奴らの「巣」です』

「ありがとう、ではそれは燃やすことにしましょう」

『戻る場所が無ければ、狩り殺しやすいってことか』

「ええ。明るくなるまでにはやれるでしょうね」


 入口扉は筵のようなものが垂れ下がっているが、他の開口部は全て板で塞がれている小屋がある。周囲には数体の恐らくはグール。


「先にグールを処理しましょう。一体ずつ確実に処分するわね」

「おう!」


 気配を隠蔽し、彼女が近づき簡単にポンポンと首を刎ねていく。顔色の悪い半ば鬱血したように黒ずんだ血管の浮き出たボロボロの革鎧を装着した中年の恐らくは元冒険者か商人の護衛だろう。


「これって、あれだよな」

「ええ、冒険者を手駒に取り込んでいるわね。オッサンには用がないからグールみたいね。もしかすると……」


 数体のグールの首を刎ね飛ばし、改めて小屋の様子を確認する。周囲に見える範囲にはグールらしきものは徘徊していない。


「では、行くわよ」


 彼女は退魔油球に小火球をセットして二つほど筵の掛かっている小屋に飛ばす事にした。


 ブバッと炸裂音がした後、火の手が上がるのが見える。


『Gyaaaaa なんてことするんだい! 衣装が燃えちまうじゃないかさ!!』


 小屋から一体の何かが飛び出してくる。どうやら、革鎧を身に着けた女性冒険者風の……隷属種の吸血鬼であろう。グールを作り出した本体ではないのは、グールを討伐した際に何の反応もしていなかったことが示している。


『管理人さんかね』

「おそらく、この場所の責任者でしょうね」


 真紅の目をした顔色の悪い栗毛の女。年齢的には二十代半ばだろうか。


『おい、何てことしてくれるんだい。はあ、さてはあんたら冒険者だね? そうかい、そこの女の子は主に紹介して仲間に入れてやってもいいね。ちっこい男は……歩人か。主は嫌っているから、お前はグールだね』

「あ、亜人差別、は、反対!!」


 生前の実力はともかく、今の能力は薄赤等級くらいだろうか。歩人では力不足だろう。ビビるのは仕方がない。


『どうやら、そろそろバレちゃってるのかな?』

「さあ、どうでしょうね。あなたの主に意識がリンクしているでしょうから、情報は差し控えさせてもらいますね。間に合うと良いですね……ふふ……」

『やっぱやめた、全員ぶっ殺す。その後、ぐちゃぐちゃにする。決定!』


 女吸血鬼が一気に彼女の前に飛び込んでくる。10mほどを一息の間合いだ。


『なかなかやるじゃねぇか』

「ええ、試したいこともあるから……これでどうかしら」


 彼女は『結界』を形成し吸血鬼を目の前の箱の中に閉じ込める。精々オーガ程度の腕力しかない隷属種の吸血鬼では彼女の結界を破壊する事は難しい。


『な、何だこりゃ』

「あなたが生前、何級の冒険者であったかは知らないのだけれど、これでも私、薄青等級なの。ふふ、意味がお分かりかしら」

『い、一流の下』

「ええ、だからドラゴンだって討伐できるのよ。劣等種の吸血鬼なんて……こんなものよ」


 魔銀弾を込めた短銃に魔力を込める。


『はっ、そんな短銃の鉛弾が……「いつ、鉛と言ったのかしら。この弾丸はもちろん」……ま、まさか、ま、魔銀、Gyaaaaaaa……や、やめて、こ、殺さないで……』


 彼女が躊躇なく引き金を引くと、カチンと魔石が金属を叩く音がする。銃口から飛び出す魔銀弾が目の前の吸血鬼の胸の下辺りに着弾する。魔銀の帯びた魔力と、その内部の鉛が筋肉に当たり広がりながら体内をスクリューがかき混ぜるように破壊していく。


 既に、胴が千切れるほどの瓦解状態となり、彼女は思い切り蹴り飛ばすと、下半身が離れていく。


「さて、胸像みたいにしておけば問題無いわよね。腕も邪魔だし」

『も、問題、あ、あるだGyaaaaa!!!』

「うるさいから、魔銀糸のロープで縛りあげておこうかしら」

『ま、まじ死んじゃう。死んじゃうから……』


 彼女は鼻で笑いながら「あなた随分前に死んでいるわよ。気が付いていないのかしらね」と言い最後にこう付け加えた。


「吸血鬼になったという事は、あなたの肉体が土に戻ることはないのよ。永遠に呪われたまま天国には行けずに地獄を彷徨うの。まあ、言いたいのは、死んでも今と変わらない生活という事かしら」


 心をへし折りに彼女が言葉を選び叩きつけると、女吸血鬼は反撃してくる。


『我主様がお前の首を取りに来るから覚悟しろ。お前なんて、騎士であるあの方の前では刃が立つわけがない』


 そのセリフに被る様に彼女が反論する。


「残念ね、これでも王国の騎士なのよ。ついでに言うと、王国副元帥も拝命しているわ。コソ泥の帝国騎士上がりの吸血鬼に大きな顔をさせるつもりはないわよ」


 そういうと、思い切り女吸血鬼の顔面を蹴り上げた。


「ひでぇことするな……でございますねお嬢様」

『段々、容赦なくなってるなお前』


 彼女が苛立つのは……吸血鬼になってでも生きたいと願う先の願望が他人を虐げなければならない事だからである。生前の冒険者としての志が透けて見えるのだ。


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