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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『辺境伯』

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第19話 彼女は辺境伯一家に気に入られる

第19話 彼女は辺境伯一家に気に入られる


 前日の船上ディナーの席上で酔った勢いで申し込まれた騎士団長令息との模擬戦……やらざるをえなくなったようである。もしかして、お酒の席でのことなので、冗談で済むかと思っていたのだが、改めて朝食の席で念押しされたのは少々驚いた。


「私、13歳のか弱い子爵令嬢なのだけれど……」

『強さに年齢も性別も身分も関係ないだろ、騎士爵殿』

『主はお強いですので、安心して首を刎ね飛ばしてください』


 猫! 魔剣! 言いたいことはそれだけか! と彼女は内心叫んでいた。




 翌日、城館の一角にある練兵場に彼女はいた。あまり昼間の時間では暑さが厳しいという事で、朝食前に軽くて合わせをしようという申し出である。何故、騎士団長という伯の息子の中ではとびぬけてマッチョなお兄さんと立ち合いをしなければならないのだろう。


「山賊の討伐の件もあって、是非とも生妖精騎士を見たいと、辺境伯様も強く御所望なの。姉の為に一肌脱いでちょうだい」

「せっかく覚えた護身術を母にも見せてもらいたいわね」


 子爵家の母姉も敵側である。確かに、ただ飯を食らうだけでは少々申し訳ないかもしれない。余興だと思い彼女は腹をくくることにした。立会は嫡子、三男はまるで剣が使えない……ことになっているので、姉の横で見物である。当然のことに辺境伯夫妻に、嫡子の夫人、それに、昨日は見なかった自分と同世代くらいの少女が座っている。


「あれは誰かしら?」

『後で紹介されるだろ。今は目の前の敵に集中しろ。怪我すんぞ』


 魔剣の言い分はその通りである。彼女は立会いのルールを確認する。それにこたえ、嫡子が全員に説明する。


「日頃、着用している防具を使用。武器は木剣を用います。頭を狙うのは禁止。それ以外の部位で、致命傷となる打撃を与えられたと判断した場合、その時点で立会いを止めます。幸い、騎士団には腕の良い回復魔法の使い手がおりますので、怪我に関しては致命傷でもない限り痛いだけで済むのでご安心ください」


 痛いのだけじゃないでしょうと彼女は内心思ったのだが、勢いだけでものをいうこの一家にはそろそろ慣れてきているのである。それでも、ギリギリのところで一線を越えないのは計算しているのかと思うと、これが法国の貴族の流儀なのかもと思わないでもない。





 騎士団長は革製のフルプレートに近いもので、本来は鎖帷子を下に着こむのではと思うのだが、彼女と似たキルティングの様な厚手の綿の鎧下を着ている。肘や脛の周りだけ細かな鎖で強化してあるようだ。これならすぐには水に沈まないかもしれない。


 対して彼女は、普通の冒険者のいでたちである。半首に胸鎧に腕鎧は、全てミスリルと鋼の合金。脛当てにロングブーツは少々暑苦しいが仕方ない。


「随分としっかりした装備をお持ちですね」

「これでも『薄黄』等級の冒険者ですので、装備も整えております」

「……ほお、それは知りませんでした……」


 薄黄等級は王都の騎士団で新人クラスである。彼女が魔力で身体強化を行うと、今なら薄赤から濃赤クラスまで強化される。基礎の身体能力がダンスレッスンで底上げされたことと、実戦で身体強化を使いこなした結果と言えよう。故に、青等級にも食らいつける程度のレベルに既に達しているのである。


 恐らく、彼は年齢的にも所作を見ても薄青等級並であろうと推察される。令息の護衛騎士の隊長も同程度で有ったので、辺境伯の騎士団の練度は近衛騎士並であろう。数は少なめであるが。


 初めてみる少女の鎧姿に辺境伯一家と子爵家が盛り上がる。なんだか、姉が欲しがっているが、欲しければ自分で買えと彼女は思う。


『冒険者の装備は騎士の装備とかなり違うしな』

「辺境伯の騎士は冒険者に近い感じがするわね」


 正規戦だけでなく、非正規戦闘も得意そうである。





 距離を10mほどとり、真ん中で嫡子が「始め!」と声を掛ける。騎士団長はいわゆる鷹の構えをとる。王国の騎士より、法国の騎士の剣筋なのだろう。防御より攻撃優先とでも言えばいいのか。


『少数で多数を相手にする為の剣だな』


 彼女は魔剣の言葉になるほどと思う。一撃で決めねば押し込まれるという前提の剣か。覚えがある。


 とは言え、彼女は剣術が得意なわけではないので、魔法を組合せ、いつもの方法で戦うことにするのである。

 

 騎士団長の剣の間合いに入る少し前、隠蔽をせず、彼女は魔力を飛ばして剣戟のフェイントを入れる。剣で攻撃される、それも魔力だけを飛ばすのでノーモーションである。魔力の剣筋を自分の剣で抑える、もしくは躱すのだが、その先に彼女が立って剣を構えている。


 騎士団長が攻撃すると間合いを取り、また、間合いに入った途端、今度は複数の魔力を前後左右から飛ばしてきた。たまに本当の剣が混ざり、数分の間に騎士団長の息は上がっていく。


『考えたな。数人と同時に立ち会う様なもんだな、相手からすれば』

「隠蔽を使えば勝負は一瞬だろうけど、カードは使わない方がいいもの」


 彼女が余裕たっぷりに騎士団長の周りを一定の距離で円を描くように動きながら、時折踏み込んで一撃を加えるのだが、騎士団長は彼女の一撃をこらえるものの、体を振り回し、剣が何度も空を切る。正直、何をしているのか見ている者にはわからないのだ。


『そろそろ終わらせよう。暑いしな』


 彼女は頷き、魔力を飛ばすと同時に、騎士団長の右肩の付け根の鎧の部分を木剣で激しく叩いたのである。


「そ、それまで!」


 嫡子の号令で立ち合いは終了した。その場で騎士団長は荒い息を吐きながら座り込んでしまった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 立会ののち、彼女は鎧をぬぎ、湯あみをしてから遅い朝食を取るために食堂へと向かった。部屋で一人食べたい気もしたのだが、それを許される空気ではなかったのである。


 先ほどの立ち合いを見たものすべてが食堂に介している。かなりの人数だ。本来は末席である彼女なのだが、今日は当主夫人の横に席を設けて頂いている。彼女の向かいに騎士団長、その横が嫡子夫妻、夫人の横には先ほど見学していた少女が座っている。一族の娘なのだろうか、妹はいなかったはずである。


「始めに皆さんに紹介しておこう。私の母の妹の孫娘、重臣である従弟の娘だ。お見知りおきを」


 と、辺境伯が紹介する。夫人が、「男ばかりの兄妹なので、彼女は年の離れた妹のように可愛がられているのよ」と付け加えてくれた。なるほど、家臣の娘にも関わらず、当主様の前で物怖じしないのはそういうことかと彼女は納得した。


 とはいうものの、令嬢らしくなく、笑顔が足らないのはあまり社交の経験がないからなのかもしれないと勝手に彼女は解釈をしていた。自分自身も、少し前までは表情に乏しいと言われていたのである。勿論、最低限の貴族としての立ち居振る舞い、貴族の笑顔は身につけていたが。


 さて、食事が粛々と進み、暑いので軽めの内容ではある。とはいうものの、冷やされた生ハムや『カルパ』と呼ばれる生魚を軽く焼いて酢と油であえた料理は、みずみずしい野菜と組み合わせると、内海料理としてはとても魅力的なものであり、彼女も母姉もとても気に入っているのである。


『パンにはさんでもうまそうだな』

「そうね。持ち運べないでしょうけれど、船の上なんかでは良いかもしれないわね。揺れることを気にせず済むもの」


 などと、魔剣と会話しつつ、食事を楽しむ。昼間でも度数が低いものの、ワインの果汁割は普通に出されており、なんでも、生水が貴重なので、料理以外に直接飲むにはこのような形の方がいいというのである。


 水の豊富な王都周辺では考えられないが、乾燥した空気の中で、水分不足は良くないのであろう、立ち合いのせいで沢山汗をかいた彼女は少し多めに飲まねばならないかもしれないと思ったりする。





 食事も終わり、茶を飲みながら、先ほどの立ち合いについての話題となる。騎士団長から、参ったと言われ、まあその通りだろうと彼女は思った。


「あれは、何をしていたのだ。何やら混乱しているように思えたが、令嬢に混乱させられたのか?」


 辺境伯の質問に、騎士団長は「おそらく」と答える。彼女に説明を則す複数の視線を感じるが、少し黙っていると、令息が助け舟を出してくれる。機を見るに敏である。


「父上も、兄上も彼女が騎士であり、冒険者であることをお忘れか。秘中の秘をそうそう簡単に教えることはありますまい」


 その通りなのだが、誰でもできるわけではないので、簡単にと断り、説明を始める。


「私が多少魔力を有し、魔術が使えることが分かったのは、少し前のことなのでございます」


 ある日偶然出会った冒険者の魔術師に、使えるようになりたいかと聞かれ、教わる対価に、魔法の触媒となるからと自らの黒髪を与える代わりに魔術を少しだけ教わったのだという……微妙に嘘ではない話をする。


「その魔術を用いて、息子を翻弄したわけですな」

「ええ。私は薬師としての仕事も学んでおります。例の村は、その薬草をとる為にも通っていた村なのです」


 彼女は、魔力を用いずとも役に立つために「錬金術師」ではなく「薬師」として活動していることを話した。


「なるほど、そういう面でも、民を守るということをされていたわけですな」

「そういうわけでは……将来、商人に嫁いだ時に大切にされたいと思い、身につけた女の浅知恵でございます」


 とはいうものの、この席にいる貴族の女性で、薬師の技などもつものも、持とうと思うものもいないのである。


「ああ、それで、山賊退治の後に立ち寄った村で薬を渡していたのですね」

「はい。金貨銀貨で買えるものがない場所も辺境には多いと聞いておりますし、薬の備えがあれば、むしろ喜ばれると思っておりました」


 彼女が実際、将来に向けて具体的な計画を持って学んでいたことを、母姉はもちろん、辺境伯家のものもよく理解することができた。


「それで、素材採取を安全にするために、一番良いのは魔法で気配を消すことと教わりまして、その為に、魔力を操作することを教わったのです」


 普通、魔法というと火だ水だとなるのであるが、少ない(実際は高品質で豊富なのだが)魔力を有効に使うには、体の中に巡らせ、自らの気配を打ち消すことが良いだろうとアドバイスされたと話をする。


「なるほど、敵を打ち倒すのではなく、戦わずに済ます。それは、騎士にはできないことです」


 わかりやすい武の象徴である騎士にはできないと嫡子はいう。だがしかし、実際相対した騎士団長の見方は違うようだ。


「いや、兄上のお言葉だがそれは少々異なる。俺たちは少数で多数を倒す訓練をしている。それは、境目の国の騎士として、少数で多数を相手をして援軍を待つための戦い方だ」


 3対1どころか、時には10対1で戦わねばならないことも想定しているのが辺境伯騎士団の戦いなのだそうだ。


「その時に、令嬢が駆使された技は……とても有効だ。目の前で複数の敵がいるように、錯覚させることができる。まして、気配まで消されたら、対応できなかっただろう。そうですね?」


 騎士団長の問いに、彼女は黙ってうなずく。気配がないのに攻撃するのは不可能なのだ。簡単に言えばステルスだと思ってもらうとよい。目の前で気配を消され、別の場所に魔力で気配を出されたら、人の認知力を越えてしまうのだ。


「先ほどの立ち合いですら、複数の攻撃の気配に実際の攻撃が加わり、数人を一人で対応するようになりました。本来、俺と令嬢が魔力での身体強化をおこなわない前提なら、令嬢は瞬殺に近いでしょう。実際は、追い詰められ倒されたのは俺ですからね」


 参った参ったとばかりに大笑いする騎士団長に、遺恨を感じさせる気配もなく、空気は暖かいものに包まれる。


「流石、王都でも人気の『妖精騎士』殿です。見るときくとは大違いといいますが、あなたに関しては、噂以上という意味ですね」

「ふふ、あなたが無条件に対戦相手を褒めるなんて珍しいわね。何か思うところがあるのかしら?」


 母親である辺境伯夫人が騎士団長に話を振る。騎士団長はバレたかと言わんばかりの表情を見せるが、自分は教わりませんよという。


「騎士団長には不要でしょう。それに、騎士団員も集団戦が基本ですから不要です。少数で多数の相手をする冒険者の剣とでもいいましょうか。騎士と冒険者では守るべきものも戦い方も違いますから」


 と解説して見せた。例えば、護衛の騎士あたりなら、時間稼ぎの為にそういう使い方も必要かもしれないが、敵から認識されないといけないのであれば、『隠蔽』は使いにくいのである。


「密偵や暗殺には有効でしょうけどね」


 と口を滑らせ、騎士団長はしまったという顔をした。まあ、その通りである。


「夜這いにも有効だよね」

「……姉さんにも教えましょうか。私には不要なのだけれど」

「そこまで困ってないから大丈夫。教えられると困るから、男の人には教えちゃだめだよ」


 と、姉が軽口を叩いて空気を緩ませ、少々笑いを生み出している。姉は空気を馴染ませるのが上手だなと彼女は思った。


「魔力が少なくても使い道で生かせる……それは一考に値するね」

「そうですわね。とは言え、気配を消してあちらこちらに入り込まれても困るでしょうから、人を選ばなければでしょうか」


 嫡男夫妻が話をする。まあ、警戒されたわけではないだろうけれど、この能力は少々不信感を持たれてしまうのは仕方がない。


「あくまでも護身術の延長ですわ。私、薬師と護身術と馬術を修めておりますので」


 と話をすると、黙っていた末席の令嬢が口を開く。


「それは素敵ですわね。ぜひ、おばあ様のお屋敷まで遠乗りいたしませんか」


 おばあ様とは、恐らく辺境伯の両親である、前辺境伯夫妻の隠居所の事であろうかと彼女は類推した。



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