第01話 彼女はフェアリーと呼ばれる
第一幕『代官の娘』
子爵の代官地である村から、不審な現象の調査を受けた冒険者ギルドは、子爵家の『彼女』を名目上の子爵代理とし、冒険者を派遣する。
短編・『少女は世界を変える』に続く物語であり、短編はプロローグに相当します。短剣との出会いの部分、彼女の家庭環境に関してはお読みいただくとわかりやすいかもしれませんが、読まずに済ませても問題ありません。
第1話 彼女はフェアリーと呼ばれる
冒険者ギルドの受付。いつもであれば買取カウンターにやってくる黒目黒髪の少女。彼女は子爵家令嬢であり、魔力を有する錬金術師でもある。とはいえ、錬金術師として正式に教育を受けた存在ではなく、彼女の相棒である古の魔術師の魂を宿した短剣から学んだのだ。
彼女の魔力は優れており、それは短剣の魔術師も認めている存在だ。そして、めんどくさいのでこれからは『魔剣』と称した場合、彼のことを示すものだと思ってもらいたい。
この世界には薬師の作る『薬』と錬金術師の作る『ポーション』が存在する。薬は薬効のある植物・動物・鉱物や薬品を調合し、服用または塗布することで効果を発揮するもので、作成するために魔力を必要とする事は無い。
対してポーションは同様の素材を用いることもあるが、魔力を用いて成分を抽出し、更に魔力を加えることで添加剤のような効用をもたらすので、単純な薬よりも同じ量の素材で高い効果を得ることができる。
当然薬は相対的に(あくまで相対的にだ)安価であり、魔力を必要とするポーションは高価だ。それは効果の問題だけではなく、魔力を有する者が一般的に貴族階級が大多数であり、少数の平民階級のものも元貴族か、貴族の庶子や認知されない子供であるのが大多数なのである。
魔力を有する子供は貴族の庇護のもと、その家の勢力を高めるために有用であることから魔術学校に通うことや王国の官吏として、もしくは領地を差配する家令や騎士団幹部となることが多い。故に、魔力持ちが冒険者に協力することは珍しく、相応の対価を必要とするのである。
また、そういった囲い込みに漏れる程度の魔力しか持たないものでも薬師より強力な回復薬を作成できることから、冒険者ギルドは街の錬金術師に対して平身低頭でポーションを納めてもらっている。
冒険者は魔物や野盗から依頼人や自分たちを守る仕事を受けることがあり、また、魔物討伐も大切な依頼の一つである。その為、少量で大きな効果のある回復薬を必要とするところは街の住人の比ではないのだ。
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半年ほど前に現れた黒目黒髪の少女。まだ10歳を少し過ぎたくらいの女性らしい変化の乏しい外見ではあるものの、人形と見間違うほどの美しさをもつ少女であった。
「回復薬のポーションを売りたいのですが……」
買取の受付で遠慮がちに声を掛ける少女に、鑑定能力のある元ベテラン冒険者は怖がらせないように、できるだけ丁寧に答えることにした。
「嬢ちゃん、お使いかい?」
質素ではあるものの少しもくたびれていないワンピースを綺麗に着こなした少女は、貧困層でもなく流民でもないのであろう。表情こそ乏しいものの育ちの良さを感じる。恐らくは……それほど高くない位階の貴族の娘かその侍女であろう。珍しい話ではない。
「買い取りって事でいいのか。査定するから、そこで座って待っててくれ」
「お願いします」
護身用であろうか小振りなダガーを腰に吊るした少女は、軽く頭を下げると、待合の椅子に座る。冒険者の依頼受付のカウンターの方から、少女にチラチラと視線が注がれる。声を掛けたり、腕でも掴めば別だが、見る程度で咎めることはできない。とはいえ、男性に、まして冒険者というあまり良い身分とは言えない者たちに視線を寄せられるのはけして良い気持にはならないだろう。
ポーションの買取依頼は、金銭的に困った貴族が換金が容易で市井に出回ることの少ないそれを、最も査定の高い冒険者ギルドに売りに来ることが多いので慣れたものなのである。
とはいうものの、高価であり余程のことがない限り下位貴族では使用をためらわれる(本来は国王の命で出征するときに携行するための装備の一つである)ポーションは古いものが多く、保管状態にもよるが錬金術師の納めるものより効果が劣るものが多い。
今回もそんなものだと考えていたのだが……
「なんだこりゃ。初級のポーションなのに……回復力がおかしいぞ……」
買取担当は自分の鑑定がまちがったのかと考え、2度3度確認する。それでも確かな数値を示している。本来の基準の5割増しの回復力を有するポーション。少々でたらめな能力なのだ。
査定に時間がかかり、待っている少女の表情が不安げになる。
「あ、あの……もし買い取れないなら、結構です」
「……いや、是非買い取らせてもらいたい。だけどな……」
買取担当は正直に話すことにした。市井の魔道具屋か錬金術関係の販売店に持ち込む方が高く売れるだろうと。
「いいえ、私は冒険者ギルドに買い取ってもらいたいのです」
「なんでだい。効果が高くても定額でしか買い取れないぞ」
「一番必要としている方に、お渡しできるから持ち込んだのです。お金の問題ではありません」
冒険者はならず者と同一視するものもいる存在だ。確かに、冒険者の中には依頼をまともに受けず誤魔化したり、依頼人を放り出して逃げ出す者もいる。そうしたものが冒険者を廃業し、犯罪者となることも多い。
一方、わずかな依頼金で自分を厭わずに真っ当に依頼をこなした上で命を落とす者もいる。彼女の言う「必要としている方」というのは、そういう冒険者のことを意味しているのだろう。
「そうか、ありがとう。君の想いが伝わる者に渡ることを約束する。では、この金額で良ければ買い取らせてくれ」
金額も確認せず、彼女は署名をし幾ばくかの金を手に入れることになった。彼女は「もう少し買い取ってもらえますか?」と聞いてきたので、買取担当は「いくらでも買うから、いつでも何本でも持ってきて欲しい」と答えたのである。
そして、王都の幾つかある冒険者ギルドの中、とある支部で「妖精の粉」の入った回復薬のポーションが販売されていると噂がたつのはしばらくしてからのことであった。
彼女の想いは真実だが、実際はその半分だけである。残りの半分は、そのポーションが消費されないと買取価格が維持できないからという面もあった。ギルド以外であれば、ポーションはある意味高級洋酒の様な贈答品扱いであり、消費されるのは特別な時=魔物の暴走に対応する場合や戦争に貴族が出征する場合に購入されるのである。
つまり、売れば売るほど歩留まりが増え価格が下がるので、1本だけ高く買ってもらっても在庫がはけなければ確実に売り場所が制限されて、価格も下がることになるのである。ギルドならそれはありえない。
月に2回ほど彼女は数本のポーションを持ってギルドに現れる。そして、同じ価格で買い取りをお願いし、それを手にした冒険者たちは「御守」代わりに喜んで購入するのだ。
「縁起物だからな」
「おうさ、フェアリーが作ったポーションだからな。幸運だってついてくるさ」
黒目黒髪のほっそりした美少女である彼女が売りに来るポーションは、その容姿も相まって「フェアリー」の作った「妖精の粉」入りのポーションと呼ばれていた。
また、瀕死の状態でも回復が速やかで、何人かが助からないと思われた状態から命を取り留めることができたこともあり、彼女が冒険者登録に現れるころには珍しさではなく、感謝と畏敬の念をもってギルドの冒険者たちは見るようになっていた。
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「本来は、初心者冒険者ということで『薄白』等級からスタートとなるのですが、今までのポーションの納品実績を考慮いたしまして、『濃白』等級からのスタートとなります」
「ありがとうございます」
彼女は魔力測定ののち、冒険者として登録されることになった。この世界の冒険者ギルドは冒険者を6つの等級で分けている。それは色であらわされ、紫、青、赤、黄、黒、白の冒険者階位がある。
さらにその中で濃淡の色分けがある。彼女は濃白等級となり、少々色を付けてのスタートが認められた。素材採取に関して問題がないということでの判断だろう。
簡単に説明すると、黒白の等級下位4つは素材採取と常時依頼の魔物討伐がメインの依頼となり、護衛や討伐クエストなどを受けることができない初心者クラスといえる。冒険者の半分程度はここでリタイアし、商人やその他の市街で働く職業に転職する。20代半ばまで程度であろうか。
また、この世界における成人は15歳。彼女は13歳であり、12-14歳の間は半成人として扱われる。例えばそれは様々な職業につく制限があり、実質見習い期間ともいえよう。もしくは学生だ。
これを反映し、冒険者ギルドは15歳未満の冒険者は濃黒等級までしか昇格できないのだ。
赤黄等級は冒険者として10年程度の経験を持ついわゆる中堅どころであり、護衛や討伐を自ら依頼として受ける層である。とはいえ、薄黄と濃赤では大人と子供の差が存在し、この中堅層も実力差がかなりある。
青等級は指名依頼を受けることもある冒険者のエリートと呼ばれ、一流の存在として世間では評価される。また、貴族階級と直接会うこともあり、単純な力自慢程度では到達できない階位でもある。社会性やその所属する地域への貢献度など考慮され昇格するのだ。単純に言えば、災害規模の魔物の討伐の達成によると言えよう。
濃青のレベルは王国騎士団の部隊長レベルであり、その国内において五指に数えられる存在と言えるだろう。騎士団長は管理職で名誉職でもあるので意外と思ったほどでは無かったりする。小国ならともかく、大国であれば高位貴族でなければ国王と政治的なやり取りをすることも難しいからだ。
そして、紫等級はいわゆるS級であり人間の限界を超えている存在と言えるだろう。特に濃紫は世代で1人もしくは2人程度の存在であり、歴史に名を遺す存在ともいえる。なので、この辺は考慮する必要はない。
冒険者としての出世を狙うものは濃赤で指名料をたっぷりもらって、最後は貴族のお抱えになる程度の出世か、下位貴族の次男三男あたりは騎士団で数年修行をし冒険者に転職したのち、青階級を目指すことで出世することを夢見る。
騎士団での修養は貴族出身者としてのステータスでもあり、また知己を得るための手段でもある。彼らは高名な冒険者となり高位貴族の私設騎士団の団長辺りを目指す。また、生まれが良ければ、婿となり実家を凌ぐ階位の家のものとなり、見返すこともできるかもしれない。
さて、彼女の場合何を目指すのか。勿論、冒険者として市井で暮らすための仕事を見つけることも大事なのだが、依頼を通して世界を知るということも彼女には必要なことだと思えるのだった。
「依頼に関しては、あちらに等級別のボードがありますのでご確認ください。黒白の場合、常時依頼か採取依頼のみの受付なので問題ありませんが、それ以上の等級指定の依頼に関しては、未達成時ペナルティーが発生することがありますのでご注意ください」
討伐依頼で失敗した場合、依頼人が危険になる場合もあるだろうし、護衛の依頼も同様だ。依頼料の30-80%の罰金に一定期間の活動停止。自動車免許の違反行為に対する罰則に似ている。
「パーティーを組んだ場合、所属する等級より1つ上の位階の依頼を受ける事ができます」
彼女の場合、白なので意味があまりないが、黒等級であれば黄等級の依頼まで受けることができる(依頼には6色の指定しかないため、このような範囲となる)。
紫指定の依頼なら、紫等級の冒険者単独か青等級のパーティーであれば依頼を受けることができる……という感じである。
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受付嬢にお礼を言い、彼女は早速依頼を確認することにした。当面の目標は15歳になるまでに濃黒となり、薄黄になれる直前まで依頼達成を進めることにある。依頼達成は黒等級までは個人での評価のみなされる。
例えば、ゴブリンを5体討伐したとする。白黒等級なら全員に5体分の討伐依頼達成の評価が与えられる。これが黄等級以上であれば、均等割りとなるので、中堅以上の冒険者はこの手の依頼に手を出す事は無く、自然に住みわけがなされるのである。
「素材採取関係は……ついでにできそうだわ」
『ああ。お前がいつも採取しているところにそれなりにいるからな。とりあえず、この依頼を目指すのはどうだ』
魔剣が示した依頼は『狼』の討伐依頼である。森にすむ狼はそれほど大きな群れを作らないものの、単独の冒険者、それも黒白階級ではそれなりの難易度なのだろう。
「狼の……毛皮かしら?」
『ああ。俺を使い、水の魔法を使えば効率よく皮を加工できるだろう。それに、これは討伐の常時依頼にもなるから、一石二鳥だぞ』
「ついでに、ポーションの素材や常時依頼の素材も採取してしまいましょう」
森の中にある植物系の素材や鉱物も魔物や危険な獣がいるため、依頼案件となっているものが多いのだ。
「狼の毛皮の内張のついた外套なんて……いいわね」
『俺は、鞘を作ってもらいたいな』
「なら、お揃いでコーディネートしましょうか。ブーツにもあるといいわね」
魔剣はいまの出来合いの鞘が気に入らないらしく、オーダーメイドが所望なようなのだ。とはいえ、鞘を預ける間、武具屋に預けられてしまうのは問題ないのだろうか。
『心配するな。最初に武具屋に行ってお前の予備のダガーを買う。そしてそのダガーそっくりに俺が変身する』
「……あなた変形もできるの……」
『ああ。今の魔力では限界があるが、お前がもっと魔力を与えさえすれば、大剣にもハルバードにでも変形できるし、斬撃力も上がる』
「これ以上髪の毛が短くなると……家族を誤魔化せないわ」
『それはそうだろう。お前の魔力ほどではないが、魔物の魔力を吸収することで俺の能力は拡大する。魔石があれば一番いい』
「それはお金がかかりそうね」
『それはそうだ。お前の髪に匹敵するんだぞ、高価に決まっている!』
彼女の黒髪にはそれだけの価値があるということなのだろう。
彼女は『隠蔽』を発動させつつ、森へと入ることにした。魔力の量も半年前と比べると大いに増え、術に用いる魔力量は減った。なので、半日程度の『隠蔽』で魔力が尽きるという事は無い。
『それに、追いかけてくる奴らも少々鬱陶しいな』
依頼を確認しギルドを出ると、数人の冒険者が彼女の後をつけてきていることに気が付いていた。とはいえ、偶然かもしれないし、なにか伝えたいことがあったのかもしれないが、今日は依頼の達成を優先とすることにしようと彼女は思った。