第170話 彼女は副元帥に任命される
第170話 彼女は副元帥に任命される
『リリアル男爵、汝を「王国副元帥」に任ずる!!』
「……謹んで拝命いたします……」
彼女は再び、国王陛下の前で頭を垂れるのである。視界の端には、端正な横顔の新たに任ぜられた王国元帥であらせられる王太子殿下がニッコリ笑っていてムカつく。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
元帥及び副元帥の任命式の当日、スケジュールはかなりタイトであった。先ずは、リリアルの学生を騎士爵に任ずる……これは宰相閣下が代理で行う何時もの流れである。騎士の誓いは六人同時。
「どうだったかしら?」
騎士の叙爵を受けた六人のうち、代表して顔を張られた青目蒼髪だけが顔を赤くしている。彼女は剣で肩を叩かれただけであった気がする。
「殴んなくてもいいよな」
「まあ、男気じゃない?」
「……なんかスッキリした」
「君たち酷くない?」
王宮内なので静かにしてもらいたい。元帥・副元帥の任命は十年に一度あるかどうかの大イベントでもある。故に……彼女を供奉する騎士も必要なのだ。とはいえ、直接の部下のいないに等しい彼女の為に、六人の騎士が急遽任命されているという事もある。勿論、ドラゴン討伐の正当化の為もあるが。今任ずる
理由は供奉する為である。
「でも、王太子様の後ろに続く騎士たちって……」
「皆大貴族の息子たちで、あの時いた近侍の人ですよね」
そう、侯爵伯爵の次男三男が、彼らと同じ六人並ぶことになるわけだ。
「殿下の側近の方達ですもの、特に他意を持つようなことはないでしょう。でも、それは殿下のお立場を慮ってのこと。一貴族の子弟としては私たちと並べられるのは面白くないでしょうね」
「先生でも?」
「それはそうでしょうね、少し前までは子爵令嬢ですもの。普通は媚を売る側になるはずの女性が、王太子殿下と並び立つのだから……面白いわけがないわ」
本当に勘弁してもらいたい。立場が人格を作るという言葉があるが、それは、それなりの立場で生まれた人に当てはまる事であり、彼女は最初から『男爵夫人』や『商会頭夫人』を目指していたのに……何故王国副元帥になるのだろうかと、頭の中では全く納得できていないのである。
『でもよ、あそこでタラスクスやっちまわなかったら……お前生きてても多分、処刑されてたぞ。もしくは山賊か他国で傭兵だな』
「……そうよね……人生諦めが肝心よね……」
リリアル副元帥一行の待合室に近衛騎士に誘導されるのだが、目の前の騎士も少なくとも彼女の実家より格上の貴族の子弟なのである。
王宮のソファに座ることなど最初で最後とばかりにはしゃぐ赤毛娘を横目に『多分、あなたが一番王女殿下に呼ばれるから最後ではないわよ』と心で思いつつ、彼女はお茶を楽しむことにした。
「王都の中なのに、別世界ですねぇ」
「とても不思議。どこか……学院に似ている」
新王宮とリリアルの離宮は恐らく同じ設計者によるものなのだろうと彼女は推測する。豪華であれど華美ではなく、優美である。
「落ち着きますねー」
「嘘だろ。さっきから膝が笑いっぱなしだぞ俺」
「……多分……小さいから」
「えっ、どこがだよ、何がだよ」
「……*玉……」
いやそれは、ちょっとと思っていると『魔剣』が冷静に『胆玉だろ!』と言い放つのを聞いて安心する。安心させてください。
「お時間になります。皆さま、ご用意ください」
先ほどとは別の近衛騎士が部屋に現れ、部屋の外へといざなう。彼女を先頭に背後に二列三段の六人がついていく。先ずは訓練を受けている女騎士である赤毛蒼髪と黒目黒髪、その背後に微妙な赤目銀髪と赤毛娘、後尾は男性二人で少なくとも茶目栗毛は問題はないし、青目蒼髪も横目で見ながら上手く合わせて誤魔化せるだろう。問題ない。
大広間の前には王太子殿下とその近侍が並んでおり、広間の中には既に多くの貴族・騎士団幹部が並んでいる。
「やあ、気分はどうだい?」
「王太子殿下、まずまずです」
嘘です、もう帰りたいです! と彼女は内心呻き声をあげている。そう、基本、彼女は小心であがり症なのである。
「副元帥として、末永くよろしく頼むよ、リリアル男爵」
「光栄の極み……ではございますが、少々荷が重いと存じます。王立騎士団を育て上げた暁には、潔く後進に道を譲る所存でございます。私はリリアルの子供たちと王都の安全を守ることを優先にしたいと思っておりますので」
当然でしょう、とばかりに答えを返すが、王太子はニコニコといつもの営業スマイルで返してくる。
『王太子殿下、並びにリリアル男爵御入場!!』
あれ? 王太子殿下の後に続くんじゃないのかと思っていると、大きく観音開きに大広間の扉があけられ、同じ歩みで入場の必要がありそうである。だましたなこの演出……と思わないでもない。
「お先に」
王太子殿下から一歩遅れて入場を開始する。盛大な拍手が王太子殿下に向けられる。彼女に向けてではない。
やがて、半ば程で付き従う六人の騎士は歩みを止め膝をついて頭を下げる。彼女と王太子だけが王座の前に進んでいく。そして……王太子にやや遅れ少し後ろで歩みを止める。歩幅の差が有効に生かせたと言えよう。
『国王陛下並びに王妃殿下入場!!』
国王陛下は王太子同様の軍装、特に大元帥としての衣装を身に着けている。王妃様も礼装である。白地に青色の帯、金の刺繍のドレスを纏っている。
『これより、王国元帥並びに副元帥の任命式を執り行う』
粛々と任命の為の祝詞は唱えられ、王太子の名が呼ばれ国王陛下の前に進み出ると、膝をつき元帥杖を捧げるように受け取る。
『副元帥! リリアル男爵前へ!!」
彼女も同様に王太子の……やや後ろに跪き、恭しく元帥杖を受け取る。副元帥と元帥では杖は同じものを用いるのは何らおかしくないのだが、王妃様の計らいで少々小ぶりで可愛らしい装飾の杖となっている……と先日ご本人から伺っているのだ。いいのか王国元帥杖!
『王国元帥!』
王太子殿下が立ち上がり居住まいを但し国王陛下に向かい、元帥就任の挨拶を行う。
「只今、王国元帥の地位を賜り、恐悦至極に存じております。王国は近年、国内では平和が続いておりますが、周辺諸国の戦乱は留まるところを知らず、安穏とできる環境ではございません。
故に、元帥の地位を賜りましたからには、王国の平和と発展の為、副元帥リリアル男爵と手を取り合い、一心不乱に努めることをここに誓います!!」
いや、なに勝手に誓っちゃってくれてるのこの人……と思わないでもないが、定型の挨拶なので仕方がないと思う。というか、副元帥は史上初だから、確信犯であると思わざるを得ない。言わないでいいよね、手を取り合うとか……おかしくない? と彼女は内心思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「まあ、素敵だったわー 手に手を取って、王国の平和のためにー」
「本当に、あの場で手を取りあえば完璧でしたのにー残念ですわー」
はい、王妃様と王女様です。折角だからという事で、リリアルの新人騎士と彼女が王妃様のサロンにお呼ばれしております。
「最初で最後じゃなかったかもね」
「……とても深く沈むソファ……凄い……」
侍女・女騎士教育をびっちり受けた二人は問題ないのだが、やはり無理な者は無理なのである。とはいえ、寛いだ雰囲気なので問題ないよね、と思う事にした。
「元帥杖、あ、副元帥杖だったわね。どう? あなたの雰囲気にあう様にデザインを考えたのだけれど?」
「とてもありがたく思っております王妃様」
「ふふ、ハートの形のヘッドも良かったんだけれど、陛下がそれはって言われてね。小ぶりで飾り多めというところで妥協させられたのよ~」
「わたくしは、王家の色合いの青と黄色のリボンを付けようと提案したのですが、お兄様に駄目だと言われてしまいました。ですが……ここに用意がありますわ!」
これは、リボンを結べという事だと理解した彼女は、恭しくリボンを受け取り、蝶結びで副元帥杖にリボンを付けた。
「やはり……似合っておりますわ……」
「とってもー でも、式典でつけていたら多分、処分を受けるからここだけにしてもらいましょうねー」
当たり前だと思いつつも、リボン自体はとても素敵な物であったので、彼女なりに身に着けさせていただく事にしようと思うのである。
「皆さん、素敵な騎士姿ですわ!」
「これで、あなたも騎士服を仕立てられるわね~」
「「「「えっ」」」」
王女殿下がリリアルの騎士服を着るというのは、彼ら彼女らは初耳であったのである。
「わたくし、リリアルの名誉学院生ですの。皆さまと同じ騎士の制服を着て共にありたいのですわ!!」
気持ちは大変ありがたいので、制服ぐらい喜んで……と言いたいのだが、どうなのだろう。
「すごく素敵だと思います殿下」
「……いいと思う……是非……」
「歓迎いたしますわ殿下」
女の子五人が揃って笑顔になるのは……なかなかの眼福である。数が合わない
……なんてことはありません。
「今度は、あの馬車でリリアルまでドライブしましょうね」
「完成が待ち遠しいですわ!」
魔装二輪馬車のことである。兎馬車の乗り心地に関して、リリアルの騎士
達から話を聞いて、とても王女様はご機嫌となる。何しろ、王都の中であれば
さほど馬車も揺れないが、郊外になれば路面は荒れているところもあり、レンヌ
の帰り道は大変だったと思い出話に花が咲き始める。
「あの時は大変でしたわ」
「それでも、王家の馬車はだいぶ乗り心地は良くなってるのよー」
王妃様のコメントに固まる王女殿下。実際、普通の馬車であればばね等
ついていないので、地面の凹凸に合わせて激しく揺れるのである。外から
見えない以上のメリットはないと言えるだろうか。歩くよりは疲れないが、楽
と言えるほど乗り心地が良くない。
魔装馬車であれば、長い時間移動しても疲れにくくなるだろうし、王妃様王女様
の足を延ばす場所も王都の外へと広がる……護衛をする近衛は仕事が増えるだ
ろうが……それは関知しないし、したくない。
「そういえば、元帥さんがあとで呼びに来るみたいよー」
何気ない一言、王太子殿下から何か話があるという事のようだ。すると、侍女
から王太子の訪問を告げる声が聞こえた。
「副元帥、今後の二人の関係について、話し合わねばならないね」
「……承知いたしました……」
なんだか王女殿下、勘違いしてらっしゃいませんか! 王妃様のニヤニヤは
確信犯ですね。彼女はひとまずリリアル学院生を下がらせ、門近くの待合所にて
待機させるように手配すると、王太子に伴われ、執務室へと移動することに
なった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「お疲れのところ済まないね副元帥」
「……いえ、それでご用件とはどのような内容でしょうか」
「元帥になると元帥府というものは作れる。自分が指揮を執るもう一つの
王宮だね。主に軍事面だけどね」
王太子殿下曰く、元帥府に招く人材をどのように考えるか意見が欲しいと
言うのである。
「私自身、経験も余りない未熟者ですので、宰相閣下や騎士団長様のような
経験豊かな方の意見を聞く方がよろしいのではないでしょうか」
「いや、それはいつでもできる事だろ? 君の意見を聞きたいのさ」
彼女は考えて、一つの提案をすることにした。
「退役した軍人の方達で実戦経験のある方達を相談役としておそばに置かれる
のはいかがでしょうか」
「……どういう意味かな?」
彼女はサボア領の騎士団再編の為、先のニース辺境伯が一肌脱ぐことになる
きっかけの話をすることにした。治めている領内の緊急事態に即応できる
騎士がおらず、公爵自身も決断も判断も出来なかったことをである。
「なるほど。つまり、戦争から遠ざかっているからこそ、実際の戦場で苦労した
先人から学べと」
「はい。恐らく、召集の在り方、訓練の優先順位、徴兵された兵士の心のケア
の方法、行軍時の注意、野営のノウハウ、食料の調達や現地での住民の
協力者の作り方など、細部の知識が不足しているはずです」
王太子は深くうなずく。
「実際、冒険者としてまた、教育者として活動している君の視点は得難いもの
だね。大変参考になったよ。それと、他にも人材の活用方法に気がついたら
教えてもらえると助かる」
本気で自身が取り組むつもりであるという事を理解した彼女は、今一つ、
彼女なりの意見を加える。
「帝国の傭兵隊長経験者で引退した者を軍事顧問として招聘するのはどうでしょう」
「……それは……何故だ」
彼女曰く、直接戦力を投入して争う可能性がある大国は帝国と考える事。
大陸での戦争の大半は帝国出身の傭兵隊長が関わっていること。そして何より……
「彼らの商売敵のことは良く知っているはずです。それに、傭兵は契約を守り
ますから、お金を支払っている間は安心して元帥閣下の為に知恵を貸すでしょう」
王太子は再び深くうなずいたのである。




