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第166話 彼女は狼人をリリアル学院警備隊長に任ずる

第166話 彼女は狼人をリリアル学院警備隊長に任ずる


 『伯爵』邸を辞去し、彼女は狼人と共にリリアルに帰還するのだが……ついでに冒険者登録もすることにした。


「ぼ、冒険者登録とは何ぞ」

「簡単に言えば身分を証明してくれる証明を発行する為の行為ね。あなた、出身地とか王国外じゃない? リリアルに籍を置くにしても、その前にどこの誰かを証明しないと、身元不明の者を王妃様のお膝元に置くわけにいかないでしょう?」


 孤児とは言え、彼らは「孤児院」が出身地となり身元を保証される。公的には。それが、流民のような存在であると、冒険者になるくらいしか王都での存在を明確にする手段はない。とはいえ、普通は見習扱いで仕事を期間中に熟して初めて正式に登録されるのである。薄白辺りはそういう等級になる。





 冒険者ギルドに今日二回目の訪問。受付嬢も「何か不手際でも!!」と少々焦り気味であるが、彼女が連れを冒険者登録するために来たと告げると安堵の表情に変わる。


「この……方ですか」

「ええ。帝国出身なのだけれど、南都に遠征した際に知り合って、王国で仕事をしたいからといわれて連れてきたのよ。腕は確かだし、保証人も私の他に帝国貴族の伯爵様が一人いるのだけれど。お願いできるかしら?」


 慌てた受付嬢がギルマスに救援要請に走る。現れたギルマスは、今度は何用かという表情なのだが、同じ説明を簡単にする。


「というと、帝国での経験がある。『傭兵』とかか?」

「以前は戦士長としてとある公爵様の近衛を務めていたそうよ。もっとも、その家は故あって取り潰しになっているので、帝国では仕えたくないということで大山脈を西に移動して王国に辿り着いたのだそうよ」


 ギルマスは狼人を見て、なるほど戦士らしいなと呟く。


「では、試験を受けて貰って、腕前が確かであれば『薄黄』等級からのスタートとしようか」

「男爵、それはどういう意味でしょうか」


 彼女は狼人に、見習等級である白黒を飛ばして、護衛や討伐の依頼を直接受けることができる一番下の等級から始める優遇措置であると説明する。


「腕の立つ冒険者が少なくなってるからな。無駄に見習をさせる必要はないと考えての措置だ。初めて護衛や討伐するわけではないだろうから、腕を見せてもらえれば問題なく登録させよう」


 今まで討伐される側だったのにねと思いつつも、彼女は承知する。むろん、狼人にも異論はない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 場所は、騎士団の分駐所の訓練施設を借りる事にした。リリアル男爵推薦の帝国戦士の見極めということで、騎士団の手すきの者も見学に来ている。


『おお、盛り上がってるな。相手は……どんな奴だろうな』


 相手は、少し前に騎士を引退し、護衛の仕事中心に活動している『濃黄』等級の冒険者である。腕前的には薄赤の上位くらいだという。


「騎士の戦い方でしょうから、硬いと思うわ」

「なら、お前の『アレ』を貸してくれ男爵」


 狼人の言う武具は恐らく「バルディッシュ」であろう。彼女は魔法袋からそれを取り出し渡す。


「武器に魔力を纏わせると、斬撃力が増して恐らく人体切断となるから、身体強化までにしなさい」

「委細承知。まずは相手の様子から見る」


 狼人は武器を受け取り頷くと、20m四方ほどの練習場の中央に移動していく。


 相手は革製の兜と胸当てを付け剣盾の装備。いつぞやの騎士団の模擬戦と同じ首から下で臍より上と言う位置限定で打撃を与えても可というルールのようである。


『なら、剣盾有利だな。小回りが利く分、躱して当てやすい』


 ココで本来なら『猫』の意見も聞きたいのだが、生憎『魔狼』である狼人と同行するのは本能的に嫌なのだというので今日は不在である。


「始め!」


 掛け声がかかり、間合いを詰める二人、最初から狼人はバルディッシュを突き出し、牽制して間合いの長さを有効に使うようだ。


「斬りあえ!!」

「ふざけんな!逃げ切れるとでも思ってるのか!!」


 と、外野のヤジが飛ぶ。狼人は無視して構えを変えないが、相手は盾を左前に突き出し半身で接近してくる。これなら、狼人は突きで攻撃してもダメージを与えられないと踏んだのだろう。


「ヌゥン!!!」


 一瞬体がブレたかと思うと、バルディッシュを反転させ、石突を前に盾の正面やや中央下部を突き刺す。盾越しに衝撃が伝わり、後方に吹きとばされる元騎士の冒険者。


 そのまま、バルディッシュを振り下ろし革の鎧の右首筋辺りにピタリと止める狼人。


「そ、それまで!!」


 一瞬の踏み込みからの斬撃で模擬戦は終了した。


『あいつにお前良く勝てたな』

「正面から構えたら筋肉達磨の人狼擬きに勝てるわけないじゃない。相手がその気になる前に機先を制しただけ。大体、あれは私たちのような女子供とまともに戦う気が無かったみたいね。むしろ、接触して情報を引き出すために本気で戦わなかったんでしょうね」


 本気ではなくても、降参して悪くない程度の力量を感じさせることはできたのだろう。男爵は爵位としては高くないが、伯爵と男爵と戦士しかいない時代の戦士からすれば、戦士長=男爵という位置づけと理解して下った可能性もある。


『男爵って下級貴族と思われがちだが、騎士団の隊長クラスの地位だからな。その後、伯爵の上と下に貴族の階級増やしたから一番下ってだけだ』


 実働部隊の長として『男爵』は決して地位が低いわけではない。『伯爵』の副将相当の『子爵』、伯爵より武力を有する『侯爵』『辺境伯』、王家の分家もしくは王に匹敵する家系の『公爵』が存在するだけなのだ。


「それより、もう一戦するみたいね。流石に、一回だけでは中堅冒険者にスキップは無理みたい」


 二戦目は剣士と弓手の組み合わせとなるようだ。


『あいつ、銃じゃないと倒せないレベルかもしれねぇな』

「ええ、無駄に筋肉が多い場合そうかもしれないわね」


 鉛の弾丸の威力を吸収するほどの筋肉の束を持っているのなら、頭を撃ち抜かないとダメージを与えることはできないかもしれない。





「第二戦、始め!」


 二戦目があるとは言われていなかったが、狼人に不満はなかったようで勢い込んで第二戦が始まる。物足りなかったのだろうと推測する。


「なんだか嬉しそうね」

『どこぞの年寄りたちと同じ匂いがするぜ……』


 今頃はサボア領に向かっているだろう、前伯とその同僚の老騎士……さらに、ソーリーの修道士たちも参加するのだと聞いている。


「姉さんの手紙曰く……とても暑苦しいらしいわ」

『寒い時期にはいいかもな。あの辺特に』

「会わずに済ませたいものね。でも、リッサと会うとやる気になるでしょうね。彼女はそういう意味で高嶺の花感があって老騎士たちの刺激になり得るわ」


 姉のようによく話す女性より、寡黙で芯の強そうな美女にジジイどもは好意を持つものなのだ。


『お前も、年寄り受けいいよな。若いのは微妙だけどな』

「若い騎士は姉さん担当なのよ。それに、夫人と騎士の方が物語映えするじゃない。早く結婚する理由って、それなのよね姉さんの場合」


 貴族の娘には全く権力はないが、結婚した夫人は成人扱いされ夫同様の力が認められる。次期子爵であればなおさらだ。内定的にはノーブル伯爵夫人もしくは女伯である。


 狼人は剣士と弓手が直線状に並ぶように位置取りをしつつ、距離を詰める。弓の飛翔はやや弾道曲線を描くが、弓銃と比べれば直線に近い。剣士の背中越しに狙いにくいのか左右に動くが、同じ視界に二人を納めつつ、いい立ち位置を確保する狼人。


「そりゃ!!」


 剣士が踏み込んで横薙ぎの斬撃、バルディッシュの柄で受けそのまま反転させて柄で胴を打つ。


「ぐえっ」


 剣士が蹲る瞬間に背後から矢が飛び込んでくるが、旋回させた刃を扇のように振り回し矢を跳ね飛ばす。


「おい、嘘だろ!」


 次々と矢が射込まれるが、切り落とすのは簡単のようである。


『あいつ、慣れてるな』


 弓を放つのを見て、飛翔速度から到達するタイミングで刃を回転させ切り落とす。失敗してもいいように体を半身にしてである。


「これも試験向けのパフォーマンスでしょう」

『だな。目の前の剣士、肉盾にして突撃する方が簡単だもんな』


 肩にでも敵兵の死体を担いで盾代わりに突っ込むほうが合理的なのだ。もちろん、それを可能とするだけの体力が必要なのだが、あれなら問題ない。


 狼人はそのまま弓手に駆け寄ると、頭の上と体の左右をバルデッシュを旋回させ斬り殺さんばかりに斬撃を繰り出すと……


『あいつ、当てなきゃOKルール逆手にとって虐めてるな』

「ええ、もう弓を引く力も出ないでしょうね」


 死の覚悟をした弓手は腰砕けになりしゃがみ込んでしまう。その胸を軽く石突でコツンとばかりに叩くと、そのまま仰向けに倒れて動かなくなる。失神したのかもしれない。


「ふん、皆なまっておるようだな。今少し精進することをお勧めする!!」


 ははっ!とばかりに周囲を見回し威嚇のような笑い声を立てると、彼は試合会場に背を向けた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「学院長、我が撃剣はいかがでしたでしょうか」

「合格であったのだから問題ないわ。あなたのように目立つ囮役もリリアルには必要だから、いいと思うわ」

「わ、我囮役……」

「そうね。『俺に任せて、先に行け!!』というセリフは大切にしなさい。でも、必ず生きて戻ること」

「ははっ、無理難題を言うのは優れた君主のあるべき姿。あなたの期待に応える事ができる戦士でありましょう」


 武技も魔力の操作も……まあ、魔物だから当然なのだが十全であると言えよう。伯爵と彼女が『王都の安定』という点で盟友関係である間は問題がないと言える。


 帝国は魅力的な都市が多いものの、『皇帝』が選挙で交代するゆえに、都が複数存在する。数百年にわたり計画的に整備され、なおかつ現在においても発展している王国の王都と比べればかなり見劣りするのである。


「『ウィン』であったか、帝国の都も壮麗であるが、王都も悪くない」

『ウィンはサラセンの攻撃受けてるから、かなり痛めつけられてるだろ?』


 今から約五十年ほど前、王国が帝国・神国から挟撃を受けた際、サラセンに使者を送り、帝国の首都であるウィンを攻撃させたことがある。その際は、大砲の移動に時間がかかり、冬の訪れとともに撤退することとなった為陥落は免れたのだが、周辺地域は大いに損害を受けた。


「あれで、ウィン以東のほとんどの帝国領はサラセン領になったのよね」


 当時のサラセン皇帝は『ソロモン』と名乗っている。つまり、あの聖典に登場する悪魔を使役したと言われる古代の王と同じ名を持っているのである。


「むむ、我が逼塞している間に、そのようなことが……」

『お前の主はわざわざ王国の都に住んでいる理由……わかるだろ?』

 

 故国を取り戻せるのであれば、近い帝都ウィンにいたであろう。それが不可能であると察したために、サラセンと距離のある同じ御神子教の国に移動したのである。


「あの頃、我らを裏切った者どもの国も滅びているということだな」

「誰のことを示しているのかは分からないのだけれど、帝国の向こう側はみなサラセン支配下よ。恐らく、支配者層は皆サラセン人に変わっているのだから、そうではないかしら」


 ソロモン帝の死後、本国では厭戦気分が高まり、遠征による疲弊を原因とする反乱も頻発しているため、帝国がいくばくかの献納をする形でサラセンと帝国の間は戦争が発生することは今のところないのである。


 主君が元の領土にかけらも未練がないことが分かり、狼人本人は、子供たちに武技を教え冒険者として生きていきながら、旧主である伯爵に仕える事にしたようである。


「アドルフ、あなたが現役時代と戦争の形態は大いに変わっているから、過去の経験に囚われないようにしてもらえるかしら。馬上で勝敗が決まるほど今の戦争は簡単ではないのよ。それに……」

「わかっている。我主様がサラセンと彼の弟君の謀略により、民から距離を置かれた事が我らの敗因。謀略を防ぐことこそ、国体を守るすべであることくらいは承知している」


 その謀略を防ぐ仕事が……これからのリリアルの存在意義になると言えるだろうか。


「なら、副元帥とか任ぜられて、王太子殿下と並んで目立つのは悪手なのではないかしら」

『いや、お前みたいな可愛らしいお嬢ちゃんが『副元帥』なんてのは、傍から見れば王太子の色恋沙汰の延長だろ? 愛人を囲う為に地位を与えられたと思うのが普通の事だ』


 戦争などで遠征する場合、愛人に鎧具足を着せて『近侍』として同行することは高位の貴族王族ではありがちなことである。言葉には出さないが、暗黙の了解と思われるだろう。


「王太子殿下の愛人……婚約の話が出てこなくて済むのは助かるのだけれど、若い王族の愛人というのは、普通未亡人の下位貴族の夫人辺りで元家庭教師が相場でしょう? イメージに合わないじゃない」


 と彼女は主張するのだが、『魔剣』と狼人は内心思うのである。愛人が必ずしも異性であるとは限らない。あの救国の聖女も、旧都を解放するまでは貴族の愛人である『少年』と見なされていたのだから。


『まあ、蓼食う虫も好き好きってやつだな』


『魔剣』は彼女の主張にたいして、そう答えお茶を濁した。



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