第165話 彼女は『伯爵様』と狼人の再会に立ち会う
第165話 彼女は『伯爵様』と狼人の再会に立ち会う
ドラゴン討伐に参加し、騎士爵を賜る事になったリリアル生たちは、冒険者ギルドにおいても……昇格の対象となるのであった。
『タラスクス』討伐に参加した黒目黒髪・赤毛娘・茶目栗毛・赤目銀髪・赤目蒼髪・青目蒼髪の六人は揃って薄赤等級となる。
久しぶりに王都の冒険者ギルドに立ち寄ったのは、『伯爵様』にノーブルの修道院跡で遭遇した「狼人」を会わせるために近くまで来たついでの出来事である。
ギルマスはリリアルメンバーの昇格を伝え、「これからもよろしくな」と伝えて来たのだが、それは少々難しくなりそうであることを伝える。
「なんでだよ……でしょうか男爵」
「彼ら彼女らは正式に王国の騎士爵に叙せられます」
「そりゃ、お前さんも同じだろ?」
「意味が違います。私の場合、リリアル学院生の冒険者としての実務経験を積ませるための引率として参加してきたわけですが、彼らは自身が騎士として冒険者の仕事をギルドから受けて務める事は難しいでしょう」
既に皮算用が崩れたギルマスは顔面蒼白である。
「今後は、騎士団や王家からの指名依頼以外は薬師や騎士爵未満の冒険者登録している者たちの素材採取やポーションを納める仕事が中心になるかと思います。護衛や魔物討伐は危急の場合以外は受けることはないでしょう」
「……そこを何とか……」
「指名依頼にすればよろしいでしょう。若干、費用は増えるでしょうが、そもそも誰でも良ければ他の冒険者の方にお願いしていただければ問題ありませんよね」
リリアルはほぼ失敗のない依頼達成であるし、万が一の場合は学院がケツ持ちするから安心して依頼ができる。他の冒険者はそうではないから、不安で仕方がないのだろう。
「冒険者を育てる事もギルドのお仕事でしょうから、その方面で努力されることをお勧めしますわ」
という事で、今後はあまり顔を出すことはないだろうとギルマスに告げ、彼女は銀灰色の子犬を連れてスラム地区へと向かうのである。
『伯爵様』の潜伏する廃墟にしか見えない元騎士爵の屋敷は、手入れされていないというほど荒れてはいないがそれなりに雑然とした館である。
『ほ、本当にこんな場所に我主様はお住まいなのか?』
「さあ、当人に会って確認してちょうだい。確実ではないのだから」
彼女は狼人の話す特徴から、知り合いのエルダーリッチである『伯爵様』を想像しただけであり、実際そうかどうかは分からないのである。
ドアをノックすると、中から「はーい」とばかりに少々間延びした声が聞こえる。
「お久しぶりです、リリアル男爵です。今日は知人と思われる方をお連れしました」
『あ、はーい。今ドアを開けますねー』
中から出てきたのは、顔色の悪いエルダーリッチの使用人である。何人かいるうちの一人であり、二年前から全く変化がないのはやはりアンデッドだからだろう。
『どうぞー 伯爵様がお待ちでーす。ご案内しますねー』
ひょこひょこと彼女の前を歩きつつ、彼女の抱きかかえた銀灰色の子犬に関心を持つ使用人。
『変わった犬……うーん『魔狼』の子供ですかね』
「わかりますか?」
『多少魔力が見えますので。普通の犬ではないくらいの事ならわかるんですー』
エルダーリッチは魔力の流れが目視できるのか体感できるのかは分からないが、生前魔力操作ができなかった者でも魔力が後天的に扱えるようになるのはリッチの特性なのかもしれないと彼女は考える。
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「久しぶりだね男爵。いつもご活躍みたいで、今回はドラゴンを倒したとか。詳しい話を聞かせてもらえるかな? なに、夜会で御婦人方が興味あるからね」
あはは、といつもの軽い調子で挨拶する伯爵。
「ご無沙汰しております伯爵様。あなた様もご健勝のようで何よりです」
『まあね。君の魔力の入ったポーションを飲むようになってから調子もいいしね。最近心もとなくなってきたので、また作ってくれるかね』
「承知いたしましたわ。それで……」
今日の肝心な要件は『狼人』を『伯爵様』に会わせる事なのだが……伯爵は子犬形態の狼人に無関心である。
『なんだ、こいつ知り合いじゃねぇのか? 反応どうなってるんだよ』
『魔剣』が狼人に聞こえるように独り言をつぶやくが、当人は固まったままのようである。
「この度は王国の南、ノーブル領まで足を延ばしましたのですが」
『おお、あの大山脈の西の端だね。水晶やミスリルの鉱山があると聞いているけれど、それが目的?』
「それが半分、それに近郊の修道院跡に魔物が住み着いているということで、調査依頼がありましたので、それに足を運びました」
『随分と遠くまで足を運んだね。それで、何やら面白いこと……ああ、ドラゴン退治の他に何かあったかな』
伯爵は足元の銀灰色の子犬サイズの狼には目もくれず、会話を進めていく。
『……』
「そこで、この者と会ったのでございます。どうやら、伯爵様の知人であるように申しましたので、連れてまいりました」
『私の知人……犬に知り合いはいないけどね』
『我、主様……あなたの戦士長でございます』
狼人は子犬姿のまま声を発する。どうやら、感無量で声が出なかっただけのようだ。
『戦士……長……ね。私は、男の使用人は……ん……もしかして……アドルフかい?』
『……はい……戦士長アドロファでございます』
アドルフは帝国語訛り、どうやらお国言葉では『アドロファ』であるようだ。意味は……高貴な狼……だという。
『君、随分と小さくなったね。あの時、「俺を置いて先に行ってください!!」って言われたからさ、先に行って待ってたけど全然戻ってこなかったから……待合せ場所間違えたとか?』
そんなわけないわよね……と思いつつ、狼人に視線を向けると、どうやら捕縛されてしまっていたようである。
『その晩、幸い満月でございましたので、身体強化を最大にして鎖を断ち切り脱出したのでございますが……』
『相変わらず夜型だね。最近、私はめっきり夜が弱くなってね。まあ、エルダーリッチだから睡眠が無くとも魔力さえ回復できればいいんだが、でも、昼間の方が生気に満ちているから、吸収しやすいね』
『……既に我主様のお姿も臭いも追う事ができなくなっていたのでございます』
『へー なるほどね。それで今まで何をしていたの?』
大山脈を西進し、あちらこちらで配下となる魔物を味方につけ、最後に見つけた大山脈西端の城塞跡に拠点を築き、主の帰還を待っていたという。
『……なんでそんな山奥に拠点とか築いたの。私はもともと、都会派だよね。そんな山奥にいたって接触するわけがないじゃない』
『いえ、居城は峻険な山の上の……』
『あれ、半分幽閉されていたからね。逃げ出せないように、逃げ出しても追手を駆けやすいようになっていただけでさ。好きじゃないよ、山奥の石の城。やはり、王都の屋敷は良いね、若い女の子も沢山いるし、お酒も食事も菓子も上等。書物に美術品、装身具に衣装も世界中から王都に集まる。まあ、法国もいいけど、あそこは政情が不安定だし、しょっちゅう僭主が現れるしね。まあ、王国が最高だよ。ワインも美味いしね』
どうやら、狼人のイメージしていた主の生活と大いに異なっているようである。サラセン人相手に残酷な戦いを好んだと言われる主と、今の穏やかに都会の生活を楽しむ主では相当異なるだろう。
『……我主様……』
『今はね、帝国の伯爵なんだよ。帝国もすっかり求心力を失ってさ、今では二つの派閥に別れて主導権争いしているところだよ。連合王国や法国の教皇辺りの思惑もからんで……まあ、昔の領地はサラセンから取り戻せそうにない』
『あ、諦められたのですか!!』
『いや、あやつら私を裏切ったではないか。援軍を借りるために宗旨替えしたにもかかわらず、あやつらは敵についた。守るべき者たちなどどこにもおらぬわ!それに、時代も変わってここでのんびりするのも悪くないと思っておる。そうであろう、男爵。王都は平和そのもの……表面上は』
伯爵の配下であるレヴナント……ではなくエルダーリッチ(仮)のおかげで、闇に蠢く敵国の諜報員の活動もある程度管理できている。爆発する直前に騎士団が摘発し一網打尽……というのが最近の傾向だ。故に、王都から離れた場所での工作活動に移行していると思われる。
『男爵はおかげで出張が増えているのだろ?』
「しかたありませんわ。これでも王国の騎士ですから、王都を守った上で、王国も守らねばなりませんから」
『そうだね。この国の民は……守る価値がある者が大半だ。勿論、ゴミも混ざっているけどね。でも、あの領地よりは随分といい』
王国が相対的に豊かな地域であり、ここしばらく王国内が平和であるからということもある。サラセンとの戦いの最前線であったであろう領地と比べれば民の気持ちも相当異なるのは当然だ。
『で、戦士長? アドルフは何がしたいわけ?』
『……我祖国の回復を……』
『無理だろうね。東の帝国が滅び、法国の海軍も壊滅、いまやサラセンとの国境戦は帝国東部にまで移行している。この王都に匹敵する帝国の主要な都市も何度か攻められて、持久戦で撤退に追い込むくらいしか手がないみたいだしね』
『世はそれほどに……』
『だから、山奥の砦なんかにしがみついているとダメなんだよ。情報は都市に集まるんだからさ。ほんと、脳筋はこれだから困るよね。ね、男爵』
『くうぅぅぅぅ 我のあの苦労はぁぁぁ……』
伯爵が背後から「何の意味もないね。それに、魔物を率いて捲土重来とか絶対嫌だ。美女とかが良いよね。王都最高☆」といわれ、首をうなだれるのであった。
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お土産の彼女の魔力入りポーションを渡すと、早速、ワインで割って飲み始める伯爵。
『座って座って……あ、アドルフは床にね』
「ありがとうございます」
『……』
狼人はいわゆるお座り中である。
『最初の頃と比べると、魔力の濃度が上がったというか、サラサラさっぱりから濃厚な感じに変わってきたね。魔力の熟成のおかげかな?』
ポーションの飲み比べをしたことはないので何とも言えないが、効果は恐らく格段に上昇している。故に、彼女の作成するポーションはギルドに卸すことが出来なくなっている。効果が高すぎて品質的にNGなのだ。
「伯爵のお耳に入っているかもしれませんが、最近、帝国との境目がきな臭くなっているという事ですが、なにか御存知でしょうか」
噂に聞いた聖都での吸血鬼騒動、恐らくこの先彼女にも関わってくることになるだろう。帝国の事なら、伯爵の耳にも入っているかもしれない。
『商会の代理辺りからの報告では、あれだね、聖都に吸血鬼が現れているとか、国境沿いにスケルトンの兵士が出没しているとか……そんな感じかな。おかげで日が落ちてからの活動が停滞しているみたいだね。物も動かしにくくなっているし、治安も悪化している……と聞いてるよ』
物が動かなくなれば相対的に貧しくなる都市の下層民がいる。治安悪化はそのせいかもしれない。
『今のところ、帝国も国内での勢力争いがあるから、王国に攻め入るつもりはないみたいだけど、今後は不明だね』
「……といいますと……」
『帝国内の原神子教徒と連合王国が組んで、ネデル領を侵食しているんだよ。土地ではなく経済的な繋がりで帝国から切り離そうとしている。そこに対して軍事行動に皇帝が出る可能性があるね。主戦力は内海経由で神国軍を呼ぶみたいだけどね』
帝国内の勢力争いに、自分の本領である神国軍を投入するという事か。しかし、何故王国にちょっかいを出すのだろうか。
『干渉されたくないから、予防措置で王国と帝国の領境で魔物を使った事件を起こし、侵攻しにくくするということじゃないかな』
「なるほど。ドラゴン騒動を含めて一連の動きは帝国の使嗾の可能性が高いかもしれませんね」
『アドルフが無事に帝国領を通過できたのもその一連の工作かも知れないしね。ドラゴンが南都を破壊すれば、国内事情的に外征することは不可能になるだろうから、それは十分あり得るね』
法国の教皇の指示というよりは、元々王国南部に存在する親神国系の貴族とビジョンの宗教関係者の協力で『タラスクス』は南都に向けて放たれたのかもしれない。偶然にしては事件が連続しすぎている。
『偶然 調査に向かって、狼人もドラゴンも討伐成功して被害を出さないとか……王国はリリアルの存在があってかなりの幸運だね。それこそ、神のお導きだね』
さらに魔狼・魔熊も投入し王国南部を麻痺させる可能性もあったわけで、南都に王都の騎士団が移動すれば、その間王国北部は戦力的に手薄になり、帝国はネデルやランドルで活動しやすくなるとうことなのだろう。
『あーあ、聖都周辺のアンデッド騒動に君が出かけていくとすると、帝国の工作員達はまた災難だね。とはいえ、放置する方がこちらは災難だし、美味しいものが王都に集まらなくなるのは困るから、できるだけ情報は提供することにするよ。まあ、美味しくなったポーションのお礼だね』
「協力感謝いたします」
彼女は伯爵様にお礼を言う、そのついででなんだけど、と伯爵は言葉を加える。
『リリアルでその子、預かってくれないかな。戦士としては悪くないし、子供たちの剣の稽古に丁度いいかなと思うんだ。なにより、屋敷が犬の毛で汚れるのは嫌だからね。折角の絨毯が犬の抜け毛だらけとか、女の子たちから苦情が殺到しかねないから。お願いだね☆』
『……わ、我主様……しょ、承知いたしました! 盟友関係になるリリアル男爵の騎士たちを、不肖! 戦士長アドルファ 一人前の戦士に鍛え上げて御覧にいれます!』
『まあ、たまには人間の姿で男爵のポーション持ってくればいいよ。その時は昼食くらい出してあげるからさ。いいかな、男爵?』
伯爵の提案は……悪くないのである。薄赤戦士を講師として招くとしても、総合的な冒険者の教官であり、戦士としては既に一線級ではない存在である。膝をこれ以上悪くすれば生活にも支障が出る。
対して狼人の戦士長は不老にして不死。寿命で死ぬことはなく、回復力も相当のもの……トロル並みである。剣や槍の稽古相手、指導者として優秀であるだろうし、彼女が不在の際、学院の守備を委ねる事も出来るだろう。もしかすると、吶喊する可能性もあるが、魔装鎧にバルディッシュでも装備させれば、騎士百人分くらいの活躍をするかもしれない。
「ではその提案お受けいたしますわ。アドルフ、これからは私の事を学院長と呼びなさい。あなたは、リリアル学院警備隊長兼、剣術講師に任じます」
『おお、感謝いたします学院長殿。我は命の限り学院を守ることをここに誓いますぞ!』
子犬形態から成人形態に移行し狼人は主と彼女の前で力強く宣言するのだが……
『アドルフ、全裸で意気込んでも恥ずかしいのではないか。特に、男爵はうら若き乙女だから。そういう行動は慎みなさい。私の街歩き用の衣装をあげるから、ちょっと待っててね』
全裸のWILD系おっさんが彼女の横で握りこぶしを突き上げているのを一切視線を正面から移さず、彼女は無視する事にしたのである。