第163話 彼女は王妃様に久しぶりに呼び出される
第八幕『副元帥』
南都で『タラスクス』の討伐を成功させ、王太子と共に街を救った彼女は、王太子の『王国元帥』就任に伴い『副元帥』に任命される。また討伐に参加したリリアル学院生は叙爵され騎士爵の位を賜る。日々の学院の仕事を片付ける合間に、新たな事件の気配が漂う。
第163話 彼女は王妃様に久しぶりに呼び出される
王都に帰還した数日後、王宮からの手紙が届き、内容は久しぶりに顔を出せとの王妃様のお言葉である。今回は……黒目黒髪と赤毛娘を供に王宮に向かう事にする。彼女たちが騎士爵となれば、恐らく侍女か騎士としての護衛依頼があると想定し、二人を王妃様王女様に会わせようと考えていた。
特に、王女殿下と比較的年齢の近い二人であるので、その辺りも考慮した結果である。
「せ、先生……王宮ですか?」
「ええそうよ。大丈夫、王妃様にも王女様にもリリアルでお会いしているわけだから、今回は王都に帰還したご挨拶に行くだけよ。あなたたちも旅に同行したわけだし、騎士爵にもなるわけだからご挨拶するのはおかしくないでしょう」
二人はなるほどと思うのだが、選ばれた理由は魔力大班から順に経験させる予定だからである。次回は魔力中班の赤目蒼髪と青目蒼髪……もしくは赤目銀髪の侍女? 候補を連れていくことになる。
「後宮は男子禁制だからという事もあるわね。リリアルの女性騎士はそういう意味で女性のみ立ち入れる場所で活躍が期待されるのでしょう」
今のところ後宮は存在せず王宮のみだが、王太子妃が選ばれ、王子王女が生まれれば後宮は設けられることになるだろう。
「え、えーと何を着ていけばいいでしょうか?」
「……制服でいいわよね?」
「そ、そうですね」
「ふふ、騎士爵になれば夜会に参加する必要も仕事であるかもしれないから、十五歳を過ぎたらドレスも毎シーズン作らねばね。護衛の仕事もあるでしょうから、その辺りのマナーも勉強する必要があるわ」
孤児から王家主催の夜会に参加……ハードル高と二人は思う。とは言え、騎士爵になる他の生徒たちも必要なスキルだ。茶目栗毛以外は教育を受けたことはないはずなので、ダンスや挨拶や会話のエチケットなども勉強させなくてはならないだろう。仕事が……山積であるが、社交に関しては姉が当てになるので問題ないだろう。喜んで協力するに違いない。
手紙を出し都合を確認すると「いつでもOKよ~」と返事が返ってくる。
『相変わらず軽いなあの王妃』
「ポーズみたいよ。私たち向けのね」
王妃様は姉の上の世代には相当恐れられている。婚約者時代に、社交において政敵となる貴族の娘や夫人を徹底的にやり込め、戦意を失わせたり居場所を消したりしたのだそうだ。姉は最初から子爵家を継ぐ前提で協力的な家と、王国や王都に対して敵対的な貴族の家で選別する社交を行っていたので、そこまでする必要がなかったようである。
『お前の姉ちゃんが公爵家の養女あたりになれば面白い王太子妃になったかもな。年は王太子より少し上になるかもだけど』
「止めてちょうだい。子爵家の当主私になっていたじゃない」
『……いま既に男爵家の当主であるから、むしろ今の方が大変だろ?』
「うう、そうなのよ……おかしいわ、老後の為に金貨を貯めているはずだったのに……何故かしら……」
ふと気が付くと『王国副元帥』となり、数人の騎士爵を配下に持つ……押しも押されもせぬ王都の護りの要扱いされそうでとても迷惑なのだ。デビュタント前の令嬢の仕事ではないと思う。
『まあ、普通は母親の子爵夫人とドレスやアクセサリー選びに、事前の情報収集の為のお茶会三昧だよな』
「とはいっても、子爵家では寄親の公爵・伯爵家の系列の令嬢としてお茶会に誘われないでしょうから、情報収集の意味は余りないわね」
姉ほど注目されれば別だが、普通の子爵令嬢は貴族の社交においてはたいして価値がないので、侍女替わりの賑やかしで呼ばれる程度に過ぎない。
「はぁ、男爵家の当主としては王妃様とアルマン様に気を遣えばいいくらいよね」
『あの二人が実質上司扱いだがな。でも、今回副元帥の任命を受けるとだ、恐らく、王太子も上司になるんじゃねぇか』
「……そのための副元帥任命なんでしょうね……迷惑極まりないわ」
副元帥は常設の職務ではない。将軍の上司だが直接の指揮権を持たない名誉職に近い存在……ただし、元帥の指揮下にある。戦時は対等の関係が認められるのは元帥の暴走を止める役割を担うからであり、平時は部下である。
「あの腹黒王子の仕事も、ちょくちょく受けないといけないとすると、また大忙しになるじゃない」
『南都絡みで協力してもらいたいってのもある。ブルグント-南都-ニースのラインを寸断しようとする勢力が存在する』
今回のドラゴン騒動の背後にいる存在。表面上は動きは見えていないが、教皇の周辺、ヌーベ公爵らロマン人系の王国内の反政府勢力、そして帝国にロマン人に協力する連合王国の存在も注視しなければならない。
『王国もそれぞれの国で工作活動を行っているだろうが、それは俺たちの仕事じゃねえ。防諜・カウンターインテリジェンスがリリアルの仕事だ』
「ふふ、人攫いと魔物の背後には敵の組織が存在する。国内の犯罪組織を支援し、王国内を混乱させるというわけね」
『ああ、そこに原神子原理主義者も絡んでくれば、さらに厄介だ。あいつら商人の皮を被った狂信者だからな』
その中には聖都『ネルス』に対する破壊工作も存在するのだろう。
原神子教徒は教皇により認められた国王の権威を認めない。自分たちの利益は守り、権利を主張するが義務は認めない……ふざけた存在だと彼女は思う。
「自分の立つ足の裏の地面だけあれば、生きて行けるとでも思っているのかしらね。狭い世界で生きているから当たり前のことも理解できないのかしら」
『欲の皮が張るってやつか。国があり、農村や小さな街がありそれぞれの領主が安定させているから「都市」ってのは成り立つ。都市は後からできたもんで、最初は存在しなかったってわかってないな』
その結果がルーンのような自由都市の存在となる。自分たちの宝箱を守る為に、周辺の村や街を犠牲にし時には王国を裏切り敵国と通じる。
「ルーンも新市街が出来て直接王都に物資が運ばれれば、用は無くなるのにね」
『あのまま干からびて行けばいいんだよ。ロマン人どもは』
「そうもいかないでしょう。別のロマン人が王国の周りで蠢動するのよ」
『だから、俺たちの仕事は無くならねぇ。難儀なことだな』
『魔剣』の呟きに同意しながらも、やらねば王都や王国は害されるのだからと彼女は思うのである。
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翌日、侍女服を持っている黒目黒髪は侍女姿で、未だ小柄である赤毛娘はリリアルの制服(一番新しい支給品)を着て彼女と三人で王家のお迎え馬車で王妃様の下へと向かっている。
「……緊張してきました……」
「と、トイレはあるのでしょうか」
「馬車を降りた先にすぐあるから、案内していただく前に済ませておきなさい」
「「は、はい!!」」
少なくとも騎士爵の叙勲にはもう一度王宮に向かう事になる。その場合、午前中にリリアル生の騎士爵叙爵を宰相様とアルマン様立会で受け、午後の元帥・副元帥の任命式には彼女の近侍として列席させることになるという。
『副元帥がぼっちじゃ様にならねえもんな』
彼女の仕事を増やすべく、チャンスを最大限に生かす王家である。
王宮に到着。下位貴族向けの入口から王宮内に案内される。副元帥に任命されると『侯爵並』と扱われるため、高位貴族の入口利用となることを彼女はまだ知らない……知らされていない。
彼女の前を案内役の侍女が、背後にはリリアル生二人が縦一列で移動する。内緒話も厳禁なので、赤毛娘は話をしたくてうずうずしているのが見て取れる。ブレないなと思わないわけでもない。
やがて、王妃様の謁見用のサロンに到着。彼女は貴族の礼を以て王妃様と……王女様はともかく何故王太子殿下もいるのだろうか。忙しいんでしょ? と思わないでもない。
「よく来たわねリリアル男爵。お久しぶりね」
「お久しぶりでございます王妃様。それと、王女様も。殿下は御忙しいのではございませんでしょうか?」
暗に「何でいるの?」と聞いたのだが、分かっていたスルー何故なら……
「折角だから、私からもリリアル男爵たちの活躍を母と妹に説明したくてね。同席させていただく事にしたんだ」
「そうそう、だって、絶対謙虚に自分の手柄は省略して王太子の活躍にする事になるんでしょう? 駄目よ、過ぎた謙譲は美徳ではなく欺瞞よ」
はあ、と思いつつ彼女はすかさず自分の身代わりを差し出す事にした。
「この二人は、ドラゴン討伐にも参加いたしました者たちでございます。ありがたい事に、この度騎士爵と叙せられることになりましたので、お礼も兼ねて連れて参りました」
「あら、そうなのね。もう私たちは何度もお話しているけれど、息子ちゃんとはまだよね?」
王妃様自ら、二人を紹介する。赤毛娘が十歳であることに大いに驚く王太子。妹より年下の騎士とは……という事なのだろう。
「あ、あ、あたしはせ、先生の指示通り務めを果たしただけでございます」
「……でございます……」
赤毛娘は王太子(見た目はキラキライケメン)の前で緊張し、黒目黒髪は既にトイレに再び行きたいくらいの状況でもじもじしている。
「母上、今回リリアル学院には討伐だけでなく、移送にも協力してもらいました。そこで、面白いものをしりました」
「ええ、『兎馬車』で魔装具なのよね? 私もぜひとも欲しいのよねー」
魔力を通すことで走行性能が格段に改善される馬車。さらに、魔装布による内装のコーティングを施せば、簡易な要塞となる可能性もある。いや立派な要塞です。
「実は、架装は王家の職人に任せるとして、車体だけ依頼しております……私と母上のドライブ用にですね」
「わ、わたくしの分はどうなっておりますの?」
王女殿下、あなたもですかと声に出したいが、そうなることは予想出来ていた。
「そうね、公妃教育がしっかりできたら……かしらね。成人の祝いの一つに贈ろうかしらね。それまでは、母と一緒に乗りましょう」
「では、御し方も教えていただけますでしょうかお母さま」
「ええ、勿論です。騎乗や馬車の御者位できなくては、立派な公妃とは言えませんからね。練習いたしましょう」
「は、はい!」
いやいや、普通王侯貴族の娘や妻はそんなことしないよねと思うのだが、護身術の延長で騎乗や馬車の御し方は彼女も学んだ。さらに、行商のやり方までである。
「春先までに用意したいので、よろしく頼んでもらえるかな?」
「畏まりました。最優先で仕上げるようにいたします。二輪馬車でよろしいのですわね」
『カブロ』という二輪で二人ないし一人用の座席に折り畳み式の屋根がつき、そのシートの背後に立ち台が設置されており、従者が乗るか荷台として運用することができる。
「馬で出かけるよりピクニックに行くのは楽かもしれないわね~」
「四輪の馬車よりは軽快に、馬よりは快適にというわけだね。いいね、アリーと私たち四人で出かけるのも楽しそうだ」
「「いいわね(ですわー)」」
そこは国王陛下にしなさいと思うのだが、大人二人は苦しいからだと思うことにする。なにもおかしくないんだからね!!
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お茶の用意ができましたという声がかかり、王妃様と皆でテラスに向かう。ここまでリリアル生は挨拶以外一言も話していない。というか、彼女も質問に答える程度だ。
「なんだかいつもと違って二人とも無口ね」
「そうですわ! なぜかよそよそしい気がいたしますわ。わたくしたちの間で遠慮は無用ですわ」
王妃様王女様とリリアルで会う分には遠慮は不要だが……この高級そうな茶器であるとか、キラキラ腹黒王子の存在に、全体的に豪華な王宮の調度。給仕をするのは高位貴族の娘であろう侍女たち……緊張しないわけがない。
「アリー、お久しぶりね」
「……侍女頭様……」
王妃様が笑顔で視線を向けると、そこにはお茶の用意を整えた顔見知りの侍女頭が立っていた。一時期、リリアルにも講師として滞在していただいたこともあり、赤髪娘たちとも顔見知りである。王妃様が訪問する場合も同行することが多いので、旧知の仲……と言ってもいいだろう。
「ふふ、やっとお話しできるかしら?」
王妃様の計らいで、調度のないテラスでのお茶会。そろそろ赤毛娘の調子が上がってくることだろう。
「またですの?」
今回のノーブルの依頼に向かう最中、山賊討伐を行った下りで、王女殿下からの言葉が漏れる。山賊は意外とどこにでもいるし、王都の騎士団の警邏の範囲を超えると、途端に数が増えてくる。ルーン然り、シャンパー然りである。
「傭兵というのは、農村で仕事が無くて雇われ兵になった者たちが多いのです。戦争という仕事が無ければ雇い主がいないので、自前の武具を用いて山賊に早変わりする……という者も少なくありません」
「そうなのですね。常雇いの騎士に近衛兵、徴兵された農兵の他にも臨時雇いの傭兵がいなければ戦にならない。その方達が、戦争の無い時に何をして過ごしているか少々疑問でしたが、謎が解けましたわ」
「勿論、冒険者や商人の雇われ護衛をする者もいるが、戦争の真似事がしたい連中もいる」
「……どういう意味ですの」
傭兵含め兵士たちには、戦場となった都市での略奪や農村の徴収などが公に暗に認められている。つまり……
「国が敵国で集団で強盗している……ということだ」
「そ、そんな……酷いことですわ!!」
王太子の解説に、王女様は驚く。実際、基本給よりそちらの特典ボーナスが楽しみで傭兵をやっている者も少なくない。
「王都の近郊以外でも山賊討伐を進めるために、先ずは王太子領に新しい騎士団『王立騎士団』を設ける。王都の騎士団に似た役割だが、王太子領で治安維持と徴兵された軍の指揮を担わせる予定だ」
ふんふんと王女様は頷く。
「そうなのねー 自分で考えて色々試す時期ねー。だから、男爵ちゃんを『副元帥』に任じて支えてもらおうって事なのねー。じゃあ、息子の事これからも支えてあげてちょうだいねー」
王家に仕える騎士として王族を支え国を守るのは当然なのだが、なんとなく違う意味に聞こえるように言うのは、王妃様の何時もの言い回しなのだろうと彼女はあえて考えない事にした。
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