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第160話 彼女は王太子の論功行賞について考える

第160話 彼女は王太子の論功行賞について考える


 討伐が終わり、リリアル学院のメンバーと魔熊使いは王太子の在所である迎賓館で宿泊することになる。ここなら、従者用の宿泊施設もあり随時入浴も可能であるという事もあるが、世話になった学院生への報償の意味もある。勿論、本当の報償はもう少し先の事になるのだろうが。


 王太子は帰還後も討伐に関する処理があるようで、流石に今日も夕食を共にする事は無かったが、夕方少し遅い時間にお茶を共にすることを頼まれた。リリアル生たちと出された夕食(騎士団員と同じものらしい)を終え、彼女と魔熊使いは王太子の執務室に繋がる応接室へと案内された。


 少々疲れた雰囲気の王太子であるが、いつもの貼り付けた王族スマイルで二人を出迎えてくれる。


「お疲れのところ済まないね。お茶に付き合ってもらえるかな」

「勿論です殿下。殿下こそお疲れ様でございます」

「ああ、王太子領の中心である南都に大きな被害を出さずに済み、更に伝説のドラゴンの討伐までできたのだから、疲れなど慮外の話さ。先ずは、二人とリリアル学院生に感謝を述べたい。本当にありがとう」


 王太子は居住まいを但し深々と頭を下げる。王太子は頭を下げてはいけないのではないかと思い、慌てて彼女は止める。


「おやめください殿下。王族たるもの、臣下に頭を下げてはなりません」

「……流石リリアル男爵だな。親から継いだ爵位に胡坐をかくバカ息子どもとは偉い違いだ。実際、今回もさして役に立たなかったことであるし、これから南都も忙しくなりそうだ」


 ふふふと悪だくみをする笑顔で王太子は一人納得する。巻き込まないでね絶対、王都圏の外は守備範囲外ですと彼女は思うのである。


「報償の件は王都に戻り国王陛下と相談しての上での事になるので確約できる訳ではないのだが、一応今の段階での腹案を伝えておく。今回の件は王国の歴史に残る大業なのでな。あまり中途半端な報償では外聞が悪い。それに……」


 王太子曰く、『傭兵』や『孤児の学生』がドラゴン討伐の主戦力であったという事が知られると内外に聞こえが良くないというのである。





「私は名を取り、君は実を取る……ということでいいかな?」


 王太子は南都をドラゴンから救った功績を自分だけのものにすることを否定する。


「臣下として当然の義務を果たしたまでの事でございますわ殿下」

「流石に、自らの功績とするほど私は自惚れてはいないよ。それに、これは王家にとっても必要なことなのさ。陛下には君を『副元帥』に任ずるように働きかけるつもりだ。その上で、今年男爵に陞爵したばかりなので三年後をめどに子爵にする。参加したリリアル生とメリッサ嬢は王国の騎士爵位を授ける。どうだい? リリアル生にも王家から恩給が支払われるし、メリッサ嬢も王国との繋がりが明確になる。

 『副元帥』は現在存在しない役職だが、元帥に準ずる名誉職だと思ってもらいたい。まあ、恩給が出ることと、少なくとも元帥と国王・王太子以外の人間の命令を受けずに済む。リリアル男爵にとっては……悪くないよね」


 報酬の分割払いに、学院生が騎士爵を賜ればリリアル学院に所属している以上に王家の庇護を受ける事も出来る。悪い事ではないだろう。お金がもらえるようになることも正直ありがたい。増える学院生の衣食住を賄う事も大変なのだ。


「ああ、爵位を貰ったとしてもリリアル優先であるからそこは安心して。彼らを君から取り上げたりはしないよ。でも、王妃様や妹の護衛はお願いすることが増えると思う。それは承知して欲しいかな」

「……畏まりました。騎士としての躾けも行え……ということでよろしいでしょうか」

「概ねね。今のままでも十分だけどね。みないい子だと思うよ。近衛の馬鹿どもからすれば余程騎士らしく思える」


 王冠を被った野蛮人……ゲフンゲフンもとい、元々が脳筋一家で腕っぷしの強さで手柄を立てて貴族となった集団である故、その行動様式を改めることは容易ではないのだろう。確かに、孤児の中でも学院生らはとても礼儀正しく、また頭も良い。例外が無いわけではないのだが。


「行く行くはリリアル伯爵自身が騎士を選定するようにしたいのだが、今回はこの対応で納得してもらいたい。それに……」


 王太子殿下は彼女の耳元で「君も共犯者」と囁いたのである。





 ところが、王太子の提案に魔熊使いが反対する。彼女の言い分は……


「騎士にはなれない。傭兵の契約があるから」


 魔熊使いは申し訳なさそうに王太子の申し出に答える。王国の騎士が冒険者であるならともかく(貴族としての騎士爵が冒険者登録することは問題がない)傭兵と言うのは問題がある。勿論、契約時点で王国と敵対する戦場には出ないという特約を入れていれば一考されるだろうが、今回はそのような条項は一般的なものの為、含まれていない。


「傭兵契約の期間の間は『従騎士』という事にしておこう。王国としても今回のドラゴン討伐に協力した者たちが『王国の騎士』でないのは困るんだ。民間人の手助けを受けた南都騎士団なんて問題になるんだよ」


 後付けだが、王太子殿下の指揮の下、南都騎士団及び王国騎士によりドラゴンは討伐された……という事にしたいのだという。


「三年をめどに契約を完了させてもらえるかな。その期間があれば、サボアの防衛体制も見直し出来るだろうしね」


 ジジマッチョ軍団が三年も叩きなおせば……まあ大丈夫になるだろう。多分。


「その後は、ノーブル郊外の村を所領に与えるからそこで魔熊たちと国境警備の傍ら、ノーブルの冒険者ギルドの手助けをしてもらえるとありがたいね」


 あの一人ギルドの受付嬢も泣いて喜ぶだろう。何なら、ギルマスだけでも魔熊使いに任せても良いかもしれない。


「……領主様の仕事なんて……できない」

「大丈夫よ。多分私の知り合いの村だと思うの。村長の孫娘さんを学院で預かって商会や貴族の使用人としての教育も施すから、家宰として雇ってあげてもらえると助かるわ。元気で真面目な良い子だからあなたも気に入ると思うわ」

「そう。わかった。有難く拝命する。私も、王国の人……アリーたちの仲間……」

「今だって仲間よ私たち。ふふ、王都にも是非遊びに来て欲しいわ」

「ああ、母上と妹も大歓迎するだろう。なにより……社交界が放っておくまいさ」


 元マロ人の金髪碧眼美人の騎士爵……ドラゴン討伐にも参加した魔熊使い……スペック盛沢山である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王太子の前を辞去し、二人は昨晩も泊まった部屋へと移動する。


「……騎士……馬に乗る練習が必要か……」

「どの程度乗れるのかしら?」

「ゆっくり走らせるくらいまで。襲歩は無理」


 ゆっくり走らせる速度の倍ほども出る襲歩ギャロップはあまり使う事はないだろう。騎士として戦場に出るわけではなく、王家の家臣として召し抱えるという意味であろうから。


「貴族の端くれになってしまうけれど、大丈夫かしら」

「仕事で貴族のお嬢様の振りをさせられたこともあるから、それなりに大丈夫。あとは、魔物や賊から領地を守るだけならみんなでなんとかなると思う」


 心配なのは書類仕事だけのようだ。それも、読み書きはそれなりにできるので役人としての仕事になるだろうか。


「山の中で常に暮らすこともなくなるのは嬉しい?」

「雨の日や雪の日は辛いこともあるから。家で暮らせるのは嬉しい。後は、みんなに領地の人が慣れてくれるかどうか心配」


 魔熊使いは『貴族』の対応は可能だが『領主』の対応は未経験である。ならば……リリアルで少し勉強するのも良いかもしれない。どの道、騎士爵を貰う事になるメンバーは貴族の勉強もしなければならないのだから丁度いい。


「サボアの仕事が一段落したら、王都に村長の孫娘さんと一緒に来るといいわ。その頃なら、前伯様の一行がサボアに滞在しているでしょうから問題ないと思うの。それに、セブロを見せろと王女様がせっつくと思うから、丁度いいわ」

「じゃあ、半年間は……とりあえず頑張る」

「ええ、前伯様は冒険者としても騎士としても……一流の域にある方だから、色々相談に乗ってもらえると思うわ。手紙を書いてお願いしておくから、よろしくしてもらえるとありがたいわね」

「あの筋肉のお爺さんね。わかった。頑張る」


 ドラゴン退治を経て、王国の居場所も確立できそうな魔熊使いは彼女の大切な友人の一人になってもらえると思われる。


『魔熊……セブロと魔物はマッチングが悪いから、メリッサ嬢の騎士としての剣技のレベルを上げないとだな』


『魔剣』曰く、魔力をより強く持つ魔物に対して魔熊の魔力が通じない場合、身体強化や魔力付与で魔熊を強化する術を加えないとダメージが通らないというのである。


「確かに、ドラゴン相手には相当苦戦していたわね」

『自分を守ったり、抑え込むことはできても、魔力を纏った外皮を貫くだけの打撃・斬撃が出せないんだな。まあ、あいつより強力な魔物なんてのは騎士団が中隊規模で出動しても全滅させられかねない相手だけどな』


 中隊規模とは…騎士百人に相当する。『魔熊』……相当強い……





 翌朝、二人はサボア領に向かう王太子殿下の馬車に同乗することになる。茶目栗毛に兎馬車でシャベリに残してきた学院生を迎えに行くように伝え、先に迎賓館で待機しておくように指示する。


「先生、もしかして王都への帰路は……」

「恐らく、王太子殿下の随員に加えられると思うわ。ドラゴン討伐の凱旋の供ね。避けられないわ」

「……ではその旨、シャベリ組には事前に伝えておくようにします。それと、王太子殿下の宿泊施設に従者の一員として滞在することも」

「ええ。王妃様とお会いする程度の作法で問題ないわ。王宮内ではないから、余り畏まらないで構わないわ」

「承知しました」


 朝食時においても王太子は南都に残る側近と騎士団に指示を出している。特に、『タラスクス』の死骸を無毒化し腐敗させないように氷漬けにし運搬する方法を検討中なのだというのだが……


「兎馬車を使えばいいでしょうか」

「……そうね。普通の馬車なら重さで進めなくなりそうですもの。荷台を連結させて、魔力の大きいもので御者を務めれば何とかなりそうね」


 6mのタラスクスは尾がそれなりの長さをしめているとはいえ、兎馬車を二台連結させてその部分を上手く延長させて全体が乗るようにすることでなんとか乗るのではないかと思われる。


「兎馬で牽くのは難しいでしょうか」

「兎馬は集団行動が苦手だから、一頭ずつ交互に牽かせることになるかもしれないわね。魔力を多めに通せば重さはさほど負担にならないから大丈夫だと思うわ」


 二人の会話を聞きながら「兎馬車って部外秘じゃないんですか?」という声も聞えるのだが、魔力を大量に持つ者が御者を努めねば難しいというネックがあるのでということにする為、騎士団では運用不可能であろうと思われる。


「長旅は避けたいので、その辺りが落としどころでしょう。嫌でしょみんなも?」


 王太子付きで美味しい食事がもらえるのは嬉しいが、皆もそろそろ学院が恋しい時期なのである。ホームシック的な何かと言えようか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「いやー 運搬の問題が片付いて良かった。男爵には感謝だね」

「畏れ多い事でございます」


 王都への『タラスクス』移送の問題は、兎馬車連結による運搬と、リリアル生の身体強化による搬入ということで解決した。


「……みんな凄く魔力の使い方が上手」

「ありがとうリッサ。本人たちにも伝えておくわ。きっと喜ぶと思うの」


 魔熊使いこと『リッサ姉ちゃん』は子熊の『セブロ』と共に学院生の間で大人気なのである。魔獣に詳しく、さらに帝国のことやマロ人の芸の話、旅の経験や山の中での過ごし方など、王都の孤児院とリリアルしか知らない彼ら彼女らからすれば、おとぎの国の住人としか思えない。さらに、凄い美人でもある。


「確かに、彼らは凄いね。それで、この先の事を少し聞いてもらおうかな」


 王太子曰く、南都の騎士団の建て直しの為に新たな騎士団を編成するつもりであるというのだ。南都騎士団は王国南部における王都の近衛騎士団のような存在であり、実力ではなく王家の支配を受け入れている証明として王国南部の貴族の子弟が所属している組織である。


「なので、王太子領を直接統治するにあたり、『王立騎士団』という別組織を立ち上げる予定だ。当初幹部は王都の騎士団から何人か連れていくつもりだけど、基本は現地採用。教育方針は騎士団方式で、王都圏で採用している巡回警邏や魔物の討伐も行う。戦時は徴兵された兵士の指揮官として軍を運用する士官とする。まあ、そんな感じだね」


 南都の騎士団を廃さず、並立させるという事なのである。


「代官も文官の宮中伯と武官の騎士団長の二名体制にして、お互いを牽制させる方式にするつもりだ。今は両方とも南部の貴族の親族が適当にこなしているからね。それじゃあ、実体が伴わないのは当然だよね」


 王都の騎士団の団長を務める前に、南都の王立騎士団の団長を務める事を慣例とするらしい。結果、王国の南部と北部の騎士団の連携もできることになるだろうし、戦時においても有効に機能すると考えられる。


「それは良いお考えですわ」

「そうでしょ? それでね、今回叙任されるリリアルの騎士もね、名目上は王立騎士団の中のリリアル学院と言う扱いにする予定だよ」

「……リリアルが王国騎士団の下位組織になるという事でしょうか」


 王家の意思で学院は成立しているので、王立騎士団に所属することに対し問題とは思わないが、戦力として南都周辺で使用されるのはどうかと思うのだ。


「違う違う。リリアル学院はあくまで王国の守りの切り札……になってもらうつもりだよ。ただ、今の立場では王国内での立ち回りが少々面倒だよね。リリアル男爵が個人的に立ち会えば問題ないけれど、この先は他のメンバーに任せる局面で横やりが入ることもある」


 彼女は王国の男爵として振舞う事で、干渉を避けることができるが、学院生はそうではない。単独の依頼を実行中に領主や騎士などから妨害を受ける可能性も考えられる。


「だから、名目上『王立騎士団の騎士』という肩書を与えるだけさ。将来的には『リリアル騎士団』設立があるわけだから、それまでの身分的なつなぎだよ」


 今回の報奨で騎士爵となる学院生が騎士団に所属しているというのは当たり前の事であり、その主は王家であるから、王立騎士団所属で何ら問題がない。彼らの上には王家しか存在しない……と言う位置づけになるわけだ。


「何かあれば『国王陛下もしくは王太子殿下の命令か?』と問えばいいわけですわね。たかが孤児上がりの騎士と馬鹿にする者がいれば、そう答えよと」

「その通りだね。先祖の上げた功績でいつまでも無能がのさばるのを許容できるほど王国は安定してもいないし平和でもない。その程度のことが理解できないものは『近衛』『南都』と書いた玩具の兵隊の箱に入れて仕舞っておけば良い」


 ドラゴン討伐の不手際……王太子殿下に置かれましては、南都騎士団を処罰するのではなく、リリアル生を賞しさらに要らぬ存在と判断し、新たに親政を行うにあたり、自ら育てた騎士団を率いる……ということで南都の代官や騎士たちを間接的に処分するつもりなのである。


『やっぱ腹黒王子だわこいつ』


『魔剣』の呟きに彼女も深くうなずくのである。



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