第158話 彼女はリリアル生たちとコロシアムの前でドラゴンと対峙する
第158話 彼女はリリアル生たちとコロシアムの前でドラゴンと対峙する
「先生、ご無事ですか!!」
「ええ、お疲れ様。今回は少々厄介よ」
「……今まで厄介でなかったことはない……」
赤目銀髪、それは言わない約束だろ? 彼女はタラスクスの特徴を掻い摘んで説明、魔装鎧に魔力を通して防毒の対応をするように指示を出す。
「コロシアムに誘い込んで騎士団に討伐させるのだけれど、準備が整うまでここで足止めをします」
結界の展開を指示し、タラスクスを動けないように彼女と黒目黒髪、赤目蒼髪と青目蒼髪が大きな魔力のパネルを展開する。それぞれ一面ずつである。
「えー こいつ倒しちゃだめなの?」
赤毛娘の疑問に彼女が「王太子殿下の手柄にしないと色々面倒なのよ」と小声で伝える。
「なるほどです」
「……納得……」
「王妃様も王女様も喜ぶしね! お菓子美味しい☆」
「俺たちが目立つのも良し悪しだからな。王太子領の領都を王太子殿下自らが守る。いいシナリオだと思う」
茶目栗毛は黙って頷き、コロセウムで準備中であろう王太子の元へ伝令に向かう。
「多少痛めつけた方が良いですよね」
「ここで錯乱されても困るから、もう少し準備が整うまで嫌がらせ程度で。イラつかせて追いかけるようにしておきたいの」
「了解です!!」
赤毛娘は魔物の視界をチロチロと動き、時折メイスで尻尾を叩いたりする。振り回された尻尾が結界を揺らす。とは言え、バンバンと音がするだけで壊れる心配はない。
「ふふ、みんな随分と魔力が高まっているのよね」
『当然だろ。リリアル学院にどれだけ加護が集まっていると思ってるんだ』
『魔剣』の言葉に「そうなの?」と返す彼女。『猫』は騎士団の守護聖人である騎士であるし、『魔剣』は宮廷魔術師たちの守護聖人、そして、彼女自身が王都の守護聖人である『騎士の娘にして妻』の転生した魂なのである。
つまり、彼女の僅かな期間での魔術・魔力の成長や、リリアルの生徒たちの成長に協力者が次々と現れる偶然は……聖人の三重の加護のブーストによるものなのだが……彼女自身は全く気が付いていないのである。故に、王国の王家一族は彼女を囲い込むために様々な配慮をしていると言える。
「やはり、皆の努力の結果かしらね」
『……だな。まあ、正しい行いは神様が導いて下さるってコッタ』
「敬虔な信徒になりそうだけれど……私の知る敬虔な信徒って脳筋なのよね」
ジジマッチョ繋がりの修道士たちくらいしか敬虔な信徒の知り合いはいない。
頭を左右に振りつつ、グルグルと回転するタラスクス。六本足なのでなかなか素早い回転をする。が、毒の息も尾の攻撃も特に問題がない。
赤目蒼髪と青目蒼髪はウイングド・スピアでチクチクと足を傷つけ、尾をメイスで赤毛娘が叩き続ける。時折赤目銀髪が遠間から矢を射るのだが……
「上手く刺さらない……」
「足場を作るから、上から攻撃してみなさい」
「……了解……」
結界で階段状に足場を形成し、タラスクスの結界の真上に赤目銀髪を誘導する。その上で、分厚い背板を貫通できるように魔銀製の鏃を用いて攻撃する事を許可する。
駆け上がるように結界の階段を登りきると、真下に向けて体を傾け構える。いつぞやのゴブリンの村塞で見せた足元を狙う曲芸のような構えである。
骨質の板は亀の甲羅ほどの強度を持ち、体に合わせて動けるように切れ目が入っている……そこを狙うのだ。
鏃が一本、二本と射込まれ骨板に弾かれることなく背中に突き刺さる。
『Gyooooo!!!!』
背中の痛みに激しく吠えるタラスクス。声と言うよりは空気の振動という方が正しいだろうか。ビリビリと結界が振動する。
「だ、大丈夫?」
「うん、平気平気!」
「げぇ、なんて声出しやがる!!」
結界を維持するメンバーに多少のダメージがあったようだが、タラスクスの背中から幾筋かの血が流れるのを見て、討伐への手ごたえを感じる。
『コロシアムの観客席上段から角度を付けてバリスタで射込めば……なんとかなりそうじゃねぇか』
「そうね。いい感触だわ」
彼女は学院生に現状維持の指示を出し、結界の中でタラスクスを痛めつけ苛立たせることを繰り返す指示を出した。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
急ピッチで進めていたであろうバリスタのコロシアムへの展開がなんとか完成したようである。コロシアムの中から火球が打ち上げられる。茶目栗毛がコロシアムに伝令として走り出してから三十分ほど経ったであろうか。
「コロシアムにドラゴンを誘導するわよ。結界を解除したら、コロシアムに向けて走り出しなさい!」
「「「「はい!!(わかった)」」」」
タラスクスを拘束する結界を彼女が維持する正面以外を解除し、学院生は一目散にコロシアムに向け走り出す。そして……
「てぃ!!」
彼女の先を走る赤目銀髪が振り向かずに見当をつけて背後のタラスクスに向け矢を射込む。足元の歩兵に騎乗兵が弓を射る技同様、サラセン騎兵の前を向いたまま背後を狙い撃つ曲射ちである。
『Guaaaaaa!!』
小さく彼女が背後を振り向くと、鰐のような口の先に鏃が小骨のように突きささり不快気に口を大きく開き吠えているのが見える。
「……細かい嫌がらせも大事。気を反らさせないため……」
横を走りる赤目銀髪は正面を見据えたまま小声でつぶやく。彼女は言葉少なく表情も変わらないが、中身は……彼女の姉にちょっと似ているかもしれない。
「あっ、ならあたしも☆」
赤毛娘は後ろをちらりと見ると、カイエン入りの油球(熱)を数発タラスクスに目掛け投射する。
『Gyaaaaaaa!!』
「ドラゴンも辛いのは苦手っぽい☆」
毒には耐性があっても辛いのは駄目であったようだ。コロシアムのゲートに近づくと、伝令で出した茶目栗毛が「このゲートです!!」と待ち構えていた。
先に、赤目蒼髪・青目蒼髪・赤毛娘に黒目黒髪がコロシアムに入り、赤目銀髪は振り向きざまに、魔銀の矢を突進してくるタラスクスに目掛け射かける。鼻先をかすめ矢は弾かれる。
「先に行きなさい!」
彼女が殿を務める。自分自身に結界を展開し、タラスクスが接近してくるのを確認し、コロシアムのゲートへと転がり込む。
タラスクスは彼女を追いかけコロシアムの中央部分に侵入する。そこには槍を構えた南都の騎士たちが方陣を形成していた。背後のゲートが閉鎖され、タラスクスは突進を停止することなく騎士団の戦列に突入し、数人の騎士が跳ね飛ばされる。
「や、やばいぞこれは!!」
「ひぃ、ひぃぃぃ……」
情けない声を出す騎士たち。腰が引け既に立てなくなっている者たちもいる。
「包囲。距離を取って動きを牽制しろ。バリスタで攻撃する隙を作り出せ!!」
王太子が号令すると、方陣から緩やかな包囲に切り替わる。魔力を持つ魔騎士はほぼいないようであり、通常の武器では恐らくタラスクスには傷がつけられないと思われる。
『このままだと、あいつら全滅するんじゃねぇか』
「それでも、リリアルが討伐するわけにはいかないもの。どうしようかしら……」
彼女が躊躇していると白銀の魔熊がタラスクスの正面に立ちふさがる。
「ここはセブロが押さえる!」
『Wooooo!!!』
タラスクスより一回り小さく感じる魔熊であるが、それでも相当の大きさだ。前爪で攻撃しようとするが、振り回された尾で弾き飛ばされるものの、ダメージはほとんど入っていない。起き上がると、比較的攻撃の通りそうな脇腹目掛け飛びかかるものの、激しく左右に動くタラスクスに上手く組みつけずに尾で振り払われてしまう。
「魔術ではセブロもダメージを受けるし、結界を展開すればこちらの攻撃も通せないものが増えてしまう……」
やはり、先手はもう少しリリアルでダメージを入れるべきだろうかと彼女は考え直す。動きを鈍らせないと、話にならない。
「あれが使えるかしら」
『わからねぇな。そもそもドラゴンって毒で死ぬのか?』
「アコナ」の毒を今回使用することは、予め予定していた。魔熊や魔狼には使うまでもなかったが、討伐組には全員持たせてある装備だ。
「リリアル生、アコナの使用を解禁します。各自武具に纏わせて攻撃を実施しなさい。騎士団は動きを止めるまで一旦退避で!」
「……騎士団、リリアルと交代。怪我人を後送しろ!!」
王太子の号令で、騎士団の怪我人たちが包囲から離されていく。死にかかっている者はいないようだが、動けなくなっている騎士はかなりの数に上るようだ。
「弓手は観客席から角度を付けて狙撃。魔力マシマシでお願い」
「了解!!」
バリスタより威力は低いものの、発射速度は圧倒的に高い赤目銀髪が高い位置からの弓の射撃を試みる。その間、間合いの長いスピアを持った二人が前後を囲むようにタラスクスと対峙し、油球に火をつけた火球を黒目黒髪が次々に投射する。
かなりの数の油球を受け、タラスクは体表を焼かれ嫌そうな顔をするものの、決定的なダメージには至らない。長い間合いの出入りを繰り返しながら「アコナ」の毒を塗布した槍先で六本の脚に傷をつけていくが、タラスクの動きは余り鈍っていないようだ。
「はあぁぁぁ☆」
魔力を通したメイスの頂点のスパイクでタラスクスの前足を刺突する赤毛娘。大きさからいえば縫い針が刺さった程度のダメージだが、前足に大きな裂傷が生まれる。力任せに突き刺した後、魔力を通して切裂いた効果のようだ。ついでに、深く入った傷故か、毒の効果が出ているようで傷ついた足が痺れたように動きが鈍っている。
「これで……どぅ!だぁ!」
結界の階段を駆け上がり、身体強化に魔力をマシマシにしたバルディッシュで高所から回転しながら落下する効果を加えた斬撃を彼女が魔物の尾に向け叩きつける。
『GwAooooo!!!!』
ブツンとばかりに、尾の付け根辺りからばっくりと裂け目が生まれ、尾を振り回す事も出来なくなったようである。そのだらんと力なく垂れさがる尾に魔熊がしがみつき、ギリギリとその裂け目が広がっていく。
『トカゲみたいに尻尾がちょん切れるかもしれねぇな』
「ドラゴンの尾がトカゲみたいに切り離されるなら、それは既にドラゴンではないでしょう。弱者の生存戦略を持つドラゴンなんておかしいもの」
尻尾が引きちぎられる痛みに怒り狂う魔物だが、その隙に、槍やメイスで容赦なく攻撃され、更に動きが鈍くなってくる。
「殿下、そろそろ交代を!」
「あ、ああ承知した。騎士団、槍を揃えて囲め!!」
数が三分の二ほどに減った騎士が、槍を揃えてタラスクスを囲む。その穂先を隙を見て魔物に突き刺すのだが、やはり表皮で弾かれてしまうように見える。騎士団の攻撃によるダメージは入らない。
「殿下、射撃用意完了です!!」
「騎士団距離を取って牽制、射撃は各自の判断に任せる!!」
コロシアムは直径100m程の円形の施設であり、二階席まである構造物である。その二階にバリスタを設置し、動きの鈍ったタラスクスを狙い撃ち止めを刺すことが作戦のうちなのだ。
『発射!!』
掛け声とともに四基のバリスタから2m程の槍サイズの矢がタラスクスに放たれる。タラスクスの足元に一本、また一本と突き刺さるが、体をかすめるのが精々で命中する事は無かった。
赤目銀髪も同じように狙うのだが、背板に弾かれ先ほどのように上手く当てることができていない。
「ど、毒の息!!!」
タラスクスが毒の息を吐き、騎士たちの動きが停止する。勿論、不意打ちではなく距離も取っているので、急いで毒の息の範囲から離脱するも、完全にノーダメージと言うわけにはいかないようだ。
魔力を纏った数人の騎士とリリアル生だけが包囲を継続する。
王太子が少々焦ったような空気を纏い彼女に話しかけてくる。
「この魔物の討伐……どう見る?」
「魔物相手に打撃を与えるには魔力持ちの騎士が不足していると思われます。魔銀製の槍もしくはハルバードを装備した魔騎士が数人必要です」
「……それは今は無理だ。他に対案はないか」
あるにはあるが、少々恥ずかしくもある。
「私が魔力付与するための魔術を唱えて、魔力を持たない騎士たちにも一時的に魔力纏いの効果を短い時間ですが与えることができます」
「……どのようにしてだ」
「魔力を込めた声で聖歌を唱えることで、このコロシアム程度の範囲であれば効果を付与することができるのです」
王太子は「頼む」といい、再び毒の息の効果が薄れたタラスクスの周囲を騎士たちが囲むように指示を出す。
『今なら、あの時よりもずっと効果が期待できるだろうぜ』
彼女は黙って頷き、リリアル生たちに騎士たちを支援する指示を出すと、聖歌を唱える準備を始めたのである。