第17話 彼女は辺境伯令息に気に入られる
登場人物
『彼女』:主人公の子爵家令嬢・次女。13歳。黒目黒髪の美少女。王家から目を掛けられており、騎士爵位を授けられる。ギルド登録名は「アリー」
『魔剣』:子爵家の書庫で見つかったインテリジェンスウエポン。古の魔術師の魂の依代。今はサクスの形状をしていることが多い。
『猫』 :子爵家の先祖であった騎士の魂を宿したケット・シー=妖精猫。自分の体の大きさを変えることができる。
『姉』 :子爵家令嬢・長女。16歳。ニース辺境伯の三男との婚約を目指している。魔力が強く、社交界でも著名な美女。やっと婚約できそうである。
『子爵』:彼女の父。王都の都市計画に関わる一族。最近、子煩悩な親バカであることが判明。家族仲が良くなっている。
『戦士』:薄赤のタンカー30代半ばのベテラン戦士。足に障害がややある。前任のリーダー。
『女僧』:濃黄の女僧侶。現在騎士学校に行くため、ニース行には不参加。『魂の騎士』の称号を持つ。
『剣士』:薄黄の軽戦士で20代前半。ゴブリン討伐では手柄なしのため昇格しなかった。引きが弱い。
『野伏』:薄赤のレンジャー。現リーダーを務める。冷静かつ計算高いが意外と優しい。薬師の心得もある。主人公と波長が合う。
『令息』:南の隣国と境を接するニース辺境伯の三男。優しげな雰囲気イケメンだが、怜悧な頭脳を持つ文官。
第17話 彼女は辺境伯令息に気に入られる
いまだ成人に達しない13歳より、幾分幼くみられることもある黒目黒髪のほっそりとした少女。最初、この話が辺境伯領に伝わった時には、民が物語を語り喜んでいるのだと思っていた。
辺境伯は確かに王国にとっては新参者であるが、その家の歴史は王家に劣らぬものである。二つの国の境目の領地として、その両方に顔が効き、また中継地として豊かな国であり、武力も備えた独立の気風の強い領邦だと自負している。
様々な伝手を伝い、その内容を調べるにつれ、話の内容が荒唐無稽でもなく、過大評価でもないことが理解されるようになってきた。僅か13歳の少女が二人の冒険者と、100を越えるゴブリンの群から、村人を指導して守り抜いた話である。
幸い、伯には婚約者のいない文官志望の息子がいた。さして浮いた話もない、真面目が取りえと言えば取り柄だが、その実、人の機を見るに敏な性格であり、法国との遣り取りも上手にこなす息子であった。
その子爵家の当の娘は国王陛下自らが婚約者を探す勢いだと聞き二の足を踏んだのだが、3歳年上の姉は王都の社交界でも有名な才女であり、魔力もかなりのものであると言われていた。また、婚約者も選定中ということであった。
伯は息子に是が非でも子爵家と縁を結び、自領の商会を王都に進出させたいと考えていた。本人も是非にという事で、その誠意を見せるため、伯は息子自ら王都に赴き、辺境伯領へ案内することを命じたのである。
――― 勢いだけはあるラテン系、それがニース辺境伯一家の血なのである。
さて、出迎えられた令息は、館の主である夫人の美しさに息をのみ、更に、面差しのよく似た二人の娘にも感銘を受けていた。ただ美しいだけではなく、賢くしたたかであろう二人の娘たちを。
それでも、彼の妻にふさわしいのは恐らく姉の方であろうことは、話してみてよくわかった。王都で商会の販路を広げ、辺境伯の縁故を広げるには姉の美貌と人脈と社交術はとても有効であるだろう。話によると、彼女は魔力も優秀で魔法に近い威力の魔術が使えるともいう。
一方妹は……そういった世俗的なことは不向きであるような気がした。正に、物語に登場する『妖精騎士』のイメージなのだ。自分の生き方に正直なのであろうことは、少ない言葉の端々から感じることができた。
彼女を妻にすることはできるかもしれないが、恐らくそれは辺境伯の望む事にはならないと彼は感じていた。故に、婚約者とするならば、姉で迷う事はないのであった。
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令息が王都に滞在すること三日、子爵との会食や王都の親族との交流も一段落し疲れも癒えたところで、出発することとなる。馬車は当初の予定通り2台。1台は子爵家夫人と令嬢の二人に冒険者が2名。もう1台は子爵家の用意した王都土産と女性の衣装である。片道10日分の着替えと、向こうでの夜会用のドレスなどである。
子爵の屋敷には『薄赤』のメンバーが揃う。今はサブリーダーの戦士が夫人たちの馬車の御者台に御者と並んで座り、剣士と野伏が交代で馬に乗る予定である。
「アリー久しぶりだな」
「お元気そうで何よりです」
この3人の中で最も近しいのは薄赤野伏である。ほかの二人は世話になったとはいえ、ゴブリンと相対した時は不在であった。役割であるから仕方がないのではあるが。
「今回は物見遊山なのかい?」
「いいえ、辺境伯令息がそちらにいらっしゃいますので、かなり真剣に先方はお考えのようです」
剣士が軽い気持ちで声を掛けるが、騎士たちがひとにらみする。将来の主君の息子の嫁の妹……まあ微妙だが、身分ある令嬢に話しかけていい内容ではないからである。
「令息様。この度子爵家が供として依頼した冒険者は、先日の村での騒動の際に同行した者たちでございます」
「おお、それはそれは。辺境伯領まで、あなた方の勇名は鳴り響いておりますぞ。旅の仲間として、身分を忘れてお付き合いください」
貴族言葉では「身分を弁えろ冒険者ども」という意味である。当然、このランクの冒険者は意味を取り違えたりしない。濃黄女僧がいたおかげで、貴族の子女の護衛の経験は何度もあるからだ。
王都を離れ、馬車は南東に向かう街道を進んでいく。この道路は古の帝国が健在だった時代に整備された街道に由来している。帝国亡き後、小さな領邦に細分化された時、帝国が育てた街道を維持整備する職人たちも散逸し、技術も失われてしまったのである。
とは言え、王都近郊は整備されなおしており、しばらくは馬車もスムーズに進んでいくのである。
そして、いま馬車の中は、三人の女性と令息が話し込んでいるのである。既に、子爵家は完全乗り気なのだ。
例えば、法国の流行や最先端の芸術、料理などをいち早くに取り入れるニース領の情報を真っ先に知り得るのは、王都では子爵家ということになる。
ニース辺境伯の親族として、王都で商会をサポートするという提案である。姉は高位貴族の子息やその母親と知己が多く、また社交好きでもある。また、王都の都市計画を司る家として大商会やギルドにも顔が利く。
「王都の社交界でニースで手に入る法国の様々なものを伝える……その上で、ニース商会の顧客として取り込むこともできましょう」
これは彼女にはできない。姉であれば、婚約者探しで培った情報や人間関係を利用し、夫の実家の手伝いをするのは容易であろう。また、本人も流行に敏感であり、法国の情報をいち早く入手する立場に立てるなら、たとえ子爵家であったとしても、侯爵や伯爵家の夫人にあなどられることはないだろう。
「妻になっていただけるなら、冬の寒い時期はニースで過ごすのもよいでしょうし、ご両親の隠居先も手配させていただきます」
「なんて素敵なのかしら」
「ええ、直接冬の間は法国に出向いて、そちらで社交をしたり、流行を確認したり、買い付けするということもかんがえないとね」
姉曰く、冬の間に前年の流行の残りを安く買い占める。そして、翌年の春の社交シーズンから王都で販売する。どのみち、法国の流行をリアルタイムで追跡するのは無理であるし、それで十分だろうというのである。
「……流石、ですね……」
「流行ってそんなものです。法国の商人は売れない在庫を処分でき、王国の貴族と私たちの商会は法国の流行を取り入れることができますわ」
「まさに、Win-Win」
「Win-Win!」
子息と母が声を揃える。うん、そういう時代もマスメディアが発達する以前においては世界中で見られた商売である。都会で流行ったものの型落ちを地方で売る。声のでかい通販専業の家電屋さんがその代表例だ。
このビジネスモデルをここ数日のお茶会で思いついた姉を見て、令息は父の目に狂いはなかったと確信するに至ったのである。彼女は美人で明るく話し上手で、おまけに胸も大きい。大事なことなのでもう一度、胸が大きいのだ!!!
ニースまでの旅程は王都のある王国北部の盆地を離れ、ブルグント高地を越えて公都ディジョンからローニャ川沿いの低地を海まで移動する旅になる。高地は魔物との遭遇確率はそれなりに高まることが予想されるのだが、狼程度が予想される範囲だ。
ローニャ川沿いには南都があり、そこから2日で内海に達する。内海を東に進むとやがて法国との境目にあるニース辺境伯領に到達する。10日間の旅程、その半分は野営となる。もしくは、村落で村長の家を借りることになるだろう。その際の手土産が狼の尻尾である。
最初の2日間は野営する必要もなく宿に泊まることができた。とはいうものの、一日馬車に乗るような経験のない母娘は疲労困憊である。王都からほぼでたことのない貴族の女性は沢山いるのだ。
「うう、体が痛いわー」
「あら、私はそうでもないわよ。駄目ね、あなた若いのに」
「お母さんは明後日くらいにでるんじゃない?」
年を取ると、筋肉痛は忘れたころにやってくるのである。とはいうものの、彼女の飼い猫が同行しているおかげで、馬車の中の無聊を慰めてくれるのは計算外であったが良いことであった。
彼女は、令息の馬や冒険者の馬を借り受け、馬車に先行したり、寄り道して薬草の採取に余念がない。また、母と姉とは別室でお願いし、薬師の仕事を夜はすることにしていたので、馬車で仮眠をとったり馬上で仮眠をとるなどしつつ、それなりに旅を楽しんでいるのである。
「ふふふ、愛する旦那様と二人で馬車で旅をしながら、行商と薬師の仕事をする練習になるわね」
『お前の旦那候補、高位貴族だぞ。行商は諦めろ』
「夢を見るのは自由ですもの。まだ、諦める時間ではないわ!」
母と姉は法国の話を令息に聞いたり、辺境伯領の名所や名物について色々聞いて胸を膨らませている。まあ、名実ともに膨らんでいるのであるが。
3日目から高地地帯に入り、少しの間山野の多い地形となる。下ればディジョン、ローニャ川を下り、海まで行けば目的地までわずかである。ここが色々と難所になるだろう。
人の影もまばらになり、畑も少なくなる。
『監視されているが、山賊の類かもしれねえな』
「騎士と冒険者で10人もいるのだから、そうそう襲っては来れないでしょうね」
王国内にもいまだ山賊の類は存在する。王国が小国家分裂であった時代、傭兵を雇って戦争をするというのはとても多いことであった。とはいうものの、傭兵を雇えば金がかかり、支払いが滞れば略奪や人さらいも当たり前で、戦争がなければ山賊になるという事で、王国がある程度集権化された時代から、大規模な傭兵崩れの山賊は魔物同様討伐の対象となっていた。
「同じ道順で令息たちも王都に来ているから、問題ない気もするのだけれど」
辺境伯の騎士の一人は先頭で紋章の描かれた旗を持っており、女性が乗る馬車の屋根にも紋章が描かれているのである。狙うとすれば、人質を取ることだろうか。
馬車の屋根が叩かれ減速する。戦士が声を掛けてくる。
「山賊が来る。前方に20、後方に10といったところだ。どうする」
当然、指示を彼女に求めてきているのである。
「うまく牽制してまとめてもらえるかしら。前方の20名。後方の10名は騎士の皆さんにお任せしようかしら」
「いや、騎士が前方を、冒険者に後方を任せたい」
「姉は魔法が使えるのです。見てみたいとは思いませんか?」
姉はニヤッと笑う。恐らく大火球でも放つつもりなのであろう。
「なら、アリーは油球だな」
「ええ、火達磨にしてやるわ」
戦士と彼女だけがわかる遣り取りだが、令息と姉は納得したようである。
「命まではとらねえ。俺たちも好きでやってるわけじゃねえんだよ!!」
山賊の頭らしき男が馬車から20mほど手前まで来て馬車の行く手を遮るように山賊たちが立ち並ぶ。街道をふさぐように荷馬車に重りを載せたものを配置している。好都合だ。
「猫は、逃げる山賊の足を刈りなさい。逃さないでちょうだい」
『承知しました』
『容赦ねえな』
命をとられなかったとしても、貴族の令嬢としての命は無いも同然だ。そして、騎士は武装解除した後殺されるだろう。冒険者もだ。
「姉の魔法発動を合図に、攻撃開始です」
「「「「「応」」」」」
小さく声を合わせ、それぞれが馬車の前後を囲むように待機する。馬車の中には母と令息が隠れている。
「じゃ、タイミング合わせて!」
彼女は、例の辛い油球を魔法で飛ばすのだが、さも腕で放り投げたふりをする。そして、前回使えなかった風魔法を添付する。
山賊の手前数メートルの空中で油球が爆散。空から激しい刺激物を含んだ油が降り注ぎ、山賊が地面を転げまわり始める。
「いけ!!!」
一抱えもある大火球が街道の真ん中に飛んでいき、荷馬車に引火、更に、周りの油を被った山賊たちも燃え始める。
驚く背後の山賊に騎士たちが切りかかり、前方の火達磨の山賊に最初に野伏の弓が、そして、逃げ回る者たちに剣士が切りかかる。背後では逃げる山賊の足を猫が切り裂いていく。
「まあ、こんなもんよね山賊なんて」
「ええ、姉さんの魔術も素晴らしかったわ」
「ありがとね。でも、油を撒いてくれなかったら、正直ただの火の玉だから、あんまり効果なかったかもしれないよね」
「それは姉妹のコンビネーションを褒めてちょうだい」
姉は意味ありげに「それもそうね」と笑った。
『魔術使えるのバレたかもな』
「たいしたことではないのよ。もう、商人の家で大人しく子爵家を支える事は求められていないのですもの」
騎士と冒険者が逃げまどう山賊に止めを刺していく間、彼女はその様子を他人事のように見ていた。姉は自分の仕事は終わったとばかりに馬車に引っ込んでしまう。まあ、姉らしい見切りの良さである。
結局、30人を超えるそこそこ有名な山賊団を貴族の女性3名を含む半分の人数で討伐した話は、近隣のディジョンやバーゼル、離れた王都南都にも伝わることになる。その中に、妖精騎士とその姉がいたことは即伝わったのである。
彼女は知らなかった。ゆく先々で、さまざまな階層の人々が会いたがる存在になってしまったということを。あの、ゴブリンの群から村を救った妖精騎士様は、作り話ではなく現実に存在するということを多くの人が知ってしまったということを。
これにて第二幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
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