第152話 彼女は『魔物使い』を説得する
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第152話 彼女は『魔物使い』を説得する
魔物使いもしくは魔獣使い。サーカスで熊や象を飼いならす者たちがいるが、成獣を飼いならしているわけではない。赤ん坊の頃から人の手で育てると、それなりに言う事を聞かせることができる。
魔物の場合、強いものに従う性質があるので大猪の魔獣のように拳で説得する可能性もないではないが、それなら、彼女に服従する可能性も当然あるわけだ。魔獣による国境警備……上手くいけば帝国や山国の侵攻に対する防波堤にすることもできる。敵の駒を自分のものにするチャンスでもあるのだ。
「と、とおぉ!!」
黒目黒髪娘は長めに持った柄のバルディッシュに魔力を纏わせ、結界に圧し掛かる二頭の熊の脛を切り裂き熊は前のめりになりながらズルズルと地面に倒れ込む。
『Gyoooo!!!』
『Gwaaaa!!』
えい、とばかりに足元に倒れ込む熊の後頭部をポンポンとバルディッシュで叩くとボンボンとばかりに頭がい骨が破裂する。
「うえぇぇぇ……」
返り血を浴びた赤毛娘が恨めしそうに黒目黒髪の顔を見る。そ、そんなつもりじゃとばかりに自分の頭をぶんぶんと左右に振る。
『いい調子じゃねえか』
「それより、魔獣混じりをどうするかね」
『あれだ、魔力を固めてぶっつけて脳震盪とかどうだ?』
「それが良いでしょうね」
『衝撃』をバルディッシュの先端に形成し、ポンポンと頭を叩くことで、頭を爆発……たぶんさせずに戦闘不能にできると信じたい。
「効果的なら、学院生にも覚えさせたいわね」
『ああ、殺すより殺さねぇほうが難しいからな。いいんじゃねぇか』
不殺を心掛けたいわけではない。簡単に殺すことで考えない戦闘を行う愚を避けたいだけなのだ。
「殺すのは本当に簡単。でも、殺さず利用する方が良いこともあるのだから」
目の前の熊の首をバルディッシュの切っ先で斬り飛ばしながらそんなことを考える彼女である。
戦闘開始から数分、既にリリアルの結界周辺には十三頭の首なし熊の死体が折り重なるように積みあがっている。その向こうには……
『白いデカいのがいるな』
5m近くあるだろうか、明らかに魔物としか思えないサイズの白い毛の『魔熊』と、その横には気配隠蔽をしているだろう、熊の毛皮を被った人間がいる。周囲は明るい灰色の熊が六頭……これが半魔獣だ。
「一旦武器の点検を。矢の補充をして頂戴。それと、白い魔獣は私が対応するので、灰色の熊は殺さない程度に痛めつけてあげてちょうだい。魔力纏いで斬りつけるのはなしで。脛斬り程度で留めてもらえるかしら」
「「「はい」」」
黒目黒髪はほのかに顔が紅潮しており、赤毛娘もハイテンションだ。茶目栗毛は剣に付着した血をぬぐい、魔力を通し血を飛ばしている。赤目銀髪は弦を張り直しているようだ。
「バルディッシュとメイスで突き放して、剣と弓で脚を止めてもらえるかしら。結界は私が離脱している間、あなたが維持しなさい」
「は、はい」
「大丈夫、あたしが追い散らしてあげるから、結界に集中だよ☆」
「う、うん。分かった……頑張る!」
二人が役割を確認し合う横で、赤目銀髪はビーンビーンと弦を確認し我関せず。茶目栗毛は水を飲み一息ついている。
『熊の死体が邪魔だな。バリケードにもならねぇしな』
「仕方ないわ。早めに話を付けましょう」
彼女は皆に声を掛けると、気配を隠蔽し大外から白い魔熊の背後に迫ることにした。魔熊と並ぶ熊の被り物をした人間は魔力をあまり感じない。隠しているのか、それとも元々の量が少ないのか。
『ぶん殴ればわかる』
『衝撃』を纏わせたバルディッシュを『魔熊』の脇腹に思い切り叩きつける。「Gwoo」と叫び声をあげ前かがみになったところを更に頭を中心に『衝撃』を三発四発と叩きつける。
「さて、そこで隠れている魔物使いさん。このまま殺してもいいのだけれど、どうする?あなたの相棒の命はあなた次第よ。勿論、あなたの命もね」
薄ぼんやりとしている熊の被り物をした陰に魔力を飛ばし隠蔽を強制的に解除させる。
「熊より先にあなたの首を飛ばす事も出来るのだけれど……どうする?」
意識を失い蹲る熊に寄り添う陰、それは、白い熊の毛皮を被った金髪碧眼の少女であった。
「こ、殺さないであげて。み、みんな、大人しくしなさい。お、お座り!!」
小山のような半魔獣の明灰色の熊たちは犬のようにその場に座り込むのであった。
「あ、熊さんお話分かるんだ☆」
赤毛娘の声に「まだ戦闘は終わっていないわ。気を緩めないように!」と彼女は大声を上げざるを得なかったのである。
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魔物使いの娘は彼女の姉ほどの年齢であるだろうか。帝国語訛りの王国語で話すことができた。
「わっちは、熊使い。魔物の中でも、この子たちだけが扱える。ほ、他の熊はこの白い子の子分みたいなもの。途中で群れに加わった」
「それで、あなたの雇い主はだれ?」
「……分からない。里から命じられてこの山の周りの村を襲って家畜を食べさせたり、小屋を壊すようにって……だから、誰の指示かは長しかしらない」
大山脈の東の端にある彼女の村は、放牧のかたわら獣の使役を行う「獣使い」を育てる村でもあったという。そこは帝国の一部なのだそうだが、何領なのかはわからないという。
「多分、いろんな領主が変わる村で、その時々で名前が変わっていたから、戦のたびに領主が変わる村なんだと思う」
小邦が分立する帝国内では、領主である貴族もコロコロ変わりやすいのだそうだから、論功行賞などで領主が入れ替わりやすいのだろう。
「白い魔熊はどうやっていう事を聞かせることができるのかしら」
「……心の声が聞こえるから、心で話す。他の灰色の子たちはこの子の子供たちだから、この子から命令してもらう」
『じゃあ、多少魔力があるんだな。魔力のある者同士で会話が成り立つってことだな』
「……誰?」
「魔力のある人に言葉が伝わる魔道具の一種よ。魔術師の魂が封印されているの。驚かせたかしら?」
「少し。でも、この子はそんなに上手には話せない。カタコトくらいだけど、でも、私の言う事は聞いてくれる」
熊使い曰く、子熊の頃に森で拾ったのだそうだ。白い熊なので親に捨てられたのだろうと里の大人に言われ、彼女が番犬代わりに育てる事にしたのだという。
「あなたのご両親はどうしているのかしら。やはり獣使いなの?」
「獣使いは拾われっ子を育ててなるから、実の親はいない。私を育てた親方も去年病気で死んだから、家族はこの子たちだけ……」
魔熊たちのことが大事であることはよく理解できた。それで……『魔狼』に関してはどうなのだろうか。
「別の獣使いがいた。あっちは帝国の魔術師の傭兵ですごく強い人だって聞いてる。でも、狼が逃げちゃったからたぶん、もう引き揚げたと思う」
「失敗って事なのかしら」
「ううん、元々は嫌がらせみたいな仕掛けだって。それで、帝国から守れない領主って思われれば良かったみたい。だから、また狼を集めてここにやってくるはず」
『魔狼』はそれなりに存在するので、物理的に支配し、自分が群れの上位者と認識させたうえで狼どもと群れを作らせた後、攻め入らせるという事なのだろう。帝国領内から魔狼を駆逐し、戦力にして王国を攻めるのは一石二鳥の策だ。
「それで、あなたはどうするのかしら」
「このまま逃がしてくれる?」
「それでは、また時期を変えて王国に攻め入る事になるわよね」
「……たぶん……」
と話し込んでいると
『……母……ダイジョウブ?』
白い魔熊の意識が戻ったようである。
魔物使いは一般的な呼び名であるので、この白い魔熊の母である彼女は『魔熊使い』と呼ぶことにする。
「あなたは傭兵なのかしら?」
「……多分そう。私はお金をもらっていないけれど、里と領主様の間でお金のやり取りがある。前もそうだったから……」
帝国領内の小邦は傭兵の産地でもある。山国傭兵同様、貧しい地域で人口が増えた結果、兵士として貸し出す『傭兵』を生業とするものが増えているのだ。法国でもそうだが、貴族の子弟である傭兵隊長が『募兵』をする。その時に支度金を貰い村を出て「自由な傭兵になろう」などと踊らされた農民の若者で跡を継ぐ財産がない者たちが傭兵となるのである。
しかしながら、『魔物使い』である彼女はその類ではなさそうだ。
「あなたは本来は……『マロ人。里を与えられてそこで芸を売って生活する民』
……なるほど。獣や魔物を使役するのも芸の一つであるのね」
「……先生、マロ人って何ですか?」
赤毛娘の問いに、黒目黒髪と赤目銀髪も同様分からないので聞きたそうな顔をしている。
「その昔、東からやってきた旅の民……とでも言えばいいのかしら。独自の文化を持ちながら、定住せずに様々な芸を伝えながら生き続けている集団ね」
彼女は「サーカスを営んだり、お祭りで踊りや歌を披露する人たちも多い」というと、とたんに目がキラキラし始める。別に、熊と遊べるわけじゃないんだぞ!
「では、魔狼を使役していた者も同じ里の人なのかしら」
彼女の疑問に、魔熊使いは首を横に振る。あの人はそうではないと。
「獣使いというよりは、彼自身が獣的な存在。普通の人間の振りをしているけれど、どこか血生臭い体臭がする。多分……人じゃない」
マロ人の伝承の中に、『ドラク』という魔術師が死後に人狼となって甦った魔物が存在するという。また、狼が喰い殺した羊の肉を人間が食べた場合も呪われドラクになるという。魔術師系アンデッド……どこかにもいた気がする。
「狼や魔狼を使役するのは、その都度配下に加えているのかしら」
「狼も傭兵みたいな存在がいる。森の中ではぐれているものたち。それを集めて集団にして襲わせるのが仕事みたい。狼集めが半分仕事」
なるほど、帝国領内で狼の害を抑え、他国に輸出し戦力にするということなのだろう。これも、一石二鳥である。王国もそうだが、人口増加で森が畑に変わっていく過程で、狼が人と接することが増えている。森が減れば鹿なども数を減らし、その分狼の食べる動物が減る。減った分を家畜を襲う事で補わねば自分たちが飢えてしまう。
その群れを敵国に向ければ立派な戦力になるのだろう。
「群れのボスの魔狼を倒したら、他は逃げて行ったのだけれど、終わりなのかしらね」
「……多分。あの人自体は直接狼とやりとりしないから。また魔狼を見つけて配下にして、狼を集めて攻めてくるはず。でも、時間はかかる」
この間も、白い魔熊と半魔熊は大人しく……痛めつけられたので動けないという面もあるが大人しくしている。勿論、結界を展開して中と外で会話中である。
「では、王国とサボア公国に雇われる気はないかしら?」
『傭兵が主を戦場で変えるなんてのはよくある事だ。故郷に親兄弟でもいなけりゃ問題ないし、あったとしても……手紙でも書けばいい。なんかあれば、村はただじゃおかねぇって。妖精騎士が敵を取りに行くぞと言えばいい』
「……『妖精騎士』ってなんのこと?」
確かに、王国周辺では名の知られている彼女の冒険譚だが、帝国東方の辺境の村で魔獣を育てている彼女は知らずに当然だろう。
「えーとね、まあ怖いものなしってことかな……」
「……それでは愚か者のよう。王国最強の騎士がケツ持ちするということ」
「ううん、リリアル学院のみんなで敵討ちでもなんでも協力する。それに、この子たちは悪さしなさそうだし。ノーブルの山とかサボアの山で悪者を見つけたら教えてくれるといいと思う」
「先生の提案に賛同します。ただし、公爵閣下と襲われた村の住人になんらかの恩恵を与えなければならないでしょう。どういたしますか?」
魔熊使いと公爵の間で雇用契約を結び、この襲われた村に関しての保証と今後は村を守る存在として面倒を見させることくらいまでは話を詰める必要があるだろう。一旦、公都に戻り、魔熊使いと公爵を対面させる必要がある。
「……この地の領主と契約を結び、魔獣を用いた防衛ラインを形成することを認めてもらう必要がありそうね。それで、故郷の村は大丈夫かしら」
「……それは大丈夫。もう、親もいないし未練はない……」
妙齢の美女である『魔熊使い』を何ヶ月も単独で山の中を移動させている時点であまり関係性は良いとは思えなかったのだが、それであれば問題ないのかもしれない。
熊に興味津々な赤毛娘と黒目黒髪、赤目銀髪は狩人の血が騒ぐのかじっと凝視している。そして……
「先生、彼女拘束するんですか」
「いいえ、ゲストとして公爵に会ってもらうつもり。先触れをお願いするわ」
「……承知いたしました」
とりあえず、魔熊たちは一旦山に戻って待機するように魔熊使いに依頼する。その間、狩った熊を午後に茶目栗毛が魚を釣った川に持っていき、血抜きをする。川と肉と内臓と……できる限る持ち帰り、討伐の証明兼手土産とするつもりだ。
「公爵閣下にはどう伝えればよろしいでしょうか」
「そうね、帝国の戦力を奪い、国境を固める秘策がある。一人の傭兵を雇うつもりはあるか……というところかしらね」
「畏まりました」
熊の血抜きに向かう娘三人、そして、彼女と魔熊使いは魔熊たちを尾根に向け送り出す。
『イツムカエニキテクレル?』
魔熊はそう問う。魔熊使いが彼女に視線を向ける。上手くいけば半日程度であろうか。とは言え、今晩中に向かうのは無理である。明日朝、明るくなってから公爵邸に向かい、その後話をして夕方には戻れるだろうか。
「明日の夕方ここに戻ってくるようにするわ」
『明日ノユウガタ、日ガクレルコロ……』
魔熊を先頭に銀色の毛を持つ魔獣の群れは彼らが降りてきた尾根を再び登っていくのである。