第151話 彼女は『魔熊』を探して山に入る
第六幕『メリッサ』
帝国の『魔獣使い』の存在を感じた彼女は、山中で『魔熊使い』の傭兵メリッサと遭遇する。マロ人である彼女は里長の命令でサボア領に侵入したが、魔熊たちの命と引き換えに王国に降ることを承知する。王国の冒険者ギルドで登録すべく南都にメリッサを連れて行くと想定外の存在と遭遇する。
第151話 彼女は『魔熊』を探して山に入る
ギルドでは特に何の情報も手に入れることができなかった彼女たちは、一先ず「熊討伐」の依頼を受けた村に向かう事にした。1台に五人乗るのはなかなか大変な気もするが、少女四人と茶目栗毛なのでそれほどでもない。
「『魔熊』はどう探すんですか?」
赤毛娘の問いに彼女ではなく、赤目銀髪が答える。
「恐らく魔熊は魔力を発しているので、魔力の走査で発見できるはず。でも、その前に、熊が襲ってくる……」
「それじゃあ、その熊を片っ端からやっつけるんですか」
「ええ。熊の肉と毛皮取り放題よ。依頼料が見込めない分、素材買取で取り返さないと遠征が赤字になるわ」
「……世知辛いです院長先生……」
「独立採算で頑張るわよ」
生まれが貧乏貴族風な子爵家故に、彼女はどうしても根がケチ臭いのである。
村に近づくとソワソワとした雰囲気である。今回は依頼を受けているわけではないので、そのまま山裾に向かい兎馬車を進める。村の中でいくつか半壊した建物が見て取れる……熊に襲われたのかもしれないが、関われば負けである。
「……いいんでしょうか」
「問題ない。今回は依頼ではない」
「そうね。関われば八つ当たりや言いがかりをつけられかねないもの。危険は指摘しているはずなので、対応する選択をしなかった本人の自己責任。もしくは、領主の責任ね。私たちの責任ではないわ」
王家と王都と王国の民を守るために仕事をすることは吝かではないが、ここがサボア公国であることを考えると、彼女たちは冒険者としてふるまうべきなのだ。
「死人は出ていなさそうで良かったよね!」
「でも、家が壊れちゃって大変じゃない」
「……住めるだけまし。生きてるだけでまし」
狼のように群れで襲われたわけではなく、少数グループで暴れた感じだろうか。道端に死体が転がっているわけでも、家畜が喰いちら……散らかされている。放牧地の柵は散々に破壊され、家畜の死体が散見されるが、あれは後程熊が取りに来るものだから、触るとさらに襲われることになるので放置が賢明だ。
柵の周りの様子を確認に来ている村人がこちらをジッと見ているが、関わらず森へと侵入する。
「いけるところまで兎馬車で移動。周囲の索敵を厳にしましょう」
「「「はい!」」」
熊たちは兎馬車が森に入ったことをすでに認知していると思われる。とはいえ、追いかけられないだろう距離を置いて確認しているだろう。熊は犬の数倍の嗅覚を持つと言われている。臭いだけで彼女たちの存在を確認することも可能だろう。
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山道の行き止まりに兎馬車を止め、そこからは徒歩で進むことにする。
「一旦、尾根まで上がって斜面に熊がいるかどうかの確認をします。獣道がその途中に有れば少し進んで様子を見ます」
人間の進む道は動物も歩きやすいので利用していることもある。そこから水場や巣穴の場所まで獣道ができていることがある。とは言え、熊が村の家畜を襲うのであるから、あまり奥まった場所に群れがあるとも思えないのである。
「山国に通じる街道と並行して移動しましょうか」
「なぜですか?」
山国は帝国の元領土であり、現在も関係が深い。魔物使いが移動するのであれば山国からやって来ると考えるのが当然であり、その経路上を魔熊も移動していると考えるのが自然だ。
「山の中を『魔熊』を率いて移動してくる中で、熊の集団を作り上げてサボア領まで現れたのではないかと思うわ」
この尾根道は山国とサボア領をつなぐ街道と並行している。裏街道、猟師や山で仕事をする者にとっては散歩道のようなものなのだろう。ただの山なのだが。
『動物のフンだな』
鹿や猪のようなものなら小さい塊なのだが……
「でっかい」
「……これは熊……」
「何だか、肉食べてるって臭さです」
思いのほか熊のフンは大きく、臭い。尾根沿いを探すのは凡そ間違えではなさそうである。
「半日と経っていませんね。この先にいるかもしれません」
「……でも、夜に村を襲って今は寝てるんじゃないの?」
「……熊は夜から明け方に行動する。でも『魔熊』は知らない」
魔物の場合、獣とは違う生活をしている可能性がある。とはいえ、ゴブリンも夜行性であるので元々夜行性の熊と同じであるかもしれない。
「昼寝をしているところを魔力走査で探して『魔熊』を討伐すれば仕事は終わり?」
「概ねそうね。見つかれば……なのだけれど」
彼女の中である考えが持ち上がってくる。
『楽しようと思ってるだろ』
「ふふ、今日は山でキャンプを楽しみましょうか」
彼女の思わぬ発言に、学院生全員が驚く。何を言い出したのだろうという顔である。
「熊は『魔熊』に率いられて今晩も村を襲うでしょう。その場合、この山道を戻って村に向かうわね」
その経路上で結界を展開したまま皆でキャンプをする。彼女であれば、半日程度は四面結界程度問題なく展開できるし、接近してくれば魔物なら魔力で感知できる。
「わざと襲われて、『魔熊』を討伐するつもりですか」
「その通り。熊は普通に魔力纏いで斬撃力を強化すれば問題なく討伐できるでしょうし、魔熊はその後でも構わないわ。私も試してみたいことがあるの」
バルディッシュの使い方を検討したいのだ。とは言え、気になることがある。
『魔熊はともかく、魔物使いはどうするんだよ。魔物より強いんじゃねえの?』
「ある程度倒せば、逃げ出すでしょう。それに、一朝一夕に魔物を育てることは出来ないでしょうから、しばらくは現れないわ。その間に、公爵家の騎士団なりサボアの冒険者を育てなおせば済むことですもの。やりすぎれば、村人も安心しきって言う事聞かなくなるでしょうから、魔物使いは放置でも構わないわ」
『それもそうだな。楽しみは取っておくのも悪くねぇ』
生徒たちは兎馬車を止めた場所まで戻ると、茶目栗毛は川で魚釣りに、赤目銀髪と赤毛娘は山菜とキノコ狩りに出かける。そして、彼女と黒目黒髪は……
「魔力走査の練習をしましょう。幸い、リリアル生が三人山の中にいるわね。その存在を感知してみてちょうだい」
「は、はい」
黒目黒髪は目を閉じ、自らの魔力を薄く広げ、更に網目状に伸ばしていく。彼女の魔力量の多さからいえば、山全体を覆うことができるだろう。王都ほどの広さが可能だ。
しばらくすると、よく見知った三つの魔力を感じることができたのだが……
「先生……三人以外にも……誰かいます。とても弱い魔力ですけど……もしかして隠蔽しているかもしれません」
彼女も同じように魔力走査を行う。見知ったものと異なる四つ目の魔力は山の尾根の方から感じられる。恐らく、魔物使いが様子を見に来たのだろうと推測する。
「敵の首魁が現れたのよ。熊が昼寝をしている間に、自ら偵察……ではないかしら」
「じゃあ、ここで待つことにして正解ですね」
「ええ。待伏せでもしていたのかもしれないわね。こちらは英気を養って今晩に備える事にしましょう」
石を組み、魔法袋から鉄板を出すと、ソテーする準備を始める。今日の夕食は明るいうちに川魚と山菜のソテー、タタルソース添えとなりそうだ。
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今回は小麦粉をまぶしてムニエルにする手間が無かったので、普通に油をひいた鉄板の上で三枚におろした鱒をソテーし、卵とマヨネーズから作ったタタルソースを添えて食べる事にした。キノコや山菜もソテーしている。
「この卵のソースが美味しいんだよ☆」
「……甘酸っぱい感じで美味……」
「なんだか王宮の料理って感じがするね」
「卵をソースに使うのはかなり贅沢ですね。ですが、リリアルで養鶏が軌道に乗れば、よい食材の使い方になりそうです」
公爵邸で食した二人は勿論、初めて食べる赤目銀髪と黒目黒髪もいつになく言葉数が多くなる。美味しいは正義なのだ☆
『卵自体が貴重品だしな。とはいえ、サイズの小さいのは出荷できないだろうから学院で消費するだろう? 卵単体で使うよりパンに添えたりしても美味いんじゃねぇか』
「それはいい考えね。魚のソテーとパンとタタルね。いい組み合わせだわ」
それに、野菜のシチューでも付けば御馳走だろう。キャンプ気分を味わいながら、五人は今晩の事について打ち合わせを始める。
「暗くなるまでは仮眠。結界を展開しておくので、安心して休んでいいわ。暗くなり始めたら目を覚まして、弓手は木の上で待機」
「了解」
「四人で二人一組になること。バルディッシュ持ちをメインアタッカーにして、相方はカバーと牽制。熊なら一撃で首を飛ばせるわ。但し、魔熊は魔力を毛皮で受け流す可能性が高いので、魔力纏いによる斬撃強化の効果がないでしょう。油球から着火で火だるまにして、口を開けたなら口内から刺突で脳を破壊する。所詮魔物の中でも獣のうちだから、狼とそれほど変わらないわ。落ち着いて目の前の熊を討伐し続けましょう。魔力切れだけ注意。よろしいかしら」
「「「「はい!(わかった)」」」」
お腹も満たされた彼らは、夕方まで仮眠をとる事にした。その間も、周囲の状況は変わりつつある。
『魔熊も近寄って来ているな』
「ええ、魔力量が大きいから隠しようがないようね」
『魔剣』同様、尾根伝いにかなりの数の気配が接近してきていることを感じている。
『主、私が周辺を一通り確認してまいりましょう』
「そう。姿を認識させないようにして、熊の頭数数えてもらえるかしら」
『猫』に指示を出し、この場所に熊を集められるかどうか検討をする。
『頭に来れば言う事を聞かなくなるだろうから、挑発してここに集めるのが先だな』
「では……脛斬りと熱油球で牽制してもらいましょう。火傷でもすれば怒り狂って統率が効かなくなるでしょうから」
結界を展開しつつ、周囲の魔物の気配を確認しているが……思ったよりも魔物の数が多い。ただの獣ではない、魔力を有する魔獣なのだが……
『魔獣の血を引く熊なんだろうな』
「……なるほど。人為的に作られた熊の魔物の群れということね。帝国の干渉確定じゃない」
最も大きな『魔熊』の魔力の数分の一程度の小さな魔力の個体が数匹。オーガまではいかないだろうがそれでもオークより強力だろう。獣の熊でさえ最強の一角なのであるから、その群れに辺境の山村が襲われるなら一瞬で壊滅する。
村を破壊した後は、再び山に入り追跡を困難にし別の山村を襲う。狼の群れより移動速度は遅いだろうが、移動の間隔が空くことで警戒する側はさらに消耗することになる。山で熊の群れを兵士が追う? 餌を呉れてやるようなものだろう。
『魔物使い? 魔獣使いがいれば交渉の余地があるかもな』
「どういう意味かしら」
強制的に従わせているのなら、半魔獣の熊を引き連れているのは手間がかかりすぎている。リーダーの『魔熊』と群れを形成するために手間暇をかけたとみるのが当然だろう。
『仮に、リリアルをけしかけて返り討ちにあったなら、お前ならどうする?交渉の余地があるなら、敵味方入れ替えるのも考えねぇか』
王国があってのリリアルなのでそれはあり得ないのだが、感覚としては理解できる。手塩にかけた子供たちをみすみす失うのは耐えられないだろう。
「それでも、ある程度は倒さないと相手も話を聞かないわよね」
『だから、削って親玉の魔熊は半殺しで止めるんだ』
「……それって私の仕事よね。味方にできるなら……越した事は無いわね」
山国から尾根伝いの越境攻撃を哨戒する『魔熊』団がいれば、攻める方は警戒するであろうし、守る方は獣の被害も防げて一石二鳥かもしれない。公爵閣下に引き合わせて交渉する価値はある。
「山奥で熊牧場を経営してもらいましょうか」
『熊の用心棒というのも悪くねえな。もっとも、相手次第だが』
気配が濃厚となる中、彼女の気持ちは固まりつつあった。
夕日が尾根を照らし始める頃、既に彼女たちの兎馬車を止めている山道の少々開けた旋回場所のような広場は薄暗さを増している。
「そろそろ仕掛けてくるわ。初手で結界の周りに集る熊の頭部は魔銀の鏃で粉砕してちょうだい」
「わかった」
『主、魔熊が一体、半魔獣が六体、獣の熊が十頭ほどです。距離は200mほどでしょうか』
哨戒から戻ってきた『猫』の報告。熊は全て獲物にしていいだろう。
「魔熊と半魔獣がいるようね。これは、後回しにします。恐らく、尖兵として普通の熊をけしかけてくると思うので、それは各自の判断で対応。頭を破壊するか、手足を切り飛ばすか。胴体は肉と毛皮と内臓が使えるので傷つけないでもらえるかしら」
「……おみやげ大事……」
「うん、手足切り飛ばして倒れたら頭を潰すって感じでいいかな☆」
「そそそそそうだね……」
赤目銀髪と赤毛娘は慣れたものだが、バルディッシュで初参加の黒目黒髪はガチガチに固まっている。
「魔熊は私が担当します。半魔獣は殺さない程度に殴り飛ばしてもらえるかしら。脛きりでも構わないわ。魔物使いを説得して味方につけるのに、飼いならした魔獣を殺すのは得策ではないのでね」
「魔物使いを仲間にする……」
「熊と遊び放題☆」
そうじゃないから。
勢いよく突進してきた数頭の熊が結界にぶつかりひっくり返る。立ち上がった二頭の熊の頭が魔銀の鏃の攻撃ではじけ飛ぶ。
「やあぁ!!☆」
自分の背丈の二倍ほどもある茶褐色の熊の頭上まで身体強化をした赤毛娘が跳躍すると、魔銀のメイスヘッドを頭に叩きつけられた熊が頭蓋骨をV字にひしゃげさせズズンと後ろ向きに倒れた。