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第147話 彼女は前伯とサボア公爵の提携を考える

第147話 彼女は前伯とサボア公爵の提携を考える


 サボア公国のアンバランスさを改善することは少々時間が掛かるだろう。とはいえ、トレノに拠点を移すだけでは公爵家の求心力は高まる事は無く、トレノ周辺の貴族たちにいいように利用される神輿となる。自身が力を振るえる手足となる存在を育てなければ話にならない。


「なるほど、傭兵よりも広い範囲で様々な依頼を引き受けるのが冒険者であると。つまり、依頼の仕方が悪いゆえに仕事が生まれず人も集まらず、育ちもしないという悪循環か……」

「そのように思われます。南都のギルドも同様なのですが、ある程度定期的に資金稼ぎとなる依頼を与えねば、『商人護衛』のような浮草仕事ばかりになり、領民の為の仕事を身に着けることができません」

「それと、薬師にしても錬金術師にしても自ら素材を探しに行く手間を考えると、冒険者に委ねる方が得なのよね」


 公爵は自分で手に入れた方が安くつくのではという。入手の容易なものであれば、手間賃を払って集めさせた方が能力のある物からすれば容易なのだ。


「こうした些細な依頼は、年少の冒険者が担います。農村で口減らしの為に都市に居つき下層民として不安定な生活をするものの中にも優秀な者がいないわけではありません。冒険者に仕事を与えるという事は、身分が低いものの中にも優秀な者を見つけだす助けになると思われます」


 田舎から王都に出てくる者の中で少なくない数、仕事が無く出身の村を追い出される子供たちがいる。当然、職人はそうした農村出身者に対して門戸を開いていないし、商人も同様である。孤児同様、農村出身者の村以外での生活はかなり困難だ。


 戦争が多い時代であれば兵士として生きる事も出来たかもしれないが、今はそうではない。冒険者として社会の様々な面を知ることで、行商人や職人、宿屋・食堂の主人など育っていく可能性が無いわけではない。


「ギルドには未成年でも行える仕事もあります。また、読み書きも必要であれば学ばせる機会を冒険者に与えるのも良いでしょう」


 週に何度か午前中依頼を受けたのち、午後に読み書き計算を教える冒険者ギルドが存在してもいいだろう。読み書きを習う為に冒険者となる子供がいても良い。


「それはいいかもしれないわね。王都の孤児院で行われているような動機づけにもなるのではないかしら」


 リリアルの使用人・薬師コースは王都の孤児たちにとっての出世コースの一つでもある。その為には読み書き計算ができるのが当たり前であり、学院で勉強しながらさらに学んでいくことになる。


「ほお、男爵の学院と王都の孤児院はそのように結びついているのか」

「王妃様の思し召しですので。微力ながら力を尽くしております」

「……慕われる王家と言うのは、為すべきことを為しているという事か……」


 公爵家が民の上貴族の上に立つ存在として、いかに理解が不足していたのか若者は理解し始めていた。





 この後、前伯がともに時代を生きたベテラン騎士たちがサボア公爵領に教導顧問として訪れることになる。彼の者たちは『ニースの傭兵団』と呼ばれ、王の私的な狩りなどのお相手をする警護役のように思われていた。


 やがて、冒険者ギルドで意気投合した若者たちと領内の村落から受けた依頼を地道にこなしつつ、手に余る魔物討伐など公爵家と連携し討伐し、その手腕は高く評価されていくことになる。


 領内から出て行く若者たちも素材採取や討伐依頼の遂行で資金稼ぎができるようになり、指名で法国・山国、または南都のギルドでの依頼を受けるようになると、得た報酬を拠点のあるサボア公領内で使うようになる。


 領都には商人が増え、冒険者相手の新しい商売も始まることになる。それまで閑散としていた領都シャベリは古の帝国時代に見られた山国・王国・法国それに帝国との貿易の中継点として人の流れが生まれるようになるのである。


 反面、残念乍ら周辺の貴族領からシャベリに人が集まるようになった結果、ヒト・モノ・カネ・情報の中心は公爵家となり貴族たちの求心力は急速に失われサボア公家に吸収される家系も増えていくことになる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 後の世に『ニースの傭兵団』と呼ばれるサボア公爵の周りを固める老兵集団はこのような経緯で成立することになるのだが、それだけでは片手落ちなのである。


 お茶の時間が終わり、少しの休息を挟んで夕食となる。夕食には公爵家の直臣団である家の貴族が何人か同席することになるようだった。席としては晩餐会となるのであろうか。


 とはいえ、会話の中心は昼からの続きであり、かの貴族たちに聞かせたいのであろうと彼女は思うのである。





 サボア公国を王国の藩屏とするには、いくつかの問題をクリアしなければならない。一つは、経済圏がトレノの属する法国北部・帝国に重心があり、属する貴族もそちらを向いているからである。


 経済的な結びつきは人の交流も活発にすることは当然で、法国内の教皇座のある都市やミラン他様々な地域と密接な関係を築いている半面、南都や王都との経済的な関係はほぼない。故に、王国側のシャベリは規模以上に寂れてしまっている。


「一つの提案ですが、ニース商会の支店をシャベリとトレノに開いてもらうというのはどうでしょうか」

「何故、商会の支店を公爵家が仲介しなければならないのか」


 公爵は怪訝な顔なのだが、土地と税ばかりに意識が向いている旧来の君主であれば当然の感覚なのだろう。


「儂から説明するか。ニース商会はニース辺境伯家を母体とする商会で、今の伯爵の三男が商会長を務めている。その夫人はリリアル男爵の姉であり王都の子爵家だ。さらに、王家も資本参加している。ニース商会が扱うのは物資だけではない、安全と情報も扱うのだ」


 ニース商会の支店は王国の耳目ともなる拠点であり、そこを行き来する行商人たちは諜報員も兼ねている。法国や帝国の動きに不審なことがトレノ近郊で発生していれば、商会経由で情報が即座に王国にもたらされる事になる。


「それにの、ニース商会を攻撃することは辺境伯家・王家を攻撃するに等しい所業。それに、リリアルの卒業生や関係者も仕事をしているのであれば……」

「勿論、討伐に出向きますわ」


 王家と王国に牙をむいたことを後悔させるくらいの事をする用意が彼女達にはある。指揮官を暗殺し、補給物資を焼き後方を撹乱する。さらに……


「南都の駐留する『魔導騎士』の展開も早く出来るだろう。侵攻を受けた時点で早急に展開を行う。関係が深くなれば、トレノに魔導騎士の小隊くらいは展開してくれるかもしれんな」

「……魔導騎士。王国の戦略防衛兵器ですか……」


 魔導騎士の小隊4人で大隊規模の騎士団を制圧できるだろうか。初動で敵の先鋒を壊滅させ、侵攻を抑えることも、また、その展開で大規模な軍を編成させることで準備に期間を要することから、早期に侵攻の対策を開始することができる。奇襲が難しくなるという事だ。




 

 そして、公爵に不足しているもの、それは、公爵家ではなく公爵自身に忠誠を誓う存在である。


「閣下は『円卓の騎士』をご存知ですか」

「勿論だ。騎士に憧れる者は、皆そうであろう」


 円卓の騎士とは、王に仕える騎士でありながら、王と対等の関係を持つことを許された騎士たちの事である。席次で上下を付けないゆえに『円卓』に座る騎士たちと言う意味であろうか。


「閣下ご自身が必要とする仲間を見出し育てることが必要でしょう。身分に囚われずにです」

「……しかし……」

「ええ、難しいと思います。それは、閣下の在り方にも問題があるのです」


 城館で公爵の仕事をしているだけでは、領民は公爵の在り様を知ることはできない。周りに侍る者たちも、世襲であり、親と同じことを繰り返しているだけなのである。


 そもそも、何故王や貴族が周りに累代の家臣を侍らせるのか。それは、自分が領地を持ち王として貴族として受け継いだものの正当性を示すための生きた証拠であるからなのだ。


 自分の手で王国を立ち上げた王は、その時の協力者たちを貴族として認める事で自分自身が王となることができた。利益の代表者が最初の王の存在だ。調整できない王は、出来る者にとって代わられるのである。


 ある程度、支配が安定すると、今度は支配する根拠を示し続ける事で継続して世襲しようとする。王は貴族を必要とし、貴族も王を必要とする。それぞれが認められるために、お互いが必要なのだ。


 しかし、民の中の戦上手が専業戦士となり、やがて税を貰う代わりに戦うという仕事が世襲となり、その強者が他の戦士を従え貴族となり、更に王が生まれていく中で、税を取るだけで守らぬ王や貴族が生まれるに至る。


 世襲の中で専業戦士である故に税を取ることができるという権利と義務の関係を忘れる者が出てくるからだ。サボア公領ではその傾向が強い。谷ごとの郷村が利害対立から武装し、自治と特権を要求している。


「魔物の討伐、郷村の争いの仲介、他国からの武力侵攻への対応、閣下自ら率いる戦力が無ければ成しえない事です。あなたは、自ら率いる自分自身が振るう戦力を持ちえていない。そこが問題なのです」


 王国の近衛騎士しかいない状況を想定すればいい。先祖代々の貴族の子弟が王の周辺に騎士として侍る。それは、王家の権威を認めるポーズであって、実際その者たちが戦死するような使い方をすることは望ましくない。


 王家には騎士団と近衛連隊、魔導騎士団が存在する。魔物や国内の治安維持に徴兵した兵士の指揮は騎士団に、即応の為の王直属の戦力は近衛連隊、国境の防衛は魔導騎士団を中心とした部隊が担っている。サボア公領にはそれが存在しない。


『あのアンデッドの伯爵が大公時代戦に強かったのも近習にあの狼人みたいな強い戦士を揃えて先頭に立っていたかららしいしな』


『魔剣』が「狼人」と念話で昔話をした時に、そう聞いたのだという。


「近習でも親衛隊でも構いませんが、閣下の手足となる者を『金』で集める事も必要です」

「……金か……」

「はい。年契約で実力を示し続けさせるのです。世襲ではなく、ただ唯才を持って仕えさせる。王国の騎士は皆そうです」

「なるほど。我が公国には王の近侍はいてもその才を以て仕える個人的な友誼で結びついた者がいないという事か」


 本来は、子供の頃から旗下の貴族の子弟が学友として近侍するものなのだが、サボア公爵家に近侍させる貴族がいない事自体が既に問題なのだ。


「冒険者でも構いませんし、傭兵でもいいと思います。契約には真摯に取り組まねばなりませんから」

「そういえば、グレンフェルド……初代のミラン公は傭兵隊長から騎士となり、共和制時代よりもミランを発展させたという。外に目を向けねばならぬということだな」


 そうとばかりは言えないが、少なくとも、今の近侍は自分のことが中心であり、公爵のために何か成す様子は見られない。自分の実家が大切であり、公爵とは運命共同体とは言えないのである。


 そのことに公爵が気が付き始めたことで、周りの騎士や側近がそわそわし始める。最終的に、実家を取るか公爵を取るかの二択なのだが、今はまだその時ではない。


「例えば……傭兵の供給源である「孤児」に注目します」

「……どう注目するのだ……」


 孤児院に公爵家が資金を出す。その資金で育てられた子供は公爵に恩を感じるだろう。なに、下らない贅沢を少しやめればいい事だ。


「孤児は皆閣下に感謝するでしょう。その中から才能あるものを戦士として教育させます。教官は……ベテランの傭兵が良いでしょう。魔物討伐に暗殺阻止まで騎士とは異なる能力を身に着けさせるのです」


 お飾りの騎士にはお飾りの騎士の仕事がある。公爵の周りに侍り、情報収集をしたり人質替わりに存在する。実際戦えるわけではない。ならば、最初から戦士として教育した孤児を近侍とした方がよほど効率がいい。


「孤児のもつネットワークも手に入るでしょう」

「……孤児にそのようなことが……」

「できるでしょう。リリアルは生徒全てが孤児ですから。それも、貴族の養子になり損ねた魔力の少ない男児と、魔力はある者の女児ばかりですから」


 今まで考えもしなかった『孤児』という、公爵個人に忠誠を誓ってくれそうな存在に気が付き、公爵は少し気持ちが楽になる。誰も本心から自分の事を心配してもらえていないと感じていた本人からすれば、朗報なのだ。


 先ずは、自分自身を鍛えなおすために、ベテランの傭兵を……と言おうと考えていると、前伯が……


「ニース辺境伯領の爺どもを派遣しようかの」

「……それは……」

「なに、隣のよしみだ。それに、閣下は今一人の孫のようなものであるし、黄泉で待つ旧友に合わせる顔がないからな」


 ジジマッチョ……つまり、あの修道士たちのようないつまでも『熱い男』という事なのだろうか。孤児の男児に大うけなこと間違いなし。


「ならば、魔力のある女児を数人、リリアルで魔術師として教育することもやぶさかではありません。薬師でも構いませんが」


 彼女は王妃様の許可が必要かと思うのだが、『孤児』『サボア公領』という部分で否定はされないだろうと考えていた。


「リリアル学院は王家の学院。サボア公国のものが学ぶは難しいのではないか」

「では、留学生として食費程度の奨学金を与えてください。王国民でないので無償というわけにはいかないでしょうから。実費程度でお引き受けすることはできるでしょう」


 将来的には「学園都市」となるリリアル。王国外の生徒に関しては一定の「学費」を納めさせることになるのであるが、その最初の生徒がサボア公領の孤児たちとなるのである。


 ところがである、ようやく自分たちの立場が危うくなると理解した近侍の貴族の子弟どもが騒ぎ出したのだ。


「閣下、ご再考ください」

「そうでございます。どこの誰ともわからぬ孤児をおそばに仕えさせるなど危険です!」

「孤児のような神に祝福されぬ存在……」


 彼女はほくそ笑む。そう、サボア公爵家はトレノ辺境伯家の『孤児』であった女伯を娶り今の公国となったのだ。それまでは「サボア伯爵家」であったのだが。


「トレノ辺境伯の女伯様の悪口は御控えなさい皆様」

「そうね。公爵閣下の中にも孤児であったトレノ辺境伯家の血が流れているのだから当然ね」

「そもそも、親が早死にするのは珍しくないじゃろ。枯黒病なんかじゃ良くある話じゃ。出自ではなく、その者自身の才能や心根を大切にする事こそ、為政者としてあるべき姿だろう。少なくとも、我らニース辺境伯家ではそう心得ておる」


 近侍どもは一切の反論を封じられた。



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