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第16話 彼女は猫に見守られている

第16話 彼女は猫に見守られている


 魔剣は知っていた。猫があの騎士の生まれ変わりであることを。いや、正確にはそうではない。戦で死んだ騎士は、近くにいた猫に自分の魂が移っていることに気が付いた。


 猫になった騎士は、猫の姿のまま王都に戻ることにした。何日もかけて懐かしい王都に戻ると、そこは魔物に襲われ壊滅状態であった。元の家の場所は廃墟であり、妻と子の行方はわからなかった。


 猫は家のあった場所に居続けた。そして、半年ほどたったある日、見知った男に連れられた少し記憶の中にいるそれより大きくなった息子が現れた。妻の幼馴染である魔術師が息子を保護してくれていたのである。


 では妻は……と猫が観察していると、その場所で二人は祈り始めた。そこで猫は全てを察したのである。


 祈る二人の隣に座り、並んで頭を下げる。


「ん、猫もお前の母ちゃんのこと、祈ってくれてるみたいだな。感心じゃねえか」

「……おじさん、この猫、飼いたい」

「好きにしろ。お前の部屋か外で飼え。世話はお前がしろ」

「わかった。ありがと」


 こうして、騎士であった猫は息子の飼い猫となったのである。





 やがて時がたち、息子は男爵となるため、貴族学校に入校することになった。そして、その少し前、猫は姿を消すことにした。あまりに長生きなのを魔術師も不審に思っていたが、死ぬ前に猫は姿を消すということもある。


 実際は、騎士の魂の宿った猫は『ケット・シー』となり、半妖になったため、死ななくなっていたのである。恐らくは、妻と彼の願いを神様が叶えてくれたのだろう。息子の行く末を見守りたいというささやかな願いをだ。


 猫は貴族学校へ行き、敷地の中に潜み、息子の成長を見守った。やがて、卒業した息子は屋敷を構え、男爵として王都を再建する仕事に就いた。結婚し、二人の息子が生まれた。騎士の孫である。


 その孫が跡を継ぎ、いつしか魔術師も死に、猫はただの猫になり、騎士の魂は消えかかっていた。もう随分と長い間、子供の子供の子供の子供まで見てきたのだから。


 ある時、屋敷の下の娘が森に行くので離れてついて行くことにした。そして、彼女に近づく魔狼を見かけ、彼は決死の覚悟でかぶりついたが、一閃され倒れたのである。そう、あの最初の魔狼と戦った時、彼は瀕死の重傷を負っていたのだ。並みの狼なら傷つくこともなかっただろうが、相手が悪かった。


 死にかけつつも、妖猫である彼は森の中で彼女を探した。無事な姿をみたいと願ってだ。そして、再び、彼女と猫は出会った。そのことを彼女はまるで知らない。それでいいのだ。


 騎士の魂を宿した猫、それが本当の姿なのだということを魔剣だけが知っている。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





「随分沢山倒したのね」

『はい。お役に立つと約束しておりますので』

「できれば、解体もお願いするわ」

『承知いたしました』


 猫は得意満面である。魔剣より素直で、人間の真似事もできるので他人のいない討伐・採取依頼ならなかなか頼りになる存在になるだろう。


 どうやら、狼の群に樹上から一撃離脱を繰り返したようなのだ。首筋に噛みつきそのままへし折りつつ、咥えたまま樹上に登るを繰り返したらしい……猫って怖い。


『首の骨へし折って失血死だから毛皮もダメージが少なくていいよな』

『お褒めにあずかり光栄の至り。周辺に、あと二つほど群がおりますので、今日明日にはすべて処分いたします。しばらく村も安全でしょう』

「そう、ありがとうね」


 恐らく、今日の夜にでも仕留めるのであろう。猫は夜行性であるし、夜目が利く。狼は夜行性というより薄暮に活動する。どうやら日中森のなかを移動していることを考えると、狼は人間やゴブリン狙いなのかもしれない。


 剥いだ毛皮を水魔法で洗浄し、風と火の魔法を組み合わせた温風で軽く乾かしてから魔法袋に収める。


『そういえば、武具屋で魔法袋は買わなかったよな』

「サイズが中途半端な割に、魔力を喰うので今回は諦めたわ。もう少しお金をためて、魔力の消費が少なくて収納規模の大きなものを買おうと思ったのよ」

『賢明だ。それと、その小さなサクスもいいな。それなら隠し武器になるし、俺もその形ならドレスの中に隠れられそうだ』


 長さは最初のダガー程度だが、ナイフに近い片刃のもので武器より道具に近い形状だ。


「これは、あのシリーズのおまけに下さったのよ。スクラマサクスと対になるものとしてね」


 日本刀でいう所の小柄の様なものだろうか。これなら、ドレスの下でも太もも辺りに巻き付けておける。


『2本装備できるようにしておいて、1本は俺が変化する。間違えて、投げつけるとき俺を投げるなよ』

「とっさのことですもの、わからないわね」


 じゃあ俺を内側にしろよと魔剣は念を押す。





 村に戻り、村長の家に向かうと既に宴の用意ができていたのである。村長の隣には……騎士団の小隊長であろうか、如何にもな武人風の男性がいる。簡単に挨拶を交わす。身分は騎士爵同士のようであるが、彼女は未婚の令嬢であるから、そうそう会話をするわけにいかないのが貴族の流儀である。


 乾杯をし、一通り村人に挨拶をすると、小隊長は帰っていった。


「騎士たちは村と上手くやれていますか」

「今は村の外におられるので、特に問題もございませんな。最初はお互いに接し方がわからず苦労しましたが」


 それはそうだろう。王都であれば警邏している騎士もいるし、警備で街に立つ姿も見るだろうが、王都を外れた村落や街に騎士は今まで現れることはないのだから。


「とはいえ、行商人も増えましたし、お嬢のおかげで物見遊山に来るものも増えております。宿屋と食事ができる所も必要になりそうですので、子爵様にご紹介いただいたもので村で暮らす用意のある人を招くつもりです」


 流石に村の料理をそのまま出すのは無理があるので、王都で料理人をしている者を夫婦住み込みで招く予定だ。


「昼間は食堂、朝晩は宿の食事を用意する感じで、不意のお客様でもある程度賄えるようにしたいと思っております」


 今まで民泊くらいしか対応できなかったのだが、最近は貴族の令嬢や商家の娘が頻繁にやってくるらしく、泊まるつもりのものもいたのだが、宿屋がないというと残念そうに帰るそうなのだ。


「市も定期的に開くようにして、ゆくゆくは近隣の村のものも参加できるよう続けたいと思っております」


 それはいい提案だろう。騎士団の補給は商人が絡んでいるだろうし、彼らも定期的に来るのであれば、ついでに商売もしたい。泊まれる宿もできればなおさらだろう。


「ウサギの足は確保できてるのかしら」

「おかげさまで、今のところ造った先から売れております。他にめぼしいお土産がありませんので。この先は、市が立つようであれば、もう少し考えたいと思っております」


 なんて感じで、さりげなく商魂たくましいのは、若い頃王都の水で洗われた経験があるからだろうかと彼女は思う。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★





 翌朝、早めに森に入ると、猫が出迎えてくれた。既に昨晩の間に、15頭ほど仕留めて皮も剥いであるのだそうだ。


「お疲れ様」

『いえいえ、主のためですので。それに、随分と魔力をいただきましたので、丁度いいくらいなのでございます』


 真面目くさった顔で返事をする猫である。昨日と異なるルートで採取をしつつ、猫が集めた狼の皮のある場所にいたる。再び魔法で仕上げをし、魔法袋に収めていく。昨日と合わせると20頭分の狼の毛皮である。


「チャームはウサギの足みたいな感じの加工かしらね」

『金具の頭を付けて、首から下げたり何かに括り付けられるようにするのがよろしいでしょう』

『ミスリルの金具にすれば、お前の魔力に反応して、真贋もわかるだろう。それでどうだ』


 確かに、ミスリルと鋼の合金で、ダマスカス鋼のものなら一目で自分のモノだとわかるだろうし、子爵家の紋章を入れてもらうのもいいだろう。


「武具屋さんに相談した上で、子爵家の紋章を使う許可をいただかないとね」

『それより、お前の騎士爵の紋章を作ればいいだろう』

 

 魔剣曰く、その通りである。とは言え、ゼロからいきなりは難しいので……


「子爵家の紋章の下に短剣というのはどうかしら」

『大変よろしいかと思います。子爵家を短剣で支える図でございますね』

『子爵家の紋章のどこかを弄るのがいいかと思ったが、それは簡単でいいな。それでお伺いだな』


 ということで、彼女は自分の紋章を騎士爵として届け出ることになりそうなのであった。





 その日の夜、子爵の屋敷に戻り、村の報告を当主である父にしたのち、紋章を定める件を相談すると、その場で了承してくれた。


「子爵家を支える気持ちが嬉しい。お前は家族なのだから、是非そうしなさい」


 と、王命で叙爵し別家を立てることになったとはいえ、同じ家系である事がわかる紋章を考えたことをとても喜んでくれたのである。


 翌日、早速武具屋に相談すると、金具の作成に若干時間を貰うことになりそうだが、サンプルを早急に作ることを約束してくれたのである。


「どのくらいの数、作りますか?」

「20個ほど」

「……お時間いただきたいのですが、よろしいでしょうか……」


 ダマスカス鋼の用意に時間がかかるそうで、その他の素材でサンプルを作り、その後、完成品を時間をかけて作成することで了承したのである。鋳造ならあっという間なのだろうが、見た目と複製しにくいものを作りたいと彼女は思ったので了承したのである。


「サンプルは2日後にはできると思いますので、その時にいくつか検討していただき、確定したもので数を揃えさせていただきます」

「お願いします」


 ということで、早速、狼の尾のチャームを作る準備が進んでいった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 さて、狼の尾のチャームのサンプルも完成し、仕様を決めて発注をした日の午後、子爵家の屋敷は騒然としていたのである。なぜなら……


 まさかである。婚約者候補の辺境伯家の子息自らが護衛を引き連れてやってこられたのである。子爵家は騒然とするのも当然だ。慌てて、迎える準備をし、翌日、午前中にはなんとか受け入れる用意ができた。


 玄関フロアに仕事で王都を離れている子爵以外が出迎えの為に並ぶ。


 先触れののち、旅装から訪問用の貴族らしい衣装に着替えた子息が、宿泊先から馬車で現れる。お付の侍従一人。騎士は4名ほどである。騎士たちは旅の汚れを軽くぬぐった程度で有り、着替える前は恐らく子息と侍従も同程度に薄汚れていたのであろう。


 馬車から降りた子息を見て母が息をのむ。姉も内心そうかもしれないが、そこは高位貴族の息子や夫人を相手にしてきた鉄仮面健在である。


「初めまして子爵夫人殿。ご令嬢を迎えに参りました」

「……遠路はるばる、王都へようこそ。狭い屋敷ではございますが、ご自分の別邸だと思い、お過ごしくださいませ」


 館の主である母が挨拶をする。執事が一先ず、応接室にご案内し、お茶の用意をしている。


 辺境伯令息……以下令息は、栗色のくせ毛を綺麗に整え、茶色の目の浅く日焼けをした笑顔が優しい男性である。ややイケメン程度だが、親しみが持てる雰囲気だ。つまり、夫にするなら最高な男である。


「高名な王都を守る子爵家の令嬢と縁を結べるのであれば、これほどありがたい事は無いと、父も申しております」


 ニースは元敵国側の存在であり、王都より法都に縁が多いのだ。王都への足がかりとして、古くから王に仕える家柄の子爵家はとても魅力的なのだろう。


 令息は三男で、長男が跡を継ぎ、次男は騎士団を率いる子爵家の婿に入っている。彼は、文官として長男に仕えることを考え、小さいころから領地経営や商会の商売について学んでいるのだそうだ。


「おかげで、法都の商人や社交界とはそれなりに顔が繋がります」

「それは素敵ですわね。憧れますわ」


 文化先進国であり、流行の発信地である法都の社交界は、王都の社交界でも高い関心がもたれており、旅行などで立ち寄ることのある数少ない機会を生かして法都の社交界の入口を覗いただけで、半年は茶会の話題を独占できるほどである。王都は田舎なのである。


 彼女も妹として同席しているのであるが、令息はともかく、騎士たちの視線が集まっている気がするのは気のせいではないだろう。その視線を気にしてか、令息は彼女に話しかける。


「いま王都で話題の『妖精騎士』のモデルは、あなたなのですか?」


 彼女がとても困ってしまった。嘘でも本当でもない答えを用意するしかない。


「似たようなことがあり、子爵家が代官を務める村で異常があるということで代理として村の調査に赴いた際にゴブリンの集団に村が襲われましたのは事実でごさいます」

「その時、あなたは何をしておられたのですか」


 と、令息が先を促すので、彼女はこう答えた。


「その昔、民と王都を守った御先祖様に恥じない行いをしたまででございます」


 その内容が、ゴブリンの首を刎ね飛ばすことだとは説明しなかった。



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