第143話 彼女は村人を一喝する
第143話 彼女は村人を一喝する
村の礼拝堂に辿り着くと、女性や子供が集まり炊き出しをしているのがみて取れる。兎馬車が近づくと、礼拝堂の中に入り誰かを呼ぶ声が聞こえている。
『火中の栗拾いはここじゃあ必要ないんじゃねぇの?』
「引き返すにしても事情を聴いた上でギルドに報告する義務はあるわ。殺気立っている男もいるけど、不安げな女子供に少しは安心させてあげる事も必要でしょう」
彼女は傷薬の在庫を出すように指示する。余り沢山出しても集られる可能性があるので、怪我人の様子を近くにいる女性に確認することにした。
「シャンティの冒険者ギルドから来た者です。狼に襲われたのでしょうか?」
女性は頷き、怪我人が礼拝堂の中にいるという。彼女らは薬師が何人か仲間にいるので、良ければ怪我の治療と薬を渡す用意があると伝えると、感謝の言葉を口にし、付いてくるように促した。
兎馬車に茶目栗毛、赤毛娘と黒目黒髪を残し、後のメンバーで礼拝堂に入る。そこには、床に藁を敷きその上に横たわった何人かの怪我をした男性が寝かされていた。
「き、昨日の夜、狼の番をしていた人たちが襲われて、家畜が半分ぐらいやられて、この人たちも怪我を……」
すがるような視線の女性たちと、責めるような視線の男性や老人。子供は大人の醸し出す空気を感じて不安げである。
「怪我を拝見します。傷口を良く洗浄し、化膿止と痛み止めと傷薬を塗布して綺麗な布で巻いていきます。よろしいでしょうか」
「お、お願いします」
手分けをし二人一組となり、怪我人の手当てをしていく。血が止まらず深い傷を負っているものが多く、ポーションも使わねば持たないかもしれないと彼女は判断した。
「ポーションの使用を許可します。適時、傷口に直接塗布してください」
「「「はい!!」」」
村人は高価なポーションを使ってもお金が払えないというのである。とはいえ、放っておけば傷が塞がっても満足に体が動かせなくなる可能性を考えると、使わざるを得ないと彼女は説明する。
「一本当たり相場は金貨二枚ですが、一枚で引き受けます。それは、依頼料に含めますから、足が出る分だけ領主様と相談して村と領主様でお支払いください」
「……え……」
「本来、村で手に負えない魔物の討伐は領主の仕事でしょう。陳情が遅れたとはいえ、領主の義務を果たさないのであれば、相応の負担をして頂けるよう話すべきだと思います」
村人は複雑な表情だ。領主に無駄な税金を払いたくない、自治だ特権だと騒いできたにもかかわらず、いまさらそんなことは言えないとでも考えているのだろう。
「魔物も敵国の侵略も賊の被害も守るべきは領主の仕事です。これで、領主様が知らぬ存ぜぬなら、自治をさらに求めればよい事。怪我の功名にすれば良いのです」
なるほどと思う顔、余所者が余計なことを言うなと言うような顔、領主に対し責めるような言葉を吐くもの、様々である。
「働き盛りの男性がこの後不具となる、もしくは長く寝付いて働けず家族の負担にもなれば、金貨数枚の損失では済まないでしょう。貸しておきますから、良く考えてください。もし、誰からも支払いがない場合、この依頼を中止して我々はサボア公爵領から引き揚げますのでよく考えなさい」
銭ゲバではなく、無料の奉仕はしないという宣言である。権利を主張するなら義務を果たせと言うだけの事だ。
「そ、それは困る。このままじゃ、村は狼どもに皆殺しにされる。頼むから、見捨てないでくれ」
何人かが泣き喚き始めるが、自治や特権と言うのは自分の身を自分で守る代わりに、誰からも保護してもらわずに済むという事に過ぎない。見捨てるのではなく、自分たちで人の手を借りないという事を選択した結果なのだ。
しばらくすると、村長が現れた。
「怪我人に治療をお願いする。金は必ず払う」
「村全体で負担すればそれほどの金額ではないでしょう。村が消滅するか、この場所が守れるかの瀬戸際ですもの当然ね。で、領主には連絡したのかしら」
「あ、ああ、昨日あの後も、今朝も連絡を入れたのだが……動いてくれそうもないんだ。どうすればよいだろうか……」
領主が領主として頼りにされていないのは、村にも領主にも問題があるだろう。話は聞いたが、具体的な応援は無かったという事になるだろうか。
「こちらからも使者を出します。その前に、襲われた現場と今日の夜の対策を今から行いましょう」
「……今夜も来ると……」
「おそらく。必要な分だけ家畜を食べたのでしょうが、昨日と今日では別腹でしょうから、今日も襲いに来ると思われます。人を礼拝堂周辺に集めて、男性は武装して夜は全員で礼拝堂を守ります。篝火を焚いて馬車で防護柵を作って狼の突進を防ぎましょう」
「……あんたたちはどうする……」
「家畜小屋で待ち伏せします。どの道そこを最初に狙うでしょうし、取りこぼしが抜けて人間を襲うので、それは村の人達でまとまって守り抜いてください。騎馬の突進より低く飛び込んでくるので、槍は余り上げないように。ハルバードを皆さん装備しているでしょうから、受けとめたらそれで腹を裂くか口の中に叩き込むしかないでしょう。噛まれても良いように、腕は布や藁束でグルグル巻きにしてください」
村長以下村人は怪我の処置を終えた者から、家に武具を取りに帰り、馬車と篝火の準備をし始める。お湯を沸かし、清潔な布を割いて包帯の準備をする。礼拝堂の窓は外から板をはり窓から飛び込めないようにバリケードを作る。
「油球チームを礼拝堂の防御に回した方が良いですよね」
「そうね、弓と油球、鐘楼待機して上から狙い撃ちする方が効果的ね」
「……久しぶりに狙撃できる。ちょっと楽しみ」
赤目銀髪が狼を倒す気満々なのだが、礼拝堂が囲まれた時点で彼女たちの不利確定なのだがその辺りはどう考えているのだろうか。
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魔物に襲われた村に、伯姪と前伯が到着する。村の対応を確認し領主とギルドに救援要請を行う事を伝える。
「ギルドも間に合わんだろうな。足も人も足らない。領主なら、自前の騎士を出す事も可能だろう。ギルドには書面で報告、その足で領主の城館に行ってケツを蹴り飛ばそうかの」
「……同行をお願いできますでしょうか」
馬を借り、彼女と前伯は二人でシャンティの公爵家へと馬首を向けることにする。その場の指揮は伯姪に一任。赤目銀髪、碧目栗毛、藍目水髪は鐘楼班。黒目黒髪と赤毛娘、赤目蒼髪と青目蒼髪のペア、茶目栗毛と伯姪のツーマンセルで家畜小屋に前哨砦を築く。兎馬車は1台だけそこに配置し、最悪は結界を展開し、礼拝堂まで後退することにする。けが人が出た場合などだ。
「任せておきなさい。早くしないと、いいところ残ってないかもしれないからね!」
「早く戻るようにするわ。勿論、応援を連れてね」
ジジマッチョと二人、馬を飛ばし街を目指す。
ギルドでは村が既に『魔狼』を含む狼の群れに襲われ被害が出ていること、更に今晩も再度の襲撃が予想されることを伝える。冒険者に追加の討伐依頼を出し、可能であれば夕方までに村へ送り出して欲しいと伝えるが、恐らく冒険者は誰も現れないだろう。
「では、参りましょうか」
「……騎士の衣装に着替えていこうか。門前払いされぬためにな」
公爵家の城館の入口で冒険者然とした姿では見咎められると考えた前伯の提案に、彼女は頷くことにした。
ギルドから城館までは数分の距離、門衛に「先のニース辺境伯が火急の用事で罷り越した!」と大音声で馬上から一喝する。迫力に負けた門衛が道を開け、騎乗のまま城館入口まで乗り付ける。
「恐れ入ります、面談のご予定は」
侍従が鎧姿の前伯に恐れながらと話しかけてくる。馬は、馬番が素早く手綱を受け取ってくれた。
「領内の村が『魔狼』の群れに襲われて難儀をしておる。昨晩も今朝も使者を送ったそうだが、公爵家からは梨のつぶてと聞く。縁あって村に立ち寄ったところ助けを求められて、事情を聴きに来たのだが。公爵は御在所か!!」
敷地の中に響き渡るひと際大きな声に、扉の向こうがざわざわとしている事が漏れ伝わってくる。
「こちらは、王国騎士にしてリリアル学院の院長を兼ねるリリアル男爵だ。男爵の手のものが怪我人や狼の群れの対応をしてくださっている。領主であるサボア公が何もしないのは貴族としての役割をなにも果たしていないと……王家に伝わるやもしれぬ。大いに恥じるべし!!」
扉が振るえるほどの大音声は、魔力を込めたものであり、恐らくはシャベリの街はおろか周辺の村まで響き渡っている事だろう。手加減なしである。
待つこと数分、中から執事らしき男が数人の侍従を連れ現れた。
「辺境伯様、ご無沙汰しております。主は奥にてお待ちしております。こちらは……」
「リリアル男爵だ。同道をお願いしている。儂の孫の義妹でもある」
「……さようでございますか。では、こちらへどうぞ……」
剣を預かることもなく、二人を奥に導く執事。年齢は彼女の父と同世代であろうか。いくつかの回廊を行き過ぎ、階段を上りかなり奥まったところに案内される。
『対策用って事か。随分と物々しくするじゃねぇか』
「いきなり押しかければ警戒もするでしょう。私だけなら門前払いだったでしょうね。前伯様には感謝しなくてはね」
大音声が公爵に聞こえ、案内することになったのだろうことは容易に推察できる。
部屋に入ると、公爵は辺境伯を立って出迎える。元は伯爵家同士であり、父親と
同世代の老騎士に敬意を評したと見える。
「ご無沙汰しております叔父上様」
「しばらく見ぬうちに立派に……とは言いにくいな。早速だが、話は聞いているか」
「……は、はい。配下の騎士団に援軍を命じておりますが、何分、急なことゆえ一両日中には……」
今夜にも村は滅亡するかもしれないというのに、明日や明後日に騎士を派遣して何になるというのだろうか。眠たい事言うなと彼女は内心思っている。
「公爵、リリアル男爵だ。今回、配下の者と共に村の魔物退治の依頼を受けておる。今朝ほども、村に入って怪我人の手当てなどしてくれておる」
「それはありがたい。私からも礼を言わせてもらいたい」
彼女は一礼し「勿体なきお言葉」と言ったのち……「されど……」とつなげる。
「公爵閣下、村長が公爵家への援軍要請、魔物討伐の願い出を憚っていたことは御存知でしょうか」
「……いや、初めて聞いた」
彼女は、自治だ特権だと公爵家に要求した手前、相反することになる願いを申し出ることができなくなったと伝える。とは言え、領民を守ってこその貴族であり、貴族としての在り方が問われるのは公爵自身なのである。
「私のような末席の貴族も国王陛下も等しく貴族たるもの騎士なのです。騎士は戦士を束ねる存在であり、戦士は民から税を対価に守るために存在するのではないでしょうか。高貴な身分の閣下と言えど、一つの村を任されるだけの騎士とあるべき姿はそう変わりません」
周りの側近らしき貴族の子弟らしき者が殺気立つ。とは言え、前伯の手前大きな声を上げることはできない。怖いから。
「今、一人の騎士も公爵家から向かわねば、魔物に襲われるのみならず、領内の郷村全てが閣下の騎士としての在り方に疑念を生じますでしょう」
願わくば、御自ら我らとともに村に向かうべし……彼女が伝えたいのはこの事なのだ。
「公爵自ら村を守るために向かうとなれば、周りも変わるのではないかな。亡き友の息子とともに、轡を並べ魔物討伐をするのも悪くない。どうじゃ、儂と共に村に向かわぬか。そなたが村に現れたときの村人の喜ぶ顔を見たいと思わぬか」
ざわざわと心が騒ぎ立てる様子が見て取れる公爵。側近は、止めたい様なのだが、口に出すことができない。サボア公領内において公爵家が求心力を失いつつあるのは自明であり、それを加速させることは表立って口にできないからだ。
恐らく、自分たちの家からは「公爵になるべく仕事をさせるな」と言った指示が出ているのであろう。領民と公爵の距離が開くほど、配下の貴族たちはうま味があるからだ。婚姻によって形成された緩衝地としてのサボア公国は、公爵自ら求心力を作り出さねば、周辺から切り取られるか領内で独立的な動きをする郷村や都市、貴族が生まれてくるのは仕方のない事なのだ。
結果、緩衝地帯としての機能を失い、南都の目と鼻の先に帝国領が現れる可能性もある。公爵にはそろそろ気が付いていただかねば、取り返しのつかないことになるだろう。
「で、では共に参りましょう叔父上様」
「なっ、閣下なりません。供回りも揃えずに魔物狩りに加わるなど」
慌てた側近が公爵の言葉を遮るように言葉を発するが、彼女が被せるように答える。
「問題ありませんわ。リリアルの手の者と前伯様で閣下をお守りすることは可能です。私は『妖精騎士』と呼ばれるリリアル男爵ですもの」
公爵はハッとして彼女の顔を見る。美少年のように見えるその容姿は確かに吟遊詩人が歌う麗人の姿である。黒目黒髪に妖精の如きスラリとした姿。腰には古風な片刃剣を佩いている。
「『妖精騎士』とニース前辺境伯様と共に出陣となれば、村のものたちも勇気づけられるであろう。今でられる者だけで構わぬ、一人でも二人でも余について参れ!!」
まだ少年の面影の残る若き公爵は、鎧を身に着け騎士の姿となる。おっつけ従者たちも軽装の鎧を身に着け、馬の轡を捉え、公爵閣下の旗を持つ者、更に槍持ちを携え、十数人の供回りが公爵の城館前に揃う事になる。
『なんだよ、これで十分対応できるじゃねぇか。何やってんだよここの近侍ども』
『魔剣』が呟くのも無理はない。とは言え、公爵自身が強い意志を示さなかった事も怠慢を則していたのは否めないだろう。
野営の支度を整える後発の荷駄を待つことなく、公爵と彼女たちは『魔狼』に襲われた村に発つことができた。既に、日は傾きつつあり、暗くなる前に村に到着できるかどうかは微妙なところとなっている。
松明の用意も成されており、夕闇迫る街道を走る公爵は少々上気した顔をしている。
「男爵は討伐に慣れているのか?」
「冒険者としても、騎士としても王都周辺ではそれなりに経験があります」
「ははっ、ゴブリンジェネラルを単騎で倒すほどの者が、それなりとは恐れ入る」
公爵は「それほどの……」と感心しているが、彼女自身の経験は十三歳の時のものであり、クラーケン退治辺りの方が個人的には危険度が高かった。
「我が子爵家は、王都を守るための騎士の家系です。王都の民を守るために、魔物を討伐するのは当然です」
「……騎士ならば当然……耳が痛い話だ」
王も公爵も男爵も、すべからく貴族は「騎士」なのである。その事を忘れ、身分が貴いなどと民を見下すようなものに「騎士」を名乗る資格はない。彼女は公爵が決して悪い人間だとは思えなかったが、少々世間知らずなのだと感じていた。
『ジジイに叩きなおしてもらうのが良いだろう。本人多分その気だぞ』
『魔剣』の呟きに、また巻き込まれそうな予感のする彼女であった。