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『妖精騎士の物語 』 少女は世界を変える  作者: ペルスネージュ
『サボア公国』

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第142話 彼女は『魔狼』の群れを見つける

第142話 彼女は『魔狼』の群れを見つける


 高山に住む狼は、体の大きいものが多い。寒さに耐えるために体を大きくする事の多い動物の特性ゆえだろうか。サボア領内は余り狩に関しての領主の規制がない為、狼や熊が繁殖するまでは猟師にとっては良い狩場であったという。


「ここ数年……今の領主様になってから増え始めた気がする。特に『魔狼』はそれまでいなかったんだ」

「……元々いなかった。熊に関してはどうでしょうか」


 村の古老の一人である足を痛めた老狩人は『魔熊』は最近初めて見かけるようになった。白い熊で頭一つ並の熊より大きいのだという。猟師の中にも挑んだものがいたのだが、返り討ちに会うか仕留めることができずに見失うかのどちらかであり、白い熊を見かけたら逃げるというのがこの辺りのに住む人間にとっては当たり前の行動になっているのだという。


「矢も槍も通さねぇ化け物のように強い熊だ」

「実際見たことは?」

「俺はねぇ。見かけるのは、この裏の山周辺で、どこかに大きな巣を構えているんじゃねえかなと思う。それから、熊も増え始めて最初は子熊ばかりなので油断していたんだが、どんどん増えている気がする。魔熊がいるせいで山奥には人が入らなくなって、狼も増え始めた気がする」


 狼の群れが山の中に住んでいることは知っているが、それまでは里に下りてくる事はまずなかったのだという。


「ノロシカを見かけなくなって、最近は鹿もめっきりこの辺では見かけなくなった。狼や熊に食い尽くされたのかもしれねぇな」


 狼は一日あたり数㎏の肉を必要とする。それが群れともなれば1年で数十頭の鹿を狩らねばならないだろう。狼が増え鹿が減ればその流れは急激に加速する。今は、森の中の動物だけで群れが支えられなくなっているのだろう。


「狼をそれまでは狩っていなかったのでしょうか?」


 老狩人をはじめ、村長や集まった人々は言いにくそうにしている。


「前の領主様の時は、会合があってな……」


 村長曰く、山を囲む村々で共同で山狩りのような事をし、山が荒れないように狼や猪などを狩るようにしていたのだという。猪は里に近い場所に現れる事が多く、落とし穴などの罠で狩ることもでき、また肉も食用になるので問題無く今でも村の周辺で駆除できているのだというのだが、狼はそうではないので森の中で増えてしまい現状となっているのだという。


「会合は何故開かれなくなったのでしょうか」

「……込み入った話はできねぇけど、領主様が当てにならねぇし、俺たちは俺たちで自主的に村を運営する為に色々要望を上げている。そうすると、話し合いで領主様を中心にってのは難しくなっちまったんだよ」


 独立して自治を要求する手前、領主が中心となって共同で害獣退治をするという話を持ち出しにくいという事なのだろう。結果、頭の上の蠅を払うような行為を続け群れの退治を押し付け合った結果、この村が『魔狼』の群れに襲われる危険性があるという事なのだろう。





 平地にある王都近郊の村であれば、村の周囲を木柵で囲み濠を巡らせるなり川をうまく利用して攻められにくくするのが当たり前なのだが、谷筋に沿って村が形成されているようなこの地域では外敵の侵入もあまりなく、主要な街道から外れていることもあり、家畜を囲う柵以上の物は存在しない。


 また、村も堅牢な建物は教会くらいであり、村人全員が立て籠もれるほどの規模でもない。村に入り込まれる前に討伐をする方が好ましい。問題は、大規模な群れが存在するとして、この人数では相手にできないだろうという事だ。


「……まずは痕跡探しから……」

「ええ、その通りね。最初に、素材採取を済ませてしまいましょう。出来ればポーションの素材も確保して宿で追加で作り込みしておく方が賢明ね」

「「「はい!」」」


 狼や熊の討伐で怪我人が頻出する可能性も考え、多少の余裕が必要だろう。ギルドや村で求められる可能性もある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 森に人が入らなくなって久しいのであろうか、素材の採取はとても簡単に進んでいった。村人が換金目的で採取して街に売りに行っていたことも絶えて久しいのかもしれない。


「なんか、このくらい沢山生えていると嬉しくなりますね」


 日頃はクールビューティー風の赤目蒼髪も現金な目になっている。周辺の狼の痕跡を『猫』と赤目銀髪に探らせている。熊討伐の村より高度が低く森が近いのが今回の依頼の村なので、森の中に狼の巡回路でもできていないかと確認中なのである。


「鹿と狼の比率ってどのくらいなんでしょうね」

「私の知るところでは,鹿千頭に対して狼が五から二十の間と言われているわ」


 鹿一頭で狼が二週間程度生きられるとして、一年で二十六頭が必要となる。狼は鹿ばかり食しているわけではないのだが、群れで狩るなら大きな動物とである鹿が適切だろう。


「その数が鹿が減って狼が増えたんで……鹿じゃ足らなくなっているってことなんでしょうね」

「狼が自然増なのか、人為的な増加なのかは分からないけれど、そうでしょうね」

「え……自然じゃないって……」

「『魔狼』を放って狼の群れを強化する……ということも不可能ではないわ。帝国・山国・法国と接する係争地でしょう? 村は領主から自立したがっていてそれぞれがバラバラになりつつある。付け入るスキだらけでしょう」


 連合王国がルーンで何かしていたように、サボアにおいても工作がなされている可能性は十分にある。法国・帝国南部に介入する際、王国が橋頭保としているのはサボア公国領であるから当然なのだ。とはいえ、いまの南都の状況を見ても先代の国王が行った外征のような事を考えているとはとても思えず、

その為に南都もサボア公国も弱体化し付け入る隙を与えているとも考えられる。


『まあ、南都には魔導騎士の中隊が展開しているから、一週間も城を守って貰えればシャベリの防衛は十分可能だろう。トレノは……難しいけどな』


 大山脈を挟んで東西に分断されるサボア公領はトレノに関して防衛はかなり困難であると言える。今の段階で法国内に求心力の高い国は存在しないものの、連合して王国に敵対する、もしくは帝国と共同で王国を攻めるとなればトレノは早々に失陥するだろう。


『考えるべきなのはサボア公爵であって俺でもお前でもねえからな。まあ、どう考えているのか、聞いてみたい気はする』


 その辺りはジジマッチョの仕事の範囲となるのだろう。





 赤目銀髪と『猫』が戻ってきた。狼の足跡は多数見つかり、その中でも魔狼と思わしき大型の足跡が複数あるようだった。


「魔狼多そう……」

『ゴブリンは同行していないでしょうな。そもそも、ゴブリンに従う魔狼ならゴブリンの群れが主でしょう。ゴブリンが住む様子はありません』


 狼の群れは凡そ五十頭の規模……通常の番とその子供による小規模の群れを超えて複数の群れを統合しているようだ。恐らく、『魔狼』が支配下に置いた数個の群れの群体なのだろう。


「あの程度の村なら一飲みかも知れないわね」

「……かなり危険。新しい足跡は森の外縁まで群れで移動してきている。襲われる時期は遠くない……」


 彼女たちだけで討伐するのはかなりリスキーだと思われる。それに……


「領主に救援要請も必要かもしれないわね。まずは村に戻って現状報告。素材採取が終わっているから、一旦領都に戻って全体で討伐依頼を遂行する形に変える必要があるでしょう」


 彼女たちは森を引き上げると、一旦、依頼を受けた村に戻り説明を行うことにした。





 村長は大いに驚いたものの「討伐依頼を達成してもらいたい」と重ねて伝え始めた。


「……難しいでしょう。五十頭の群れの中に『魔狼』も含まれます。森の中で討伐するのは困難ですし、村を襲うタイミングで迎え撃つとしても護りを固める時間がありません。山村は防御施設がありませんから、個々の家を破壊されて、山際から順に襲われて殺されてしまいます」

「そこをなんとか……」

「できないことをできないという事も冒険者としての仕事です。何故、領主に頼まないのですか。害獣による被害から領民を守ることも領主の仕事でしょう。私たちからは伝えられませんから、村の皆さんで話し合ってください」


 今日は一旦引き上げること、篝火を森と村の入口の境目に建て見張りを付けること。早急に領主に相談をすること。可能であればしばらく放牧を中止することなど判断すべきことは沢山ある。


『俺たちは兎馬車を防御陣地代わりにして襲ってくる狼を狩る感じだろうな』

「ええ、村全体を守るのは依頼の範囲外ですもの。狼を討伐すれば依頼は達成扱いになるわ。分を超えた仕事を王都以外でするつもりは私にはないから問題ないでしょう」


 リリアル男爵は王家と王都とその民を守るために存在するのであって、サボアの自主独立を目指す村人の為には冒険者の依頼の範囲外でびた一文仕事をするつもりは無い。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ギルドに素材採取の依頼達成を報告し、『狼討伐』に関しての経過報告を行う事にした。冒険者の扱える範囲を超えていること、狼を討伐は可能だが村の防衛は不可能であり依頼の埒外である事。村の防衛に関しては村と領主で話し合うべきことを提言して一旦引き上げてきたことを告げる。


「明日、改めて村に向かいますが、「狼討伐」は達成できると思いますけれど、村には被害が出ると思いますのでご容赦ください」

「……え……」


 今回の遠征に加わっているメンバーは精鋭とはいえ十人に前伯が加わる。少数の強力な魔物なら対応できるが、複数の群れを支配下に置いた『魔狼』なら、群れごとを村に突入させる可能が高い。その場合、二つのパーティーで村を守ることは難しいのだから当然だ。


 受付嬢は一旦、奥に下がると再び現れて「ギルマスからお話があります」と言う。言われることは想像がつくので、即断る。


「私たちは王都の冒険者です。この街は王国から半独立のサボア公国のギルドですね。私たちに強制する権利はないでしょうし、あまり良いお話とは思えませんのでお断りします。領主様からの協力要請なら聞くだけは聞かせていただきますので、宿までご連絡ください」


 では、と断りを入れ、彼女たちはギルドを後にした。





「……というわけで、かなり危険な状態ね」

「そうなのね。恐らく、こちらの依頼も同じ群れだと思うわ。話はそこまで進めることはできなかったけれど……明日、同じ話を向こうの村でもしてみるわ」

「ええ、冒険者のパーティーで対応できる枠を超えているし、領主がやるべき仕事を格安で引き受ける事は無いと思うので、襲われるの待ちで行こうかと思うわ」


 そこに、前伯も加わり、話は『魔熊』も『魔狼』も敵がサボア領を混乱させるために放った可能性について言及することになる。


「儂も聞いた話じゃが、『魔物使い』というものが存在するようだ」

「魔物と意思疎通ができる存在でしょうか」

「恐らくは小さなころから育てて自分に慣らさせたものを使役するのじゃろう。象や虎でも子供の頃から育てればある程度は人間の命令に従う。魔物でも出来る者がおるという事だ」


 と考えると、群れを率いる『魔狼』を従えている人間が命令させていると考えて良いだろう。能力としては野伏のようなものも兼ね備えていると考えていいのかもしれない。


「公爵に話が伝われば動くだろうか。伝わればだがな」

「伝わらない可能性があるという事でしょうかお爺様」


 前伯曰く、恐らく対応するのは文官で村長程度だと大した権限・見識を持たない人間が対応するだろうという。


「日頃、特権だ自治だと叫んでいる村が一つ魔物に潰されれば、本来の領主の持つ武力の大切さに気が付くから、そこまで放っておけと上は判断する。騎士団が出るなら、領主を通さねばならないだろうし、簡単にはそうなる事は無いだろうな」


 日頃から、辺境の村と交流を密にしているニース辺境伯領であるから、魔物の討伐などを定期的にこなすことができる。村は法国からの越境攻撃や魔物の討伐を行ってもらい、その保護下に入る方が自治や特権より大切だと肌身に感じているのである。長年、二国の最前線として争いが頻発していた辺境伯領

と、棚ボタの結婚で二つの領地が一つになり、戦争が発生した場合も通過点としか機能していないサボア公国領とでは真剣みが異なる。


 特に、今回の山村は街道からも離れており、外国の軍隊や盗賊より尾根を越えた隣の谷筋の集落がよほど敵対する勢力なのだ。領主を頼る度合いも意識もニース領とは全く異なる。


「言葉で教えることは難しいだろうな。ある程度痛い目に合わねばな」


 冷たいようだが、身に染みて領主と領民の関係を再構築することなしに、この討伐は成功させることはできないだろうと前伯は言う。


「とにかく、明日は依頼の村に皆で行って状況確認かしらね」

「それと、あなたは先触れに、今日伺った村へ同じ内容を村長さんたちに伝える方が良いと思うわ」

「そうするつもり。向こうは話を聞いてくれそうだけどね。森から近いのはそっちだから、多分先に襲われるのはあなたの行った村でしょうからね」


 伯姪は途中まで同行し、兎馬車で別行動をすることになる。同行するのは前伯であり、理由は少女より年配の騎士の発言を村人は重く見るだろうという計算である。





 翌朝、早目の朝食を終え日が昇る前に村に着くように移動を開始する。1台に九人乗るのは難しいので、別れてからは魔力中大組は交互に身体強化をして走ることにした。ちょっとしたウォーミングアップになるだろう。


 村の境界に入ると、既におかしな空気が漂っていることに気が付く。


『ああ、間に合わなかったかもな』

「全滅、と言うほどの被害ではなさそうだけれど、無傷ではないわね。家畜と警戒していた人が何人か駄目だったかもしれないわね」


 不穏な空気の中、兎馬車が村に入ってくると、武装した村人がゾロゾロと家から出てくるのが見える。


「女性は全員兎馬車に乗車。結界を展開して馬車を守りなさい」

「は、はい」


 弓を構える赤目銀髪に、御者を務める藍目水髪。小動物のように震える碧目栗毛にメイスを構える赤毛娘。黒目黒髪は結界を馬車全体に展開中だ。


「先生、どうしますか」

「先ずは村長に話を聞きましょう。八つ当たりされるなら相手になるしかないわね」

「……不殺で」

「だよな、殺すのは簡単だが後々問題になるからな」


 茶目栗毛が確認し、青目蒼髪は同意する。彼女は貴族であるから、不埒な行為に関しては頑として対応する気満々なのであるが。


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