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第139話 彼女はサボア公国についての依頼を受ける

第五幕『サボア公国』


 南都の冒険者ギルド経由で王国の保護国である隣地の『サボア公国』公都の冒険者ギルドから魔物討伐の依頼を受ける彼女たちリリアル一行。若きサボア公はお飾りの君主のようであり、前伯の希望もあり討伐を請け負うことにする。

第139話 彼女はサボア公国についての依頼を受ける


 サボア公国は現在のところ王国の保護国扱いとなっているが、先代の国王の時代の外征で法国の支配から奪い取った公爵領でもある。独立させている理由は、侵略された場合、王国が援軍という名目で出兵し、周辺国に対して工作しやすくする故だ。


 南都からも程遠く、独自の軍事力で守ることのできるニース辺境伯領と異なり、サボアは自力で守り切ることができない。故にあえて独立国として扱い、万が一の時は切捨ても止む無しという事にと考えられているのだろう。


『歴史も文化もある街ではあるが、小さいな首都はシャベリ』


 これまで訪れたことのある街の中では断然小さい。ニースの数分の一であり、古の帝国時代においては交通の要衝であった場所なのだが、帝国が崩壊し小国が乱立しやがて王国や帝国にまとまり始めると、

取り残された場所となったからであろうか。街と比べ不釣り合いに大きな城館が歴史的な背景を物語っているのだろうか。


『後詰の無い城は脆いものですから。ガイア城も半年程度しか持ちませんから。民を抱えて包囲された時点で降伏するしかないでしょう』


 自分の意思に関わらず、中立も保てないので仕方なく大国に従う国なのだろう。


 ギルドに向かう前、朝食を六人でとりつつ、前伯は彼女に今日ギルドであるだろう相談事に関して自身の予想を伝える。


「今代のサボア公爵は、儂の戦友の老いてからできた息子でな、小さいころから面識がある。法国と王国で国が異なる時期もあったが、助け合ってきた仲なのだ。故に、儂だけでなんとかできるなら何とかしたいのだが……手を貸してはもらえぬだろうか」


 求心力を失いつつある公爵家に領地の集落は山国の自主独立的な活動の影響を受け、領主から自治権を獲得するための活動を盛んにしている。ここで、魔物討伐すら領民任せであれば、公爵家の権威は地に落ちることになる。


 その影響は西の王太子領、南のニース辺境伯領にも悪い影響を与えるだろう。 姉の義祖父であり、彼女自身も世話になっている前伯の頼みを断る理由を彼女は見つけることができなかった。


「ええ、行きましょう。姉さんたちはここでお別れね。先にニースで嫁の仕事を果たしてもらいましょうか」

「うー お姉ちゃんも冒険したいんだけどー しょうがないね。義実家も大事にしないとね。それに……ニースの料理はおいしいから楽しみだよー」


 確かに、乳製品は美味しいのだ、シェラ山系の食事は余りバリエーションがなく、貴族の食生活に慣れている姉には少々物足りないのだろう。





 朝食を終えたのち、南都の冒険者ギルドには彼女と伯姪に前伯が訪れていた。受付嬢が昨日の出来事から顔面蒼白になりつつ即座に奥の部屋にご案内……


「……何か怯えているようなのだけれど」

「昨日の殺気がよほど恐ろしかったのでしょうね。でも、上位の冒険者にあの言い方は失礼であったから、当然の反応だと思うわ」


 彼女は『薄青』の冒険者であり、南都のギルドには存在しない上位の冒険者なのだ。一つ下の『濃赤』から一流の冒険者扱いであり、一つ上の『濃青』は国内に指の数ほどしか存在しない。


「リリアル男爵がこんなに可愛らしい令嬢とは思いもよらぬからな」


 前伯が揶揄うように相槌を打つ。新しく叙爵された男爵としては当然最年少であり、現在王国内最年少の男爵である。爵位を継ぐ者が未成年で後見人を付けてという場合もあるのだが、王国では爵位は原則成人後でなければ継げない。後見人をつけて数年空白位のままの貴族も存在する。


「成人した当主が不在の場合、参陣できぬから昔なら未亡人に親族から成人した男子を婿に迎え入れて強引に爵位を継がせたものだが、今は平和だからそれも可能なのだがな」


 戦争で当主も次代も全て戦死というケースもあるので、妥当な対応なのだ。


「成人してはいるものの、サボア公は二人とさして年が変わらんし、頼れる側近もおらんのだろうな」


 求心力を失い続けてきた境目の小国は王国派と法国派に勢力が二分されているとも聞く。後継者候補が二人となれば、国を分ける争いになりかねないほどなのだという。


 通された部屋では姿勢を正したギルマスが直立不動で出迎えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 予想通り、サボアの領都の冒険者ギルド支部に彼女らが向かって欲しいという内容がギルマスからの願い事であった。


「詳細を伺えますでしょうか」

「……未確認の魔物の調査と可能であれば討伐……という事になりそうです」


 どこかで受けた依頼にそっくりである。予想通り、サボア公爵家の騎士団では調査が継続できず、実際、領内の村落からは抗議の陳情が相次いでおり、サボア支部に所属する冒険者を向かわせようにも指名依頼できるレベルの冒険者が存在しない為、どうもならなくなって南都支部に泣きついてきたというのが事の発端なのだという。


 とはいえ、南都支部も王都に依頼するほど調査を行う冒険者に不足していたので、サボア支部には不可能と回答していたのだが、今回のリリアルの調査完了を見て依頼したいという事なのである。


「その前に、質問なのですが……昇格試験の為の依頼には出来なかったのでしょうか」

「おっ……」


 ギルマス……指名依頼は不可能でも、昇格試験で濃黄等級程度であれば難しくない調査依頼であったと思われる。どうやら、ギルド支部自体も所属する冒険者同様弛緩しているようだ。盗賊被害にでも合えばいいのに。


「……で、ですがちょーど昇格試験のために依頼できる冒険者がおりませんので、実績あるリリアル様に是非ともお願いしたいのでございます」

「……王国に帰属しているサボア公の立場を守るために協力しろと」

「そ、そのような意味もございますでしょうか……」


 南都が王領であり、サボア公から直接王家に救援依頼をするような内容ではないものの、ギルド間で問題を棚上げしていれば、最終的に王家と公爵家の間に齟齬を発生させるだろう。彼女は溜息をつき「承知しました。詳細はサボア支部で伺いますので、紹介状を作成してください」と伝える。


「アリーよ、儂も付き合う。問題があれば、ニース辺境伯も協力させよう」

「……ありがとうございます……」


 ある意味梯子を外され、彼女は受け入れざるを得ないのである。サボア領の問題も勿論だが、この弛緩した南都の空気をどうにかする必要もあるのではないかと彼女は感じていた。





 姉と令息に前伯夫人はそのままニース領に向かう事になり、彼女と伯姪に前伯が兎馬車で依頼の村に移動することになった。


「おお、馬車とは思えぬ速さと乗り心地だな!!」


 ヒャッハー! と叫びだしかねないジジマッチョは、自分の豊富な魔力を駆使し、現在ノーブルに向けての街道を爆走中である。いい年した暴走族が現れた!!


「お爺様……それほど楽しいのであれば、馬車を発注してはいかがでしょうか」

「……おお、それは良い考えだな。馬で走るよりも早く多数の騎士を移動させることができれば、盗賊討伐や追跡に有効に使えるな」


 いやいや、どう考えても自分が乗り回したいだけではないかと思わないでもないのだが、村で待つ老土夫とジジマッチョが直接交渉するのも見てみたいきがする。濃い爺様同士どういうやり取りが為されるのか興味がある。


 結局、二時間と経たずに三人は村へと到着した。兎馬車の戻りに気が付いたリリアル生たちがワラワラと集まってくる。どうやら、打ち上げは今日に延期されていたようで、準備を終え今か今かと二人の帰りの待ちわびていたようなのである。


「お帰りなさい先生……そのお爺さんは……前の辺境伯様?」


 赤毛娘が問いかけると、ジジマッチョがサムズアップで答える。おおっ、とざわめく学院生たち。


「この後、旅に同行させてもらう事になる」

「え、どういう事でしょうか?」


 集まってきたリリアル生に、彼女から南都の冒険者ギルドから追加の調査依頼を受けたことを告げる。


「ノーブル領の北にあるサボア公国のギルドから調査依頼を受けているの。ここと同じ、未確認の魔物が徘徊しているそうなの」

「なので、ここから討伐組はサボア公国に移動することになるのよ。勿論、今日は打ち上げするわよ!!」

「「「「おぉー!!」」」」


 さて、サボア領に向かうメンバーとここで採取を終えて王都に帰還するメンバーで分けるべきかと彼女は考えている。薬師娘や老土夫に癖毛、それに魔力小の魔術師娘たちはそろそろ体力的にも仕事内容的にも限界だろう。一旦、南都まで1台の兎馬車で六人が移動し、ニース商会の南都支店に預けてあるもう一台と二台で王都に帰還してもらう。兎馬車二台でそれ以外のメンバーを移動させるのは少々狭いようであるが、行った先では兎馬車を預けてしまうので、実際はそこまで問題でもないだろう。


 と考えていると……


「なんだ貴様か!!」

「おお、まだ生きておったか、くたばり損ないが!!」

「そりゃこっちのセリフじゃ!!」


 ガハハと笑いながら互いに背中をバンバンと叩き合う老土夫と前伯……どうやら、以前から騎士と鍛冶師として付き合いがある関係らしい。


「おお、そういえば馬車に惚れてしまっての。儂の一台作って欲しいのだが」

「ま、王妃様に献上する前に、お前の草臥れた体でも問題ないかどうか試作するのも悪くないかもしれんな。引き受けてやる。だが、高いぞ」

「問題ない。何なら、鉄板挟んで重装甲の馬車でも構わんぞ。魔力である程度性能が改善できるのなら重くても構わん」

「色々試してみようかの。貴族用の箱馬車ではそれなりに魔力消費も多くなりそうだな。御者が……」


 何やらすっかり魔装馬車の話に進みつつあるようで、彼女は老人二人を放置し、今後の予定について皆に話をすることにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「では、男爵様。リリアル学院への留学の件、孫娘をよろしくお願いいたします」

「次の年度に席を用意しておきます。薬師の勉強ですが、半年ほど滞在して貰い、村の生活を改善するための良い機会としてください」

「はい! 読み書き計算の勉強を進めておきます。よろしくお願いします!!」


 一晩が開け、討伐の打ち上げの宴が行われる中、村長から「孫娘をリリアルに是非入学させたい」と申し出があり、今後の水晶採取に協力することと、継続してリリアル学院と交流するという前提で、孫娘を受け入れることにしたのである。


 とはいえ、読み書きが満足にできないようでは折角の機会も生かしきれないので、半年は村で勉強を進め、その後リリアルで薬師の勉強をすることとした。薬師だけでなく、帳簿・契約関係も勉強できればニースの出張所を村に設け職員とすることも視野に入れたいと考えている。


 行商のついでに水晶の定期的な買取ができれば、村とリリアル・ニース商会との関係も密になるだろう。そこに、村長の孫娘が関われば太いパイプとなる。


「年寄りの冷や水とは思うが、主とアリーにバルディッシュを預けておく。討伐で活かせるなら活かせ」

「おお、これは面白い斧じゃな。魔銀製……いや魔銀鍍金か。面白い、これで魔物も真っ二つにしてくれよう、ガハハハッ!!」


 ほんと、血の気の多い年寄りどもである。


「では先生、先に学院に戻らせていただきます」

「道中気を付けてね。無理をせず、それと周囲の監視も十分にすること」

「俺が走査しながら走るから大丈夫。ジジイもいるし大丈夫だよ」


 癖毛が唯一の大魔力保有者なので、帰りは張り切りモードなのかもしれない。今回の旅で薬師娘たちとも意思の疎通ができるようになり、なんとなく和気藹々とした雰囲気となっている。悪くない傾向だろう。


「では、リリアルでまた会いましょう」

「「ではでは~」」


 討伐部隊はサボア公爵領の領都シャベリへ、採取部隊は南都経由でリリアル学院へ向かうのである。





 その日の午後早く、彼女たちはシャベリの街へと到着した。最初から南都からの紹介状を見せて話を進めるより、流れ者の冒険者として稼ぎに来たという態で依頼を受けてみることにする。


 シャベリの街はあまり大きくはなく、城館と大聖堂が大きく、機能的に宿屋や商店などが立ち並んでいる街であった。ある意味、最初からコンパクトに機能を充実させ周辺の集落の人間に利用してもらうための街という態なのだ。


 にもかかわらず、あまり人の出入りが多いとは思えない街の空気である。


「なんだか、寂しい街ね」


 王都南都と比べれば当然だが、ニースにレンヌにルーンも含め今までで一番寂しい領都であることは間違いない。火が消えたような……とでも表現すればいいだろうか。前伯が彼女と伯姪にサボアについて説明する。


「サボア公国はサボア伯爵とトレノ辺境伯の女伯が結婚して公爵領になった経緯がある。サボアの街は小さく整っている交通の要衝を守る城塞都市、トレノは法国で四番目の大都市で帝国・山国との貿易の大動脈、どちらが発展しているかわかるじゃろ?」


 サボア家の発祥の地である故にシャベリに公爵は住んでいる。都市の規模としてはトレノはシャベリの十倍近い規模なのだ。


「遷都する可能性もあるとか」

「そうすると、法国の中に王国の主要な公爵領の領都が無防備にさらされることになるから、今の段階では難しいだろう。何より、サボア家の持つ騎士団が当てにならんからな」


 サボア公爵の家格や経済的な問題で公爵家の騎士団が脆弱という事ではないのである。騎士団を形成する公爵家の騎士やサボア公国に属する貴族の子弟が、今代のサボア公爵が若年であることを良いことに侮っているということもある。仕事をせずに報酬だけ受け取っていると言えばいいだろうか。


「おそらく、サボア公爵の家宰や侍従に問題があるのだろう。先代の残した官僚たちが力を失い、地位のある者が自己の利益の為に公爵家を利用している。サボタージュも重なれば、大きな綻びにもなる」


 前伯曰く、大山脈に通ずる山国、法国北部、帝国南部の地域にある、集落の塊=ワルサーと呼ばれる郷土集団が影響力を高めており、都市国家における特権のような物、すなわち自治権を要求していることも影響している。


 自由商業都市、例えばルーンのように一定の税を納める代わりに、裁判権や公爵家の影響を排した自治を認めさせるなど、国や公爵領の支配からの半独立を目指す活動が活発になっているのだ。


「そもそも、公爵家が本来行うべき領民の保護を怠り、結果領民自ら武器を取り武力を背景とした利害対立の解消を容認していることが問題の本質だ」


 貴族が貴族としての役割をはたしていない事が、サボア公爵家の存在を弱い者としているのだと彼女は理解した。



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