第137話 彼女は狼頭と対峙する
第137話 彼女は狼頭と対峙する
『ま、まて。わ、我には役目がある。それが終わるまでは犬死するわけにはいかん』
狼頭が犬死とはこれ如何にと思いつつ、彼女は警戒を怠らず、言葉を選んで話を始める。
「馬鹿ね、このまま数分もしないで死ぬでしょう。片手片足で血も流れているというのに」
『そ、それは大丈夫なのだ。ほ、ほれ!!』
切り落とされた腕を残された腕で持ち肩に添えると……魔力が凝縮し傷口が消えると腕は何事もなかったようにそこに繋がっている。同じように足も元に戻っている。
「だ、大丈夫!!」
伯姪が背中越しに声を掛けてくる。彼女は左手を上げ制すると狼頭に話しかける。
「素晴らしい再生能力ね。あなたはルガルー……狼男なのね」
『……いや、狼男と人間のハーフだ。半狼男……狼人だ』
吸血鬼同様、狼男・人狼は一度死んだ者が生き返ってそうなると言われている。死から蘇った者の中でも血を吸い他者をコントロールする吸血鬼と、月齢により影響を受け獣化し人を襲うと言われる人狼は不死者の中でも強力な魔物と言えるだろう。その人狼と人間のハーフとは珍しい。
「それで、先ほどの『我主』とはトラキア大公国の主君ということなのかしら」
『あ、ああそうだ。トラキアというのはここからずっと東にあった国でな。我主はサラセンの支援を受けた弟御に国を追われ隣国に落ち延びる際に追撃する敵に追いつかれ、我を殿に落ち延びていかれたのだ。幸い、延命の術は成功したと聞いている。我も半ば不死の身、再会し再び軍を整え国を取り戻す為に力を蓄えていいたのだ』
どこかで聞いた話である。サラセンと戦い滅んだ大公国。その国の元君主で不死者となった者……
「ねえ、ちょっといいかしら」
『……なんだ娘』
伯姪が剣を降ろし近づいてくる。彼女もピンと来たようなのである。
「その国って、百年くらい前にサラセンと戦った国で、あんたの主ってさその前は正神子教だったのを、隣の国から支援を受けるために御神子教に改宗して。それで、正神子教の国民が従わなくなって支えられなくなった国の人よね」
『あ、ああその通りだ。なにせ、しばらく国を追われていた間に奥方の実家と同じ御神子教に宗旨替えしないと国を取り返す兵を貸してもらえないという事で、泣く泣く宗旨替えしたものだ。我は何でも良かったのだが、下の者は……』
「それで、その人って、コーンな感じの髭で目の死んでいる感じのちょっとやる気ない雰囲気の……」
『ああ、類まれなる軍略家であり軍政家でもあらせられたな。味方には情け深く、敵には容赦のない『ドラコ』と呼ばれるほどの強さを持つ……』
「……その人知り合いね」
狼の切れ上がった目がさらに大きく切りあがっていく。目が零れ落ちるのではないかと思うほどにだ。
『そ、それはわ、我主……なのだろうか』
「歴史的にみてそんな君主が何人もいるとは思えないもの。百年少し前の出来事なのよね。弟がサラセンの傀儡になってって感じで。当時の帝国皇帝が自国内の原神子教徒への聖征始めて応援が来なかった……」
『そうなのだ。あの不義理な皇帝が……まあ、風の噂では跡継ぎに恵まれず、あの家系は断絶したらしいが』
ジギタリス家は断絶したので、その通りだ。ということは、あの王都の廃屋に住むレヴナント改めエルダーリッチの『伯爵』の生前の部下がこの狼頭の戦士であるという事なのだ。世間は狭いのか広いのか……
「いまは王国の王都に潜伏して、帝国の『伯爵』として商会を運営して毎日ワイン三昧の生活を送っているわね」
『……え……』
「祖国奪還には興味がないという事よ」
『……はぁぁぁ!!!!』
狼頭はがっくりとうなだれるのであった。
彼女と黒目黒髪、癖毛が魔装糸のロープで狼頭をグルグル巻きにし、とりあえず安心して話を進められるように始める。
「まずは、王都で『伯爵』に会わせるのは構わないのだけれど、討伐したことにしなければあなたの首をもらい受ける事になるわね」
『……首は再生しないのでそれは困る……』
四股の再生は時間が掛かるが可能なのだという。ならば、彼女は癖毛からバルディッシュを借り受け魔力を通すと右腕を切り落とす。
「これを討伐の証明にします。それと……あなた狼には変化できないのかしら」
『……できる………』
狼頭……狼人は銀色の毛の狼に変化した。それでも、かなり大柄で可愛げがない。恐らく、これを王都に連れて戻ることは問題となるだろう。
「……もっと小さく可愛くなりなさいよ。魔物ってバレバレじゃない!!」
伯姪に全く言い訳できない話をされ、狼人は子犬サイズまで小さくなる。前足を怪我したモフモフな銀色の子犬になったのだ。
「……可愛いわね」
「「「可愛い!!」」」
『くっ、わ、我を大戦士長と知っての狼藉か!!』
単純に子犬を可愛がる女子の図である。狼藉では決してない。
「その姿なら問題なさそうね。王都で『伯爵』に会うまではそのままでいなさい。それが承知できないなら、首を落とします」
『わ、わかった。我主に会えるのであれば、何でも構わん』
見た目は銀色の子犬だが、心に響く声は重低音のオッサン声である。
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「お、無事であったか。ほお、それが人狼の腕か」
「本体は焼けてしまいましたので切り落とした腕だけを回収しました」
ということで、身内から騙す作戦を行うことにする。彼女は子犬は怪我をしていたので保護をしたという事を説明、討伐部位を回収し内部の調査も行う事を説明する。
「コボルドの死骸はこの辺りにまとめて、油を撒いて燃やしてしまいましょうか」
「おお、そうするかの。では、儂も手伝おう」
老土夫は癖毛を連れ死体の回収に向かう。彼女には今一つ調査せねばならないことがある。『エリクサー』と呼ばれる万能回復薬の製造方法の調査だ。
記録と伝聞によると、それは製造過程で「爆発事故」を起こすため、別棟で製造されたという。敷地の中にあるいくつかの小規模な別棟のどれかがそれに当たるのだろう。その製造施設があったとして、更にレシピが無ければ製造まで辿り着くことはできない。
『あればめっけもの位の話だな』
「ええ、その通りね」
エリクサーの製造設備と思われるそれは、一つの小規模な石造りの建物の中に据え付けられていた。但し、レシピに関して記録されているものが残されているようには思われない。
『エリクサー無くても何とかなるけどな』
「生命力・魔力に高度な状態異常まで回復させる万能薬があるに越したことはないでしょう。それに、素材が揃わなければ意味がないのだから、レシピだけあっても片手落ちなのだけれどね」
エリクサーの探索という事も今後の彼女の課題となり得る題材なのだが、まずはあるのかどうかから始まるのだ。収納は勿論、壁の凹みに隠し扉でもないかと探したみたものの、それがまるで見つからない。その建物以外も確認してきたのだが、完全な廃屋でしかなかった。少なくとも、錬金術の装置が残されているこの場所にはある可能性が高い。
『……主、足元をご覧ください』
「見落としていたわ。この床、レシピが書き記されているのではないのかしら」
壁画ならぬ床画として『エリクサー』のレシピは記されているようなのだ。
『はぁ、揃わない事は無いな』
「ええ。それに、この場所に製造所が存在する理由も理解できたわ」
エリクサーのレシピの中に、魔力を吸収させた水晶を粉末にして加える事が記されているのである。その他は、普通のポーションの延長線上で手に入る素材類であった。
『これ、実際作ってみてどうかというところはあるな』
ポーション以上に回復させる薬が量産化できれば、無謀な戦争を始める貴族や軍人が現れないとも限らない。人的資源と得られる利益の交換が妥当と考えられるなら、容易に戦争を始める可能性がある。
「研究材料という事で、しばらくは封印しましょう」
『それが良いだろうな。今すぐ必要でもない。お前がもっと年を取ってからでも問題ない』
エリクサーは若返りの薬ではないのよと『魔剣』に彼女は文句を言ってみるのだった。
昼過ぎに修道院跡を引き払い、一旦彼女と伯姪は依頼の完了報告を行う為に村を通過しノーブルのギルド出張所に向かう事にした。他のメンバーは村で降ろし、先に休ませることにした。魔力量の少ない魔術師や薬師娘たちは限界であったからだ。
「兎馬車ならあっという間だから、さっさと終わらせましょう」
「ええ、そうね。何か美味しそうなものがあれば、村に買って帰りましょうか」
今日は恐らく、村を上げてのお祝いの宴が開かれるだろうから、その際の差し入れにでもと彼女は考えるのである。
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「……そんなにいたのですか……」
冒険者ギルドのノーブル出張所唯一の職員である受付嬢が二人の討伐報告を受け、驚きの声を上げる。顔面蒼白と言えようか。
「でも、なんでそんなに魔物が集まって……スタンピードも発生しなかったのでしょうか」
子犬化した狼人に聞いたところ、最初に彼につき従ったのは帝国を移動する際に出会ったコボルドたちなのだという。彼らは帝国内の冒険者や軍に故郷の鉱山を追われ、大山脈を彷徨している最中で自分たちによく似た強力な魔物である「狼人」について行くことで生き延びるつもりであったのだという。
さらに、王国の中の廃要塞(と思っていた修道院跡)で鹿や猪を狩りながらコボルドたちに食料を与えていたところ、コバンザメよろしくゴブリンが集まり始めたのだという。自分の戦力とするための兵隊として工兵のコボルド、歩兵のゴブリンという感じで支配下に置き、『我主』の存在が分かり次第、決起しはせ参じるつもりであったという。元の大公国からどれだけ離れているのか理解できていないのだろうか。
「本体は損傷も激しく、また巨体であったので、切り落とした腕を証明として持ち込みました。コボルドとゴブリンは指定部位を採取しています」
ゴブリンとコボルドの討伐部位は百を超えており、ノーブルの出張所としては勿論、南都の支部としても過去最大級の一度での討伐数となるだろうと
受付嬢はいう。
「ですが、調査の依頼達成と常時依頼の報奨金しかお支払いできません」
申し訳なさそうに彼女たちに告げる受付嬢だが、リリアル勢は水晶の採取が目的であり、また、村からは水晶を受け取ることができたのでギルドの報奨金は特に気にしてはいなかった。
「それではこれで、依頼は完了という事でよろしいでしょうか」
「……こちらで報告の受付は致しますが、支払いに関しては南都の支部でお願いしたいのです」
どうやら、報奨金含めた支払いは南都でまとめているようであり、細かな採取のような小口の報酬のみが可能であるのが出張所なのだという。
「では、このまま南都に向かいます」
「申し訳ありません。ですが、あ、ありがとうございました!!」
受付嬢は二人に深々と頭を下げ、南都に向かう兎馬車を見送ってくれた。
南都に到着する頃には既に日は相当傾いており、ギルド内はそれなりに賑わっていた。とは言え、護衛依頼中心のギルドなので、素材の買取や討伐部位の確認などは大した事は無い。
「王都から指名依頼を受けたリリアルです。ノーブル出張所には完了報告をしたのですが、支払い関係は南都支部でと説明されてこちらに伺いました」
受付で説明を再度行い、討伐部位であるゴブリンの耳とコボルドの犬歯を麻袋に入れたまま提出する。余りの量の多さに固まる受付嬢。
「しょ、少々お待ちください。こちらのカウンターで承ります!!」
素材買取カウンターの端に呼ばれ、魔法袋から狼人の右腕を取り出す。
「……こりゃなんだ」
「おそらくは人狼の右腕です。今回の調査依頼の結果、ノーブルの修道院跡に潜んでいた魔物はこれでした。他にゴブリンとコボルド、周辺には集落を形成していたので、それもすべて討伐しています」
「それでこの数なのか……」
麻袋いっぱいの耳と犬歯を取り出しながら、確認担当の職員が数を数え始める。二人は一旦カウンターから離れ、ギルド内の食堂で遅い昼食をとることにした。良く考えれば、朝から何も食べていない気がするのだ。
「あー リリアルってのはいるか!!」
おっさんのだみ声が聞こえてくる。ほぼ徹夜の彼女と、魔力を消耗している伯姪は少々寝落ちしそうな気分であった。はっとして声の主に返事をすると、詳しい話を聞きたいという。
「……調査依頼の主である村とノーブルの出張所には説明しましたし、こちらでは報奨金を受け取るだけだと聞いているのですが」
彼女がそう説明すると「いいからこい」とばかりに命令口調のギルマスをなのるだみ声の男がいきりたつ。
「無礼ではありませんか」
「なんだと!! 俺を誰だと『南都支部のギルマスでしょう。あなたは私たちの何なのですか』……」
依頼の主は村であるし、報告先は南都支部ではない。また、指名依頼をしてきたのは王都のギルドである。このギルドには支払以外なんの関係もないのだが、疲れて寝不足であった彼女は、うっかり魔力のスイッチを入れてしまったのである。




