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第136話 彼女は『御主様』と対峙する

第136話 彼女は『御主様』と対峙する


「古い剣だのぉ」

「ごつい、重い、斬れない……だね」


 修道院に向かう兎馬車は2台。正面を塞ぐために使う。その前で、老土夫と癖毛に剣を見せると、そう返ってきた。


 斬るというよりは叩きのめす武器のようである。チェインは切り裂けないが、鎧越しに打撃を与えるような使い方か、鎧の無い部分ならある程度斬れるかもしれない。とはいえ、この剣は余り研がれていない鈍器のようなものだ。


「でも、規格化されている感じがするわね。昨日討伐したコボルドの野鍛冶工房製かもしれないわね」

「かもしれぬ。実際工房を見ていれば判断できたかもしれんが、それが妥当じゃろ」


 兎馬車に薬師たちが乗り込み、修道院跡に向け山道を登り始める。先行して魔力多い組が徒歩で移動、明るくなりつつある道程に倒れているゴブリンの死骸の片付けと討伐部位の確保を行う。朝からテンションが下がる仕事だが、彼女が先触れに倒してくれたのだから、文句は言えない。


 彼女は兎馬車で仮眠をとることにしている。その間は、老土夫と伯姪が指揮をとることになっている。





 ゴブリンの数は二十と三匹であった。『猫』の応援があったとはいえ、一人で討伐する数としてはやはり桁違いと言える。ゴブリンを纏めて積み上げ、軽く火を掛ける。完全に燃やし尽くすには時間が足らないので、帰りにでも続きを行う事にし先を急ぐ。


 かなり明るくなった修道院跡の入口には、スピアやピックを構えた一団のコボルドが待ち構えていた。流石に警戒されているというものだろう。


「起きて。着いたわよ」


 伯姪に起こされ目覚めた彼女は頭がスッキリした気がした。


「随分いるわよ」

「でもすべてコボルドですもの。魔術師はいないし……周辺を確認して背後に回り込んだり潜んでいる者がいないかどうか確認しましょ」


 老土夫曰く、鉱山内に潜み鉱夫を襲う「コボルドアサシン」という上位種も存在するという事で警戒をしているのだ。


『主、問題ありません。目の前に入るコボルドと、同程度の者たちが敷地内に潜んでいるだけです』

「そう、ありがとう。では、掃討戦を開始しましょうか。午前中には終わらせてゆっくりしたいわね」


 寝不足の彼女にとって長時間の討伐は避けたいのだ。とは言え、今まで長時間かかったことはあまりないのだが。





 討伐は三つのグループに分かれることになる。


 チーム・アリーは彼女・赤目蒼髪・青目蒼髪・藍目水髪の四人。チーム・メイが伯姪・黒目黒髪・赤毛娘・茶目栗毛の四名。兎馬車組・チーム・スミスが老土夫・癖毛・薬師娘二人、赤目銀髪、碧目栗毛、灰目赤毛、碧目赤毛の八名だ。


「私たちであのコボルドの集団を討伐するので、兎馬車組は二台の馬車で門を塞いで馬車を盾に上手に牽制し討伐してもらいます。二人一組で常にお互いがカバーするように。

 修道院内は個室が数多くあるので、二人で突入、二人は援護で交互に部屋を討伐していくこと。足元頭上の罠に注意。では、命大事に始めましょう」

「「「「おお!!」」」


 突入組二チーム八名は、ペアを組んで突入する。彼女は今回藍目水髪をペアとしている。討伐経験はあるものの、いつもは『兎馬車組』のポジションが多く、前衛で突入するのは経験が少ない。


「大丈夫、自分自身を結界で守って、攻撃してきた相手を止めてから落ち着いて首を狙って斬りつけなさい。止めてからよ」

「は、はい!!」


 変なテンションになっているちんまりとした童顔の娘は、少々顔が緊張でぎこちない表情になっている。口から涎をたらし、自分より頭半分ほど小さいだろうか犬面の魔物がピックを振り下ろしながら藍目水髪に襲い掛かる。


 ガキッと音がして結界でピックの先が止まり、それとすれ違うように魔銀製のスクラマサクスが犬面の首をサッと切っ先で払うと、血を噴出しながら首が半分程ちぎれる。


「ひ、ひいっ」


 声にならない悲鳴を上げ、藍目水髪が固まる。彼女はその首のちぎれたコボルドを蹴り倒し藍目水髪の背中を叩き前に出る。


「大丈夫、上手くできたわ。同じことの繰り返し、慣れなさい」


 藍目水髪の魔力は少なくなく、経験も豊富な方だ。薬師や魔力の少ない後輩たちを率いて討伐を主導することも将来的にないわけではない。性格的に向いていないとはいえ、できないでは済まないのが立場なのだ。


 返り血を浴び、混乱していた藍目水髪が気を取り直し次のコボルドに向かう。スピアを構え刺突する犬面の懐に入り、槍を握り動けぬようにしたまま魔力を纏わせた剣で胸を貫く。そして、首を突きさし彼女が先にしたように蹴り倒す。


 突入組八人は慣れたもので、コボルドを二人で囲みながら、一体、また一体と斬り倒していく。既に、最初の三十秒で半数のコボルドが動きを止めていた。


「突入組、前へ‼ 兎馬車組に後始末は任せます。チームごとに建物内部へ!!」

「「「「おう!!」」」」


 入口前の封鎖と倒したコボルドの止めに討伐部位の採取は兎馬車組に任せ、彼女たちはついに建物の内部に侵入する。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 最初に入った場所はいわゆる共用スペースであり食堂や炊事場などである。見える範囲を確認し、さらに死角となっている場所をしらみつぶしにチェックを重ねる。


「ここで煮炊きをしている気配はないわね」

「そもそもあいつら料理しないんじゃないか」


 赤目蒼髪と青目蒼髪、いつものペアは軽口っぽい会話をしている。緊張感と心を緩やかに保つバランスは悪くなさそうだ。


「特に隠れていたり、隠してある武器もないわね。チームごとにロの字型の通路を左右に分かれて確認かしら」

「一番奥の大部屋は『隠蔽』の使える魔物がいるようなの。手前で合流して八人で突入しましょう」

「OK! じゃ、行くわよ!!」


 チーム・メイは反時計回り、チーム・アリーは時計回りに掃討を開始する。


 とはいえ、室内に残るコボルドは三十匹程度、それほど時間はかからないだろう。


 彼女と藍目水髪が突入組、あとに二人は支援組となる。一つの部屋に入ると、手前に修道僧の居住スペースがあり、納戸やキッチンらしきものが備え付けられ、ベッドスペースがあるものの、ベッドは既に朽ち果てている。


「中庭にコボルドがいるわね。自分の前面に結界を展開して、動きを止めたら剣に魔力を纏わせて相手の首に刺突するだけ。落ち着いて、目の前の一匹づつを確実に仕留めなさい」

「は、はい。行きます!!」


 ここ数日の討伐で慣れてきてはいるものの、魔力の発動の連携にラグタイムが大きいのが課題である。結界を展開、身体強化、魔力纏いの順で展開するのだが、連続した発動を実戦で確実に素早く行う事にまだ抵抗がある。


「はぁ!!」


 気合を入れて近づいてくるコボルドの前面に結界を展開、魔力で身体強化を行い、自分の胸の高さにあるコボルドの首を魔力を纏わせた剣でスパンと斬り落とす。


「ま、まだまだ!!!」


 ぴょこんと跳ねあがると、たたっと次のコボルドに近づく。口から涎をたらし、ピックを振り回すコボルド。その切っ先がゴンとばかりに見えない結界を叩き停止する。そこをズサッとばかりに刺突で首を半ば斬り落とす藍目水髪。


「フーフゥー、さあ、コイやぁぁぁ!!」


 完全にキャラが変わっていますわよと後衛の槍持ち二人が両サイドに立ち槍先をコボルドたちに向ける。怯えた犬のような声を上げる生き残りに同じことを二度繰り返し室内のコボルド全てが息の根を止められる。


「隠し扉などはないでしょうが、罠含めて怪しい場所がないか確認を」

「「はい!!」」


 槍持ちの二人に確認を任せ、返り血で汚れた藍目水髪を魔力水を精製し清める。


「どう、落ち着いたかしら?」

「は、はい。だ、だいじょうぶでしゅ……す///」


 舌が回らないのか、緊張は解れていないようだが、まだまだ探索すべき部屋は沢山残っている。そのすべての部屋にコボルドがいるわけでもないことは結界展開の応用技である『魔力走査』で確認できている。


 彼女自身がこうした調査に加わらない場合も想定し、今回特に経験に少ない魔術師候補たちには「ポイントマン」の役割をあえて与えている。チーム・メイは全員経験豊富なので、サポートの役割は彼女の仕事となったわけだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 最後の大部屋にいたるまで、十六匹のコボルドを討伐した藍目水髪は既に魔力が枯渇気味であったので、赤目蒼髪を付けて兎馬車へと引き上げさせることにした。代わりに、癖毛を呼んでくるように伝言している。


 最奥の大部屋の前で彼女と伯姪は最後の確認を行う。


「中にいるのはボスだけかしら?」

「ええ、隠蔽しているものが一人、可能性的には魔力を持たないものがいるかもしれないのだけれど、魔物ではないので分からないわね」


 いるとすれば、魔狼ではなく狼の類か。すると、気配隠蔽を掛けた癖毛が到着する。


「な、なんでしゅか」

「……経験の為に参加しなさい。基本は結界で相手を封じ込める仕事をお願いするわ。万が一の時は、皆を守りなさい」

「万が一って……なんだよ」


 それは、彼女の能力では討伐しきれない強力な魔物が潜んでいた場合、彼女を殿として撤退する時に結界を最後まで張る仕事を意味している。とはいえ、最悪の場合を想定した対応であり、実際そうなるとはこの時点では彼女自身考えてはいない。


「従えている魔物ランクからしてそれほど強い魔物が潜んでいるわけではないと思うのだけれど念のためよ」

「わかった。入ったらすぐに結界展開するから安心しろ」


 黒目黒髪も頷く。少なくともこの魔力量豊富な二人が二重に張った結界を即座に破壊できるような能力を持つ魔物が……こんなところにコボルドと潜んでいるわけがない。


『余裕だろう。さっさと片付けて帰ろうぜ。眠いだろお前』

『主、問題ありませんが……少し変わった魔物かもしれません』


 『魔剣』と『猫』から声を掛けられ、彼女はとりあえず中に踏み込むことにした。





 部屋はこれまでのものの倍ほどの広さがあり、全て石材の床、そこに大きな背もたれのついた王座を地味にしたような椅子がしつらえられており、そこに一人の男が座っている。銀色の目が珍しい薄赤野伏ほどの年齢の男だ。


『よお、なんだか騒がしくしてくれてたみたいだが、何の用だ』


 配下のコボルドやゴブリンを討伐し剣を下げて侵入した来た冒険者に、随分と気安く声を掛けるものだ。


「この近辺の村からの調査依頼を受けて修道院跡に潜む魔物を調べて討伐しに来ました。あなたは、何者なのですか」


 問答無用で襲い掛かってくれば、即斬と行きたかったのだが、目の前の男から事情を聴くべきかと彼女は考えていた。


「それと、コボルドたちから『御主様』と呼ばれているのはあなたのことでしょうか?」

『是であり否でもある。我はある方に仕え、その方を迎えるべくこの場所に居を構えるつもりなのだ。我主とはしばらく前に別れてしまってな……』


 何やら訳在りのようだが、魔物を使役していたことから普通の人間とは思えない。それに、この場所を占有していいわけでもない。


「魔物なら討伐しますし、不法に占有しているのなら出て行っていただきます。抵抗すれば……やはり討伐します」

『我を討伐とは大きく出たな。トラキア大公国にその人ありと知られた戦士の我を、その細腕で討伐できるとは……面白い』


 『魔剣』が『おい、気を付けろ!!』と声を上げる。彼女は既に二人の学院生の展開する結界を出て男に近づいていた。男から魔力があふれ出すような感覚が発し、それまで普通の姿であった男の体がみるみる大きくなっていく。頭部は顔が伸びそして大きく開かれた口からは犬歯が見えている。体毛は銀色となり、すっかり狼のようだ。


 背後の学院生から悲鳴に似た叫び声。そして、伯姪から声がかかるが、彼女は待機を指示する。


『さて、その生意気な口がきけないように、ちょっとばかりお仕置きするか。なに、命まではとらんよ。小娘相手に命のやり取りなどするのは戦士ではないからな』

「そう、なら私も命をとらないと約束しましょう。腕の一本くらいは置いて行って頂くことになるかもしれないけれ……ど!!」


 身体強化に気配隠蔽、前面に結界を展開し結界の壁を叩きつけるように彼女は一気に狼頭に突進する。


『グワッ! な、何をするか!!』

「最初はグーよ!!」


 彼女は剣を持たぬ左手に魔力を集約し、先に習得した新しい魔術『衝撃』を形成し、その手の平に乗せた魔力の塊を狼頭の鎧のような胴体に叩き込む。


『グボッ!!!』


 巨大なハンマーを叩きつけられたようなダメージを受け、狼頭が背後の壁に叩付けられる。


『あー 魔物っぽいな。体内の魔力でダメージが全部入っていないな。少々呼吸困難程度の打撃だ』


 ならいいわ、とばかりに倒れ込んだ狼頭に彼女は近づき、頭に同じように『衝撃』を二発更に叩き込んだ後、魔力を纏わせ更に剣身を魔力で伸ばした大剣と化した『魔剣』を用いて、その右肩から先を斬り飛ばし、さらに右足も膝から切り落とす。


『ガアァァァァァ!!!!!』

「静かにして頂戴。黙らないと、その声が出せないように……焼くわよ」


 涙目になった狼頭はコクコクと頷くと、恐る恐る彼女に話しかけてきた。



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