表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/983

第135話 彼女はコボルドチーフと対話する

第135話 彼女はコボルドチーフと対話する


 その日、老土夫と癖毛は新しい槍を携えていた。それはまた見慣れぬ戦斧のような武器にも見えた。曰く……


「小僧にも使える武具を用意したのよ」ということなのだ。


「これは、降国おろしこくの戦斧でな。バルディッシュというのじゃ」


 降国は帝国・原国の更に東にある国で、大河と平原、湖沼の合間に集落があるような場所で今は亡き古の東帝国の影響を受けたロマン人の王が支配する国なのだという。なるほど、ロマン人の好きそうな武器だ。


 その特徴は両手斧のようで刃先がサクスを弓のように曲げた刃を持っているというところだろうか。


「バルディッシュは斬撃と刺突を両立させた戦斧でな、馬でも斬ると言われている。実際、こいつなら、あの大猪も斬り殺せるだろう」


 ただでさえ斬撃能力の高い湾曲した大きな刃に、どうやら魔銀ミスリルの鍍金を施しているという。魔銀の刃そのものを装備しないのはコストの面の他にも訳がある。


「魔力を通さねばフレイルのような打撃武器、通せば斬撃・刺突と両立できる仕様じゃな」


 刃の部分を鈍く作ることで欠ける事を防ぎつつ、魔力を通して斬り落とすことを可能としているのだ。斧の先は鋭く尖り槍の代わりとしても使える。今のところリリアルではウイングド・スピアがポールウエポンとして主装備なのだが、遣い手を限定しているのは「魔力を生かした斬撃」が剣に劣るからである。


――― バルディッシュなら斬撃でも剣以上の能力をえられる。


「実際、振り回してみても?」

「……存分にな!!」


 グレイブやビルも斬ることは可能だが、あくまでも槍に近い刃の大きさであり、『斬撃』に適しているとは言えない。バルディッシュは伯姪のバデレール並みの刃を持つ。若干重たいものの、身体強化前提の装備とすれば問題はない。


 振り回す彼女にも剣よりやや重い程度の感触であり、実際は両手剣に近い感覚に思える。そして、両手剣との最大の違いは石突を装備でき、さらに……


「魔装銃の台座ともなるかの。ほれ、銃は重く支えるのも子供らには難しい。石突を地面に刺して、こう……構えるのじゃよ」


 銃架として運用する国もあるというので、その用途も検討できるという。


 リリアルは「子供の兵隊」のように思われており、スクラマサクスを主武器とするのは、実際魔物狩りの依頼などでは押し出しが足らないのである。見栄えも悪くなく、使い勝手が良ければ討伐依頼用の装備として揃えても良いだろう。


「鍍金で仕上げるから、外注も難しくない。普通に武具鍛冶に依頼して、鍍金だけ儂等で仕上げる事ができるからの。安く済む」


 ハルバード程複雑ではない刃であり、ソケット式でもあるので、金属部分も限られている。それに……


「魔力を通せば、一抱え程度の木なら一撃でバッサリじゃな」

「……つまり……」

「フルプレートでも魔導鎧でもなければ斬り倒せる!! オーガもヴァンパイアも一撃で粉砕よ!」


 斬撃だから粉砕ではないと彼女は思うのである。


 そして、このバルディッシュが討伐時の前衛の主装備となり、皆から「バルちゃん」等愛称で呼ばれるようになるのは今少し先のはなしである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 馬車の周りのコボルドの討伐部位を回収していると、老土夫と癖毛は一匹の大柄なコボルドを引き立ててきた。既にミスリル糸製縄で拘束されており、手足が斬りつけられていた。恐らく『バルディッシュ』の斬撃によるものだろう。


「ほれ、このコボルド人語を解するぞ」

「なんかしゃべれ、犬」

『ワ、ワレハ犬デハナイ。調子ニ乗ッテイラレルノモ今ノウチダ。御主様ガキサマラヲ殺シテクレルワ!!』


 御主様とは何のことだろうか。彼女は挑発し、コボルドに話させることにした。


「あなたのお仲間は全部討伐したのだけれど、他にもいるのかしら」

『バカメ、ワレハこぼるどちーふ。ナミノこぼるどデハナイ!! ソシテ御主様ハ至高ノ存在ダ!!』

「至高のコボルドってなんだよワンコロ」


 伯姪、赤毛娘、癖毛は挑発が得意だ。すかさず会話に割って入ってくる。


『ワ、ワンコロダト!!!! 御主様ハ至高ノ存在、こぼるどデハナイゾ!』

「じゃあ、ゴブリンキングとかか? 一応キングだから、至高の存在か。もしくはコボルドキングってのもいるのか?」

『ご、ごぶりん如キト並ベルナ!!』

「いや、だから何なんだよ。説明してくんねえと分からねえだろ。あれか、ボキャブラリーが貧困なのかお前。犬頭だからな」


 そしてとうとう、コボルドチーフは御主様を具体的に説明し始めた。ふさふさの銀灰色の毛に、強大な肉体を有しプレートメイルも切り裂く爪と、グレートソードも通さぬ鋼の肉体を持つ……人狼……それが気配を隠蔽していた存在であると、証言したのである。


「お、サンキュ。じゃあ、最後にお前の体がどの程度その、御主様に近づいているか、俺が試してやるな!!」


 バルディッシュを持ち癖毛が彼女の顔を見る。彼女は眼で同意すると、癖毛はコボルドリーダーの頭頂部から股までをバルディッシュで一気に斬り下ろした。真っ二つに切り裂かれ倒れる大き目のコボルド。


「お、魔石見っけ!」


 チーフ哀れ……癖毛の関心は魔石に移行している。真っ二つのコボルドの死体をみてドン引きかと思いきや、薬師娘はコボルドの討伐部位である犬歯をさっくり回収し、集めたコボルドの死体を油を掛けて焼く魔術師娘たち。だんだんと感覚が慣れてきたのか麻痺してきたのか……





 集落の中にはあまり良い素材は残されておらず、銑鉄と工具を少々回収しその後、魔物の巣とならないように焼却処分して次の集落跡へと一行は向かう。


「緊張しました~」

「最初のゴブリンの時よりは……落ち着いて対応できたかな」


 薬師娘二人は交互に感想を述べ、ちょっと落ち着いたようである。この中では魔力の比較的多い藍目水髪は……結界に気配隠蔽身体強化と重ね掛けの繰り返しで少々疲れ気味のようだ。


「次は気配隠蔽なしで行きましょうか」

「はい、正直慣れてきたので、普通に討伐します……」


 コクコクと皆が頷く。


 その日は他に二箇所の集落跡を回り、ゴブリンとコボルド十数体討伐した。それなりの数の魔物が潜んでいるにもかかわらず、滞在している村やノーブル近郊で魔物に襲われた被害と言うのは少ないのは何か理由があるのかも知れないと彼女は考え始めていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 村に戻り、伯姪たちの討伐状況とすり合わせをすると、ゴブリンの上位種が数体混ざっていたものの、王都周辺の統率された群れとは異なり、集団の中で相対的に成長したものが「ファイター」や「シャーマン」となっていたに過ぎず、武器もコボルドほど良いものは装備していなかったという事だった。


「……という感じね。二個所で十何匹か、全部ゴブリンだったわ」

「修道院跡にはコボルドがほとんどで、ゴブリンは……傭兵みたいな感じなのかもしれないわね」

「言われてみればそうかもしれん。コボルド側から食料なり武器なりを提供し、周辺の廃墟に潜ませているという事じゃな」


 前日討伐したゴブリンたちは、コボルドの群れに雇われた衛兵や傭兵のような存在で、少々装備が整っていた……貸与品なのだろう。


「とは言え、上位種のゴブリンが支配を受け入れるのはコボルドキング程度ではないのでしょうね」


 魔物の戦闘力という意味ではコボルド<ゴブリンと考えられている。単純な凶暴さではゴブリンが上なのだ。


「コボルドチーフが話していた『御主様』というのが何をしているのかね」

「……気配隠蔽している奴でしょ。それなりに強いわよね。ゴブリンやコボルドではないでしょうし、オークでも並のオーガでもないわね。オーガなら上位種で変化の魔法くらいは使えそうね」


 ディエゴと真似のに出てくるオーガがそれにあたるようだ。確かに、あの場所は元要塞であり、変化のオーガが住んでいてもおかしくはない。


「修道院跡周辺の魔物退治は一通り終わっているから、変化に気が付けば早々に動きがあるかもしれないわね」

「この時間から修道院跡の討伐をするのは危険だ。明日、夜明けとともに行動開始するか」

「……いいえ。一部を除いてこのまま寝て、夜中から警戒しましょう。ゴブリンの夜襲があるとすれば夜中にやって来るでしょうからね」


 早めの夕食を取り、一部のメンバーを残し全員で早寝をすることにした。村人には、夜中から討伐の準備を始めるので、宵の口の警戒は任せると伝えることにした。村長は快く引き受けてくれた。





『主、ゴブリンの偵察が村に向かっております』

『お、意外とゆっくりさんだな。どうする?』

「私たちだけで十分でしょう。行きましょうか」


 彼女と『猫』に『魔剣』がいれば、数十匹のゴブリンがいたとしても、一方的に殺戮することは可能なのだ。気配を隠蔽し、村の宿舎からそっと表に出る。村ではまだ起きているものがちらほらいるようであり、彼らには村の入口を固めるように指示を出しておく。万が一の討ち漏らしの可能性も無いわけではないからだ。


「皆を起こす必要はありますか?」

「いいえ、念のためです。万が一の時は、リリアルの宿舎に走ってください。むしろ、家から出てくる方が危険ですので」


 村の家の入口には本格的な木の扉など付いておらず、せいぜいが筵のようなもので仕切ってあるだけの竪穴式住居なので立て籠もるというわけにはいかないが、ゴブリン程度なら入口で十分叩きのめすことができるだろう。


 修道院跡に向かう山道を気配を隠蔽し走ると、ちょうど中間辺りを過ぎたところでニ十匹ほどのゴブリンが手に手に剣を持ち散歩気分でこちらに向かってくるのが見える。


「先に、先頭から足を切り裂いてちょうだい。止めは私が仕留めるわ」

『承知しました』


 『猫』がやや体を大きくし狼ほどになると、姿勢を低くしたままゴブリンの群れに突進していく。不意に黒い塊が足元を駆け抜けたと思うと、脚が切裂かれ倒れる。喚き声が周囲にこだまし、集団がパニックに陥るのは直ぐのことである。


『一気に片付けてしまえ』

「勿論よ、一匹たりとも逃がさないわ」


 珍しく、右手に魔銀製スクラマサクス、左手に『魔剣』を握り、次々にゴブリンの首を斬り落とし、胴を薙ぐ彼女の動きは「代官の村」でゴブリンの群れに躍り込んだ頃と比べ、動きに無駄がなくなっている。


『ハハッ、見事なものだな。首を刎ねるのも堂に入っている』


 そんなもの上達したいわけではないと彼女は思いつつ、仕留め漏れのないように刃を倒れたゴブリンの胸と首に落としていく。


 数分のうちに、ゴブリンの集団は全て刈り取られ動く者は残っていなかった。


『後始末は明日にして、武器だけ回収するか』

「ええ、暗い中で討伐部位の回収も手間ですもの。武器は取り戻されないとも限らないので、良いものだけ回収しましょう。剣もある事ですもの」


 村に乗り込むために少々古めかしい方であるが、ロングソードと思わしき剣をゴブリンは携えていた。ロングソードは古い時代においてロマン人の高位の戦士の装備であったのは、斧を作る三倍のコストがかかった為と言われる。身分を示すものであったようだ。


『鋼鉄製になって細身の片手剣になったが、こりゃ聖征時代より前の型だな』


 百年戦争当時まで使われていた片手剣のロングソードは長さこそ準じているものの、鋼鉄製となり細くなりレイピアのような刺突をより重視した剣へと発展していった。これは幅広であり、剣の中央に重さを軽減し血糊を受け流すためのフラーと呼ばれる溝が作られているタイプの鉄の剣だ。


「コボルドの鍛冶では鉄製の物までしか作れていないという事かしら」

『もしくは、指揮しているやつがその時代で時間が止まっているかだな』


 彼女はできれば前者であって欲しいと思うのである。





 武器を回収し、一旦村に戻るとあと一時間ほどで夜が明ける時間となりつつあった。既に山の際は明るくなり始めており、早起きの者が薄暗闇の中活動を始めている。


「お散歩どうだった」

「まあまあね。あとでみんなでお片づけを手伝ってもらえるかしら?」


 伯姪は彼女が村を出たことに先ほど気が付いたという。門番に聞くと、魔物の接近を感じたので様子を見に行くと出たと言われ、戻るのを待ち構えていたのだ。


「それで、どんな感じ?」

「武器の型が古いのよ。それでも、新しく作られた物であることを考えると、

死に戻りの可能性もあるわね」

「ゴブリンにコボルドに死に戻り……豪華キャストね」


 剣を取り出し伯姪に見せると、手に取って「確かに骨董品ね」と彼女は呟く。


「斬れないから叩き切るタイプの鉄製の剣。宝物蔵にでもありそうなタイプね」

「聖征の時期の剣に似ているわね。重たいし、刃で斬るというよりは重さで叩き

のめす為の剣。それに、硬くて脆い素材でしょう」

「その辺りは鍛冶師に見て貰わないと何とも言えないけど、この手の剣はそうで

なければこの形はとらないもの」


 鋼鉄製のロングソードであれば、フラーは無しで細身の剣身であることが多い。鎧を刺突して弾かれても折れないしなやかさと強度を持つ。


「ゴブリンをニ十匹ほど倒したの。なので、おそらく修道院跡にはコボルドと『御主様』が残っていると思うわ」

「先制攻撃に失敗したことを気が付くかしらね」

「いいえ、ゴブリンを追い出したかったのでしょうね。王都近郊に現れたキングの配下たちと比べると全く統制が取れていないもの。追い出したかったと思うわ」


 この村と修道院跡周辺にいるゴブリンたちは、修道院の主につき従いつつ、集っていたのではないかと思うのである。コボルドが直卒、ゴブリンは勝手につき従う存在、コバンザメ的存在であったのではと思われる。


「数を減らして戦いやすくなっていると良いのだけれど」


 今日で討伐を終わりにして素材採取に戻りたいと彼女は思うのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ