第133話 彼女は麓の村から調査に出る
第133話 彼女は麓の村から調査に出る
翌日、午前中に修道院跡の麓の村に一行は到着する。彼女がリリアル男爵である事よりも、ニース辺境伯の親族である伯姪の方が地域的に受けが良いだろうという事になり、伯姪が村長と話すことになった。
その昔、法国と争った際、ニース領からもノーブルへ援軍を送った事があり、友好的な関係にあるという。伯姪の話通り、村長や村人は「ニース辺境伯家の姫騎士様」ということで、わざわざ王都からお仲間を連れて自分たちの村の為に来てくれたという事で……大歓迎されることになった。
「ふぉふぉふぉ、先の辺境伯様はお元気でございますかな」
「南都には数日後に訪れることになっています。三男である義兄がこちらの令嬢の姉君と成婚されたので、共にニース領に向かう事になったのです」
「ほお、王都の令嬢と御成婚とは。誠におめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
と、来訪目的と世間話をし、一行に薬師と鍛冶師がいるので村で困りごとがあれば相談に乗ると話すと、更に村長たちのテンションは上がるのである。
「か、可能でございますればポーションなどもお分けいただければと……」
村長はその対価に、不足かもしれないがと断りを入れかなりの量の水晶を提供するという。ポーション自体が金貨二枚相当であり、村からすれば換金可能な交換素材としてはこれか家畜の皮程度しかないのだという。
「……ありがとうございます。それでは……」
「この量なら金貨十枚程度の査定だろうかの」
「ポーション十本と交換では如何でしょうか」
「……あ、ありがとうございます!!!!」
恐らく、半分程度はノーブルの冒険者ギルドで売却しても良いだろう。こちらは在庫処分のような物なので、水晶の採取の手間が減る分には大歓迎なのだ。
「あの、もし可能でしたら……」
「ええ。毎年訪問できるかどうかは分かりませんが、南都のニース商会経由で水晶の原石との交換ができるように手配いたしましょう」
「「「あ、ありがとうございます!!」」」
水晶の原石を行商人などに売る場合、更に間に人が入る為、リリアルよりもかなり安く買い叩かれるのだという。行商人が来るだけましであり、村人が南都まで出向いて売ろうとしてもなかなか難しいというのである。
「貴石であれば宝石商に売れるだろうが、普通の水晶はあまり需要がないから仕方ないの」
老土夫曰く、故に王都では手に入りにくいのだという。ここで交流ができ、直接の売り買いができるのであればなおのことお互いにとって良い事なのだろう。
結局、仮の話ではあるが定期的な水晶の買取と、年一回の薬師と鍛冶師の訪問、ポーションの優先販売など口頭で約束することになった。正式な文書はリリアル学院で発行し、ニース商会経由で南都の支店で取り交わすこととなった。
「思ったより、いいえ、思った以上の成果ね。あなたのおかげよ」
「辺境伯家の親族で良かったでしょ?」
「いいえ、あなたで良かったわ」
彼女にとって唯一対等な友人が伯姪なのだから。出会いは余りよい印象ではお互いなかった。それでも、長い間一緒にいる事で、実の姉妹のような関係になりつつある。実姉と違い、思わせぶりで腹黒い感じがしないところを彼女は好ましく思っている。
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「……水晶探し終了……」
「いやいや、やるから。案内してくれる人もいるし、今回は実習兼ねてるから行くよ!」
老土夫の助手として癖毛が採取班のメンバーに声を掛ける。村に近い採取がすでに何度か行われている場所を避けるために案内人を付けるということになった。村長の孫娘たちだ。王都から来た同世代の少年少女に孫娘たちは興味津々なのだが……
「俺たち孤児だからなあ」
「……え……」
「みんなで『リリアル学院』で勉強して、将来は魔術師とか薬師になるんだ」
「……は……」
という事になる。村の生活しか知らない孫娘たちからすると、何をしているのかさっぱり想像できないようなのだ。素材採取をしながら、二人から根掘り葉掘り聞かれることになったのは言うまでもない。
村から修道院跡までは一時間程度の距離。身体強化で走ればその半分以下で到着すると考えた彼女は、調査班全員に『隠蔽』を展開させ移動することにした。薬師娘二人は村に残り、村の病人や年寄りの具合を診察することに、それ以外のメンバーは村長の孫娘と素材の採取に向かう事になっている。
村の場所もノーブルの街からそれなりに高い位置になるのだが、修道院跡は山の中腹にあると言っても過言ではない。
「元々はこの山脈の国境線を監視する古の帝国の要塞だった場所なのだそうね」
「ニースにも領内に何箇所か同じような成り立ちの修道院はあるわ。そっちはもっぱらワイン造りに励んでいるんだけどね」
修道院は開墾の必要な荒地に修道士たちが作物を育てる事から始まっている場所も少なくない。麦が育たない場所でも葡萄は育つので、それがワイン造りの始まりとなっている場所も多い。歴史的には千年以上行われている場所もある。
その時代から、この場所では病人の治療の為の高山での薬草探しやそれを用いた薬の精製が為されていたのだろう。結果、枯黒病での痛ましい結果につながるのはとても皮肉に思える。助けるべき神の使徒たちが神に召されたのであるから。
その規模から当時『大修道院』と呼ばれたその廃墟は、ノーブル司教座に属する修道院であったが、ランスの修道士であったブルーとその仲間が『隠棲』し修行を行うためにわざわざこの山深い場所に修道院を立てたのが始まりであった。
その場所は帝国と法国、または王国の混乱を避けた修道士たちとその信徒が寄り集まりとても大きな修道院となった。縦横20mほどの個室をロの字型に18室以上構え中庭を有した大修道院は、一般信徒の修行者を含めると千に近い人を集めていたと言われる。
多くの参詣者が訪れ、その当時の麓の村もノーブルの街も大いに賑わっていたという。それが枯黒病の発生とともに終了した。
「この修道院を一室一室虱潰しにするのは気が滅入るわね」
「魔力を持っているものなら、かなり手前から位置が判明するから問題ないと思うわ。それと、規模から察するに……」
「ゴブリンが集団生活している可能性も否定できません。そこに、人狼が王様然と君臨しているとすれば……かなり厄介ですね」
茶目栗毛が口を挟む。王国内の歴史や戦史にも興味を持つに至った彼は、祖母の指導の下、今回の修道院とその周辺の法国・山国領に関しても下調べしてきているのだ。勿論、要旨は彼女たちも共有している。
「元が要塞のあった場所で、人狼とその子分の魔物がいるとなれば……とても危険……」
「全力で罠を仕掛けないと正面から攻撃するのはヤバいよね」
「クラーケンよりはましだろ。溺れるわけでもないしな」
「馬鹿ね。比べるならオーガでしょう。ゴブリンも数が多ければかなり危険じゃない」
赤目銀髪、赤目蒼髪、青目蒼髪ももしそうであれば……というより修道院の規模を考えると、百近いゴブリンが潜んでいる可能性も考えられるのではないかというのである。
「ゴブリンが狩りをするのは難しいかもしれないけれど、人狼なら鹿や猪を狩ることも難しくないじゃない?」
「狼も容易く手なずけるでしょうから、かなり危険ではないかしら」
ゴブリンに狼・魔狼、更に人狼となると、十六人全員でも容易ではないだろう。
「今日の偵察で数を削って、警戒させて修道院内に集めるようにするのはどうかしら」
「……危険じゃない?」
「いいえ、やることはゴブリンの城塞と変わらないわ。むしろ、ゴブリンと人狼を別々に討伐する方が好ましいわね」
人狼を仕留めるとなると、自分と伯姪、老土夫と癖毛のパワー系も集めておきたい。それ以外は……馬車を用いて柵を急造してゴブリンをその場所に集めて牽制させるという事も考えるのである。
「学院生メインの陽動部隊を修道院の外郭に配置して、ゴブリンを集める。その上で、人狼を先に別動隊が討伐した後、ゴブリンを挟撃するということで考えて行きましょうか」
「……まずは調査してからよね?」
伯姪の言い分、最もである。
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街道をそのまま歩かず、少し逸れた木立の中を移動して正解であった。
「ゴブリンの警邏隊とでも言えばいいのかしらね」
ゴブリン三体に、狼一頭が街道を山の上から下ってくる。キョロキョロとしながらも、だらだら歩いているのは何時もの事なのだろう。
彼女は赤目銀髪に先に狼を倒すことを指示する。彼女の弓を合図に、一斉にゴブリンに襲い掛かる準備をする。いつもは槍を持つ二人も、今日は慣れないスクラマサクスを構える。
30mほど手前から弓を射て二本の矢が狼に突き刺さる。その間に、木立の間を走り抜けた五人は左側面と背後からゴブリンに斬りかかり、彼女以外の四人がゴブリンと狼に止めを刺していく。
彼女は後方を警戒し、他のゴブリンがいないかどうかを確認するが、気配を感じることはなかった。
「装備を確認しましょうか」
「……いい装備じゃない。バゼラードよ、少し錆が出ているけどそれほど古くも悪いものでもないわ」
三体が三体とも同じ装備であり、旅人を襲い奪ったものであったり、ゴミを拾ったもののようには見えない。輸送途中の武具を一式奪ったりであるとか、もしくは……
「ゴブリンに武器を供給している者たちがいる……とかかしらね」
「山国……いえ、帝国の工作部隊がゴブリンに武器を与えているとか?」
「ゴブリンの餌付けってできるんですかね。聞いたことありませんけど」
「いや、人狼が帝国から派遣された協力者だったらどうする? 人狼とは言え、人と会話ができたり利害関係が一致すれば、王国にやってきてゴブリンを使役する
ことぐらい可能だろう」
彼女は「騎士の脳を喰らった進化したゴブリン」を思い出す。可能性的にはそれも考慮しなければならないだろう。
ゴブリンと狼から討伐部位を切り取り、死骸を路外に捨てる。既に、修道院跡の遠景が見えており、更に木立の中を進む。幸い、罠の類は設置されておらず、接近する者を知らしめる鳴子のような物も見当たらない。
『まあ、余り警戒していないようだな』
『魔剣』も周囲を偵察する『猫』も同様の意見のようだ。長く放置されていた場所であり、近づく人もほぼいない状況で、警戒すること自体が意味がないと考えているのだろう。
「何かちぐはぐね……」
そう思いつつ、彼女は修道院跡を目指した。
修道院の入口には座り込んで粗末な槍を肩にかけて居眠りをしている二匹のゴブリンがいた。気配を消したまま接近し、息の根を止める。死体は同じように処理する。
「気配は……かなりあるわね」
「このまま正面から堂々と行くつもり?」
「……三手に別れましょう」
赤目蒼髪と赤目銀髪は修道院の外周を確認し、ゴブリンがいればこれを討伐する。
彼女と青目蒼髪、伯姪と茶目栗毛は二手に分かれ廃墟内を時計回りと反時計回りに
確認をしていく。
「魔力の大きさからすると、ゴブリンは並の者ばかり。数は……五十を超えるかしら」
「……人狼は?」
「わからないわ。もしかすると、気配を隠蔽できるのかもしれないわね」
伯姪は「お出かけ中かもね」と軽口をたたき、茶目栗毛が「だと良いですけど、帰ってきて出会いがしらは勘弁してほしいですね」と返す。
ゴブリンが群れているのかと想像したが、数はそれほどでもなく……狼のような頭を有する人型の魔物が見て取れる。ゴブリンと人狼だろうか。単独でいる犬頭に近づき、気配を消したまま接近し1体の首を刎ねる。死体は不本意だが魔法袋に収納することにした。
少し先にさらに何匹かの小柄な狼のような頭を持つ魔物がいる。
「人狼……にしては小さいわね」
『こりゃ、コボルドだ。帝国にいるゴブリンくらいの大きさで犬頭、それで、廃鉱山に住み着いたりしてドワーフの真似事をする奴だな』
帝国には鉱石の出なくなったため放棄された鉱山跡に住み着いている場合が多く、それなりの規模の群れを有している場合が多いという。
『ゴブリンの装備がましなのは、こいつらが作った武器の成果かもな』
「……そういう意味ね」
ドワーフほどではないが、簡単な武器なら鍛冶ができるということなのだろう。ツルハシや金槌が得意なようだが、ナイフや剣も作れないではない。鋳造なのだろうか。
ゴブリン程度という事であれば、余り警戒する必要もないだろうが、コボルドを本物の人狼が従えている可能性はないのだろうか。
『そもそも、人狼ってのは人里に紛れているから恐ろしいんであって、こんな廃墟に隠れている時点で脅威は半減だろうな』
知らない間に住民が人狼に殺されていく、その点にもある。人に混ざり人を襲うというのは、敵に通じている存在に似ているかもしれない。勿論、吸血鬼同様、人を超える腕力を持ち不意を突かれれば危険ではあるが、単独行動をすることが多いので、それほど問題ではない。
『吸血鬼も人狼も紛れる為には群れは作らねえ。だから、そこまで恐ろしくは無いんだろうな』
一対一で出会えば脅威だが、討伐なら常に複数で連携するのが当然。それほどの脅威ではないだろう。
茶目栗毛に周囲を警戒してもらい、彼女は一室ごとに魔力の気配を確認する。特別大きなものは存在しないが、一室だけ余りにも小さな魔力の気配を感じた。
『隠蔽……かけてる奴かもしれねぇな』
「人狼かしらね」
『そうだとしても、複数存在するわけじゃねぇから問題ない。外側にゴブリン、内側にコボルド。武器を持ってはいるもののそれほど危険ではないな。逃がさないように出入口を封鎖して、外周も警戒した上で、一室一室虱つぶしだな。幸い、石造りの建物だから、火災で炎上する心配もないから、問題ないだろう』
一室ごとに油球を撃ち込み、焼き殺すならそれぞれ討伐可能かもしれない。数が多いコボルドたちがそれぞれの部屋に分かれて存在する状況を有利に使えば問題ないだろうと彼女は結論付けた。