第132話 彼女は南都で考える
第132話 彼女は南都で考える
「ゴブリンに狼の討伐依頼……オークの集落の調査依頼ね……」
「あー 実習に丁度いいかもしれないわね。ランクも上げやすいし、帰りについでに討伐してもいいかもしれないわね」
王都近郊は騎士団の巡回やリリアル軍団の討伐を受ける風潮から、依頼の消化が進んでおり、冒険者が「仕事がなくなる」とばかりに、依頼の滞留があまりない。それと比較すると「南都」は依頼取り放題なのだ。
その影響もあって、今回は遠征に主なメンバー全員を連れてきたという事もある。ルーンの王都からの出向組が安定すれば、リリアルも遠征チームを定期的に派遣することも考えている。
「やはり、南都から少し離れた場所での依頼が多いわね」
主な街道沿いであれば、護衛の冒険者が魔物を狩ることもあるので依頼が特別無くとも魔物が狩られていく。結果、辺境で尚且つ依頼料が安いところが残ってしまっているのだろう。彼女たちが採取に向かう街『ノーブル』周辺での討伐依頼もかなりの数ある。
「鉱山が閉鎖された影響で人がいなくなった村の跡にゴブリンが住み着いていると言ったところでしょうね」
「中にはもう少し強力な魔物も混ざっているかもしれないわね。環境的にそんな気がするわ」
魔物は間引かないと、数が増えれば強い個体が育ちやすくなる。南都の近くでは起こっていないだろうが、離れた場所では問題が発生している可能性がある。常に、問題は周辺で発生するのであるし、その問題に対応できる存在が周辺にはいないのだ。故に被害は大きくなる。
二人は『ノーブル出張所』経由の依頼を確認し、受付で出張所で受けても問題ないかどうかを確認しギルドを出たのである。
ニース商会の経営する宿はスッキリした外観の建物で、若干窓が小さいのはニース風なのかと思うのである。南都はニース領程夏は暑くないだろうが仕様なのだと思う事にした。
姉は明日朝合流するとの伝言を残しており……何故合流するのかと彼女は少々疑問であるが、どうやらノーブルの街も一度確認しておきたいようなのだ。
「ノーブルは以前は領都だったんだけど、王領に編入されて南都に機能が集約されたんでちょっと勢いがない街になってるね」
伯姪曰く、五十年程前に最後の女性当主が王の従弟と結婚し子を成さずに亡くなったため、王家がその領地と伯爵位を有することになったのだという。ブルグント領の南の王領はその後、まとめて「王太子領」とされ、南都が中核となり統治しているが、王都近郊と比べるとかなり放置気味なのである。
「歴史的には別の国だから、王領と言っても旧領主の家系が代官を務めたりして、完全な家臣団に拠る統治とは違うから」
王太子領として定めた納税さえすれば、比較的任されてしまう領地であることと、王太子が成人前であった時期が長く今後、親政が始まれば変わることもあるだろうが現状は回っているが問題が露見する直前といったところなのだろう。
「グランドツアーが終わるまでは放置する方針なんじゃないかな」
「そこで、王太子殿下と側近の政治的な力量を王太子領で推し量るという事なのでしょうね」
リリアルの魔術師部隊が王太子殿下の騎士団と協力して、年に一度か二度遠征をし討伐や調査の依頼を消化することを提案しても良いかもしれない。王家の判断次第なのだが、依頼を受けるつもりがある事は伝えたいと思うのだ。
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姉は何故かノーブルへ行く気満々で迎えにやってきた。
「じゃあ、ノーブルへ向けてレッツゴー!!」
「……姉さん、暇なのかしら?」
姉曰く、兎馬車二台は預かるので、二台で移動したらどうかというのである。積んできた荷物は既に降ろしてあるので、乗れる人数は増えたのだが、姉を除いても一台で八人は……無理がある。という事で姉が御者をするので三台で移動し、一台は自分が乗って帰るというのである。
「ノーブルって行ったことないからね。わりとコンパクトな割には城館に大聖堂もあって元領都に相応しい城塞都市だって聞いたけどね」
姉は商会の支店に赴くと、ニースの商工ギルドや主だった取引先に挨拶をして、前伯夫妻の到着を待って王太子領の代官に顔見世に行くというのである。恐らくは晩餐があり、その後社交のパーティーとなるらしい。
「二人を参加させられないのは残念だけどね」
「遠慮しておくわ」
「そうだねー 王太子殿下も忘れていないだろうしね」
デビュタントのエスコートを王太子様が担うという話も確かあったのである。あまり、仲良しになるのもどうかと彼女は思うのである。
『ノーブル』は旧アルボ伯領の領都で二つの川が合流する二俣の部分に建設されている街だ。百年戦争の頃まで長い間この地域は「帝国」の領土となっており、北に隣接するサボア公領と共に王国とも最前線であった。
百年戦争が終結し王国が力を取り戻すとともに、帝国・法国が国内で勢力争いが激しくなったこと、またニース辺境伯領が王国に帰属したことから、アルボ伯領は女伯の配偶者に王家の者を受け入れ、やがて女伯の死後は王家の所領となった。
その場所はシェラ山脈の端に位置し、古の帝国時代から続く集落が発展したものだと言われている。帝国・山国・法国と隣接する場所であり、王国への入口であるともいえる。その場所に関心がもたれていないというのは、王国の国内が安定しているとはいえ、いささか油断しすぎではないかと彼女は考える。
ルーンでの出来事を考えると、敵の勢力が浸透していないとも限らないのであるから、少なくとも南都の騎士団を再編成し、巡回なり駐屯なり行う必要があるのではないだろうか。王都周辺の治安が改善したのは、騎士団の分駐と定期巡回の拡大によるものなのだから、南都周辺、特に隣国と接点の多いこのエリアは強化すべきなのだろう。
「ま、何かやらかしていれば、ちょちょっとリリアルがつついてあげたらいいんだよ。幸い、法国にいる王太子殿下が帰りに立ち寄るらしいからさ。その時に、話をしてみるといいんじゃないかな?」
「……それほど長い期間、この場所にとどまる事は無いわよ」
「いやいや、王妃様からリリアルが南都に滞在しているって話は伝わっているから、予定を合わせてくると思うよ!」
先触れがあれば、南都に留まらねばならないだろう。その間に、討伐依頼など消化することを考えても良い。
街は川に挟まれているため発展性に乏しかったこともあるだろうか、こじんまりとした大きさであったが、城館と大聖堂は立派なものである。背後の山の斜面には古の帝国時代から利用されている山塞が存在することも、古くからの城塞都市であることを印象付ける。
目の前にはそそり立つ山並みが屏風のように立ち並んでいる。鉱山のある山であり、魔物が潜んでいてもおかしくない山の深さである。王国内でみられる丘のような山ではなくそびえ立つ険しい山並みなのだ。
さほど広くない街とはいえ元領都であり、隣国との行き来をする出入り口であることから、宿屋の数も多く宿泊先にはあまり困らないように思える。今日はギルドの出張所に顔を出し情報収集と依頼を確認し、採取組は採取場所の確認と現地の情報を商人などから聞き出すことになっている。
「あー お姉ちゃんも参加したかったなー」
「……では、姉さん、義兄さんと前伯様方によろしくお伝えしてちょうだい」
「うん、応援必要ならいつでも声かけてね!」
ルーンの時のように討伐に参加する気満々のようだが、今回は御遠慮いただくつもりである。人狼は姉とはあまり相性が良いとは思えない。
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彼女と伯姪、茶目栗毛に赤目蒼髪と青目蒼髪に赤目銀髪の六人は「冒険者が来た!」という雰囲気で出張所に顔を出すことにした。他の子たちは冒険者らしからぬ風貌の女子が多かったという事もある。大勢で押し掛けるのもなんだかおかしなことでもある。
依頼票には調査依頼のほか討伐依頼が複数掲示されている。その紙の色は退色しており、長い間その場所に掲げられているように思われた。若い駆け出し冒険者パーティーのようで揃いのしっかりした装備に違和感を感じつつ、受付嬢は声を掛けてきた。
「冒険者の登録は南都まで行かないとダメなんですよ。ここは依頼の受付と達成報告、それに素材の買取の一部だけ行っています」
なるほど、貴族の子弟がやってきたとでも思われたのだろうか。それなら南都のギルドに行くだろうが念のためなのかもしれない。
「いえ、私たちは王都のギルドで調査依頼を受けてきた『リリアル』のパーティーです。ギルドマスターはおられますか」
「……私が兼任しております……」
その彼女より一回り程年上、恐らく侍女頭程の年齢の女性はそう自分を紹介した。小さな商店ほどの広さしかない出張所からすると、全ての業務を一人でこなしているのかもしれない。街の規模からすればそれはあり得る話であった。
彼女は王都で受けた調査依頼の件に加え、周辺の討伐依頼のことについて尋ねることにした。
「この東に村がございます。川沿いを進んでいただくと一時間ほどでしょうか。そのさらに先、山に向かう斜面の途中に廃墟となった修道院があります……」
修道院は百年戦争の少し前、枯黒病が流行した時期に多数の病人を受け入れた結果、修道院自体が集団感染してしまい多くの修道士たちも亡くなり廃棄されたものであるという。
「……当時の記録が良く残されていないことと、当時は伯爵領でしたので残された記録も散逸しているので詳しくは判らないのです」
歴史的な記録というのは、その地域の立場のある人間……例えば修道院長あたりの日記などに残されていることが多い。その修道院自体が遺棄されたのでは記録も残っていないのは当然だろう。
彼女はその他の討伐依頼の推移について確認をする。ゴブリン・狼は当然にして……オークも存在する。オークはゴブリンより広範囲に移動しており、山国や法国、隣接する公国とこの周辺を行き来しつつ、主に放牧している家畜を襲っているのだが、時には集落が襲われることもあり、人的な被害も少なくない。
とはいえ、この周辺の放牧民は帝国や山国に住むワルサーと呼ばれる谷筋ごとの共同体民よろしくハルバードなどで武装しているため、オークもよほどのことがない限り村を襲う事は無いという。
「とはいえ、オークが人を襲わないわけではないので……見つけ次第討伐をお願いしたいのです」
「山の中を移動しているわけでしょうか」
「はい。恐らくは山腹の洞窟などで起居しながら移動して狩りをしていると思われます。家畜は捕らえやすいので狙われているのかと思われます」
オークの被害は時期にもよるようで、冬になれば里に下りてくるので顕著になり、夏場は山の高いところの放牧されている家畜を追うので遭遇する機会は少ないだろうという。
ゴブリンは山の高いところまで移動することはできないので、里の周辺の森の中などに小集落を作り村の周辺で畑を荒らし、家畜を襲い時には村人と争うこともあるという。日頃から武器を手放さない農民が多いので、ゴブリン程度なら少数では相手にならないというが、放置していれば大きな事件が発生しないとも限らないのでできれば依頼したいという。報酬は……少ない。
「未確認な情報なのですが、調査依頼の修道院に人狼だけでなく、ゴブリンと魔狼も住み着いているという情報もあります。里から離れているので、今のところ村周辺での被害は発生していませんが、旅人や行商人が襲われたという話も伝えられています」
今のところ定住民には被害がないので様子を見ている。情報を上げても代官が動かないので仕方がない。それに、王都周辺の農民と異なり、自治や自衛の為の武装もある程度あるので、決定的な魔物の襲来でもない限り気にしていないという事なのだろうか。
「何かあればこの街に避難して応援を待つというのが習わしです。小規模とはいえ、少々のスタンピードや野盗の集団では街を陥すことはできませんので、それに頼っているからなのでしょうね」
周辺住民や南都の代官の腰が重いのは理由があるわけなのだ。
出張所を出てこれからの移動では現地に到着するのが夕方となるため、一旦宿に戻り明日の段取りを整理することにした。街での聞き込みの成果も確認したい。彼女と伯姪以外は男女ペアとなり、「旅の若者」風に聞き込みをしてもらうことにした。赤目銀髪は茶目栗毛と、蒼髪二人はいつもの感じで……つ、付き合っているわけではないが、討伐などで組むことも多い気の置けない仲なのだ。
「さて、明日の調査は今日のギルドに向かったメンバーでいいのよね」
「それ以外の子たちには先に水晶の採取に協力してもらうことになりそうね」
水晶は「鉱山」で採取することもできるのだが、通常は金や銀の鉱脈の隣接した場所に形成されるもので、「水晶の鉱山」というものはあまりないのだという。通常、水晶は河原などに堆積している石の中に混ざっており、貝拾いならぬ水晶拾いをすることが多いようなのだ。
「山に向かうと細かな支流があって、その両岸には雪解けなどで山から削られた土砂の中から水で洗い流された水晶が残るから、それを拾うんだってさ」
山村の現金収入の一つらしく、採取前に近くの村に声を掛けてほしいとは言われている。なので、明日は彼女が修道院跡に向かう村まで全員で同行し、そこで調査組と採取組に別れる予定にしている。
「可能であれば村の中でキャンプさせてもらって、何日か過ごすことも考えられるわ」
「なら、薬師の子たちに無料で病人を見てもらって薬もわけることが可能かも知れないわね。そうであれば、移動の負担も減るでしょうし、村の感情もかなり変わるでしょう」
リリアルを知らしめるためにも良い活動であると彼女は考えたのだ。十六人のうち村に残るメンバー十人に、調査組六人で別れることにし、兎馬車はそれぞれ一台を使用する。行きはそれぞれ八人乗りとなるが、警戒の為に何人かは徒歩で移動させるのでそれほど負荷にもならないだろう。伯姪の提案は互いに利益がある。
辺境伯の家宰の娘として実際の仕事を目にしてきた伯姪には、彼女にはない調整能力があるという事がよくわかる。リリアルにとっても彼女自身にとっても、伯姪の存在は必要不可欠となりつつあるのだ。
宿に戻ってきたメンバーと情報の摺合せと、明日以降の行動に関しての打ち合わせを行う。老土夫曰く、最初にその村に近い川筋で採取を行うことにするのが良かろうという事になった。
「時間が掛かるからの。移動にするならその村に拠点を置くのは悪くない。なんなら、鍛冶でもできる事があるやもしれぬ」
薬師だけでなく鍛冶師もいるとなれば、よほど排他的な村でない限りは歓迎されてもおかしくないだろう。
「調査の後は、採取だけでなく近隣の魔物の間引きも行います。採取組も日替わりで討伐に参加して経験を積んでもらうのでそのつもりでいてちょうだい」
討伐経験のない薬師娘に魔力小娘の顔が若干青ざめるのだが、何事も経験という言葉もある。
「森の中で狼やゴブリンと出会う事はよくあるのだから、落ち着いて対応できるだけの経験を持ってもらうわ」
気配隠蔽のできないこの娘たちを誘引の材料とし、狼やゴブリンを討伐することも一つの方法だと彼女は考えているなど、目の前の娘たちは考えていないだろう。