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第131話 彼女は南都に到着する

第131話 彼女は南都に到着する


 その晩は、少々派手に厄落としをすることにした。でないと、初めて人を殺した経験を消化できないと思われる者がいたからだ。


 薬師娘二人は「自分たちが犯されて殺されるのはちょっと……」という大人な対応になり、伯姪と盗賊討伐の話を色々していたので問題なさそうだと思われた。彼女たち曰く、孤児院にいる頃から見目の良い二人は大人の男たちから不躾な視線を浴びていたのだという。だから、そういう気持ちは何となく伝わってくるというのだ。


「二人とも器量よしだから……そういうことはあるわよね」

「……それで、娼館にでも連れていかれたら嫌なので……必死に勉強してリリアルに入ったんです……」

「孤児院を出て真面目に働こうとしても……なかなかいい働き口がないので、そういう所で働いている知り合いは少なくないんです。運が良ければ……ひいてもらえるかもしれませんけど。孤児は難しいですね」


 孤児院に寄付したり頻繁に来る篤志家の中には……少女目当ての人間も少なからずいるようで、貧しい孤児院では幼い孤児たちの為に自分を犠牲にする者たちも少なくないという。


「リリアルで頑張ることが、あの子たちの生活を少しでも良くできればって思ってここにいるので……山賊ぶち殺すくらい覚悟の上です」

「変態オヤジどもと同類だと思えば、殺意マシマシですから問題ないです!」


 どうやら、彼女が考えているよりも薬師娘たちはたくましいようなので安心した。


 問題は……藍目水髪と碧目栗毛たち小魔力トリオのようだ。藍目水髪は初めての体験だがゴブリン慣れしている事と、割り切れるタイプなので外見では分からないが、遠征含めて経験の少ない小魔力トリオはお通夜状態で食堂の隅で沈んでいる。


「うん、ここがお姉ちゃんが一肌脱ごうかな☆」


 姉は果実酒と果実水を頼むと、彼女たちの座る席に「ちょっと座らせて!」と割り込んだ。


「ささ、みんな、今日はちょっと果実酒の果実水割りで乾杯しようか」

「……なんの乾杯ですか姉先生……」

「自分の手で自分を守れるようになったお祝いだよ。いやーめでたいじゃない。これで君たちも、立派なリリアルのメンバーだよ。今までは守ってもらうだけの味噌っかすだったからね。良い事だよ!」

「……味噌……かす……」

「……ワインの……澱……」

「……パンの……ミミ……」

「あれはあれで美味しい……」


 ん、パンの耳とは何かしらと思いつつ、彼女も話に加わることにした。


「今日はお疲れ様でした。初めて山賊を見た感想はどうだった?」

「……ばっちいと思いました」

「あれに襲われたら……と思うと身がすくみました……」


 薬師に近い静かな生活をしていた小魔力組には、血まみれの山賊は恐ろしく思えただろう。とはいえ、生きているものは殺すことができるのでそこまで恐ろしくはないのだが。


「あの人たちは、戦争で楽をすることを覚えてしまったの。だから、人の道から外れて魔物同然になってしまったの。だから、魔物だと思わないといけないのよ」

「……魔物ですか?」


 彼女は戦争に赴く兵士の何割かは戦場の外で行う非情な行為の為に参加している事を伝える。それは、王都の孤児院の中しか知らない孤児たちにとっては未知の世界、理解の範疇の外にある出来事だ。


「王国内は幸い戦争がなくなってかなり時間がたつけれど、帝国内では二つの宗派に分かれて街と街、村と村が殺し合う事も当たり前なのよ」


 王国の王都の孤児院の中の常識とは異なる世界がそこにはあるのだ。


「それだけではないのだろうけれど、安易に人を害し、自分の欲求を満たそうとするものは王国の中にも紛れ込んでいるのよ。仲間以外は簡単に信用できない。それは、王国の中においても同じなの。明らかな敵には躊躇なく魔物と思って討伐しなさい。それに……」

「それに?」

「あなたたちが真剣にフレイルで叩きのめしても、簡単には死なないから遠慮は要らないわよ」

「そうだよねー 遠慮は『姉さんのフレイルは魔装じゃない。普通に重装騎士でも殺せるから加減しなさい』……だってさ。ちぇ!」


 ちぇ!じゃないと内心思いつつ、姉の軽口と果実酒の果実水割りで気持ちが和らいだのか薄い笑いが広がる。


「嫌なことあったら飲んで食べてよく寝ればスッキリするから今日はそうしなさい」

「お姉ちゃんもとことん『迷惑だからほどほどに』……付き合うからね☆」

「「「「はーい!」」」」


 あははと笑いが零れたところで彼女は席を離れることにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌朝早く、一行は南都へと向かう。川に沿った街道であるので、前日のように賊の心配もほぼない場所なので、自然と速度も上がる。一日あたりでは一番距離がある旅程なので、自ずと進みも早まるというものだ。


 段列は初日と同様で先頭は男兎馬車に戻している。


「南都はどうなっているんでしょうね」

「王領とはいえ、王太子領で尚且つご当人は遊学中ですもの。あまり良い予感はしないわね」


 王領でも王都に近い場所であれば目も届くのだが、南都は遠く更に王国南半分の中心地でもある。元々百年戦争の時期も戦火にさらされることもなく、さらに法国が国内で争っていた時期、南都に各都市が商館を出し、戦火の及ばぬ場所で貿易を続けた歴史もある。


「王都とは別の経済圏で、尚且つ王家の目を離れた場所。どこぞの自由都市と同じ匂いがするでしょ?」

「今回は関わらないわよ。あくまでも調査依頼に専念するわ。本命が水晶の採取ですもの。それでも、何か気になることがあれば、報告することもあるでしょう」


 ニース商会は南都には古くから支店を構えている。そういう意味では、不穏な動きを調べるのは姉の担当だ。恐らく、南都で前伯夫妻と姉夫婦は待ち合わせをし、しばらく社交をする期間を設けることになる。その間に、情報収集含め王家に報告すべきことをまとめる事だろう。





 街道と並行して流れるローニャ川は水量が多い半面、急流でもある。故に、遡ることが困難であり、南都より北の川筋は船による輸送の恩恵を受ける事が余りない。その代わり、馬車での輸送が少なくない為、領都と南都の間の街道はそれなりに賑わっている。


「南都と言えば食の都と言われているのよね」

「そうね。牛の脚のサラダとか、豚の鼻の軟骨のサラダとかあるわね」

「……ねえ、それっておすすめ料理なのかしら」


 御者を務める灰目赤毛が頭を左右に振り、その横にいる碧目赤毛が「NON!!」と声を上げている。多数決では確実に負けている。


「豚肉を使った料理、ソーセージにパテなんかも有名よ。味付けが変わるから、王都とはかなり違うと思うの」


 ソーセージのパイ包みやソーセージが丸のまま入って焼き上げられたパン等もあるという。何それ美味しいの?


「鶏肉のソテーや川マスを使ったスフレもお奨めね。クリーミーなソースをかけて食べるとおいしいのよ」

「ソーセージだけではないのね」

「もちろん、食はソーセージのみに生きるにあらずよ!」


 牛の乳から作られたチーズも名物の一つだという。朝食にはそのチーズから作られたソースをパンに塗って食べるのが南都風の朝食なのだそうだ。それも楽しみではある。


「王都は貴族とその使用人、その人たちにモノやサービスを提供する商人・職人の住む街だけれど、南都はそうね……商人の街かしら。法国や山国・帝国も近いからその辺の商人も随分と多いと思うわ。だから、王都より珍しいものは多いんじゃないかな。楽しみにしてね!」


 とはいえ、物見遊山で行くわけではないので、あくまで気持ちの問題なのである。


 道はよく整備されていたものの、旅も三日目となり兎馬も人も疲れが溜まって来ている。無理をすれば暗くなる前に到着できるかもしれないが、そのまま宿に入ることになるよりは、手前で一泊し翌日午後早く到着することが望ましいと考えた彼女たちは手前のマティスという街で宿泊することにしたのである。




 

 マティスの街はブルグント領の南端で尚且つ、山国・法国との間にある小邦『サボア公国』と接している街でもある。南都の情報、サボア領の情報も知り得る地勢にある。


 王国と帝国、その帝国の中から自律的な集落が独立した集合が山国なのであるが、山々に囲まれたこの周辺は、谷と尾根とで区切られた生活圏ごとに独立した集団を作る傾向があるという。


「帝国にも王国にも法国にも属さない国と国の境目にある山々に囲まれた場所に住む集団の長と言ったところなのよ」


 ニースに接する地域にもそういった土地柄は存在するので、伯姪も多少は知識があるようなのだ。大国から支配しにくく、尚且つ、半遊牧生活をおくる集団がいる地域。住民は武装し、人口が増加するとともに尾根を越えて放牧させ、お互いの生活圏を侵し合うなかで武力闘争が発生するという。


「話し合いの場には皆自分たちの武具を持ち寄って参加するのよ」


 つまり、揉めている者同士が話し合う場に、それぞれの集団が武具を持って集まり、お互いが威嚇し合うという、まさに右手で握手、左手に剣の精神で話し合うようだ。勿論、滅多なことで殺し合いに発展することはなく、話し合いで済む場合が多いのだが、時には戦いになることもある。


 おかげで、同じ地域出身とはいえ谷筋が違えば仲が悪く、谷の上と下の集落でも仲が悪い為、出稼ぎのため傭兵として王国・法国・帝国に雇われたとしても、何の躊躇もなく殺し合いができる関係となる。


 ただしそれは他国においてであり、自分たちの住む地域に王国・法国・帝国の軍勢が攻め入ろうものなら、武器を持てる全てのものが兵士として抵抗する皆兵主義の地域でもある。


「まともに農業ができるような場所じゃないから、足らない食料は出稼ぎで稼いだお金で買わないといけないのよ。だから、兵隊としていろんな国で働いている人が多い地域かしらね」


 王国にも山国兵の親衛隊が常備兵として雇われている。その、山国式槍斧は高い威力を有し、歩兵でありながら騎士の突撃を防ぐことができる優れた武器なのだが、操作が難しく鍛錬が必要な武具でもある。


「傭兵で国に帰れない奴らの中に山国の人たちはいないでしょうけどね」


 彼女は何故と疑問に思うが、伯姪は仕事が終われば家に帰るのは当たり前。あの人たちは、戦争があれば他の国に赴き終われば帰り、募集があればまた参加するという事を繰り返しているのだから、農村で食い詰めた奴らとは最初から違うのだと説明した。


「自分たちの技術を高く売れると知っているのだから、雇われていないときは故郷で暮らしているだけよ」

「そこで、隣の集落とまた戦争するかかしら」

「常在戦場が当たり前の土地柄だから、傭兵として強いのも当たり前ね」

「では、私たちは出会わないことを祈りましょうか」


 彼女は『賊』を殺すことに躊躇はないが、『戦士』を殺す事には躊躇がある。戦士が賊と化せば、遠慮なく討伐するのだが。





 マティスの街にも冒険者ギルドは存在するが、あくまでも簡易な「出張所」の扱いであるようで、所属する冒険者はあくまで『領都ギルド』の扱いとなっていて、依頼の受注や支払い、素材の買取などを主な業務としているようなのだ。


 依頼票の内容を確認しに来た彼女と伯姪は、近隣の村から出されている討伐依頼に「狼」「ゴブリン」が多いことが気になっていた。受付嬢に話を聞くと、ここ二年くらいでかなり増えているのだという。


「冒険者が少ない事と、報酬が低めなのでなかなか対応できていないのです」


 受付嬢的には「受けてもらえるのか」という期待が見え隠れするのだが、あくまでも南都周辺の治安の確認の意味で尋ねているので、依頼を受けるつもりはないのであるが。


「騎士団が討伐するという事は無いのでしょうか」

「実際、村が襲われて大きな被害が出そうであれば騎士団の出動となるのでしょうが、今の段階では村の自警団では対応が困難となりつつあるので、専門の冒険者を雇いたいというレベルです。なので、騎士団が動くことはないと思われます」


 また、ゴブリンの群れは南都・ブルグント領・サボア領と移動する傾向があり、お互いに追い払って済ませているので、根本的な解決となっていないのだという。


「この辺りは伯爵・公爵領から王領に統治が変わったところが多いので、王領の騎士団の戦力不足という事もあるみたいですよ」


 王都には近衛と騎士団の両方が存在し、それ以外にも兵士が存在するのだが、南都には南都を守る宮中伯の小規模な騎士団と衛兵しかおらず、遠征能力がないのだという。故に、南都の防衛に専念する他ないのだという。


「幸い、野盗の大規模な集団なんかもこの辺にはいないので、何とかなっているんですけどね」


 たははと力なく笑う受付嬢である。南都に用事があるので、その帰りにでもまた立ち寄る旨を伝え、もしその時に急ぎの討伐があれば引き受けても構わないと彼女が伝えると「あ、ありがとうございます。確認しておきます!」と返事が返って来た。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 予定通り、翌日の午後早い時間にリリアル一行は南都に到着した。姉は即座にニース商会の支店に薬師娘一人を連れて移動していった。もう一人は御者として残ってもらっている。


 東門に近い場所に宿を確保しているので、一旦宿に入り、遅めの昼食を食べると夕食まで解散することにした。それぞれグループごとに南都を見て回るらしく、男集団はもちろん武具屋に揃って足を運ぶらしい。


「ここは、山国や法国の武具も入ってくるからの!」


 老土夫の言い分は良くわかった。





 彼女と伯姪は冒険者ギルドの支部に向かった。情報収集と、依頼にどのような物が多いのかを確認するためである。


 南都の冒険者ギルドは王都より大きいくらいであり、王都よりも圧倒的に商人の護衛依頼が多い事に気が付く。討伐依頼を受ける危険を冒すより、商人の護衛で賢く稼ぐような構造になっていると気が付く。


「王都近郊は騎士団が巡回しているから、護衛依頼が少ないのよね。それを考えると、南都周辺は『討伐依頼が消化できるわけないわね』……そうなのよ。それで、王都にギルドに依頼が回ってきたという事もあるのでしょうね」


 調査依頼のような手間暇がかかって報酬が少なく、まして事前情報の無い未知の魔物との遭遇戦も覚悟するようなものを、この場所で受ける冒険者は恐らくいないだろうと彼女は理解したのである。



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