第130話 彼女は再び山賊と出会う
第130話 彼女は再び山賊と出会う
「ほお、強い酒を造る蒸留器か!!」
「でも、難しいからできないんでしょ?」
火酒と呼ばれるアルコール度数の高い酒が好きな土夫の老鍛冶師は、姉の安い挑発に「はっ、簡単じゃ!」と二つ返事で引き受けてしまった。
「では、錬金術師用に小さなものを複数作ってもらい、最終的に大きなものを作成するという事でお願いします」
「おう、いい酒にはいいレシピが必要だろうからな。実験用小蒸留器で色々組み合わせてから作成する方がいいだろうな!」
完全に「飲む・酔う」の方向に思考が向いている老土夫には何を言っても仕方がなさそうなので、諦めることにした。
翌朝、早朝から移動を開始する。出来れば昼前に山賊の出るであろう場所を通過したかったからである。
メンバーには朝食の時間に「山賊が出れば討伐する」と説明しており、その際の段列も変更してある。
「また山賊討伐ね。行きがけの駄賃にするにはいいけど、たぶん人数が多いと襲われないわよ」
「少し工夫しようと思うの」
先行させる一台は薬師娘二人に姉のいる三号車。十分距離を置いて後続の三台が追走する。
「姉には薬師二人を守ってもらい、弓手が遠距離から牽制することで時間を稼ぐのよ」
「ああ、囮にして釣り出してってことなのね」
将来的にも山賊と遭遇することが皆無ではない。人間相手に実際に戦う必要もあるだろう。ゴブリンより先に実際、人間の賊と相まみえることも重要だろう。
「姉さん、皆を守ってちょうだい。討伐は後回しよ」
「わかってるよ!任せておいて!!」
全く任せられないので、『猫』を同乗させることにする。ある程度の距離であれば、念話で会話ができるからだ。便利。
『主、では斥候役勤めさせていただきます』
「ええお願い。危険そうであれば足止めしてちょうだい」
『承知しました』
『猫』が自分たちの兎馬車に来るとなり、薬師娘二人は交互に前の席と御者台に座り姉がそこに加わる。後方の二人は藍目水髪と赤目銀髪の二人。その兎馬車から離れる事、2㎞ほど後方を三台の馬車が移動する。
いざとなれば、五分以内に追いつける距離である。
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葡萄畑が作られるような場所に到達し、少々丘が増えてくる。シャンパー領とブルグント領の境目が近づいている。そろそろ山賊が出てもおかしくない場所だ。
傾斜が徐々に大きくなり、兎馬車の速度もだいぶ遅くなる。そして、来るべき者が来た。
『主、道の中央に荷車が……』
彼女は内心テンプレキタ!と思いつつ、『猫』に賊の人数を確認させる。前方に六人、後方に四人と数は多くない。恐らく単独の馬車を狙い、待ち構えていたのだろう。
『主、問題が』
少数の山賊であれば、恐らくは工作兵ではなく食詰農民か傭兵崩れと考えていた彼女に『猫』から思いがけない連絡が入る。フリントロック銃を構えている賊が一人いるというのだ。
『時間を稼ぎます』
「お願い」
彼女は「先行するわ、追いかけて!」と伯姪たちに声を掛け、身体強化を行うと全力で走り始めた。距離は2㎞の差。この傾斜であれば並の馬車なら十五分から二十分は到着までにかかるだろう。兎馬車でもその半分程度で済めばいい。彼女の全力なら二分いや、一分半で到達できるだろう。
『どうする』
「全力で斬り殺すわ」
フリントロック銃が一丁であれば、恐らく問題はない。銃で脅し武器を取り上げその後、連れ去るつもりなのだろう。あの姉が黙って言うことをきくはずはない。二分程度、楽に稼げるだろう。だから……多分……問題ない。
魔剣とサブの短刀型の魔銀製サクスを左手に装備する。魔力を全身に込め、気配隠蔽を行わず、全力で進む。山道に大きく穿たれる小柄な足跡、その歩幅は優に2mを超えている。
『脚長いなお前』
「心はもっと前に進んでいるわ!」
見えてきた山賊四人の後ろ姿に、彼女はまだ始まっていないと気が付く。赤目銀髪は藍目水髪をかばいつつ、弓をつがえて後ろを警戒している。そして……彼女と目が合う。
タイミングを合わせ、後方四人の中央二人の首を刎ね飛ばす。すかさず、両サイドの二人に矢が命中し、崩れ落ちる。
「待たせたわね、姉さん、みんな」
「思ったより早かったね。どうする?」
「撫で斬りで構わないわ」
銃を構えた男に姉が突進、発砲する銃弾を姉は回避せず、魔装衣のマントに魔力を込めその手前に結界を展開、弾丸はギャンと音を立て地面に落ちる。
「さて、君たち、お仕置きの時間だよ☆ 手加減しないで良いってさ!」
マントの下からホースマンズ・フレイルを取り出した姉がフルスイングでフリントロックな銃手を叩きのめす。嫌な枯れ木が折れるような音とともに、男が崩れ落ちる。
彼女は前進し、膝下を斬りつけ呻き声をあげた男たちが一人二人と地面に蹲る。僅か一分足らずで十人の賊は切り伏せられてしまう。取り落とした武器を兎馬車に向け放り投げ、彼女は賊に話しかける。
「仲間はどこ」
「……い、いねぇ……」
「仲間はどこかしら」
無事な足を魔剣の切っ先で貫く。大声で喚き始める男の顎を蹴り上げ黙らせる。背後の薬師娘二人に声を掛け、フレイルを持った二人が彼女の傍にやって来る。
「大丈夫かしら」
「は、はい。なんともありません」
「ダイジョブです……」
ガチガチと歯を鳴らし、体を震わせる二人に、彼女は命じる。
「この倒れている男に仲間の居場所を聞き出します。私が良いというまで、フレイルで交互に叩き続けなさい」
姉は口笛を吹きサムズアップ。周囲の賊に警戒している赤目銀髪に、藍目水髪は剣を持って矢の刺さった賊から武器を取り上げている。遠くから馬車の近づく音が聞こえてくるが、まだしばらく時間が掛かりそうだ。
「早くなさい。仲間が隠れていたら、あとからくるみんなが危険よ。弁えなさい」
姉が、こうやればいいんだよ!とフリントロックを取り上げた銃手をフレイルで滅多打ちし始める。うん、そこまでやらなくてもいいのだけれど。恐らくそいつがリーダーだろう。生かしておいてもらいたい。
「姉さん、ポーションもただじゃないのよ。生かしてブルグントの騎士団に突き出すまでが仕事なのだから殺してはダメよ。こっちの男たちとは違うの」
姉は気のない返事をすると、他の男たちから武器を取り上げ始める。
「始めなさい」
「は、はい……」
「わ、か、り、ました……」
フレイルを振り下ろし、何度も目の前の男の体に叩きつける。
「山賊だって……なんて言い訳何一つ聞く必要はないわ。人から物を奪い、殺す、辱めを与える、そんな権利が貧しいから与えられているのなら、孤児院の子たちには皆奪う権利があるのではないかしら。違う?」
食べる物も着る物もわずか、冬は薪が買えず寒い中で寄り集まって人肌で温め合うのが孤児院だ。子供は余り働けないから仕方がない。では、この目の前の男たちは何なのだ。
「あのね、妹ちゃんが言いたいのは、このオッサンたちは常習なんだよ。盗む奪う殺すってことに慣れちゃってるから、言う事なんてゴブリンの命乞いと同じ、その時ばかりの事なんだよ。だから、今殺すか公の場で処刑するかの……二択なんだよ」
姉の言う通りなのだ。最初から峠で盗賊する者などいない。兵隊になれば喰えると言われ傭兵になるか領主の兵士になる。戦の前に、あとに、攻め込んだ土地で略奪を行う。盗む殺す犯すというやつだ。とても楽しい、そして万能感を得ることができる。いまさら、自重して村で農民なんてやってられない。
軍が解散し、武器は手元に残った。なら、自主的に同じことをすれば問題ない。そうして、傭兵団は容易に盗賊団に早変わりするし、元農民の山賊ができあがるわけだ。まともなら、精々冒険者あたりに転職しているのだ。
「理解できたかしら。殺すのは確定なの。あなたたちが情けを掛ければ、他の旅人やあなた自身が危険なの。だから、殺しなさい」
「「……わかりました……」」
女の力とは言え、フレイルの一撃一撃は骨を砕き、内臓を押しつぶす。歯が砕け、腕が折れ曲がり、息もできないほどの痛みの中命乞いをする山賊に二人のフレイルは彼女が「止め」というまで振り下ろされ続けた。
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目の前で、可愛らしい女の子二人に、形が分からなくなるほどフレイルで叩きのめされ続け死に至る仲間を目にして、息のある山賊たちが半狂乱で命乞いを始めた頃、兎馬車隊が追い付いてきた。
「派手にやったわね。これが原因ね……」
伯姪はフリントロック銃を拾い上げると、人のいない木立に向けて引き金を引いたが、プシュッと小さな音がしただけで弾丸は発射されなかった。
「弾は入っていたみたいだけど、手入れ不足だったみたいね」
「安心……できないのだけれども、鍛冶師に見ていただきましょうか」
老土夫に銃を渡し、後続のメンバーが息のある賊を縛り上げていく。命乞いがうるさいので猿轡を噛ませる。
「誰が首領なのかしら」
無言でフリントロックな男に視線が集まる。そして、フリントロックな男に彼女は話しかける。
「……死にたくなければ大人しく答えなさい。ポーションを飲ませるから抵抗したら殺しますよ」
薬師の一人が差し出したポーションを半分ほど飲ませ、会話ができる程度回復させたのち、彼女は再び問いただす。
「さて、あなたのお仲間はどこにいるのかしら。それと、アジトに案内してもらいましょうか」
「……仲間はいねぇ。決まったアジトはない。その辺の小屋に潜んでいる」
身に着けている装備品はかなり薄汚れ、手入れをした気配は余りない。脱走兵か傭兵団が解散したんで山賊となったかなのだろう。身だしなみも全く気にしていないのは、そういう事なのだろう。
「攫った人間はどこにいるの?」
「お、俺たちは荷物以外に用はない。人間は……いない」
つまり、奪って犯して殺したわけだと彼女は理解した。これ以上の仕事は騎士団の仕事であるので、彼女は首領と比較的怪我の状態の良い自力で歩けそうなもの以外殺すことにした。
人を殺した経験のないメンバーを選抜し、特に後衛系のものに重点的に止めを刺させることにした。猿轡のおかげで泣き叫ぶ声はあまり大きくなかったのだが、中々殺すことができず、疲れてしまった者もいた。
「まあ、慣れって大事だよね」
姉は軽く言い放つと、さっさと行こうよと先を促すのであった。
予定より少し遅れて領都であるディジョンに到着した彼女たち兎馬車隊は門衛に「この先の峠で山賊を討伐したので、引き渡したい」と伝え、首領以下三人の山賊を引き渡すことになった。
「……『薄青』の冒険者……黒目黒髪……」
「妖精騎士様ですか。あ、ありがとうございます!」
門衛は彼女を門衛所に案内する。他のメンバーは先に宿へと向かってもらい、彼女と姉が報告することにしたのである。最初、現場にいた中で唯一まともに説明できそうなのは姉であったからだ。彼女は後続の人間として説明するべきことがある。勿論、責任者としても高位冒険者としてもだが。
やってきたのは、二年前のヌーベ盗賊団狩りの際に引き渡しで立ち会った騎士隊長であった。
「お久しぶりです。今回もありがとうございました」
「いえ、降りかかる火の粉を払っただけです」
「えー どう考えても火の粉が降りかかるように仕向けたよね☆」
姉さんそういうのはいらないのよと思いつつ、彼女の前回の依頼解決の顛末を知る隊長は苦笑い気味である。
「カンパニアの冒険者ギルドで情報収集した際に、経路上盗賊が出るという事でしたので、一部先行させて囮として釣り出し討伐を行いました」
「……また、危険なことを……」
「全然問題ないよ。私もいたし、妹ちゃんは四十秒で到着したしね」
「……一分四十秒よ。2㎞を四十秒で駆け抜けられるわけないじゃない」
「いや、百秒でも凄い事です。一秒に20m進んでいるわけですから……」
早くても五分くらいはかかりそうな距離である。それも、非武装で。その話はともかく、賊は十人、うち捕縛できたのは四人であることを伝える。
「小規模の盗賊団で、単独行動の旅行者・行商人を狙っていたようです。その場で尋問したのですが、定まった拠点・攫った生存者・他の仲間はいないという事でした。現場に残りの死体は遺棄してあるので回収をお願いします」
「承知しました。その生存者の中に首領も含まれていますでしょうか」
彼女は頷くと「さすがですね、助かります」と返ってくる。二人はおおよその顛末を説明すると、不備があればしばらく南都に滞在するので遣いを貰うか、帰りにもう一度寄ることを伝え詰所を後にした。姉は外でふと呟く。
「信仰心って大事だよね。いざっていう時に迷わない分、強くなれるじゃない。そういう意味で、リリアルの子たちは才能……あるよね」
彼女は信仰心と言うよりは『拠所』ではないかしらと思うのである。




