第129話 彼女は南都に仲間と旅立つ
第129話 彼女は南都に仲間と旅立つ
翌日の昼過ぎ、遠征に向かうメンバー……リリアルの魔術師全てと薬師二名、そして鍛冶師の老土夫の総勢十六人は王都に向け四台の兎馬車で出発した。
一旦王都で不足している資材やニースに輸送する物資の搬入を行う必要がある為、王都で一泊することになっているからだ。それに、彼女の姉もそこで合流する。
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そういえば、彼女は久しぶりに『魔剣』から新しい魔術を習得していた。
『人狼』対策の一環でもある。
「新しい魔術を覚えようと思うの」
『まあ、ちっと髪も長くなってるし、いいんじゃねえの?』
ルーンで出会った魔物のアンデッドは、簡単に倒せるものではなかった。姉が調子に乗って魔力全開で討伐したことがうまくかみ合ったに過ぎない。
「相手が魔力を用いる魔物なら、今までの戦い方を変えなければならないわよね」
『そうだな。例えば、詠唱の有無にかかわらず魔力の発動するタイプでも苦手な攻撃ってのはある』
「例えば」
『睡眠・催眠系や錯覚を起こさせるもの。それに麻痺なんかも有利だな。毒で代用できなくもないが、魔力が高いものは効きにくいし解毒も作用する』
『魔剣』曰く、魔力を圧縮し叩きつける術式に効果があるというのだ。
『体の内部に魔力が伝わって痺れる感じだな。弱ければ即死、魔力の量を加減すれば麻痺に近い能力、知能が低い魔物なら錯乱する可能性もある』
「発動の条件は?」
『結界に近いか。単純に言って魔力の圧縮した塊を手のひらないしつま先に集約して叩き込むだけなんだけどな』
「……姉さんに向いてそうな術式ね」
『魔力量でゴリ押しすることも可能だが、収束率を上げてピンポイントで放てば……針や釘で突き刺したような効果がある。物理的に外殻が硬い種類の魔物や甲冑・魔導鎧なんかにも効果がある。勿論、建物内部に貫通させることもできるから、「壁貫」もできるぞ』
壁貫とは、壁越しに見えない敵に対して攻撃する戦い方で、よほどの剛力でなければ不可能な技ではある。魔力量の少ないものでも、ピンポイントで抜けるのであれば……
『暗殺なんてチョロいもんだ』
「接触する方が魔力の制御も打撃力も高いのよね」
『まあな。針で突き刺すか、手のひらで背中をバンと叩くのかで痛みが違うだろ? そういう遣い方のバリエーションがあるな』
収束率を高めるには距離があるのは拡散してしまい効果が逓減することになるので、接触に近い方が効果があるのだという。反対に……
『お前の姉ちゃんとか癖毛のガキとかなら、巨大蠅叩きみたいにベシっと魔物を叩き潰したり、ハンマーで殴りつけるような扱い方もできるな。城塞の門や城壁もいけるんじゃねえの?』
隠蔽で接近し、手を添えた状態で『衝撃』を発動すれば、石壁が崩れ落ち、門が破砕されるだろうというのだ。
「船底なら大破するわね」
『橋だって簡単に落とせるんじゃねえの。高いダンジョンだって一瞬で崩落するだろうさ。ほんと、ただの魔力ゴリ押しでも恐ろしいんだぜ』
身体強化を超えた強い打撃を発生させる『衝撃』が何人か扱えるだけで、魔物の動きを一瞬止めたり、戦列を遠距離から崩すことも可能だろう。弓では穿てない甲冑も、魔力で叩き伏せるなら問題ないだろう。
『とにかく、お前が習熟してから、器用な奴からやらせてみてだな。あの癖毛と姉は教えんなよ。城が崩壊したり、山が砕け散っても知らねえぞ』
彼女はその通りだと思いつつ、魔装フレイルで姉が無双する可能性も一瞬頭をよぎるのである。ミスリルで魔力をのせられる武具に『衝撃』をのせると恐らく大変なことになる。叩きつけられた側も叩きつけた武器もだ。
――― そんな新たな武器を彼女は手に入れた。
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荷物は魔法袋に主に収めたので荷馬車には申し訳程度の荷物、それも破損しにくく盗まれても損害にならないものを選択。狭い馬車に御者を入れて四人以上乗るので、余り沢山見せ筋荷物を置くこともできません。
「2m×1mの荷車に四人って大変だよね」
「なら、遠慮して馬車で来てもらえるかしら」
「ううん、全然平気。女の子ばっかりで楽しいと思うよ☆」
兎馬車に乗りたくてうずうずしている姉が本気で鬱陶しい。さて、問題の配車は……
一号車 老土夫 癖毛 茶目栗毛 青目蒼髪 (男兎馬車!)
二号車 藍目水髪 黒目黒髪 赤毛娘 赤目蒼髪
三号車 薬師娘二人 碧目栗毛 姉 赤目銀髪
四号車 灰目赤毛 碧目赤毛 伯姪 彼女
姉は無口系と薬師の子に任せた! 相手をしたくないという気持ちが駄々漏れなのは仕方がないだろう。最悪一号車にぶち込むという判断もある。
日が出て早々、四台の兎馬車は王都を後にする。今日の目的地はカンパニア。王都に近い交易都市のひとつである。
シャンパー伯領は百年戦争の始まる以前、『シャンパー大市』という交易の中心地域だった歴史がある。現在は内海から外海にいたる海運が発達し、また百年戦争の影響もあって経済的には地盤沈下しているのだが。
「カンパニアでは年に2回、七月と十一月に市が立つのよ。とは言っても今では常設のお店もあるから、昔ほどではないみたいね」
大市が開催されるということで人の交流が多く起こる場所であったことから、裁判所が設置されていたこともある。口コミによる伝播を狙ったものだろう。
「ワインの産地で、それを買うために地元の特産品を売りに来た行商人が集まってきたのが始まりらしいわ。北の方じゃ、ワイン買うしかないもんね」
王国内では大概ワインは作られているのだが、連合王国や帝国の多くの地域ではワインとは作る物ではなく「買う」ものなのである。一時代をになったシャンパー大市も交易路が変わり、今では往時の勢いはない。とはいえ、この街も王都に物資を運びこむ重要な場所なのだ。
二百年ほど前、シャンパー伯家から国王が誕生した際に、カンパニアは王家の領地となっている。シャンパー伯はそれ以前は国王に対抗するほどの勢力を誇り、大市の存在もあり戦争を好まない君主が続いた。その時代、国王を輩出するにふさわしい家であったと言えようか。
「カンパニアは泊まるだけなんでしょ」
「ええ。姉さんは商会の仕事を少しするみたいだけれど、私たちは特になにも……ないはずよ」
今回は使用人見習いも経験している薬師二人がいるので、黒目黒髪と赤目蒼髪の二人は侍女役はせずにすむようである。とはいえ、一応、冒険者ギルドに立ち寄り、情報収集はしようと思うのである。依頼票を確認する程度だが。
カンパニアは王都ほど大きな街でもなく、また城壁で囲まれていることもない。王都が王宮と貴族の為の街であり、その商会の主な仕事が貴族の需要にこたえる為であることを考えると、カンパニアは商都とでもいうべき場所なのだろう。
「王都を経由してルーンまでここから船で下れるのよね」
「帝国から運び込まれた物資やシャンパーワインもここから船で王都に運ばれるのよ」
王国周辺は河川を利用した水運に恵まれているので、川を下ったり遡ったりしつつ時には運河を掘削し船で物を運ぶことが多い。おかげで、その昔、海から遡ってくるロマン人の軍勢に内陸でも被害を出している。
カンパニアも二度、王都が襲われたときと同じ時期に焼かれて廃墟となった時期がある。もっとも、二度目の襲撃はカンパニア司教が指揮を執り撃退することができたのだが。
翌日の出立を考えディジョンに近い南側の馬車が預けられる場所に宿を定める。姉は既に別行動で街に入り次第「ちょっと出かけてくるから、冒険者ギルドに伝言残してね!」と去って行った。
初めての街で自由行動も悪くないかと思い、それぞれ自由行動を許可することにした。彼女は伯姪と冒険者ギルドに向かうことにする。冒険者ギルドもまた宿の近く南側にあったので、それほど移動に時間はかからなかった。
王都よりこじんまりはしているものの、依頼はそれなりに多いようであり、依頼票の掲示してある板を二人で確認しようと移動する。王都のギルドには二人を見知っているものも多く、近寄る者もそれほどいないのだが、ここは初めての場所であり、身なりの良い美少女二人が冒険者のように帯剣し入ってくるなり依頼を確認し始めたので、少々注目されている。
「……やはり多いわね護衛依頼」
「帝国まで移動したり、あとはこの先、やっぱり山賊出ているみたいね相変わらず」
彼女たちが向かう先、ブルグントの領都へと至る街道にも小規模ではあるが山賊がいるようなのだ。
「討伐はしない?」
「誰が依頼するのかという問題はあるわね。恐らく、護衛が付くような商人は見逃し、規模の小さな商人や旅人を襲っているのではないかしら」
つまり、被害が出ても訴える者がいないからそのまま放置されているということなのだろうか。王都の騎士団もこの先は王領と公爵領・伯爵領の狭間なので山野に分け入り討伐することもできないし、そもそも、騎士団が出張るような規模でもないのだ。
「衛兵は街を守るだけだし、行き来する弱い人たちが被害者ってわけね」
山賊ももしかすると周辺の食い詰めた元農民かもしれないが、人を襲う決断をした時点で王国の民ではないと彼女は考えた。
「行きがけに仕留めてしまいましょうか」
「……また?」
心外だと思うが、確かに出かけた先で依頼と関係ないことを手がけている自負はある。
「小規模な山賊なら、いい練習相手になるじゃない」
「それもどうかと思うけどね」
二人は笑っていると、冒険者らしきおじさんが声を掛けてきた。この時間、既に新たに討伐依頼を受ける者もおらず、冒険者は恐らく二人を「護衛の依頼をしようかどうか迷っている貴族の子女」もしくは、「同じ方向に護衛を依頼している商人に同行を求めようと情報収集している」と考えたのだろう。
「お嬢ちゃんたちがどこまで行くつもりなんだ。良ければ護衛の依頼を承るぞ」
と言う。二人は、そうではなく護衛の依頼の出ている方向と山賊の討伐依頼がないかどうか見に来たのだと話す。
「まさか、二人で山賊討伐の依頼を受ける気じゃないよな」
「依頼自体は出ていないので受けることはできません。注意の情報がディジョンの道程にあったので、それを確認しただけですよ」
なら護衛をと話をするのだが……ギルド受付も忙しいようで特になにもしてくれそうにもないので、伯姪が冒険者プレートを見せる。
「これでもそこそこ王都では有名な冒険者なの」
「『薄赤』って、その年ですげぇな。そうか、悪いことしたな。もし、必要なら声を掛けてくれるとありがたい。力になる」
「ええ、ありがとう」
『薄青』のプレートを彼女が見せると……色々面倒なことになりかねないので、こういう場合は伯姪の対応となる。
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受付嬢の中で何人かは二人をチラチラと見ていたのだが、自分たちの仕事が忙しく、誰も声を掛けてくる事は無かった。自意識過剰かと思ったが、なにか面倒な依頼を頼まれかねないと察し、二人は外に出た。
「そういえば……『あー 何だ二人とも待っててくれたんだー☆』……違うわよ」
ギルドに伝言を残すことを忘れて出てきた彼女が戻ろうかと考えていたところ、用事を済ませた姉が現れたのである。
「用事はもう済んだのでしょうか」
「うん、大体ね。ほら、ニース商会って法国と王国の間の通商が主な仕事だから、法国と直接取引のある帝国と王国経由でやり取りする必要ないじゃない。だから、支店を設置するかどうか現地調査を依頼していたんだよ。その確認を終えたわけ」
カンパニアは王国北部の商業的十字路を形成している場所であり、王国の中央部と北部、南部と帝国西部を結ぶ場所にある。姉の言うところでは、連絡所程度で十分だというのだ。
「人は置くけど、王都の店の出先機関かな。ここでやるべきことは王都でも出来るし、その逆はないからね」
「そういえば、最近、錬金術の応用でワインから作るお酒があるそうですね」
「あーそれね。まあ、リリアルに絡んでもらうかもしれないから、ちょっと食事でもしながら話そうか」
夕食は各自が好きにとっていいとしてあるので、多くは宿で夕食を取るかもしれないが、三人はシャンパー料理の店とやらに足を向けるのである。
街の酒場兼食堂とは少々異なる食事と会話を楽しむためのレストランで三人は食事を楽しむことにした。名物は『アンドゥイエット』という腸詰料理だというので、それを食べることにした。
「時期的にはやはり冬のものかしらね」
「でも、このハーブの代わりに薬草を入れて、猪の腸を使えば……なんか体によさそうな料理ができるんじゃない?」
常に学院の事を考えてしまうのが二人であり、横で姉がそんな二人に苦笑する。
「シャンパーのワインを安く買えるとする。それは、味はいまいちなんだけど、アルコールとしては問題ないんだ。それを船で王都に運んでリリアルに持ち込む。そこで、錬金術で使う蒸留器を使ってワインを精製すると……」
「とても濃いお酒ができるわね。その安物のワインが、特別なお酒になるという事でいいのかしら」
「あー それって エリクサーに似ているわね」
「……エリクサー?」
「今回の調査依頼を受けている修道院跡で元々作られていたもの。蒸留したアルコールに薬草などの成分を加えたものと言われている万能回復薬のことです」
姉は「お酒飲んで回復とか……まんま酒飲みの戯言だけど、どう思う?」
と彼女に聞いてくるので、修道院の調査する際に資料が見つかれば良いのだけれどと答えることにする。
『あれ、簡単にゃできないぞ。作れなくもないけどな』
『魔剣』の呟きに、何かまた面倒なことが起こるのではないかと不安になるのである。