第128話 彼女はノーブルの調査依頼を引き受ける
第四幕『ノーブル』
南都の東にある旧伯爵領の領都『ノーブル』の冒険者ギルドから、近郊の修道院跡に不審な存在が住み着いていると調査依頼の指名を受ける。その場所は老土夫の故郷であり、魔装具に必要な水晶の産地でもあった。これ幸いと、彼女は依頼を受け『ノーブル』へ旅立つ。
第128話 彼女はノーブルの調査依頼を引き受ける
姉は兎馬車に乗りたくてリリアルまでやってきたのだが、ついでに冒険者ギルドからの詳細な依頼書も持参していた。
「ねえねえ、それって何なの?」
「自分で目を通してちょうだい」
姉に依頼書の詳細な説明を渡す。しばらく読み込んでいた姉は……
「これ、私もついて行こうかなー。ニースに顔見世に行くついでにさ!」
と不穏なことを言い出した。狼男がみたいとか考えているに違いない。
「ほら、お姉ちゃんも討伐経験あるし」
「あれはゴリ押し力押しだけではないかしら。今回は調査依頼なのよ。姉さんの出る幕ではないわ」
姉は自分の楽しむ方向で物事を考えるタイプなので、今回の採取遠征と並行して調査依頼を受ける際、大いに阻害要因となることが考えられるのである。
「えー そんなこと言わないでさ。えーとね 今回、リリアルにニース商会として南都までの輸送の依頼を持ってきたんだよ」
姉が令息とニース辺境伯領に里帰り兼姉の顔見世にいくことに伴い、王都で買い付けた商品の移送も行うことにしたのである。
「でもさ、ニースにそれなりに滞在するとさ、王都にある馬車を持ち出すのは効率悪いじゃない。だから、リリアルの兎馬車で南都まで運んでもらって、南都からニースまではニースの荷馬車を使おうかなって思ってるんだよ」
姉の提案にはリリアルの行商の練習に悪くない提案だと思われる。多すぎる分は魔法袋に入れればよいことだ。行きは素材採取の分空白があるので、そのスペースを有効に活用できるだろう。
「それで、姉さんも同行するのでしょう。義兄さんはどうするのかしら」
「えーと、南都で合流。お爺様とお婆様が戻られるので、三人一緒で王都から移動する感じ? 私と荷物は先に南都に向けて出発して待ち合わせする方が馬車の移動時間が減るからそうするかって話なんだよ」
ジジマッチョはともかく、お婆様は荷馬車と同じペースで長時間馬車に乗るのは苦痛だろう。それなら、この提案に乗ることも吝かではない。
「移動するルートはどう考えているの?」
「王都に兎馬車隊で移動してもらって荷物を載せたら、南東に行くトロウへの街道を行ってもらってディジョン経由かな。川は使わずにそのまま馬車で南都まで移動するつもりだよ」
船は下る分には有効なのだが、乗せたり降ろしたりがそれなりに手間だ。兎馬車の性能試験も兼ねて今回はオール兎馬車で移動することにする。距離はおよそ400㎞。馬車で約四日の距離だ。
「兎馬車なら二日くらいで行けないかな」
「馬車の最高速度で10時間も走らせられるわけがないでしょう。四日は見ておくべきね。それに、遠征の人数が全員まとまって宿泊できる都市は限られているでしょう。なので、多少遅い早いはあっても、決まった都市で宿泊するわよ」
とはいえ、彼女はトロウ・ディジョン・南都と1泊ずつで移動できるのではないかと考えている。王都で搬入するのに前日入り翌朝出発してトロウ。翌日にディジョン、三日目に南都に到着するのは午後かなり遅い時間か。ニース辺境伯の御用荷駄隊なので問題ないだろう。
「では、その分の経費はニース商会もちね」
「そうだね。輸送費に護衛の代金は……今後の支援活動で返すってことで実費のみこっちで負担するよ!」
という事で、姉と妹はそれなりに妥協して旅の同行に応じることになる。
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さて、問題の依頼の件は伯姪を呼んで三人で話をすることにする。セバスは留守番確定なので今回の話には参加させる事は無い。
「もう一人呼んだわよ」
伯姪は老土夫を話に参加させることにした。
「人狼なんてなんでおるんじゃろうな?」
老土夫は開口一番にそう告げる。人狼というものが王国内に存在するという話は聞いているが、自分の故郷にはいなかったというのである。
「最近越してきたとか?」
「……ご近所さんみたいに言わないでちょうだい姉さん」
「場所が場所だから、それはあり得るわね」
背後に険しい山を抱え、修道院や廃墟となった城塞も少なくないのだという。
「以前は境目の国だったので、王国や帝国の騒乱を避けて人も多かったらしいわね。枯黒病の流行で修道院に病人の面倒を見させて、それで修道院全体が放棄されたり……したみたい」
恐らく、老土夫が地元を出た後に枯黒病の流行があり、その収容先となった修道院が集団感染で修道院ごと放棄せざるをえなくなり、やがて王国も帝国も安定したため人が移り住んでしまい……魔物が住み着いたという事だろうか。
「あの頃は、エリクサーを作る修道院があって、皆頼りにしたものじゃよ」
「……エリクサーって最上級の回復ポーションじゃない」
彼女は驚く。既に製法が分からなくなっていると言われる万能の最上級の回復魔法薬……それがエリクサーだ。
「その修道院って……ここではないのかしら」
人狼がいると噂される修道院の跡は、当時エリクサーを作ることができたとされる修道院だったようだ。シェラ山脈のふもとにある「リゼル修道院」跡への調査依頼……冒険者ギルドからの依頼書にはそう記されている。
「人狼のう」
「狼男とオーガってどっちが強いんだろうね」
「……人狼でしょう。オーガの体力に魔狼の俊敏性を兼ね備えた上位の魔物ね。ほぼ、討伐された記録がないのも警戒すべき点だわ」
「逃がさないようにしないとね。数は多いのかしらね」
調査依頼なので、それも含まれるのだろう。彼女の知る限りオーガでさえほぼ単独でしか現れないことを考えると、人狼も単独であるのではと考えられるのだが、問題は眷属がいないかどうかである。
「魔狼・狼を使役する可能性はあるわね」
「アンデッドもあり得るな」
「ああ、レヴナントとかかしらね」
つまり、強化レヴオーガ+アンデッド軍団という想定だろう。生きている人間の生体エネルギーをドレインすることで存在を維持するアンデッドにとって山奥の廃院にいること自体が難しいと思われるため、ごく少数か、数が多ければ弱いアンデッドであると推測できるだろう。
レヴナントよりさらに弱体化すると、肉体を維持できない可能性が高い。であれば、肉体の無い霊体か神話にも登場する骸骨の戦士だろうか。
「どっかの『伯爵』様みたいに、育成したりしていないでしょうね」
「それなら、もう少し上手くやるのではないかしら。郊外では目立つのだから、南都の市街に潜むでしょうね」
「それもそうね。魔術がある程度できなければそれもないか」
そもそも人狼とはアンデッドなのかという問題がある。その昔、森が深く人が少なかった時代、森の奥に罪を犯した人間を追放するという刑罰が存在した。「人間狼」という名前で呼ばれた追放刑は、森の中に敵対する人間を放ち育てる結果となったという。
「……そんな話あるんだ」
姉は呟くと『魔剣』は『俺らが生きている頃には聞いた刑罰だが、帝国の東の方の話だ。古の帝国の外の蛮族の風習だ』という。逆恨みして故郷や人間の集落を襲うものもいれば、狂人となり彷徨うものもいたという。確かに突然人に襲い掛かるなど、『狼』のような行動をとったのだろう。
「『人狼』って見た目は普通の人間だけれど、満月の夜に狼の姿に変わるとかって聞いているけど」
「それも一つの伝承ね。地域によって内容が異なるのだけれど、今回は枯黒病で放置された修道院に潜んでいるという事から、村に潜むタイプではないと思うの」
「いや、平素は村人として暮らし、必要な時に人狼となるのではないのか?」
可能性的にはあるかもしれない。とはいえ、調査依頼が来ているという事はそれ以前に問題がなかったということではないのだろうか。人狼の村や人狼の潜む村なら、継続的に事件が発生していただろう。それがないのは、どこからか人狼が移り住んだという事なのではないかと思われる。
「あの場所は一つの交易路の端に当たるからな」
大山脈は法国北部・山国から帝国中央を通り、森国の西端まで連なる高山地帯であり、国境と小国家が群立している為、盗賊たちが逃げ込みやすいだけではなく、魔物に関しても入り込みやすい場所であることは間違いない。その出口であるアルボに『人狼』らしきものが突然現れたとすれば、それは隣国との境を越えて紛れ込んだものであると考えられる。
「普通はそんな場所に廃墟なんてそうそうないものね」
「ふむ、住みやすい場所の多い王国からすれば僻地でも、大山脈から出てきた魔物にしてみれば良い住処ということか。納得じゃ」
「別にそう決まった訳じゃないじゃない。まあ、見てのお楽しみだよね☆」
「……姉さんは依頼の参加者じゃないのだから、関係ないじゃない」
「えー そんなこと言わないで~ ね、仲間外れ良くないよー」
大人しく南都でジジマッチョ達を待っていればいいと思うのだが、邪魔しに来る気満々の姉である。
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『人狼』の調査に関しては、遠征団全員での参加を行わず、ルーンでのアンデッド討伐に参加した経験者のみを選抜することに当座は確定した。
老土夫を引率者とし、それ以外の薬師を含むメンバーは素材採取を先行して行うことにしたのだ。
「ということは……お姉ちゃんもルーン経験者だから参加だね☆」
彼女はすっかり失念していたのだが、確かにガイア城には姉がいたのだ。
「言質取られたわね」
「経験者だけなら姉さんが痛い目を見るだけだから問題ないわ。精々高くポーションを売ってあげることにするわ」
「そんなの自分の分くらい確保していくよ。遠征チームのメンバーじゃないからね。依頼人だから」
「イラっとする人の事ではないのよ?」
姉は自覚があるのか、ブスっとした顔を作ってみるのだが、まあ、愛嬌のあるブスっとさなのは顔立ちが得をしている。
さて、兎馬車の準備にあと数日かかるということで、その間に学院を空ける期間の薬師見習い、使用人見習いの子たちのスケジュールを祖母と使用人頭とで確認をしていくことにした。
とはいえ、既に薬師見習いは四期目が入学しており、施療院での実習や薬草畑での薬草採取など学院内でするべきことはそれなりにある。また、使用人として採用された孤児に、商会での仕事ができるよう帳簿・書類の作成や実際の販売に関しても施療院に並んで設置された商会の店舗で交代で実施しているので、数週間彼女が不在となっても恐らくは問題ないと思われるのだ。
さて、予備の武器や資材など、整理しながら今回の遠征の期間を確認する。南都まで三ないし四日、そこから依頼を受けたノーブルまで一日。水晶の採取に数日かけるとして、その間に彼女たちは人狼のいると言われる修道院跡を調査する。これも、二、三日で済むだろう。
実際に人狼を発見した場合は討伐に移行するかどうか、その場合の支払われるべき報酬に関しても王都のギルドで確認しておくべきだろう。
「とはいえ、宿に泊まる前提の移動だから、野営はそれほど考えなくていいのよね」
『不測の事態ってのはあるから、少なくとも数日分の食料なんかは確保しておくべきだろう。それと、人狼相手なら重装魔装鎧も使ってみる価値はあるかもしれないな』
重装魔装鎧とは、魔銀製の部分を増やしたハーフプレートタイプの鎧で、彼女と伯姪、赤毛娘が装備することになっている。魔力量がある程度あり、前衛で使うタイプだとこの三人が現在のところ対象となる。
槍を使うということで赤目蒼髪と青目蒼髪が次の候補だろうか。基本は結界で防ぐ魔物の攻撃だが、不意打ちや結界を破壊するほどの打撃が発せられないとも限らないため、ある程度装備を進めていく予定だ。
『重装型なら確実に魔導騎士に勝る戦力となるでしょう。とはいえ、魔導騎士や騎士団には知られない方が良いでしょう』
『猫』の話す通り、騎士団にリリアルが組み込まれて戦争の道具とされかねないことを考えると、リリアル騎士団創設までは部外秘の扱いで進めるべきなのだろうと考えるのである。
『今の時点で、リリアル1個小隊12人で、騎士の中隊程度なら相手ができる気がするけどな』
「隠蔽と魔術を使った先制攻撃が認められるなら何とかなりそうだけれど、正面切ってでは手数が足らないので難しいわね。森や夜間に対峙すればかなり有利でしょうね。それに、騎士より魔物の方が手強いわよ」
騎士は最終的に「降伏する」という選択肢を持っている。捕まえた相手も金になると思えば無暗に殺す事は無い。その価値観は魔物には通じないし、実際、僅かな間に魔力の無駄遣いをした魔術を使える騎士たちはゴブリンの上位種に殺されたことを忘れるべきではないだろう。
「常に、数的優位を保って、自分たちが有利な状況でだけ戦わなければならないのよ。魔術や装備に頼らずに安全に目標を達成できなければ、いつか大きな損害を受けてリリアルが崩壊してしまうかもしれないもの。それは、全力で避けなければならない……私の課題ね」
『あれだ、知らない間に攻め込まれたり、味方の中に裏切るものがいたり……そういうことを回避するのも大事なんだぜ』
魔物討伐程度ならそれはないだろうが、先々、そんなことにリリアルが巻き込まれないとも限らない。王国と王家と王都を害するものは、常に外にいるとは限らないからだ。
旅に出る前日、彼女は薬師の二人を呼び、ある物を渡すことにした。
「遠征の時、あなたたちのポーションをこれに入れて行きましょう」
「これは……魔法袋」
「魔力の消費を考えて一番小さいサイズにしたのだけれど、それなりの容量があるので、割れ物や薬類はこの中で保管してちょうだい」
彼女は、二人が薬師登録をし、一人前の薬師となったのでその門出に魔法袋を渡すことにしたのだ。
「あなたたちと共に、この魔法袋が役に立つことを願っているわ」
思えば、彼女も小さな魔法袋を持って独り立ちする道の入口に立った。二人のリリアルの薬師もこの遠征がその最初の一歩となるだろう。彼女達の世界を変える第一歩に。