第127話 彼女は『兎馬車』で王都を征く
第127話 彼女は『兎馬車』で王都を行く
数日後、彼女は『兎馬車』に薬師娘二人をのせ、王都に向かう事にした。いくつかの仕事があるのだが、一つは冒険者登録、一つは薬師ギルドに二人を薬師として登録すること、そして、彼女たち二人に身を守る装備を与えるために武具屋へ行くことである。
兎馬車を初めてみた人たちは最初笑ってみていたものの、その滑らかな動きと、多頭立馬車ほども速度が出る魔装兎馬車に関心を持たれたようだが、パフォーマンスしすぎたかと彼女は少々反省していた。
「……荷馬車なのにすごく乗り心地が良いのは不思議です」
「魔装って凄いかも……」
薬師娘二人は魔力を用いて彼女が動かす兎馬車に初めて乗り、とても感心するのである。魔力の操作が細かくできる方が乗り心地が良くなるのは当然だろう。
「練習すれば上手になるわ。二人とも魔力はまだ数年は伸ばせるから、積極的に取り組みましょう」
魔力が全くないという人も存在するのだが、そもそも、リリアルに入学が認められる生徒は多少の魔力持ちなのだ。それは……
『周囲から何かを集める能力の一つの発露が魔力だ。優秀な奴ってのは色々集まるんだよ、魔力もその一つだ』
『魔剣』曰く、貴族に魔力持ちが多い理由がそこにはあるのだという。人のために働く、皆を代表して何かを行うといった行為の延長線上に魔力というものが集まるのだという。子爵家に魔力が多いのは、王都を支えてきた信望によるものであるし、王家にしても同じなのだという。
ニース辺境伯家の場合、若干ブレがあるのは境目の領地だからという
こともあるようだ。
『しょっちゅう手のひら返ししたり、信望を集めない貴族は魔力が低くなる。ルーンの成り上がりどもとかだな。それと、歴史の浅い貴族も同様だ』
なるほど、子爵家は五百年間の積重ねの上に存在する。魔力の大きさはそれが土台であるのだろう。王家の場合、更にもう五百年の積み重ねが存在する。現在の王家は分家の分家筋であるので子爵家と同程度なのはその辺りが原因かもしれない。
『というか、お前ら一家がおかしいんだけどな』
「おかしくはないわよ。騎士として王に仕える者として忠節を尽くした結果よ」
薬師の二人も魔力を伸ばす余地があり、伸びるだけの信望はあっておかしくないのである。
『あの赤毛の娘はそのくちだからな』
小さくて頑張り屋の赤毛娘は、皆の役に立つべく小さなころから努めてきた。知らずに身体強化を使っていたという事もあるが、周りの信望がそれをさらに伸ばしたと言えるだろう。
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兎馬車を一先ずニース商会に預け、三人は冒険者ギルドに向かう。二人にとっては久しぶりの王都であり、商会のある山手に入るのは恐らく初めてなのだろう、キョロキョロと興味津々だ。
「ニース商会との関係ができれば、職場はここになるかもしれないわね」
「素敵な建物ですね」
「あら、学院は王妃様の離宮なのだからそれ以上じゃない?」
最近、薬師の子たちは増築した薬師寮にいるので、彼女たちとは少々感想が異なるだろう。薬師一期は魔術師一期同様、城館に住んでいたのだ。
因みに、施療院の薬師はシスターの制服に準じているが、ウィンプルという頭巾を被らないものだ。そう考えると、商会の職員になると、侍女服風の制服や私服で休みを過ごしたりする機会もあるので少し華やかな生活となるかもしれない。
「施療院以外の世界も経験することも選択肢に入れると良いと思うわ」
正直、施療院に薬師を大量に送り込むことにあまり意味はないと彼女は考えている。下を支えることも大切だが、上を伸ばさないと王国の将来は健全だとは思えないからだ。読み書き計算ができる、女性でも活躍できる身近な大人が周りにいる事が子供たちにとってロールモデルになることを彼女は願っているのである。
「子供に読み書き計算を教えたり、孤児院や学院で学んだことを生かしてもらえると良いのだけれど」
『それも、リリアル村からだろうな。普通、農村ではそんなことはさせない。少し前の時代なら、村人に読み書き教えるなんてのは犯罪だしな』
教会が今以上に力を持っていた時代、読み書きのできない村人にしておくことがとても重要だと考えられていた時代がある。教典は古帝国語で記されており、貴族階級とその出身である聖職者以外読むことができなかったのである。
『自分たちに都合の良い内容を「経典に書いてある」と主張する輩ばかりでした。故に、各地で原神子信徒が増えていったと言えるでしょう』
本当に御神子教会が人々の為に活動しているのであれば、それに疑問を感じて『教典の言葉のみを信じる』と考える一派が生まれる事は無かったと思われるのだ。勿論、修道会活動の中で清貧を重んじ、弱き者を助ける修道士たちが今も昔もいる事は違いないのだが、それが全てでも唯一でも無いことが問題なのだろう。
「清貧第一では……商会も王都も干上がってしまうわね」
と思いつつ、冒険者ギルドに到着したのである。
ギルドに彼女が訪れると、気が付いた職員や冒険者がピリッとしたりザワっとする感じが伝わる。
「アリー今日はどのようなご用件でしょうか」
「この二人を冒険者登録したいのですが」
「承知しました。ではこちらでお手続きをさせていただきます」
二人が冒険者登録をしている間、彼女はポーションを卸し依頼書の掲示板に目を通す。気になる依頼が目に付く。
「……ルガルーの調査依頼……」
ルガルーとは人狼と呼ばれる、アンデッドに近い魔物の事だ。依頼場所は、南都の郊外……水晶の採掘場所のそばである。依頼主は南都の代官となっているが、南都駐留の騎士団では討伐できなかったという事なのだろうかと彼女は疑問に思った。
「この依頼なのですが、騎士団ではなく代官からの依頼なのでしょうか」
近くにいる職員に確認したところによると、実際の依頼場所が王太子領とされる旧アルボ伯領内であるということから、王都への依頼が並行して行われているのだという。水晶鉱山もアルボ領内に存在する。
「実際は、アルボの中心地である『ノーブル』のギルド出張所が管轄になるかと思います。詳しいご案内をいたしますか?」
面倒な依頼を引き受けてくれそうな高位冒険者が現れたとばかりに、彼女に説明を始めようとする職員に「資料をリリアルあてに送付して欲しい」と頼み、彼女は冒険者登録を終えた二人を連れギルドを後にした。
薬師ギルドで「見習」としての登録を行う。実際、何度か薬を納めた上で問題ないとなった場合、正式な薬師としてギルド登録されることになる為、今回は仮登録の扱いとなる。
「薬師として正式に認められるには、素材採取から薬の精製に納品して売り物になると判定される必要があるの。だから、二人には施療院で薬師見習を行う次の段階に進んでもらいます」
「「はい!」」
ギルドで薬師として登録されるという事は、年会費や薬を納める義務を果たさねばならないが、世間一般に受け入れられる「薬師」としての身分を確立することにもなる。薬を販売した利益は彼女たち個人の財産となる。孤児から孤児出身の薬師になるというわけだ。
「薬師として独り立ちするには今少し時間が掛かるでしょうが、素材採取系の冒険者と薬師として経験を積んで学院の外でも評価されて欲しいのよ。それが、あとに続く後輩の目標にも励みにもなるのだから、頑張ってね」
彼女は『頑張れ』とあまり言う人間ではない。言われた人間がまるで今まで頑張っていないかのように感じられるからなのだが、今回ばかりは『頑張れ』と言いたかったのは、リリアルの象徴は彼女たちであると考えるからだった。
魔力が無くとも、薬師や冒険者として一人前に成長していけるという証明が彼女たちだからだ。実際、多少の魔力はあるのだが、魔術師を名乗れるほどではない。それが、普通の平民なのだ。
そして、武具屋に移動する。既に、フレイルや魔装布のマントは用意してあるので、冒険者用の厚手の服と胸当・革のブーツを購入することにする。護身用兼素材採取用のダガーは支給のものを当ててもらうつもりだ。
「お久しぶりです」
「ええ、ご無沙汰しております」
いつもの店員に今日の用件を伝え、冒険者用の服の試着に、革の胸当を誂えてもらう。試着をしている間、彼女はそういえばと思いつつ、弓銃の件について聞いてみることにした。
「弓銃は店では扱いがありません」
「何故でしょう?」
彼女の疑問に、店員は「王国では弓銃の扱いを騎士団と軍で管理しているので、冒険者は購入することができません」との答えが返ってきたのである。
『確か、騎士の鎧も貫けるって事から、反乱防止の為に管理が厳しくなった記憶があるな』
誰でも騎士が殺せるとなれば、騎士の存在自体が抑止力にならなくなるということもあり、扱いが容易な弓銃は規制の対象となったようだ。因みに、『銃』は扱いが難しい事と火薬が一般に入手できないことから、規制には至っていないようだ。
「弓銃を台数を限って自衛用に許可いただくしかないかもしれないわね」
『魔力を用いた射撃方法を工夫して、制限を掛ける事が得策かもしれません』
『猫』の提案になるほどと思い、彼女は老土夫に相談してみようと考える。
試着を終えた二人に、サイズ的な問題もなさそうなのでその服を購入することにし、ブーツと胸当も装着してもらう。新人『薄白』の冒険者としてはかなり充実した装備をしていることになる。
実際、冒険者登録した最初の段階では討伐依頼を受けることは稀であり、素材採取や雑用を引き受けるのが精々故、胸当や革のロングブーツなど高価なものを身に着ける余裕はない。身一つでなれるのが冒険者であるから、身を守るすべを持たずに王都の外に出かけ、ケガをしたりあるいは運悪く命を落とすものがいる。自己責任の厳しい世界だ。
「素材採取もやがて一人で行うこともあるでしょう。その場合、共にいる犬や兎馬がいればあなたたちの身を守ることができる可能性が増えるのよね」
鎧とブーツを身に着けた二人は見た目はすっかり冒険者なのだが、実際は『薬師』なのだ。これから少しずつ、身を守る術を身に着けていくのだが、兎馬は大事な仲間になる。
「その、兎馬を身代わりにするって事ですか」
「それもあり得るのだけれど、獣の気配や魔物の存在を人間より早く見つけて警告してくれるでしょう」
「……なるほど。早く気が付ければ、逃げることも反撃することもできるということですね」
ゴブリン三匹でも一人の女性では対応することは難しいだろう。犬や兎馬が警戒し牽制してくれればあるいは先制で一撃し逃げ出すきっかけを作れるかもしれない。
ということで、先ずは魔力の操作の中でも「身体強化」を多少でも身に着けることができれば、魔物と出会った時も平常心でいられるかもしれない故、フレイルの扱いの練習と並行し魔力の操作も学んでもらうことにする。
『魔力があまりない子たちですので、少しずつでしょうな』
『猫』が心配するのは魔力が枯渇した際に気絶したり、力が入らなくなる現象の問題だ。その辺りは、学院で確認しつつ無理がない範囲で使用の練習をすることになった。
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王都から戻った翌日、薬師二人に魔力の操作にフレイルの使い方など遠征に向けてのトレーニングを開始した後のこと、再び姉が学院を訪れた。
「王都で昨日なにしたの?」
開口一番、姉は彼女にそう言った。はて、昨日は冒険者・薬師のギルドに武具屋によって帰っただけのはずだと考えていると姉が『兎馬車のこと』と言い出した。
「そうね。リリアルで遠征用に試乗している『魔装兎馬車』に乗って行ってニース商会に預けたわね」
「それよ! なんだかスッゴイ速いらしいじゃない。兎馬が牽いている荷馬車なのにさ。お姉ちゃんも乗ってみたい」
姉は簡単にいうのだが、ハッキリ言って兎馬は人を見る。日頃から接している飼い主たちには従順だが、見知らぬ人間の言うことをきかないところが馬と比べると格段に扱いにくいところだ。そして、頑固でもある。
「姉さんのこと警戒して、多分懐かないから動かないと思うわよ」
「えー そんなこと言わないで、ちょっと試してみてもいいでしょ!」
しばらく押し問答をしていたのだが、言葉で説明してもらちが明かないので、彼女は実際に兎馬車のところに姉を連れていくことにした。
結局、姉の言うことをきく子は一人もおらず、彼女が御者をする兎馬車に乗せることで落ち着いたのだが……
「なにこれ、カッコいいし……滅茶苦茶乗り心地いいじゃない」
姉は馬も御するが、この手の乗り物が大好きでもある。欲しい欲しいと言い始めるのだが、それは無理だと断る。
「何でイジワルいうのかな」
「イジワルではないわ。魔装馬車は機密扱いなのよ。こんな優秀な機材が騎士団の急進派にでも知られたら、何が起こるか予想できるでしょう」
対外戦争を行わない専守防衛を旨とする王国だが、騎士団の中でも戦争に勝って出世したいと考えている者たちが存在する。その戦争に、ネックとなるのは敵地に侵攻した場合の補給の問題だ。
現地調達などと言っても、人口規模の小さな村落では何日分も食料は確保できないし、集積地である都市は陥すことも容易ではない。遠征先まで王国から補給物資を簡単に輸送できれば……進撃速度が上がり、速やかに敵国内に侵攻できる。
「そんなものあると知られないようにするには……姉さんに渡すわけには行かないわよ。見せびらかしたいのが丸わかりよ」
姉の性格からすると、王都でこれ見よがしに乗り回しアピールするのに違いないのだ。絶対に譲れない。
これにて第三幕終了となります。お付き合いいただいた方、ありがとうございました☆
第四幕『ノーブル』は数日後に投稿開始いたします。
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