第124話 彼女は何故か練習に混ざっている姉に戸惑う
第124話 彼女は何故か練習に混ざっている姉に戸惑う
「やっぱり、フレイルは最高だよねー」
「そうです!!」
「さっすが、姉先生。あたしもそうだと思います。で・も・メイスも最高です」
姉と癖毛と赤毛娘が熱く語っている。何なのだろうこの集団。
『薄赤』メンバーと姉はニースに同行してもらって以来の旧知の中であり、最近ではルーンで長い間護衛を務めて貰っており、かなり打ち解けた関係となっている。今回のリリアルの依頼も、ニース商会の依頼であれば一日二日抜けて貰っても構わないと伝えてある。とはいえ、姉自身の能力を考えると、レヴ娘の使用人一人いれば十分な護衛役となるので問題ないのだが。
「それで、姉さん、今日は何の邪魔をしに来たのかしら」
「えー お姉ちゃんに対してそれって酷くない? それは勿論、リリアルでフレイルがブームになっているって聞いたから、参加しに来ましたー」
姉は護身程度には嗜んでいるが、剣やその他の武具は学んだことがない。とは言え、彼女同様見取り稽古ができる能力の持ち主であることから、学院の生徒の練習風景を見て見よう見まねで上達しようと考えているだろうことは想像に難くない。
「見学したいのね」
「そうそう。出来れば、軽く手合わせもお願いしたいのよね」
「……姉さんのは騎兵用の片手フレイルじゃない。学院生の習っているのは両手持ちの歩兵用のものなのだけれど」
「大丈夫。上手く合わせるから!! 問題ナッシングーだよ☆」
どう考えても問題だらけなのだが。令息は忙しくて相手をしてもらえないから顔を出しているのかと疑問に思う。
「ああ、商会長はあとで差し入れもってくるって。迎えに来るついでにね」
夫公認なのか……と思いつつ、将来的に雇用主夫妻になる可能性もあるので、この機会にお互いの人となりも知り得ると良いかもしれないと彼女は自分を説得することにしたのである。姉の相手をするのは精神をガリガリと削られるのだから仕方がない。
「お姉ちゃんも魔装頭巾欲しいんだけど」
「……今度、用意するわね。今日は貸しておくだけよ」
「やったー 王妃様と王女様にプレゼントしているのに、お姉ちゃんに渡さないのは感心しないぞ!」
そもそも、頭巾をかぶる必要性がない人であるし、髪形にこだわる姉には必要がないと考えただけなのだが。それに、水馬用の防具なのだからそれは意味が違うだろうと内心思うのだ。思うだけにしておく。
「姉さん、魔装グローブもしておいてちょうだい。学院の皆さんは自作のミトンで篭手代わりにしているのよ」
「知ってる知ってる。お姉ちゃんも自作のミトン持ってきましたー」
姉はヒマワリの刺繍の入ったミトンを持ち出し、女子から喝さいを浴びて得意げである。刺繍や絵画、楽器の演奏など貴族の子女が習うものに関して姉はプロ顔負けの腕を持っている。
「二人の分も作ってきたよー」
どうやら、彼女には雪の結晶、伯姪には五芒星のような星の刺繍を施した色違いのミトンを持ってきたのである。
「ほら、お姉ちゃんと三人お揃いだよー。素敵でしょ?」
そういうことは、息子娘が生まれたときに盛大に進めてほしいのだが、とはいえ有難く心づかいをいただくことにした。
「なんだかんだ言って、あなたたち姉妹仲良しよね」
「ええ、不本意ながらその通りかもしれないわ」
「……ふふ、素直じゃないわね。まあ、姉妹のいない私からすると羨ましいところではあるわね」
伯姪はケラケラと楽しそうに笑うのである。
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「一体何がしたいのかしら?」
姉が庭の中央でフレイルを肩に掲げつつ、空いている片手を彼女に向けクイクイと手招きしている。
「ちょっとお姉ちゃんと一勝負しない?」
「……しないわよ。今は訓練中よ」
「模範試合だよ。もしかして、自信がないのかしら。負けるのが嫌とか?」
安い挑発ではあるが、負けず嫌い、特に姉が噛む際は特に乗りやすい。
「一度だけね。三本勝負とかは無いわよ」
「わかってるよ。人間一度しか死ねないんだから、勝負は常に一度きりだよ!」
姉は余裕の表情を作り、彼女は珍しく気持ちの入った表情をしている。
「あれれ、フレイルでお姉ちゃんに敵うとでも思っているのかな?」
「胸の大きさの差が戦力の決定的な差ではないという事を思い知らせてあげるわ姉さん」
「……あんま関係ないんじゃない?」
姉はホースマンズ・フレイル、彼女はフットマンズ・フレイル。間合いは彼女の方が長いが、懐に入られると厄介ではある。
「魔術の制限はどうする?」
「身体強化のみ可。それ以外は不可で」
「了解だよ☆」
二人は距離を取り、お互いに構える。短いフレイルの姉はフレイルを引いて体の後ろに巻き込むように構える。長いフレイルの彼女は、槍のようにやや下に向け、ヘッドの先端が地面についている。
「始め!!」
伯姪の合図で姉がじりじりと前に出る。当然、間合いは彼女の方が大きいのだが、剣と異なり振らねばダメージとはならない……はずなのだが……
「さあ、これでどうかしら」
「ちょ、フレイルじゃないよそれじゃ」
ヘッドを後ろに回し、槍でいえば石突の方で構える。
「ねえ、これ、槍と同じように石突を付ければ刺突でも使えるわね」
「おおそうするかの。杖代わりにするにも刺さる方が良いだろうし、長持ちするじゃろうからの」
彼女の声に老土夫が賛同する。竿状武器の一部門であるフットマンズ・フレイルなら、槍やビルのような加工があってもおかしくはない。
「むうっ、なんか納得いかない……よっと!!」
姉が身体強化で踏み込んでフレイルの先端を躱してフレイルを振り切る。短いので返す刀ならぬフレイルで振り戻し横に飛びのく。その間、彼女は石突を∞の形に回し、姉を牽制する。
「一撃では決まらないよね……流石に」
「当たったら痛いでは済まなそうね、姉さん」
「だって、手加減したらかすりもしないじゃない。魔物と違って動きを読むから人間相手は面白いよね♡」
魔物でも騎士の脳を喰ったゴブリンは動きを読めそうだが、姉なら腕力で解決するだろう。
姉は跳躍を控え、間合いの出入りを繰り返しつつ、彼女がミスをするのを待つ作戦のようだ。フェイントと、繰り出すタイミングでフレイルを当ててくるのが鬱陶しい。
「どうしたのかな? もしかしてお手上げなのかなー」
彼女は姉の動きを確認しつつ、少しずつ、石突の先端に向け持ち手をずらしている。そして……
「姉さん、残念だわ」
フレイルの石突側に持ちかえつつ身体強化で姉の引くタイミングで前進し、ヘッドを姉に向け叩きつける。
「ぐぇ……ちょ……」
姉はフレイルを両手に持ち、打撃を受け止めたものの、遠心力の効いた一撃は姉を横に吹きとばす。そのまま跳んだ方向に間合いを詰め石突を姉の豊かな胸に突きつけ……
「さあ、これで満足かしら」
「うん、満足。まあ、長いものは応用が効いていいよね。短いのは携帯に便利だし、その辺は一長一短だね。試合形式だとやっぱ不利かな」
いいから負けを認めなさいとの彼女の言に、姉は渋々負けを認めたのだが、石突を使った攻撃の訓練はとりあえず禁止とすることにした。槍の使い方を覚えて応用する方が安全かつ効率的だからだ。
フレイル、慣れればさらに応用がきくとわかり、フレイルブームは再び過熱するのである。
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姉はちょっと疲れたと言いつつ、王都へと戻っていくのだが、姉の夫である商会頭が迎えに来た際に、焼き菓子の差し入れをリリアルの皆にしてくれたのである。
「これ、法国で流行している菓子なんです」
マカロンと呼ばれる焼き菓子は既に王都でもおなじみなのだが、これは焼きケーキのように思える。バターとアーモンドの香りが香ばしい。
「『フィナンシエ』と名付けようかと思っています」
「金塊のように見えるからね。色も黄色っぽいし、甘くてクリーミーなのも普通の焼き菓子と違って美味しいんだよー」
「カロリーとても高そうね。私は構わないのだけれど」
「そうだね、妹ちゃんもリリアルの子たちも全然気にならないもんね」
「私はそれなりだけど……ドレス余り着ないから大丈夫かな」
「姉さんは大変じゃない。ドレスがいくつあっても足らなくなるわよ」
「そこでコルセットさんが大活躍するわけだよ」
「それだと、コルセットがない時は駄肉が溢れて大変なことになるわよ。
締め付ける分、筋肉が楽をするので筋肉が落ちて駄肉に変わるわよ」
姉は駄肉連呼にギャーギャーと抗議していたが、思い当たる節がありそうで、段々と暗い顔になっていった。彼女はささやかな勝利を得たのである。
「とても美味しいですね」
「以前、法国から嫁がれた王妃様が菓子職人を連れて王国に来られた際に知られた菓子なのですが、今は廃れてしまっているので、ニース商会でテコ入れをしてみようかと思ってるんです」
「王妃様と王女様のお茶会に次ぎ呼ばれるときに持って行って欲しいって話なんだよね」
令息と違い、姉は直球勝負である。身内に対してだけなのだが、それは姉に言われなくとも察するところではある。
「そうですね、お持ちして感想をお聞かせ願いましょうか」
「そうしてもらえると助かるかな。ほら、私が流行らせるより、王妃様や王女様がお気に入りって方が早いからね。レシピを分析される前に、うちの商会が本物で、余所は真似っ子ってイメージになるようにしたいんだよね☆」
☆ではないわと思いつつ、真似されてもむしろそれが「ニース商会の品には及ばない」であるとか、真似されることがむしろ本家の人気を高める効果まで狙ってるのだろうと彼女は理解している。抜け目のない姉である。
「近々、『水馬』をお持ちするから、その時に一緒に披露するわ」
「インパクトあっていいんじゃない。上手くいきそうな気配がするよ!」
王宮の使用人たちの間では、法国製のタロットが大人気なのはその昔、彼女と伯姪が王妃様にプレゼントしたのがきっかけであり、新しい図版が出る度に王都の富裕層やその使用人たちの間で購入されている。ちょっとしたコレクションアイテムなのだという。
「宝飾品みたいなものに食い込むのは大変だけど、し好品である程度価格があるもので数が揃えられるものってのは商売になるからね。この焼き菓子も色々なものを入れる事で、味が変わるんだよ。例えば、紅茶味とか、最近新世界から取り寄せられた珈琲だったかな。ほろ苦いあじとか
そういうのもあるんだよー」
味違いで提供できるなら、一人複数個食べる事も出来るだろう。そうして、菓子が富裕層から庶民へと伝わっていければと彼女は考える。
「これ、卵をいかに確保するかの勝負の面もあるから、商会は卵の生産もかかわっていかないとなんだよね。その辺は、リリアルも関係してくるかもしれないわね」
「養鶏をする村を近隣で探すとかね」
「そうだね。鶏の肉も卵もお金になるし、たいして手間がかからないじゃない?鶏糞は肥料にもなるしね。リリアルの薬師コースの子たちとか、施療院で世話したりとかしてみない?」
「……その辺りはブームと相談ね。王妃様や宮中伯様の許可もいるのよ。正式に領主として自立できていないのですもの」
卵が体に良いことも判っているのだが、どのように鶏を飼えばいいのかも試行錯誤しなければならないだろう。リリアルで成功したなら、東の村やルーンの無人村でも仕事になるかもしれない。
「大きな街のそばで、農業があまり賑わっていない村に進めていく形かしらね」
「そうそう。女子供老人にも簡単に世話ができて完全に現金収入がプラスではいるじゃない? そのお金で商会の行商から物を買ってもらう。ほら、全員が幸せじゃない!」
商会が間に入り、お金やモノを動かし、皆が豊かになる為の一つの提案と姉は考えているのだろう。姉は、商会頭の夫人となって随分と世の中の、民に対する見方が変わったようだと彼女は感じた。
「でもほら、うちでちょこっと自分たちの分くらい飼えばいいじゃない。鶏舎敷地の外に作って、魔物の猪もいるから、狐なんかに鶏がとられることもまずないじゃない。畑で雑草でもついばんでくれるし、フンはそのまま肥料になるから、悪いところないわよね」
鶏舎におがくずでも敷いて、その上に鶏糞が乗れば、ある程度まとめて畑に撒いてもいいかもしれない。
「卵と鶏肉が自分たちで手に入るのは悪くないわね。飼育しても良いかどうかを宮中伯様に申請しましょう」
「じゃあ、鶏の件、お願いしちゃうよ!」
「今後とも、ニース商会をよしなに男爵様」
「他人行儀はおやめください、お義兄様」
姉はにやにやと笑い、令息は爽やかに笑うのである。苦手ではない、不得意なのは姉と同じ系統の人だからと彼女は思っている。
リリアルと関わる村がこれから少しずつ増えていくわけだが、それは孤児同様何らかのきっかけで生きる場所を失ったか失いかけた村を立て直す際、リリアル学院やニース商会、更には王妃様の後見を受ける事になることを意味する。
それは、親切心からという事が半分、それと、新しい仕組みを試みるにあたり、安定した共同社会が存在する既存の村に持ち込むよりも、壊れて自分たちでは修復できない共同体を再生する際に組み込んでしまった方が合理的だろうという計算も存在する。
故に、孤児の薬師やニース商会の出張所と行商、リリアル出身の孤児たちのグループが王国の寒村立て直しのために送り出されていくという事がこれから繰り返されていく。その中には……養鶏業も含まれているのだが、それはこの話から始まることになる。
『卵か……』
『害獣対策も考えないといけませんね』
鶏は小型の肉食獣や魔物に狙われやすいのだ。例えば……ゴブリンとか。




