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第123話 彼女は薬師と『フレイル』の練習をする

第123話 彼女は薬師と『フレイル』の練習をする


『なんで、男爵様がフレイル振り回す必要あるんだ? 歩兵じゃあるまいし』

「教練できないと困るじゃない? 自分は使いこなせないのに偉そうに指導なんてできないわ」


 彼女は今日、薬師のメンバーとともにフレイルを扱っている。そして……


「意外と難しい……」

「当たり前じゃない。あんた、殴るしかやったことないじゃないの。フレイルだってポールウエポンと同じだから、扱いそれなりに難しいのよ。慣れれば、両手斧とかハルバードも扱えるようになるから、練習しなさいよ」

「お、おう。ハルバード……なんかいいかも……」


 癖毛と伯姪も練習に参加している。槍使いの赤目蒼髪、青目蒼髪も参加者の一人だ。それに……


「わ、私もフレイル使えたらなって……。自分の身くらい自分で守りたいです」


 真面目な黒目黒髪に基本、討伐に参加していない碧目栗毛、灰目赤毛、碧目赤毛も参加している。何故なら、次の遠征は魔術師見習いが全員参加になる事が内定しているからだ。


「ふーふー」

「よ、よっ!!」

「うーうーうー……」


 三人とも不慣れなのが仕方がないが、薬師の子同様横並びなので余り気にならない様で何よりである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「ふ、フレイルですか」

「ええ。短剣も扱える方が望ましいのだけれど、先ずは刃の無い武器から練習していこうと思います」


 食堂で集まった夕食の後、デザートを食べ終わり始めたタイミングで、彼女は皆に話し始めたのだ。


「自分の身を自分で守る、自分が大切なら当然なことね。それを貴族の子女は必ず教わるわ」

「俺たちは貴族じゃねえ」

「そうね。あなたのような出来の悪い貴族は……あまりいないでしょうね」


 癖毛、久々の捻くれ節炸裂。なんだか周りがほっこりしているのは何故だろう。


「自分の身を自分で守るところから、自分を大切にするという意識も芽生えるのよ。不条理に逆らえる気持ちが生まれるの。素材の採取中に魔物に襲われる。他人に助けを求めても誰もいなければ……蹂躙されるわね。盗賊でも同じことね。

 身を守れるということは、相手を叩きのめす事ではないの」

「そ、それってどういうことですか?」


 碧目赤毛が小さい声で答える。彼女は魔力量が少なく小柄なので、積極的に魔物の相手をさせたことが今まで一度もない。だから、自分が魔術師候補の中で一番の弱者だと考えているのだろう。それ故の珍しい質問なのだと彼女は解釈した。


「相手が抵抗する、抵抗できると思えば弱い魔物は襲う事を躊躇するわ。怯えは伝わるの。それが、相手の気持ちを高ぶらせ自分の気持ちを萎えさせる。その為に、盗賊はそれらしい鎧や剣を身に着ける。たとえ襤褸でもね。

 魔物や獣も同じこと。相手の心を弱らせるために吠えたり威嚇してくるのは自分が痛い目を見ずに、楽に獲物を倒すための工夫よ。だから、怯んではならないのよ」


 眼の色、筋肉の強張り具合、見た目で相手の心理はある程度分かるだろう。そこに付け入られてしまうのが弱い者なのだ。


「だから、ただ棒を振り回すのではないのよ。きちんとした操法を身に着けているのが分かれば、相手は油断できなくなるでしょう。それに、獣なら距離を取ってしまえば容易に攻撃されることもないもの。その間に、逃げ出すことも仲間を呼ぶことも、反撃することもできるわ」


 彼女は、だから学ぶのよと話をまとめた。





 講師が来る前に、フレイルを持たせるところ、体を動かすところから始めねばならないのが、今回の相手になる。午前中、薬師の勉強を終わらせ昼食を食べたのち、対象者は前庭に集められた。既に学院の武具庫には人数分のフレイルが用意されている。各々がそれを武具庫から取り出し、前庭に整列するところから始まる。


「では、皆、フレイルの棒の端を持って横に伸ばしてちょうだい」


 横一列では並びきらないので、二列となり間隔を広げていく。フレイルを振り回しても当たらないだけの左右の間隔を取り、更に二列目は前列との間隔を取る。前に薬師の子たちを集める。


「では、まず、棒を横にして中心を肩の幅に持ってみなさい」


 ズラッと並んだ学院生がフレイルを肩幅に持っている。


「そのままゆっくりと持ち上げて、斜め上に持ち上げる。すると、後は目の前の魔物の頭に叩きつけるだけです。振り下ろして、地面を叩いてみなさい」


 みな、恐る恐る振り下ろす。それでは実際に振れているかどうかわからないだろう。そこで……


「薪を割る前の木を持ってきてちょうだい」


 フレイルをその場に置き、全員が薪割り小屋に向かい、割る前の木を抱えてもどってくる。人の胴回りほどもある木だろうか。


「では、その木を目の前に置いて、そう、立てて貰って。その木を思い切り気合を入れて叩いてみなさい」


 恐る恐る叩き始めるのだが、彼女が「もっと素早く、もっと強く」と繰り返し何度も叩かせているうちに、思い切り叩けるようになったのだが……


「せ、先生、手の皮が剥けちゃいました……」

「水ぶくれができてヒリヒリします」

「ち、血豆ができた!! つぶれて血まみれだー」


 という事で、思い切り叩くと手は痺れる皮は剥けるという事が理解できたのである。すなわち、凄い進歩なのだ。


「後でポーションで治しましょう。次回は、布の手袋を用意して、手を守るようにしてもらうわ。それで、思い切り叩けるようになったかしら?」

「「「「はい」」」」

「どう、体を動かして大きな声を出すと気持ちがいいでしょう」

「「「「はい!!」」」」


 という事で、初めてのフレイル勉強会は幕を閉じたのである。ただ思い切り棒を叩き付けるだけの簡単な動作も、委縮してしまえば体が言うことをきいてくれなくなるものだ。その一瞬の硬直を相手は見逃さない。


 ただ大声を出し、棒を思い切り振り降ろし木を叩くだけでも、大人しい真面目な女の子たちにとっては初めての経験だろう。


「うー 腕が痺れる……」

「あんた馬鹿でしょ。身体強化して痺れないようにしておけばいいじゃない」

「……なんか、薬師の女の子が頑張っているのに、俺だけ魔力でずるする

みたいで嫌だったんだよ」

「変なところで真面目ね。でも、男としては悪くないわ。その調子で斧でも槍でも扱えるようになってよね」

「お、おう。任せておけよ」

「任せられないから、フレイルから始めたのでしょう。調子に乗っている場合ではないのよあなたは」


 魔力量的には濃黄等級の冒険者も狙えただろうに、癖毛はいまだ赤毛娘より低い薄黒等級なのだ……ありえない……。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「フレイルを選んだのは良かったのかの」

「長い目で見れば……でしょうか」


 剣を吊るしている女性というのはかなり特殊だ。フレイルを単純に言えば、ただの長い棒に過ぎない。それで叩くだけの単純な武器だ。リリアル出身の薬師が街や村で自立し、時に旅に出た場合、身を守る手段として選びやすいのは剣ではなく杖代わりとなるクウォータースタッフであろうし、フレイルの操法だろう。


「儂らからすれば、武器とは言えぬような物だから、あまり深く考えたことがなかったというのが本音じゃ」

「それはそうでしょ。フレイルづくりに情熱を掛けている鍛冶師とかドワーフがいたら驚くわよ」


 数日の鍛錬を経た後、次の段階も試しているリリアルのフレイル使い達。今日は打ち込みの練習で、頭の高さ、腰の高さに棒を持って教官が立ち、走り込んでその木の棒に向けてフレイルを打ち込むのだ。


「なかなか難しいようじゃの」

「それなりの重さのある棒ですし、振り下ろすのも力が要ります」


 身体強化の使えない薬師の女の子たちが走り込んで振り下ろすのは、中々難しいように見える。


「持ち手をもう少し上にしてみるとかしてみなさい」

「はい!」


 小柄な薬師の女の子に伯姪が声を掛ける。教官役は赤目蒼髪と青目蒼髪に勤めて貰っている。槍がメインの二人が比較的適役だろうと考えたからだ。


「棒にあてて、カツンって良い音すると『やった!』って気になるわよね」

「そうね。もう少し慣れてきたら、一対一の稽古もしてみたいわね」

「うーん、やっぱり冒険者の子たちが受けで、薬師の子たちが攻めって感じの掛かり稽古が良いかもしれないわね。ほら、当たれば痛いじゃすまないでしょ?」


 殴りかかられて受けに回る必要はないだろう。攻める経験、心づもりを持たせられれば十分なのだから。先ずは、躊躇しない、怯えない、迷わないという練習が第一だろう。


「薬師の子たち、何か元気になってきた気がするわね」

「そりゃそうじゃろ。体と心はつながっておるからの、体が動けば頭も心も動くようになる。座って読み書きするだけでは心も体も固まってしまうじゃろ。無心に何かに打ち込んで、心を空っぽにすることも時には必要じゃ」


 彼女も、無心に薬研を動かしたり、ポーションに魔力を注ぎ込むことで心が落ち着いた経験がある。フレイルを振り回すことも、そういった効果があるのかもしれない。


「練習用のものは布を巻いてあるが、本格的なものはどうするかの」

「金属の補強でしょうか」

「スパイクの場所であるとか数。それと、つなぐ鎖の長さなんかももう一工夫あって良い気がするの」


 王国で使用されているそれは『ゴーデンダック』という愛称で呼ばれている。スパイクの数は先端に1か所四方に有れば良いと判断する。


「少し長いかもしれません。今より30㎝ほど短くてもいい気がします」

「なら、120㎝の柄にするかの。確かに、あまり長いと女性向きではないかもしれんな」


 長くて持ちにくそうな子が多かったので、少し詰めてもらうことにする。これで、柄と頭の部分を加えた全長が180cm程になるだろうか。連結する鉄輪や鎖の長さに殻物と呼ばれるヘッドの部分が加わりそのくらいの長さになるだろうか。


「本来のフレイルよりはこれでも長めなんだがの。脱穀用の農具は柄の長さが1mもないのでな。それでは杖として短すぎるじゃろ」


 先端の少し下を握り、地面に手を付ける程度の長さだとすると肩より少し低いくらいで良いだろう。女性なら詰めて丁度いいかもしれない。


「でも、一撃だけなら剣より確実にダメージになるわよね」

「剣は下手をすると折れたりするものね。頭の骨などだと滑ってしまってかえって致命傷を与えられなかったりするもの。狼の頭に地面に降ろした構えから鼻っ面にヘッドを叩き込む方が、現実的よね」


 振り下ろすだけでなく、降ろしたヘッドを掬い上げるように振る構えもあるので、頭が低い位置にある狼や猪などにはその方が効果的かもしれない。





 薬師の子たちがフレイルの練習をするようになって二週間、既に彼女たちはかなり自信をもってフレイルを振るようになっていた。勿論、ただ振り回せるようになっただけであり、技と言えるようなものは身についているわけではない。


 それでも、自信をもって振るう姿は、最初の腰の引けた姿勢で水をかき回すようにフレイルを扱うのと比べると、隔世の感がある。下の構えから振り上げる操法も練習を始めており、振り下ろすより体の回転を生かしてフレイルを操るので、強い打撃が生まれるので、狙いすました一撃を繰り出せるある意味、彼女たちの必殺技と言えようか。


「お互いに受けては足元にフレイルを構えて片方が柄で受けているのも様になってきたわね」

「自作のミトン風の篭手も可愛らしいじゃない」


 手の皮が剥けたり、練習中に誤ってスタッフをぶつけても怪我の無いように、皆がそれぞれ自分らしいミトンを作成したのだ。勿論、布は学院で支給した端切れであるが。


「楽しく練習してくれていて何よりだわ」

「でも、あの一撃、獣は鼻面とか前足とか下顎への一撃だけど、人間だと、膝とか脛への一撃になるじゃない?」

「倒れてしまうでしょうね。その倒れた相手の頭上に、振り下ろされるのが第二撃になるわけね。かなり恐ろしいわね」


 帝国の農民反乱で、フレイルを持った農民に騎士が倒されたであるとか、ランドルに攻め込んだ王国の騎士が湿地に足を取られ動けなくなったところをランドルの市民兵にフレイルで叩き殺された話を思い出すと、なるほど強力な武器なのだと改めて認識できた気がする。


「女子供だと油断した魔物や盗賊に通用すると良いのだけれども」

「自衛にしては十分じゃない? 意識が変わったからね」


 因みに、食堂での話題は「フレイルがいかに素晴らしい武器か」であるとか、「どうすれば上手に扱えるようになるか」というテーマに、「誰が最強のフレイル使いか」という内容が中心……むしろそれだけであったりする。


 因みに、最近メイスを握りしめている赤毛娘は「フレイルよりメイス」と反論したものの、「メイスを二つに切り離してフレイルに改造したものが最高」という折衷案に傾斜しつつある。というか、仲間に入りたいらしい。


 このままの調子で行くと、「俺はフレイル王になる」とか「フレイル王者決定戦」とか「Fle-1 グランプリ」など開催されかねない。しても構わないのだが。





 そして、数日後、『薄赤』パーティーがリリアルにやってきた時には、更にフレイル熱が高まっていたのである。それを見て、薄赤戦士は……


「……俺の体力的に無理かもしれないな。これだけの生徒をさばくのは」


 と呟き、無言で野伏も頷く。女僧は女性が武具をもって熱心に稽古をしている姿を見て感激し、濃黄剣士が「俺がいっちょ揉んでやろうか!!」と言った結果、赤毛娘と赤目蒼髪にボコボコにされ、その後、撃ち込み稽古の相手を延々とやらされることになったのは言うまでもないのである。


「フレイルはやはりいい武器ですねアリー」


 フレイルを装備することもある女僧は、学院生の練習を見ながら彼女にそう呟いた。視界の端っこに襤褸雑巾のようになっている剣士の事を皆が無視していた。



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