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第122話 彼女は老土夫と打ち合わせをする

第122話 彼女は老土夫と打ち合わせをする


「王妃様に水馬か。それも、リリアルの紋章入り……腕が鳴るの!」


 水馬の件を老土夫に相談すると、二つ返事で引き受けてもらえることになった。最優先で試用期間含めて二週間程度欲しいというので、その旨了承する。


「使い勝手は問題なかったかの」

「比較的波が穏やかでしたので問題は特にありませんでした。あれ以上の波であれば、そもそも船を出さないでしょうから」

「なるほど。では、同じ仕様で問題ないか」


 王妃様も王女様も平均的な女性なので、リリアルの少年が使えたのなら、浮力に問題はないだろう。


「いざとなれば、魔水晶で補助させることもできないでもない」

「……魔水晶というと……」


 老土夫曰く、魔導鎧に組み込まれている『魔石』とは、魔物から採られたものではなく、水晶に魔力と魔術式を組み込んだものを魔導士が作成したものの事を示すのだという。


「知りませんでした……」

「機密じゃからの。魔導騎士も上位のもの以外は知らんはずじゃ。動かすだけの下っ端には必要ないことだからの」


 魔導騎士は捕縛されたり装備を破棄して投降したりすることを固く禁じられている。術式などが敵国に渡ることを防ぐためだ。不可能な場合、魔力を暴走させて魔装鎧ごと破壊されねばならないのだ。


「そこまでの危険が伴う戦は今のところなかったじゃろがな。本来はそういう教育を受けておるはずじゃ」


 老土夫の故郷は水晶の鉱山もある場所で、そこのものなら色々なことが出来るだろうというのだ。


「購入するわけにはいかないのでしょうか?」

「買えば高くつくし、宝飾用のものを使うのは気が引ける。見た目ではなく魔力が込められるかどうか、術式が刻めるかどうかなのでな。それに、屑水晶でも問題ない部分もある」


 老土夫の話が長引きそうなので、彼女は水晶の採取がどのようにすれば可能なのかだけ聞き出すことにした。


「領主の許可。もっと言えば王家の許可かの」

「水馬を進呈した際に、何か望みの褒美を賜れると思いますので……」

「そうさな。水晶の採取許可、いただけると良いわな」


 久しぶりに故郷も見てみたいし、儂も同行するぞと老土夫は嬉しそうに宣った。





 リリアルに老土夫と当然癖毛も同行するであろうし、採取なら歩人も同行させるほうが良いだろう。すると、リリアルの魔術師組全員で向かう事になるかもしれない。であるならば、学院に何かあった場合、守れる人間が残っていないことになる。


「やはり、冒険者に訓練を依頼して、薬師組も武具の扱いを覚えてもらう必要があるかもしれませんね」

「そうだな。いい機会じゃないか」


 伯姪と話した武器として、フレイルがどうかと説明する。


「良いと思うぞ。金具の部分だけならさして時間も手間もかからぬし、剣や槍ほど覚えるのにも手間がかからない。じゃが、それだけでは足らぬかもな」


 老土夫曰く、飛び道具がある方がよいという。


「学院の柵の内側から、遮蔽物の陰から狙える弓銃がお奨めじゃな」


 弓銃という武具がある。弓を横にした形にして台の上に乗せ、弓の弦を引き絞った状態で掛け金に引っ掛けておき、発射する時点で掛け金を放す引き金を引くことで矢が飛びだす仕組みの武器だ。


「弓銃は取り回しが微妙だけど、弓ほど訓練が要らないわね」

「考えているのは、薬師の子たちの武具としてなのよ」


 弓銃は強い弦を引くために機械で巻き上げて掛け金に引っ掛ける為に、装填に時間が掛かる。慣れた兵士で一分に二回と言われている。


「でも、防御するだけならとても優秀なのよ。狙いをつけるのに弓は横向きだから物陰から狙うのにも便利だし、引いた状態で引き金を引くだけで矢は飛び出すから、単発なら弓より効果的なのよね」


 薬師が参加する場合、身体強化や魔力による攻撃はできない。兵士や騎士と向き合うのは無理がある。そこで、自衛の手段として弓銃を持たせ、学院や村を守る助けになればかなりの戦力になる。


「悪くないわね。王国も法国も資金的に余裕があれば装備しているものね」

「火薬を使う銃と違って雨も関係ないし、大きな音もしないわね。森の中で狼やゴブリン相手に先制攻撃するにも有利でしょ?」

「でも、威力的にはどうなのかな。百メートルくらいならものによってはプレートアーマーも貫通すると言われているし」


 彼女には考えがある。弓銃の矢は太く短い。その中心部分に軟膏状の毒を注入し、矢の先端を塞いでおく。命中した衝撃で先端の詰め物が破損し、体内で毒が拡散され死に至る。


「スローインダガーで実験してもらっているのだけれど、むしろ弓銃の矢の方が処理しやすいのよ」


 弓銃の矢はおよそ40㎝ほどで、普通の矢の半分程度だ。少し太くして先端を鎧通しに近い椎実型にすることもありだろう。魔力小の魔術師に身体強化と魔力付与まで可能であれば、弓銃の強化タイプを用いて、弦もミスリル糸で撚ったものを使用し、威力を高める事も可能だろうか。


「前衛向きでなく、冒険者登録していない子たちも戦力にするには、道具を利用するのもありだと思うわね」


 伯姪は法国の兵士が弓銃を装備する比率が高いことと、海上での戦闘に弓銃は使われているので、理解があるようだ。


「コストがかかるよね」

「意識を変えるという面もあるのよ。それに、目の前でなくとも攻撃できるということは、意識を変える事につながるわ。銃がそうでしょ?」


 帝国の農民の反乱でも、初期の火薬を用いた「カノン」と呼ばれる棒の先に金属の筒を備え付けただけの簡素な銃が威力を発揮した。女性や子供でも鎧を着た騎士を倒すことができたのだ。常にというわけではないのだが。鎖帷子が廃れ板金の鎧が増加したのは、鉛弾を飛ばす武器の登場によるだろう。


「何台か、武具屋から調達して試してみればいいんじゃない?」

「あなた、使えるかしら」

「当然ね。私が教官をしてあげるわ!!」


 新しい物好きの伯姪にはちょうどいい刺激になるかもしれない。薬師の子たちには素材採取と薬作り、施療院の仕事が中心で身を守る術を教えてきていないことも気になっていたのだ。


「ルーンの村の事、気にしてるんでしょ」

「ええ。抵抗する手段や能力があれば、あの村長たちも大人しく従わずに済んだのかもしれないのだから」


 戦う意思があるか否かは、勿論心の問題であるのだが、心を作るのは環境であり、その大切なものの一つは武器を扱えるかどうかなのだ。抵抗する意思表示とも言い換えることができるだろうか。


「なら、槍や剣よりもフレイルのようなものが良いかもしれないね」

「剣を使いこなすのは大変ですもの。振り回して当たればダメージにつながるフレイルは徴兵された兵士も使っていた武器であるし、弓銃と同じく、離れて攻撃できるところが良いわね」


 フレイルは、元々脱穀用の農具を武器にしたものだから、使い勝手が良いのは当然だ。二本の棒を金具でつなぎ、先端の短い棒を金具で補強し、スパイクなどを付け攻撃するようになっている。


「脱穀に使えるから、便利よね」

「ヘッドを交換することは必要なのよ」


 脱穀用に、トゲトゲスパイクは不要だからだ。柄の部分はフットマンズ・フレイルであればクウォータースタッフに近い操作になるだろうから、薄赤戦士たちに教練をお願いすることも可能だろう。


「あくまでも自衛よね」

「守られることを期待するだけでは、リリアルの一員として相応しくないと感じる子が多いでしょうから、手段を与えるのも私たちの仕事よね」

「もう、心配だからでいいじゃない?」


 そうそう、素直に言えるような性格ではないのは判っているでしょと彼女は思うのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 学院での仕事も平常に戻り、第二期生の魔術師コースの生徒を選抜する時期となってきた。当初は毎年と考えていたのだが、薬師より魔術師の適性のある孤児は少なく、一期生十一人の後、適性がありリリアルへの入校を希望する者は見つけ出しにくかったという事もある。


「何より、受け入れ側が試行錯誤中なのよね」

「王宮魔術師になるというなら、話は簡単だけどね。魔術以外の教育がそれなりにあるから、やはり間をあけて正解よね」


 現在は二年毎の選抜に修正しているのだ。


 リリアル学院は現在、魔術師を目指す『本科』と、薬師・使用人を目指す『専科』が存在する。本科生は二年、専科生は半年の教育期間が設定されている。本科生はそのままリリアルに卒業後残ってもらい、適性によっては騎士団などに派遣されることもあるだろう。


 専科生は薬師の場合、リリアルの施療院でさらに半年実習を経験した後、王都内の施療院に配属される。その後、評価の高いものから順に希望があればリリアル男爵もしくは子爵家が代官を務める村で薬師として店を持つことができる予定だ。


 また、使用人の場合、半年ほど更に王都のニース商会で従業員として仕事をすることになる。この場合、商人の使用人か貴族の使用人かで仕事内容が変わる。商人の場合、接客・在庫管理・書類作成など商会の従業員のアシスタントを行い、半年の期間終了後問題がなければ商会の従業員として採用されるか、希望があれば他の商会へ就職を斡旋することもできる。


 貴族の使用人の場合、侍女と使用人両方の仕事を学ぶ必要があるケースもある為一概には言えないが、家事だけではなく家政もある程度できる必要がある為、一度リリアルに戻る場合もある。なければ、リリアル出身の商会の推薦状を持たせてもらい貴族の屋敷に就活することができる。


 また、「行商人」となることもある。


 すべてのリリアル出身者の最終帰属先は学院と王家。王家の家士であった下位貴族が好んで採用するのは勿論のこと、上位貴族たちも王家に忠誠を示すためにリリアル出身の使用人を一定数採用しようとすることになる。


 リリアル出身者は卒業後も『リリアル兄弟会』に所属し、互助を行うことが義務付けられている。また、職務上知りえたことの中で王国・王家・王都に問題となる事象に関してはリリアルに報告することが推奨されている。あくまでも任意である事は言うまでもない。


「ある意味、元締めだからねあなたは」

「そういうあなたも共犯者よ」

「そうだねー。でもいいと思うわ、孤児の子たちがまとまって村を開拓したり、廃村を立て直したり。そこに商会に勤めている元孤児の行商人が巡回してきたりして。薬師に鍛冶に大工って……それぞれ身に着けて村を豊かにして、自分たちの生活の場を守っていけるようにするんだよね」


 都市と村は今は全くの別世界であり、自由都市と名乗る場所では特に顕著だ。王国の事より自分たちの都市のこと、ギルドの事しか考えていない。商売が成り立つのは金を持っている貴族や都市の富裕層だけだからだ。


 物が買えないのはいったい誰の問題なのか、生活が苦しく貧しいのは一体誰の問題なのか。答えは簡単で、その金を使うしか能のない貴族や商人たちのせいなのだ。だから、帝国では反乱が起こっているのだろう。


 王国は幸い、王家を中心に戦がなく済んでいるので、基本的な税以外、臨時に戦の為の税を取られる心配がない。また、戦に負けて貴族が人質にでもなれば、身代金を払うために臨時の税金だってとられる。疫病神はそういう存在なのだ。


「戦をせずに済むように、魔導騎士や騎士団を増員しているのだから、その上で、民が豊かに幸せになって行くことが、王国と王家を守ることになると考えなければね」

「不満が王家に向かないようにするために、ある意味、貧しい者たちに明日の生活が良くなる環境を感じてもらわないといけないのよね」

「ほんと、気の長い話だわ」


 とはいえ、まだまだやるべきことは沢山あるのだ。先ずは、今リリアルで学んでいる薬師の子と、リリアルの門前の施療院で研修中の薬師の子たちに武具の扱い方を教えなければならない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その数日後、『薄赤』パーティーと連絡が取れ、リリアルでの講師の話を受けてもらえるかどうか、ニース商会の部屋を借りて相談することになった。何故商会を使うかというと……


「ルーンの商会立ち上げの際は、長期で護衛の任務を受ける事になっている。これもアリーのおかげかもしれんな」

「ルーンでの冒険者ギルドや討伐関係では護衛中心であまり協力できなくて少々申し訳なく思っているんだ。だから、しばらくはニース商会とリリアル優先で依頼を受けるつもりだ」


 野伏と戦士からそう言われ、有難く思うと同時に「リリアルは飯がうまいから受けねぇとな!」と剣士が呟き、女僧に怒られるまでがセットである。


「しばらく冒険者チームが不在になる時に……という感じで考えているのか?」

「いえ、フレイルと弓銃の扱いを自衛の為に教えたいのと、採取の際に低位の魔物と遭遇した場合の自衛の方法についてレクチャーしていただきたいのです」


 冒険者の登録をしたとしても、薬師志望の子たちは討伐依頼を基本的に受けない為、武器の扱いに関してもあまり関心がないのが今までなのだ。


「フレイルか。歩兵用の長いものだな」

「はい。杖代わりにもなりますし、クウォータースタッフ的に使えれば申し分無いと思うので」

「最終的には狼やゴブリンと実際対峙する必要もあるか。なら、俺たちが同行して実際に討伐までさせてもいいだろう」

「先ずは、操法を身に着けて躊躇なく魔物に打ち掛かるまででしょうか」


 薬師は基本女の子が多いので、女性冒険者である女僧がいてくれるこのパーティーにお願いしたいという事もある。


「たまに、王女殿下に王妃様も来られますので、その時は一緒に練習を見て差し上げていただくことになるかもしれませんね」

「……知り合いではあるし、何とかなるか」

「魔装鎧付けて貰って魔力流しっぱなしであれば、王女殿下が怪我をされる事は無いだろうが……」

「生徒が怪我するだろうどう考えても。相手は……俺たちだな」


 と言いつつ、視線が全力で剣士に向いているのは言わずもがなだ。最近、剣士は少し魔力があると分かって、身体強化の練習を女僧に教わっているようで、魔装鎧も練習中くらいなら使えなくもないだろう。


「生きている木人として期待しているぞ」

「そ、それはそれで重要任務?」

「使えれば、いつか買えるかもしれないだろう? フルプレート並の布の防具なんて、凄いだろ」


 いや、リリアル関係の時は貸し出すかもしれないが、売るのは恐らく王家の許可が必要なんじゃないかと彼女は思うのである。



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[一言] あれ? 生きてる木人は確保してなかったけ? どこぞのレブナント
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