第121話 彼女と姉はルーンの話を王妃様と王女様に語る
第三幕『兎馬車』
ルーンから戻ったリリアル学院メンバーは新たな活性化の手段として『兎馬』(ロバ)を用いた馬車での行商を試行錯誤する。魔装を用いた兎馬車は更に魔術師の卵たちを冒険へといざなう。
第121話 彼女と姉はルーンの話を王妃様と王女様に語る
さて、その後は宮中伯の陣頭指揮の下、ルーンでの不正な武器の流出と、武器の密輸が認められ、冒険者ギルドのマスターとその一族は処刑される事となった。また、冒険者ギルドの職員たちに関しては特に罪に問われる事は無かったが、他の冒険者ギルドでの採用は一切ないとされた。
新街区の冒険者ギルドは王都から派遣された職員と、ルーン市街出身者以外から採用された職員で運営されることになり、また、引退した元ベテラン冒険者が一部復帰し、後進の育成のために指導職員という形で在籍することとなった。
指導職員は行く行くは騎士団駐屯地の衛士や新街区の衛兵などに採用されたり、冒険者相手の商売を始める事になり、王都とコネクションのある人間が新街区では活動場所を広げていくことになる。
「まあ、あの街の中に入らなくて良くなるのは悪い事じゃないわよね」
「そうそう。橋の通行料も街に入る為の税金も高いしね。それに、周りの村の代官も取り上げられてあの街の城壁の中に閉じ込められて……まるで墓標みたいね」
ルーンの貴族がルーン以外に出かけることは厳しく制限され、事前に代官である宮廷伯の承認が必要となった。また、貴族の義務ともいえる王家主催の夜会にも出席を認められなくなったのである。
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「久しぶりですね二人とも。ルーンでは随分と御活躍されたとか」
「いえ、責任を果たすことができてホッとしております」
王都にほど近いルーンで貴族が巻き起こしていた連合王国への内通と、王国民への裏切り行為。その結果、離散し行方知れずになった村人や冒険者が多数いる事を王妃様は把握されている。
「少し、冒険らしい事もありましたし、王国の為にお仕事できたかと思いますわ」
「冒険!! 冒険の話、聞かせていただけますか!!」
王妃様は「はしたないですよ」と王女様を窘めるのであるが、最近、王女・大公妃教育で大変であることもあり、今日は大目にみますとのことである。
「何からお話いたしましょうか……」
「あれだね、クラーケン退治の話とかじゃない?」
「わたくしも、そのクラーケンの身を食しましたわ」
「そうですね、薄味で健康的なものでしたねー」
王妃様、美味しくないとおっしゃって構いませんのの事よと彼女は思うのである。
彼女は、クラーケン討伐の話をしつつ、『水馬』を使い四人でクラーケンを囲んで討伐したというところ辺りで、王女様が「わ、わたくしも水馬に乗りたいですわ!!」と身を乗り出してきたところで、王妃様が提案をする。
「溺れないくらいの小さな池であれば、少し運動代わりに使うのもいいと思うの。ええ、私がやりたいわけではないのよ。でも、私と王女の分を誂えていただけるととても嬉しいのよー」
うん、ガッツリ自分でやりたいのでしょう。つまり、その教導の為にも水馬を渡して終わりとはいかないのだろう。
「あ、それ、お姉ちゃんも参加したい。てか、参加確定だから、三人分だね」
「……リリアルの紋章入りのものが欲しいですわー」
「それは素敵なアイデアね。お願いできるかしら?」
王妃様にお願いされて「無理です」とは言えないだろう。それに、恐らくだが老土夫と癖毛は大喜びで作ることは間違いない。
「他にはどんなことがあったのかしらー」
「村人は村長以外全員……連合王国の偽装兵にすり替わっている村がございました」
「……なんということなのでしょう。それで、村の方達はどうなったのかしら……」
王妃様は心底心配そうに、王女様は既に涙目である。
「村長は言うことを聞けば家族を返すと言い包められていたようです。しかしながら、お年寄りや幼児は森に捨てられてゴブリンに殺されていましたし、若い女性や子供は奴隷として恐らくは連合王国に。男性も一部は奴隷に、一部は……何らかの魔法実験に利用されているようです」
彼女は未確定な「アンデッド化」の話に関しては言葉を濁した。そして、ここ数年の間に、ルーン近郊の村落が多数無人・廃村となっていたものの、その事実はルーンの貴族である代官が徴税を上手に誤魔化していたため、王国として把握できていなかったことを告げると、王妃様は考え込んでしまった。
「家族がバラバラに、言い包められてとは恐ろしい事ですわ」
「はい。民が反乱を起こすことを恐れて戦う事を教えないことで防げる問題はありますが、抵抗することもできないで敵国に知らぬ間に乗っ取られているのは問題はあります」
「では、アリーならどう考えるのですか」
彼女が思うのは、抵抗する力を持ちつつ喜んで王国の為に戦える心理的な環境を作ること。王家に対する親愛の情を持てる国造りが必要だろう。既得権のあるものが不当に豊かになる半面、苦しく貧しく日の当たらない民もたくさんいるのである。
今日より明日が良くなると信じることができれば、小さな不満は大した問題ではなくなる。リリアルの孤児たちが頑張れるのはそういう事なのだろう。それは、誰でも同じなのだ。
「リリアルで為せたことを少しでも広い範囲で進めていくことでしょうか。今日より明日が良くなると思える国にできるお手伝いをすることでしょうか」
「ふふ、いい答えですね。民が自ら武器を取り、自分の居場所を守りたくなるようにするべきなのでしょう。その矛先が王家や王国ではなく、敵国に向くようになるかどうかは、私たちの心がけ次第ですもの」
王妃様はそうおっしゃると「手伝えることは何でも相談してちょうだい」と付け加えたのである。
「新市街ですか」
「王都にも作られると聞いていますが、どう違うのですか?」
王妃様も王女様も「新」という言葉に興味があるようだ。王都の新市街は城壁の中に納まらない街区が張り出したもので、王都の外も中も特に分け隔てがあるわけではない。王都の橋に通行料も存在しないし。
「ルーンは自由商業都市なのです。王家の領地ではありますが、一定の税金を支払った上で、それ以外の活動に関しては自分たちが話し合って決める。ある意味、都市に住む富裕な商人が貴族となり話し合って運営するのです」
「そうすると、住んでいる貴族の商人が商売しやすくなっているのかしら」
「概ねその通りです。大きくなった商人が自分たちの権利を守るために形式上王家の臣下として爵位を受けその地を自分たちで支配する。結果、それ以外の民には不利益なことも起こっているのです。歴史もあり、王国の北部では最大の都市。それに、王都の玄関口として貿易の窓口でも
ありますから」
故に、経済力を持ち、王国にも連合王国にもいい顔をし、自分たちの利益になるように活動し、結果王国の民を食い物にしていた。
「ですので、川向に新しい街を作り、騎士団の駐屯地や新しい冒険者ギルドや王都に本店のある商会の支店などをそこに集めるようにして、元々のルーンの商人と競争するようにするのです」
ルーン単体ならルーンの商人に一日の長があるが、王国内の流通を考えた場合、王都の商会の方が圧倒的に有利だ。直接王都の商会がアヴェルの港から商品を王都に運べれば中抜きも減るので割安になるだろう。
王都の商会は取引が増える分多少プラスだが、ルーンの商人にとっては単純に売り上げを持っていかれるだけなのだから苦しくなるだろう。知らんけど。
「ふふ、リリアルに似ていますわね。新しい場所に、新しい考えの人を集め皆で育っていく。あなたの提案なのでしょ?」
王妃様、その通りです。姉が横で「ですよねー」みたいな反応をしているのは勘弁してもらいたい。
「お母さま、わたくしもリリアルに通いたいのですわ」
「そうね。半年の薬師のコースなら構わないわ。でも、あと二年しっかり勉強できたら……という条件でならね」
「もちろん、頑張りますわ! わたくしもリリアルの制服とローブを着て学院で学びたいのですもの」
王女様の薬師……護衛は多分女僧や伯姪が務めるのだろうか。もしくは、あの侍女役を務めた二人か。王女様を受け入れられるだけの成果もそれまでに作り上げたい。
「二年後だと、施療院とか騎士団の駐屯地の拡張も終わっているから、安心だよね。ニース商会の支店も完全に機能するかな」
「ふふ、ニース商会リリアル支店という名前の研修所ね」
「そうそう。いきなり売り子はできないからね。帳簿は机の上で学べても、接客は相手がいないと学べないから。実践あるのみだね」
「……商人の勉強も興味がありますわ」
王女様……大公妃ともなれば、将来的に大公や大公子の教育の為にも領地の経営に通じている方が好ましいだろう。と考えると、商人の簿記の知識や契約書や法律に関してもある程度理解があった方が良いだろう。
「一つ一つ学んでいきましょう。それに、リリアルでなければ学べないわけではないのだから」
という王妃様の言葉に王女様は「お友達が欲しいのですわ」と付け加えるのであった。故に、水馬の練習には赤目蒼髪を連れてこなければならないだろうと彼女は思うのである。
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王宮から下がると、彼女は急ぎ学院に戻ることになる。
ルーンに向かってから二か月、戻ってきて二週間ほどが経った。リリアルの生活はやっと元の調子を取り戻し、消費したポーションや薬の追加作成も順調であるし、留守の間に進めていたことの確認も沢山あるのだ。
「……で、何故姉さんもリリアルに向かうのかしら……」
「それは、色々あるんだよ。相談受けたりしてるし私!」
何か自分の知らないところで、姉が相談を受けているようだ。どうせこの場で聞いてもまともに答えるとは思えないので、彼女は黙って一緒に向かう。
学院につくと、姉は門外にある鍛冶工房に向かった。どうやら、老土夫に相談を受けているのだろうということがわかる。
そして、彼女は今、赤毛娘からの相談を受けている。
「姉先生に譲っていただいたメイスを改造しようかと考えています。どうでしょうか?」
赤毛娘はミスリル鍍金のブレードヘッド型メイスを少々弄りたいのだという。
「具体的には何かあるのかしら?」
「ヘッドの中心に刺突のできるスパイクを追加したいです。それと、持ち手の部分が振り回せるように護拳を付けて握りやすくしたいです」
『いいんじゃねえか。サラセンのメイスにはそういう仕様があるだろ?』
『いいえ、更に東にあるバラートの武具ですね』
バラートはサラセンのさらに東にある大国で、胡椒などスパイスを産する国だ。その武具は似ている面もあるが、こちらの騎士のものとはいささか異なることもある。
「片手で振り回すか、両手で力をこめるかで使い方も変わると思うので、護拳の上にも握りを付けたいと思います」
「良い判断ね。あなたなら身体強化と魔力付与で十全に使いこなせるでしょう。剣ほど太刀筋に気を付ける必要もないでしょうし、扉や壁を叩き壊すこともできるから、悪くない判断だと思うわ」
「は、はい!!」
赤毛娘は前衛を担う存在だが、伯姪や茶目栗毛とは異なる役割を担うほうが良いだろう。力技を担わせるのは気が引けるのだが、魔力大の班員で癖毛と黒目黒髪が消去法で消えるため、彼女が担当することになってしまうのは仕方がないだろう。
「両手で振り回しつつ、刺突とか色々使えそうです。魔力付与でブレードっぽく対応もできそうだし。剣よりこっちのほうが大雑把なあたしに向いてるんじゃないかなって……」
薪割りや水汲みといった力仕事を小さいながらも率先してこなす赤毛娘には、そういう自己評価があるのかもしれない。実際、それで魔力が増えて今の位置にいるのだから。それは肯定してあげたい。
「可愛らしい持ち手を選ぶといいのではないかしら」
「はい。あたしの専用ってわかるような……武器にします」
――― その結果、メイスの先端のスパイクの根元はリンゴのような膨らみを設けたものになり、何故かリボンが結ばれることになった。さらに、持ち手の部分にはフランベルジュのようなSとTを組み合わせた護拳が付けられることになる。
メイスを背負った小柄な女の子がリリアルの斬り込み隊長と称されるのは今少し後の話である。
姉は老土夫が進めている『ミスリル鍍金』によるフレイルの強化について相談を受けているようなのだ。フレイルは木製部分が多く、スパイクとそれを固定し木部を補強する金具の部分から成り立っている武器なので、ミスリルで鍍金し、魔力による打撃強化には向いていないと思われるのだ。
「リリアル学院の生徒に、ある程度自衛の為の護身術を学ばせたいのよ」
「そうね、悪くないわ」
一人で森に採取に入って、狼やゴブリンと対峙する可能性もある。また、将来的に村や街で薬師となった場合、街の防衛に協力する場合、リリアル学院自体が賊に包囲された場合も簡単な武器が扱える方が、魔術師候補の生徒たちの負担も軽くなるだろう。
「なにより、自分の身を自分で守れるという事は、彼ら彼女らに大切だと思うのよ。意識を変える為にね」
孤児というのは、とても自己評価が低い存在だ。与えられるべき親の庇護を得ることができないからだ。庇護されないのは自分自身に価値がないからだと考えてしまう場合もある。
「自分を守るのは、自分に価値があり大切だから……って意識を植え付ける事にもなるわけね」
「それに、孤児出身者は狙われやすいでしょう」
「……それはあるわね」
という理由で、簡単に扱えて威力の高い武具を考えるのである。
「一つは、杖代わりにもなり、魔物除けにもなり得る装備としてフレイルを持たせようと思うの」
「ああ、フットマンズ・フレイルね。クウォータースタッフの先に、棒が鎖でついている感じの。いいんじゃない? 持ち歩いてもおかしくはないしね」
姉がルーンで使用したのは騎士が騎乗で使用する「ホースマンズフレイル」であり、片手で扱うものだ。フットマンズは2m弱の長さの棒であり、両手で扱う事になる。
「遠間で牽制できるのは有利だけど、操作が難しいんじゃない?」
「それは講師にお願いするわ。真ん中あたりを掴んで上手く短く使うと効果があるのではないかしら」
「ああ、クウォータースタッフなら心当たりがあるものね」
彼女と伯姪は薄赤戦士をイメージしている。彼は御者もこなせ、経験豊かな冒険者であるから、素材採取の同行やレクチャーもお願いできるだろう。
「今度、お願いしてみようかしらね」
「リリアル組は遠征が増えそうだから、その間の学院での臨時講師とかお願いできると良いかもしれないわね」
戦士と女僧には武具の扱いを、野伏には素材採取や森の魔物から身を守る方法を魔力が使えない薬師コースの者に教えてもらえると良いだろう。剣士……剣士は御者やその他の剣以外の練習をすればいいのでは?