第13話 彼女は武具屋を訪れる
第13話 彼女は武具屋を訪れる
久しぶりに訪れる武具屋。店員は相変わらずにこやかであるが、多少有名となった彼女と相対しても態度に変化がないのは好ましいと本人は感じている。
「大変なことになっていますね、あなたの人気は」
彼女は自分ではなく『代官の娘』『妖精騎士』であるとやんわり否定する。
「で、今日はどのような御用でしょうか」
「鉈の様な形状の片刃の短刀を探しています」
モフモフダガーはあまりにも流行し過ぎていて、持っていること自体が彼女と結び付けられて騒がれる可能性があるため、装備を変えることにしたのである。
「素材は、ダマスカス鋼がいいのでしょうか」
「ええ。軽く魔力を通してくれるのは気に入っていましたので」
「では、一つは既製品を、いま一つはオーダーでダマスカス鋼を用いて同じデザインで誂えるというのは如何でしょうか?」
魔剣とダミーで2本持つつもりであったので、さらに1本を収納しておくのは悪くない選択であると思えた。その内容で了承すると、選択肢の広がった短刀売り場で物色を始める。重さはやや増えて構わない、斬撃にも刺突にも向くものが欲しい。
ククリは刺突できないデザインなのが残念なのである。狭い場所では剣を振れない可能性もあるためだ。
短剣とは半ば生活道具であり、騎士たちも長剣の外にサブウエポンとして装備することが多い。江戸期の侍の脇差などもその通りで、サバイバルナイフよろしく、様々な小道具が組み込まれている。大刀を預けても脇差を身につけることは許される事があったのはその辺りによるのだろう。
「刃の厚みもあまり薄いものは問題かしら」
「素材によりますね。鉄や青銅では強度を出すために分厚い身となりますので重く切れ味も悪くなります。鈍器に刃を着けたようなものとお考え下さい」
それは重くて使いにくそうである。なら、鋼で薄い刃のものでもよいだろう。
その短剣は60センチほどで重さも600グラムほどであった。元々はスクラマサクス・古語でいう所の短い剣という片刃で切先がガレー船の衝角の様な形状をしている剣である。今時の騎士の剣とはかなり違う。日常の道具と武器の性格を兼ね備えた、冒険者向きの装備として扱いがあるのだろう。
「いい選択ですね。本来は鋳造した剣を焼き入れして硬度を出していたのですが、今は鍛造で造られています。斬撃・刺突の性能は高いのです。騎士の剣は柄元に重心があるので振り回しやすいのですが、これは先端が重いのでそうもいきません」
元々は柄もただの棒状のもので、鍔もない仕様だったのだが、今風に柄も鍔も小さいながらもついているのである。ないと、すっぽ抜けるからだろう。
「鍛造なので剣の身の部分が細くできましたので、パッと見は長めの短剣程度には見えます。それで、鞘なのですが……」
革に金属鋲で補強したものを差し出される。
「これを付けたまま棍棒代わりに殴ることも可能です。暴漢に襲われて手加減したいときにはこの鞘ごと叩くといいでしょう。護身も必要になりましたでしょうしね」
「……そうですね。ご配慮ありがとうございます」
正当防衛で斬り殺すのは簡単だし、魔法を使うこともやぶさかではないが、将来のことを考えると、簡単に人を斬り殺したり街中で魔法を使うのは令嬢としての評判に関わるのである。
短剣と同じサイズのダマスカス鋼の剣を注文し、ゴブリン討伐でボロボロになった胸鎧を買い替えることを考える。厚手の綿の服も数着買いたい。胸に余裕がある方がいい気がする。そんな予感がするのだ。
「同じ鋼とミスリルのダマスカス鋼で胸当はありますか?」
「お嬢さんのサイズの在庫はないかな。でも、注文は出来るよ。但し、前金で半額預かるけどいいかな?」
彼女の魔法袋には金貨で100枚ほどの貯蓄がある。ポーションはお高いのだ。
「いくらくらいでしょうか」
「金貨2枚というところだね」
「承知しました。それと、同じ素材でバンブレースと『半首』もお願いします」
「『半首』ですか?」
半首とはお面を門の形にくりぬいたような形状の鉄製の面頬で、額と顔の側面を守る防具である。ティアラよりも守る面積が多いし、動きも妨げることがない。顔も分かりにくくなるだろう。
「なるほど……少々顔がわかりにくい方がよろしいでしょうしね」
「では、お願いします」
バンブレースは手首から肘までをまもる部分甲冑で、剣を持たない方だけ盾代わりにつける予定である。魔力を通せるミスリル製ならいろいろ工夫の余地があるだろう。
製作には1か月ほどかかるだろうと言われ、その間はクエストを受注する事もないのではないかと思うのである。屋敷から出ることも難しいだろうし、頻繁に茶会に呼ばれてしまうので、それは仕方ないのだと思うことにした。
「魔法袋も収納の優れたものが入荷したら教えてください」
「恐らく、今日の注文が完成する頃には入荷しますから、その時にご紹介させていただきます」
という感じで武具屋を出て、次はギルドに向かうことにする。今日は昇格の案内があるのだそうだ。
『魔法袋、今のじゃ手狭か?』
魔剣曰く、魔法袋は恒常的に魔力を持ち主から消費するので、無駄に大きいのはあまり良くないのだそうだ。まあ、かなり彼女の場合余裕があるのだけれど。
「いまのが2㎥くらいなのよね。ちょっと素材とか大きなものを収納すると無理なのだもの。せめて、宿の部屋ぐらいの収納が欲しいわね」
そうすると、50㎥ほどになるだろうか。確かに、書庫の本や魔物本体などは収まりきらないだろうし、収まるのであれば討伐クエストや護衛のクエストも楽にこなせることになるだろう。何しろ、商人には魔力持ちはほとんどいないのだから、魔法袋も使えないからだ。
『……贅沢な魔力の使い方するな』
「そうかしら? 馬車で3日のところを馬で1日で移動できるなら、効率がいいじゃない? 地方の領主の夫人になったら王都と領地を往復してエクスプレスな輸送をするわ」
まだまだ商人となる夢を捨てられない彼女なのである。
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半月ぶりくらいであろうか、冒険者ギルドに来るのは。実は、村の調査に行ったときに確保した素材で、ポーションはそれなりにストックできているのである。卸すのはいつもと同じ数にしているのだが。
昼近くのギルドは閑散としている。受付嬢が笑顔で迎えてくれ、先に買取担当のところに顔を出す旨を伝える。買取のおじさんは特に変わることなく、淡々とポーションを査定する。
「じゃ、これが代金な」
「……金額多いですね」
「ああ、嬢ちゃんの等級が黄等級だからな。そのせいだ」
彼女は何かの間違えではないかと思うのである。未成年は濃黒までしか昇格しないのではなかったか。
「知らなかったのかい?」
「知りませんでした。でもなぜ……」
おじさんは答えずに、受付嬢に声を掛ける。受付嬢は彼女をギルマス室に案内する。そこには、ちょっとだけやつれたギルマスがいつもの雰囲気で座っていた。
「どうだい、元気だったか」
「おかげさまでと申し上げたいところですが、それなりにくたびれています」
「『妖精騎士』様だもんな。しばらくは、放っておいてはもらえめえ。こっちも少々大変なんだよ」
なんでも、妖精騎士にあこがれた貴族の令嬢や商家の娘が親に内緒でギルド登録に来るのだそうだ。
「嬢ちゃんはポーションの買取の件で冒険者登録前から付き合いがあったし、素材採取のことも問題ないから登録したがな。普通のお嬢さんがたを登録したら、社会問題になりかねんからな」
ということで、ギルドの内規で常時依頼の素材採取のみ最初の半年は可能とするように変更したらしい。また、未婚の女性が冒険者登録に来た場合、保証人として父親かそれに準ずる男性の後見人の承諾書を添付してもらうことにしたのだそうだ。
「街の人は大丈夫なんですか?」
庶民は文字を書けない者も多い。承諾書以前の問題なのだが……
「その時点で字が書けないのなら登録するのさ」
「ああ、字が書ける親がいる時点で察するわけですね」
ということのようなのである。貴族や大商人のお嬢様は字が書けない親がいるとは思わないのだろう。
一通り世間話や近況報告をしたのち、本題に入る。
「で、昇格の件なんだがな」
「買取の際に黄等級と言われたのですが、間違いではないのですか」
「……間違いではないんだ」
ギルマス曰く、冒険者ギルドのグランドマスターからの通達なのだそうだ。
「今回、嬢ちゃんが騎士爵に叙爵しただろ。それで、冒険者ギルドとしてはポーションの件も冒険者としての知名度もこの先考えると、何か手を打たねえとって話になってるんだよ」
今回のゴブリンの大規模な群れの件で、冒険者ギルドの本部と、騎士団の本部が定期的に王都周辺の魔物の動向に関して情報交換をすることになっているのだそうだ。
その中で、彼女の存在を王と王妃がたいそう気に入っており、ゆくゆくは王族の誰かと娶わせ、騎士団の中に彼女の独立した部隊を編成したいのだそうだ。
「近衛よりも実戦的な部隊を考えているそうだ。魔物から民を守るための特別な小隊のようなものだな」
「思い切り、冒険者ギルドの仕事と被るのではないのでしょうか」
「その通り。お前さんが冒険者でいてくれる限り、この話は無期延期だ。それに、王家以外の家の正妻に望まれても同様だな」
確かに。侯爵・辺境伯家なら地方の領都と王都を往復する二重生活が楽しめるし、往復の過程の旅も楽しいものになるだろう。物見遊山もしたい。王族ではそれは不可能だし、第一、やりたくない! 彼女は強く思う。
「それで、未成年でも薄黄になったのは何故ですか」
「ああそれな。冒険者ギルドでは15歳から成人扱いなんだけどな、暦年換算か満年齢かは選択できるんだよ、マスター権限でな」
幼くして才能を開花させる冒険者もいるため、数え年で13-14歳でも上の等級にすることを裁量として認めているのだそうだ。
「解釈の範囲内であるとするわけですね」
「国によるのでな。暦年か満年齢かは。ギルドはどちらでも対応できるようにしているので、この国では満年齢が基本だが、暦年でも冒険者ギルドでは間違いではないんだよ」
「……なんだかズルな気がしますが、グレーということで承知しました」
そうすると、濃黄の皆さんとパーティを組むことも可能な気がするのである。因みに、既にあのパーティーは『薄赤』へと変わっている。
『野伏』さんは薄赤に昇格し、パーティリーダーとなった。年齢的に『戦士』さんが厳しくなっていくのが見えているので、彼をサブとして徐々に移行するということらしい。『戦士』さんも『薄赤』へと昇格したが、彼の功績は報告と、パーティーを二分し両方の任務を達成したことを評価したためだ。
その代わり、『剣士』さんは昇格を見送られている。調査のみで移動しただけだからだそうだ。確かに、あの内容で昇格したら問題な気がする。
『女僧』さんは濃黄に昇格し、二つ名「魂の騎士」も冒険者登録されたのだそうだ。濃赤のベテランか青等級でないと二つ名もちはめずらしいのだそうだが、国王陛下からの命名なので特例だそうだ。
「彼女、あと4か月は騎士学校いってるから、『薄赤』メンバーは近場の依頼だけ受けてる感じだな。まあ、その後は遠出することもあるだろうし、お前さんのこと誘うつもりだそうだよ」
見知らぬ高位冒険者のパーティーに名前を貸すために参加するようなのは避けたい。あの4人なら、前も後ろもこなせる自分が入ると、戦況に応じて対応可能だろうし、『野伏』がいるから素材採取も協力してもらえるだろう。いいのではないかと思ったりする。王都を離れられればである。
「それで、嬢ちゃんの冒険者登録に提案があるんだがな……」
代官の娘として家名が知れ渡り、彼女の名前や愛称もかなり知られている。まして、受付で「お嬢」「嬢ちゃん」なんて呼ばれる冒険者はおそらく彼女だと思われるだろう。
「本名ではなく仇名から名前を借りることにする。フェアリーだから『アリー』でどうだ?」
悪く無い響きだ。冒険者「アリー」。なんとなくはねっかえりな感じがするのも自分と違うイメージでいいだろう。地味な子爵の次女ではないのだ。いやいや、全然地味じゃないから、ある部分以外と魔剣は思わないでもない。
「それでは、冒険者『アリー』として薄黄等級に昇格・登録いたします」
彼女の存在は王都とその冒険者ギルドでは大きくなってしまった。残念ながら。その命名を聞き、受付嬢も買取担当も喜んでくれた。
「『アリー』ちゃんか。悪くねえだろ」
「ええ、その呼び名で有れば冒険者として扱われているわけですから。見分けがついて助かります」
このところ急激に増えていく友人知人に辟易していた彼女は、「アリー」と呼ばれることに少々安堵していた。